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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第二章 小さな冒険と英雄の伝説
20/85

騎士達の糾弾

 

 瞠目(どうもく)するトラヴィスに、再び追い打ちがかかる。

「答えろ! なぜこんなところに劇場がある!」

 叫んでいるのは騎士団長のレイモンドだった。短く刈りそろえられた金髪は、騎士団の青い服によく映える。

 エレナはほとんど話したことはないが、彼の名前は知っていた。


 威圧するような空気に、トラヴィスが小さくなる。

「これはその、私物です」

 レイモンドはトラヴィスを睨んだ。

「劇場の所有権は国家にある。知っているはずだ。これは公共の建築物であり、貴族による個人的所有は認められていない」

 ダイアが階段を駆け下りる。

 傷だらけのアンセルモに、急いで寄り添った。


 トラヴィスはそれを横目で睨んでいたが、レイモンドが剣の鞘に手を掛けたのを見て、慌ててうわずった声をあげた。

「で、ですが。わたしはきちんと私財を投入してこれらを手に入れたのです。だ、大体そこの男が、勝手に入り込んできたのですよ! あげくわたしの劇団員を奪おうとしたのです! その男こそ、立派な泥棒だ!」

 そう言ってアンセルモを指さした。どこまでも姑息(こそく)な男である。

「たわけ!」

 レイモンドが一蹴(いっしゅう)する。

「私財を投入しただと?そこの少年や劇団員が、女優が攫われたと通達に来たんだ。」

 トラヴィスがトニーを睨む。すかさずトニーは睨み返した。


「第一、侵入者だとはいえ、この仕打ちはないんじゃないか?」

 レイモンドは言いながら、傷だらけのアンセルモを見やる。ダイアが叫んだ。

「彼が私を攫ったのです! その男を捕まえて下さい!」

 トラヴィスが息を呑んだ。

 目を鋭く細め、レイモンドが言い放つ。

「トラヴィス・アーチボルド。違法な公共建築物の所有、ならびに一般庶民誘拐犯として、お前を逮捕する」

「黙れぇ!」


 トラヴィスが突然腕を振り上げた。

 殴ろうとしたのではない。

 その手に光るものに既視感を覚え、エレナは目を見張った。


――――魔法だわ。


「うぐっ」

 レイモンドの胸に、銀の光が直撃する。ちょうど心臓のある位置だ。

 彼は衝撃に耐えるかのように、背を丸め、剣を床に突き立てた。

「団長!」

 周りの騎士達が声をかけるが、飛んでくる光に慌ててのけぞった。


 暗い大広間に光が飛びかい、周りのものはよけるだけで精いっぱいだ。

「笑わせるな、何が王宮騎士団だ! 剣じゃ魔法に勝てる訳がないだろう!」

 トラヴィスは余裕を取り戻したらしい。笑いながら銀の光を撃ち放つ。

 エレナはどうしようもない思いで、彼を見つめた。


――――なぜあの人が魔法を……。まさか「(ノヴル)」なの?


 騎士達も同じように思っているようだ。それに答えるかのように、トラヴィスは笑った。


「ははは! 私が『(ノヴル)』だとでも思ったか? いいや、私はあんなおぞましい生き物じゃない、れっきとした人間だ! だがな、『(ミッド)』だからと言って、こんな便利なものを使わないのは馬鹿のすることだ。魔法は能力さえあれば、実に有益な力になるんだ!」

 言葉もない騎士達を、見下すように嘲り笑う。

「私は自分だけの劇団が欲しかったが、そのために魔法も必要だと思った。お前らのような面倒な奴らの相手をするためにもな!」


 その懐から取り出した本を見て、エレナは息を呑んだ。


「おい騎士ども、見るがいい! これはあのマルクレーンの書き残した本だ。ここには魔法の使い方が記してあるんだよ! お前らは王宮に仕えているというのに、この本の行方も知らなかったのだろう!」

