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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第二章 小さな冒険と英雄の伝説
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英雄アシオンの伝説

 

 町の広場は、大勢の人であふれ返っている。

 そこに作られた即興の劇場は、多くの観客が訪れていた。

 真っ赤な幕には「エイブル・ホーリエ」の文字が金色で刻まれ、今まさに、開かれるところだった。


 エレナとシルヴィアは最前列で、どきどきしながら舞台を見つめる。

 上手から、カラフルな衣装を着た男が現れた。あれは団長だ。

「紳士淑女の皆様、ようこそお集まり下さいました。今宵(こよい)お届けしますのは、我が劇団一の名目と謳われた『金の王と黒の魔物』でございます。どうぞ、エイブル・ホーリエの紡ぐひと時の夢を、ご堪能ください」


 拍手と共に幕があがり、光があふれる。

 舞台の中央にはのっぽのニールが立っていた。彼は一つお辞儀をすると、アコーディオンを奏で始める。

 トニーは今頃、裏で照明を動かしているはずだ。


 団長が舞台裏に消え、代わりにライアンが現れる。

 金の衣装に身を包んでいるが、派手さはなく、荘厳な雰囲気だった。


「ハルシュトラールの地に降り立つ

我の名はアシオン 我の名は王

この地を愛し()べる者


燃えさかる火も

轟く(とどろく)雷雨も

我の盾でせき止めよう


幾千の兵も

幾万の(やいば)

我の剣で振り払おう


この地を仇成すものあれば

我の弓で(つらぬ)こう」


 上手からダイアが現れる。濡れたような黒髪が、緑の衣装によく映える。

 艶やかな美しさに、見ている者はため息をついた。


「この地の恵みに告げましょう

お前の血を奪うのは私

お前に血を捧ぐのは私


私の名はエマニエル

生も死も、すべてを共に刻んできた

この地は既にこの身の一部


ハルシュトラールの都よ

(いしずえ)を守る英雄アシオンよ

私の歌をここに記そう

お前を永久(とわ)に愛しています」



 高らかに歌い上げると、はっとして、何かに気づいたように後ずさる。

 人々がその視線を追えば、下手から、もう一人の男が現れるところだった。

 黒いマントに身を包み、雄々しい魔物の仮面をつけている。

 顔は隠れているものの、あれはアンセルモだ、と少女たちはすぐに分かった。


「我は新月に生まれた

(ごう)を背負いし、黒の王

(ノヴル)」を従える闇の落とし子

闇を(まと)った我が腕に、いまひとたびの栄華を抱こう


この地に宿る木々の子も

畑に揺れる麦の()

(ミッド)」の奏でる歌声さえも

夜の(とばり)で塗りつぶそう


ハルシュトラールの地に向かう

我が名はグランディール」


 腹の底から絞り出したような声。

 あの青年はこんな声も出せるのか、とエレナは肩を縮めた。

 シルヴィアも恐ろしげに身を寄せる。



 もう、少女達が見ているのは劇団の人々ではなかった。

 英雄アシオンに、純潔の娘エマニエル。そして、黒の王グランディール。


 そこにいるのはかつて亡くなった人物達で、

 舞台の上では一つの歴史が始まっていた。


 グランディールが夜空のようなマントを翻した。その腕に攫われたエマニエルは、助けを求め、悲痛な旋律を奏でる。

 彼女を救うため、英雄アシオンが兵を引き連れる。

 対するグランディールも「(ノヴル)」の仲間を呼び出し、アシオンに攻撃するよう指示を出した。


 役者は三人しかいないと言うのに、そこにはあたかも何百もの「(ミッド)」と「(ノヴル)」が争うような気迫があった。

 舞台の上はまもなく戦場と化し、真紅に揺らめく光の中で、何もかもが燃えているように見えた。

 ニールが奏でるアコーディオンは、いつの間にか笛に変わっている。なめらかな旋律が響き渡り、恐ろしくもどこか哀愁を漂わせていた。


 戦いは激しさを増していった。

 轟音を立て、叫び声をあげながら、「(ミッド)」と「(ノヴル)」が戦い続ける。


「どうしよう、アシオンが」

 シルヴィアが小さく声をあげ、エレナの袖をぎゅっと握った。

 エレナは答える余裕もなく、アシオンが膝をつくのを、食い入るように見つめていた。


 深い傷を負ったアシオンは、ふらつきながら立ち上がる。

 うめき声をあげながら仲間を探すも、やっと見つけた兵は動かず、答えることもなかった。

 味方は「(ノヴル)」に狩りつくされ、ほとんど残っていないのだ。

 声を掛けて回っていたアシオンは、やがて力尽き、倒れたまま動けなくなってしまった。


 今やグランディールはその猛威を振るい、ハルシュトラールの地を「(ミッド)」の血で染め上げていた。死屍累々となったその戦場で、闇夜に浮かんだ黒の王は、勝利の詩を刻む。

 それに呼応するように、夜は更に濃い闇に包まれ、残った「(ミッド)」を容赦なく襲った。

 すべてが黒に塗りつぶされ、終焉に染まっていく。


 アシオンは両の(まなこ)でそれを見た。

 動かない腕で無理やり地面を掴み、渾身の力で立ち上がる。

 その背に下げていた金の弓を手にし、矢筒から金の矢を引き抜いた。

 見ていた者は皆、息を呑む。

 語り継がれていた瞬間が、今、目の前で繰り広げられていた。


 アシオンは恐ろしいほど目を開き、寸分のたがいもなく黒の王を見据えた。

 つがえられた矢は煌めく。きりりと引き絞られた弓は、ちぎれてしまいそうなほどだ。

 そうして矢は放たれた。

 空を裂き、まっすぐ黒の王の元へ。

 金の矢は見事、魔物の心臓に突き刺さった。


 グランディールが断末魔の声をあげる。

 まるでこの世の終わりを見たような、恐ろしい叫び声。

 彼はまもなく崩れ落ち、黒い肢体を投げ出したまま、息絶えた。


 静かに弓をしまうアシオンの元に、一人の娘が走って来る。

 自由を手に入れたエマニエルは、愛する地を踏みしめ、愛しい人の胸に飛び込んだ。


 笛はいつの間にかリュートに変わり、勝利の賛歌を奏で始める。


 二人は謳う。

 訪れた平和の歓びを。

 愛する人に触れられる幸せを。


 ハルシュトラールの人々は立ち上がり、歓声をあげた。

 この地を救った英雄、金の王アシオンに。

 皆が帽子を投げ、手を叩いては彼の名を称えた。

 すべてが金色に光り輝く。

 溢れる光の中で、アシオンとエマニエルは微笑んでいた。

 その未来には、幸せしか見えなかった。


 もう、大丈夫だ。

 エレナは思う。

 恐れるものは何もない。この地は永遠に、金の王が守って行くのだから。


 ふとシルヴィアを見れば、ちょうど彼女もこちらを見ているところだった。

 目があった二人は、ふふ、と笑う。


 再び舞台に目をやると、眩しい光が胸の奥底に差し込んでくる気がした。

 英雄アシオンは、華やかな微笑みを浮かべる。

 エレナはシルヴィアの横で、金の王と、その子孫を祝していた。

 確かに今、幸せを感じていた。



 夜を照らす光は、金色に輝き続ける。

 人々の歓声は、いつまでも鳴り止むことはなかった。





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