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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第三章 ザンクトの討伐
25/85

主張と本音


――――魔法。


 それは他の何よりも、クリスと自分の立場を思い起こさせる言葉だった。

 大昔に討伐され、禁じられた力。

 

 以前トラヴィスが使うのを見たが、彼は厳しく処罰され、今は牢獄に入っている。

 ずっと隠してきものの、自分も花を枯らせるという、魔力の片鱗を持っているのだ。

 

 それほどまでに疎まれる力を、一体誰が使っているのだろう。



「魔法だと?」

 いつも笑顔のロレンツォですら、顔を曇らせる。

「はい。それも情報が入ったのは先程なのですが、ザンクトは既に壊滅状態です」

 シルヴィアの顔が恐怖に染まった。

「どういうこと? 魔法はとっくの昔に消えたはずよ」

「しかし、全滅した訳ではないのです」

 レイモンドが静かに答える。


「三百年前、英雄アシオンは魔物の王グランディールに勝利しました。けれど、『(ミッド)』の国を追われた者達は、今もこの大陸に潜んでいるのです。

魔力を持つ者―――精霊や竜、魔物など―――そういった人間とは異なる者を根絶やしにするのは不可能です。ザンクトの件はそういった『(ノヴル)』の仕業に間違いありません」


 それでもシルヴィアは、いきり立って意義を唱えた。

「もしもの時に備え、町や村ごとに騎士団が派遣されているのではないの? 『(ミッド)』の国に足を踏み入れる『(ノヴル)』に、騎士団を打ち負かす力があるとは思えないわ。

どちらが勝つかなんて、アシオンの時代に証明されているはずでしょ」


 姫、と行商人がたしなめる。

「あなたはご存知ないのですよ。これは、今に始まった事ではないのです。

(ノヴル)』が人の地に足を踏み入れることは、過去に何回かありました。けれど、妖精や、名前もないようなものがほとんどで、すべてヴァーグの牢獄へ収容されました。

それは騎士団の手を煩わせることもなく、王宮まで話があがる事すらなかったのです」

「……私は本当に、何も知らないのね」

 姫はそっと目を伏せた。

「では、今回の件は今までとは違うの?」

 行商人は頷く。

「ええ、違うのでしょう。魔力の大きさが」


 エレナは何も言えず、立ち尽くしていた。

 目の前の人たちがひどく遠くにいるように思えた。それなのに、一つ一つの言葉は確かに心に積もっていく。


――――彼かもしれない。


 疑いはどんどん色濃くなり、心臓が早鐘を打った。


――――もう一度、彼に会えるかもしれない。


 知らずに、拳を握りしめていた。


 会ってどうしたいのだろう。自分ができることなど何もないはずだ。そう考えながらも、心の底では、願っていた。

 もう一度、もとの関係に戻りたい。また一緒にたわいない話をしたい。

 ただ二人並んで、同じ風に吹かれているだけでいい。


 それがどんなに傲慢(ごうまん)なことか分かっていた。彼を助けられなかったのは自分であり、自分を拒絶したのは彼だった。


 ただ一つ、心に引っ掛かっているのは、彼が誤解したまま行ってしまったことだ。

 クリスは、エレナが金と引き換えに、ダリウスに居場所を告げたと思い込んでいた。

 だからあんな恐ろしい目で睨んだのだ。

 