 その通りだった。

 騎士達は一様に喉をつまらせ、うろたえている。

 トラヴィスは女優を誘拐しただけではなく、四年前に書庫から本を盗み出したのだ。


 エレナは服の裾を握りしめた。

 あんな魔法、怖くない。

 今感じるのは、恐れよりも怒りだ。

 トラヴィスもきっと、魔法使いと呼ばれる部類に入るのだろう。

 けれどマルクレーンとはまったく質が違う。

 魔法の強さも、それを使う意味も。



 マルクレーンは未だに得体が知れないが、ひとえに悪い奴だとはどうしても思えない。

 彼が色々と陰口をたたかれる理由ははっきりしている。


 こんな風に魔法を悪用する者がいるせいで、魔法を持つだけで罪とされるのだ。

 これでは「魔法使い」と「裏切り者」が同一視されるのも当然である。

 彼の本を盗んで悪用するなんて、トラヴィスはなんと身勝手なのだろう。


 その一方で、疑問も湧いた。

 貴族と言えども、国家の書庫から本を盗み出すなど、簡単なことではないはずだ。

 どうやって手に入れたのか。



 その時、穴から遅れて、二人の男が入って来た。

 一人は若い騎士だが、もう一人は質素な恰好をしている。腕を縛られ、引っ張られているように見えた。

 騎士は男を連れたまま、エレナ達の前を通り過ぎ、広場の中央へと向かって行く。

「聞いてくれ、逃げ出そうとしていた男を捕また。こいつ、金のたっぷり入った袋を持ってたんだ。しかもこの顔、見覚えあると――――え?」

 広場の中央へ近づいたものの、飛んでくる光に足を止めた。魔法になす術もない騎士達を見て、思い切り舌打ちした。

「やっぱりだ! くそ!」

 そう言って男の足を蹴る。痛みに顔をしかめた男を見て、エレナは息を呑んだ。


 まぎれもない。書庫を管理していた兵士――――ザックだった。


「くそ、トラヴィスの奴、先延ばしにしやがって! あと少しだったのに……!」

 ザックは憎々しげに呟く。エレナは瞬時に理解した。

 四年前、『マルクレーンの書』を盗んだのは彼だったのだ。


 この状況を見れば、彼がトラヴィスに雇われていたのだろうと容易に想像できる。

 ザックは書庫の兵士であり、本を盗むのは容易いはず。きっと莫大な礼金が手に入ると言われ、協力したに違いない。だがトラヴィスのことだ。書物を手に入れた後に難癖をつけたのだろう。