 謝ってももう遅いだろう。元に戻れなければ仕方がない。それは自分への罰だ。


 けれど、彼を化け物として見ていた訳ではない。大事な友人だと思っていたのだ。

 それだけは。

 その誤解だけは、どうしても解きたかった。




 やり取りはまだ続いていた。

「そうか。僕も一緒に連れて行くよう、言われたんだね」

「そうです、ロレンツォ殿」

 静かな部屋で、淡々と会話は続く。

「ではすぐに準備をしよう。陛下の命令とあらば、仕方ない」

「良かった。あなたがいると心強いです」

 レイモンドが丁寧に頭を下げる。

 しかし、穏やかな静寂を破った者がいた。

「わたしも、連れて行って下さい」

 エレナである。


 騎士団長が振り返った。

「ああ、あなたはトラヴィスの屋敷で、王女のふりをしていた……」

「姫様のお傍に仕えさせてもらっている、エレナです」

 少女の目を見て、レイモンドは言った。

「あなたの勇気には非常に感銘を受けました。ですが、それとこれとは話が別です。好奇心ならば、お止め下さい」

 エレナは騎士団長の丁寧な言葉遣いに驚いた。身分の低い行商人に敬語を使っているのも不思議だったが、まさか自分にまで敬語とは。

「好奇心ではありません。それにあの、そんなにかしこまらなくても……」

 それに答えたのは行商人だった。

「彼はね、女性には敬意を払うべきだと考えてるんだ。僕も敬語はやめてくれと言ったんだけど、年上だからって聞いてくれなくて」

 そう言って苦笑する男をよそに、レイモンドはエレナを見た。

「とにかく、騎士団の遠征など、あなたがついて来るようなものではありません」

 彼はどうやら、相当な堅物のようだ。

 エレナはそれ以上深く考えるのをやめ、再び頼んだ。

「お願いです。レイモンドさん、わたしをその町まで連れて行ってください。その魔物を知っているかもしれないんです」

 言葉を(にご)したものの、さっと、騎士団長の顔色が変わった。

「知っている? どこかで出会ったのですか?」

「あの、以前森で」

 そこまで言いかけて、これ以上喋るのはまずいと思った。

 この騎士団長はいい人間のようだが、エレナの事情を知ったところで、手を貸してくれるとは限らない。

 むしろ、王に仕えている分、「(ノヴル)」に向ける敵意は強い可能性がある。


 エレナは言葉を飲み込んだ。

「森で、見かけました。それだけです」

「そうですか。それで、なぜ着いてきたいと?」

「ええと、それは……」

 エレナは口を噤んだ。必死に頭を働かせる。懸命に騎士団長を見上げた。

「一度『(ノヴル)』を見たわたしなら、何かお役に立てるかもしれないと思って」

「役に?」

「何も知らない人だけで行くよりは、わたしみたいなのがいれば、少しは手助けになるかと」

「危険です。あなたが行く必要はありません」

 騎士団長はばっさりと切り捨てる。しかし、エレナは食い下がった。

「それだけじゃありません。わたし、魔法自体を見たこともあります。普通の人よりも知識はあるはずです」

 それは本当だ。使ったこともあるのだから。

 困った顔をするレイモンドを、エレナはまっすぐに見つめた。

「お願いです」

 心の中で繰り返した。

 お願いします。お願いだから。

「わたし、きっと役に立ちますから」

 彼を、探させて。



 ふうっと、傍にいたロレンツォが息を吐いた。

「君は変わらないな」

 その目がエレナを捉える。

 彼はエレナの意図を明確に理解しているようだった。

「このまま城に居させたら、一人で勝手に飛び出すかもしれない。その後を追って姫君も」

 レイモンドが「えっ」と声をあげる。

「どういう意味ですか? この前のこともありますし、城の警備も十分固くしています」

「うーん、そうらしいけど」

「それを彼女達が破るとでも言うんですか?」

「君には失礼だが、この子達ならやりかねないだろう」

 レイモンドがぎょっと顔をこわばらせる。ロレンツォが声をあげて笑った。

「僕には止められる気がしない。それを防ぐためにも、騎士団長、行かせてやったらどうだい?」

 エレナは息を呑む。

 

 ロレンツォは今まで、エレナがクリスを探すことに否定的だった。

 なぜ突然連れていく事を許したのだろう。

 エレナは今の言葉の意味を考え、彼が諦めたのだと悟った。


 どんなに大きくなっても少女は少年を諦めなかった。ロレンツォは考えたのだ。このままエレナを押しとどめておくのは無理だと。

 城を抜け出すのが可能なことは、前回のお忍び事件で証明されてしまった。あの時だって見張りの騎士はいたが、少女達に隙をつかれたのだ。

 数を増やしたところで、油断していれば同じことが起きるだろう。

 何かが起こっては遅いのだ。



 レイモンドは、しばらく考えあぐねていたが、(しま)いにエレナに向き直った。

「分かりました。そこまで言うのなら、お連れしましょう」

 こちらの目を覗き込み、確かな声で言う。

「だけど絶対に無茶はしないこと。いいですね?」

「約束するわ」

 エレナは申し訳なく思ったが、連れて行ってもらえることは素直に嬉しかった。

 その後ろから、ロレンツォも続ける。

「ありがとう、騎士団長」


 

「ちょっと、どういうことよ!」

 突然シルヴィアが叫んだ。

「おかしい! おかしいわ!」

 三人が驚いて何も言えないのをいいことに、姫は続ける。

「エレナは私と一緒に謹慎(きんしん)をさせられたはずでしょ? もうあれはとっくに解けたけれど、そんな危険なところへ行くなんて変よ。それなら私も連れて行きなさい!」