 きちんとした礼金を払うのは、その本の価値――トラヴィスが本を読んで、魔法を使いこなせるようになること――が証明されてから、というように。

 そうでなければ、ザックは四年も待たされなかったはずだ。

 彼は怒りを抑え、素知らぬ顔で盗難届を出した。それも、犯人がばれないように様々な工作をして。

 本当はすぐにやめたかったのだろうが、礼金が入らなければ、職を手放すこともできない。ずるずる引きずるうち、ようやく待ち望んだ日が近づいて来た。

 だから彼は、退職すると決めたのだ。



「やっと貰えると思って来てみれば……なんでよりによって今日……大体、俺がどんなに苦労して隠し通したと思ってんだ! くそ、金に目がくらんだせいで!」

 ぼやくザックを見て、その腕を掴んでいた騎士は、頬に青筋を立てた。

 騎士は若いせいか、怒りが収まらないらしい。力任せに男を足蹴りする。

「盗む方が! 悪いんだよ! お前のせいで仕事が増える! 面倒なこと、しやがって!」

 他の騎士達が、かすかに憐れみの視線を向ける。

「やめろレヴィ」

 騎士団長は部下を一睨みすると、体制を立て直して貴族を見た。


「トラヴィス、魔法は心臓に当たるとその動きを止めるという。だが、お前のは効かないようだ。大方、ただの真似事でしかなかったのだろう」

 魔法を出し続けるトラヴィスは、小さく息を呑んだ。

「何を言い出すんだ! 私がどれだけ練習したと思っている。四年もの間、あの本を読みこんで訓練を重ねたんだ。もう一度浴びたいのか!」

 そう言うなり、あてもなく撃っていた銀の光を、騎士団長めがけて集中させる。

 魔法は素早く煌めき、騎士団長の心臓めがけて、再び飛び掛かった。

 彼は衝撃に耐えきれず、床に膝をつく。

「レイモンド……!」

 隠れていたシルヴィアが思わず叫び、慌てて口を塞ぐ。

 エレナはどきりとしたが、騒がしい喧騒の中、気づいた者はいないようだ。


 騎士団長は一瞬顔をしかめたが、剣をつくとすぐに立ち上がった。


――――ああ、やっぱり。


 エレナは静かに思い出していた。


――――以前見た魔法は、あんなものじゃなかった。


 幼い頃に目にしたマルクレーンや、それ以上に強いダリウスの魔法。

 彼らの放つ光は、目を突き刺すように眩しく、トラヴィスの比ではなかった


 騎士団長は立ち上がると、部下達に問題ないと目で知らせる。

 安堵する騎士達とは裏腹に、トラヴィスの目は大きく見開かれる。


「嘘だ、私はマルクレーンの書を……」

 言いながら腕を振り上げるが、そこに浮かんだ光は、小さく瞬くと音もなく消えた。

「な、なんだ。どういうことだ?」

 エレナは奥歯を噛みしめた。

 誰よりも自分が知っているのだ。

 魔法は感情に強く反応する。

 荒んだ心では花を枯らしてしまうように、自信を失ったことで魔法が応えなくなるのは、当然とも言えた。


 トラヴィスは自分の掌を穴が空く程見つめ、声にならない声をあげている。

 レイモンドは哀れな者をみるように、ゆっくりと剣を握り直した。

「マルクレーンは確かに強い魔法使いだった。だが、お前にはその素質がなかったのだろう。――観念しろ、裏切り者にも劣る、偽魔法使いめ」

 トラヴィスが後ずさる。

 それを合図に、レイモンドが叫んだ。

「捕まえろ!」


 言うが早いか、騎士たちがトラヴィスを捕えにかかる。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。

 今まで黙っていた五人の手下が、素早く行く手を阻んだのだ。彼らは用心棒として雇われただけあって、予想以上に屈強だった。

 騎士達の方が人数は上だったが、彼らが暴れると、捕まえるのに手間取ってしまう。


 その隙をついて、トラヴィスは騎士の間を走り抜けた。

「待て!」

 騎士達は叫ぶものの、うまく追いかけることができない。

 暴れる五人を見て、アンセルモが相手になろうとしたが、傷だらけの体では立ち上がることもままならなかった。


「アンセルモ、無理をするな。」

 そう声をかけたのはエイブル・ホーリエの団長だった。傍にはのっぽのニールが立っている。

「私が悪かったよ。ダイアを見捨てるなんてどうかしていた。劇団を守るためと言いながら団員を守れないなんて、団長失格だ。どうかここは、私に任せてくれ」

 言い返そうとするアンセルモを、ニールが止めた。

「いいから黙って見てろよ。お詫びと言っちゃあなんだが、団長はいいところを見せたいんだよ。もちろん、俺もね」

 言うが早いか、二人は飛び出した。

 団長は大きな体で相手にぶつかり、のっぽのニールはのらりくらりと攻撃をかわす。素早い動きは、劇の練習で体を鍛えた成果だったが、騎士達はそれを知らない。驚いて二人の活躍を見守るばかりだ。


「何をしている!男たちを捕えろ!」

 レイモンドの叫び声で、彼らは慌てて加勢する。

 幾度目かの攻防の末、屈強な男たちは騎士団の手に落ちたのだった。




 しかしその頃、トラヴィスは壁際まで辿り着いていた。エレナ達のすぐ近くだ。

 暗がりで、きょろきょろと何かを探している。

 二人の少女は息を殺して様子を伺った。


――――穴だ。

 エレナは思った。

――――騎士たちが入ってきた穴を、探してるんだ。


 その時、不意に振り向いたトラヴィスと目があった。

「おや?」

 隣のシルヴィアが、ぴくりと動く。

「お嬢さん方は、こんなところで、何をしているのかな?」

 暗がりで、男がにんまりと微笑むのが分かる。

 全身に、鳥肌が立つような恐怖を覚えた。


 広間の中央にいた騎士団も、ただならぬ雰囲気を感じ取ったようだ。

 何事かと、暗がりを見つめてくる。

 今まで、明るく騒がしい舞台の方ばかり気をとられていて、暗がりを見ようとする者はいなかったのだ。

 しかし、今では誰もが気付いていた。

 トラヴィスの目の前に、二人の少女がいることに。


「ひ、姫君!」

 一人の騎士が叫んでしまう。

「姫君?」

 トラヴィスは楽しそうに言った。叫んだ騎士は、しまったと息を呑んだ。

「これはこれは。こんなところで出会えるとは光栄です」

 シルヴィアが身を固くした。エレナの服を、ぎゅっと握りしめる。

「それで、どちらが姫君なのかな?」

 その言葉に二人はハッとした。今は変装していて、お(そろ)いの侍女の服を着ているのだ。

 先に答えたのはエレナだった。

「わたしです」

 シルヴィアが息を呑む。エレナは構わず立ち上がった。

「わたしが、王女シルヴィアです」



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