 エレナは思わず、うわずった声をあげた。

「ひ、姫様。無事に帰ると、お約束を」

「何が約束よ! エレナ、あなたはまた無茶をして、私を泣かせるんだわ!」

 ロレンツォが優しく微笑んで近寄った。

「落ち着いてください、姫君」

「大体あなたもあなたよ。行商人のくせに、どうして戦場へ行く必要がある訳? 売りたいものがあるなら、全部私が買ってあげるわ! どうしても私を置いていくって言うなら、あなたとエレナはここに残りなさい!」

 大変な剣幕である。しばらく大人しく聞いていたから、その反動が来たのかもしれない。


 エレナは止めに入ろうか迷ったが、ここは口のうまいロレンツォに任せた方がいいと、思い留まった。

「僕はあちこちを旅したことがあるし、地理には詳しい。それを陛下が買われて、今回のようなことになったのでしょう。それに、ザンクトは戦場ではありませんよ。村の中で、ただ一匹の『(ノヴル)』が暴れているだけです」

 ロレンツォがたしなめる。

「嘘を言わないで! 王都の騎士団が呼ばれるなら、それほど大事(おおごと)という事だわ! それに、今までと魔力が違うと言ったのはあなたでしょ!?」

「姫君」

 と、再びロレンツォ。

「そうです。――正直に言えば、今回は少し厄介な事例です。ですがあなたが心配なさるほどではない。すぐに片付けて戻ってきますよ」

「…………」

「どうか俯かないで下さい。僕は行かなければならないのです」

「あなたのそういうところ、嫌いよ」

 そっぽを向くシルヴィアに、エレナは隠れてため息をつく。

 ロレンツォは穏やかな態度を崩さない。

「お約束しましょう。必ずあなたの遊び相手も連れて、無事に戻ってきます」

 姫は静かに振り向いた。その目は、目前(もくぜん)の男を見据えている。

「分かったわ。……破ったら、許さないからね」

「はい」

 ロレンツォは微笑んだ。




 選抜された騎士団員は、団長を除いて九名。それに、姫の遊び相手と行商人が加わり、計十二名が出発した。

 馬に揺られ早朝の門を抜けると、西のはずれ、ザンクトの町を目指す。

 今は町中だが、街道に出れば、全速力で馬を走らせるはずだ。

 今のうちに眠気を覚まさなきゃ、とエレナは気持ちを奮い立たせる。

 彼女はロレンツォと同じ馬で、列の最後尾にいた。


 朝の光を浴びながら、城に思いをはせていると、シルヴィアのことを思い出す。

 別れ際シルヴィアに抱き着かれ、涙ながらに「必ず戻ってきてね」と言われたのだ。

 あの心配ようだが、今こうやってロレンツォと馬に乗っているのを見られたら、やきもちを焼いて怒鳴られるかもしれない。

 要するに、彼女はかわいいのだ。

 主人にそう思ってしまう自分に、呆れてしまう。それでも思わず、笑みがこぼれた。

「おやおや、何か楽しいことでも思い出したのかい?」

 手綱を握るロレンツォが尋ねる。

 思い出し笑いを聞かれて、エレナはちょっぴり赤くなった。

「あの、姫様はかわいい人だなって」

「……そうかもしれないね」

 ロレンツォの口から、そういったことを聞くのは初めてだ。エレナは急いで訪ねた。

「あなたも、そう思う?」

「ああ。でもやっぱり、『(かご)の鳥』って感じだ」

 彼はそう言って苦笑した。

「姫君はとんだ心配性だ。世間に触れていれば、ああはならなかったろうに」

 エレナはそれを聞いて、たまらずに声をあげた。

「ロレンツォ、確かに姫様は心配性だけど。でも、あれはあなたのことを思って」

「分かってるよ」

 朝の小道を、カツコツ足音を立て、馬が進む。


「あの方は頼りにできる人が少ないんだ。だから僕や君にすがりつく。自分を支える者を、失うのが怖いんだよ」

 エレナは黙って聞いていた。後ろに座っている彼の顔は見えない。

「でももしそれが僕でなかったとしても、同じことだ。あの人の周りに、優しくしてくれる人が集まれば、彼女は僕に依存しなくてすむ。」

「そんなこと……本気で言ってるの?」

 エレナはいつもと違う雰囲気を感じたが、その考えは明るい声にかき消された。

「ああ、騎士団から遅れてしまったね! 急がないと」

 彼は手綱を引き、馬を急がせた。またはぐらかされてしまったのだ。

  

 エレナは口を開いたが、これ以上深追いしてはいけない気がして、結局噤んでしまった。

 向かい風が頬を滑って行く。眠気を吹き飛ばすような冷たさに、思わず小さな吐息が漏れた。



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