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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第二章 小さな冒険と英雄の伝説
18/85

豪邸の秘密

 四人はトラヴィスの屋敷へ向かった。

 作戦はこうだ。

 落し物を見つけたふりをして、屋敷に入る。そして、手袋を差し出すのだ。もしトラヴィスが受け取れば、彼はあの通りにいたことになる。

 後は彼を問いただして、屋敷を探し回ればいい。

 


 トラヴィスの屋敷は町のはずれにあり、広い敷地に立派な建物がそびえていた。いわゆる豪邸である。

 門番に事情を話すと、手袋は渡しておくから帰っていいと告げられた。四人は何とか食い下がる。押し問答を続けた(のち)、困り果てた門番に、中へと通してもらうことに成功した。


「君達か、落し物を届けにきたのは」

 広い部屋の中で、トラヴィスがおもむろに言った。ソファにこしかけ、並んで立っている四人をじろじろと見ている。

「一人で良かったのに、褒美でも欲しかったのか?」

 そんな訳ないでしょ、と言おうとしたシルヴィアを、エレナが止める。

 アンセルモが落ち着いて手袋を差し出した。

「これは、あなたのですか」

「ああそうだ。これはどうも」

 四人は顔を見合わせる。


 ダイアを(さら)ったのは、この男だ。


「なんだ、もう帰っていいぞ。やはり褒美が欲しいのか」

「そんな訳ないでしょう!」

 今度こそ、シルヴィアが言い放った。

「何? お前、誰に向かって物を言ってるんだ」

 トラヴィスがシルヴィアを睨んだ。間に割って入ったのは、アンセルモだ。

「失礼ですがトラヴィス様、我々はこの手袋を、とある通りで見つけたのですよ」

「それがなんだ?」

「こちらにいる少年が、その通りで人が連れて行かれるのを、見たのです」

 睨みの矛先が、少年へと変わる。

「ほう?」

 トニーは緊張した面持ちで言った。

「そ、そうだよ。僕は見たんだ。馬車の傍で、大きな荷物を持った人たちが話していた。あの人たちは、あなたから礼金をはずんでもらったと言っていたんだ!」

「それはそれは」

 トラヴィスに動じる様子はない。それどころか、一層強く少年を睨みつける。

「確かに以前、新しい長机を馬車で運ばせたことはあったが。それが何か?」

 少年はうっ、と悔しそうに(のど)をつまらせた。


「とぼけないで!」

 叫んだのはエレナだ。彼女も庶民の一人である。貴族にこんな口を聞くのが許されないのは分かっていたし、普段から気を付けていた。

 それでも、今の会話を聞いて、我慢できなくなってしまったのだ。

「二日前に、女性が一人行方不明になっているのよ! トニーはちょうどその時間帯に、あなたの仲間を見ているの! ダイアさんをどこに隠したの!?」

「勝手な言いがかりをつけるな!」

 トラヴィスが癇癪(かんしゃく)を起こした。

「わたしが女性を(さら)うだと!? ふざけたことを言うな!」

 あんまり迫力があったので、エレナは言い返せなくなってしまった。

「大体なんだ!そこに手袋が落ちているだけで、なぜわたしが犯人呼ばわりされなきゃならんのだ!」

「それはあんたが(さら)ったからに決まってるだろ!」

 見かねたアンセルモが、怒りを露わにした。二人は言い合いを始め、ついに大喧嘩へと発展していく。

 残った三人はその迫力に負けて、ただ見ていることしかできなかったが、最後には四人そろって屋敷から追い出されてしまった。



「なんなんだあのくそおやじ!」

 屋敷から、少し離れた木陰の下。アンセルモの怒鳴り声が響き渡った。

 エレナとトニーは何とか彼をなだめようとしていたが、シルヴィアはくそおやじの意味が分からないらしく、首を傾げている。


「それにしても困ったわね」

 エレナが力なく言った。

「あんな風に言い返されるなんて、思わなかった」

「僕もだよ」

 トニーが肩を落とす。

「正直に荷物を見たなんて言わなきゃ良かったんだ。人を攫うのを見たって言えば……。

あああ、いつも僕、こういう肝心なところが駄目なんだ」

 その肩に、シルヴィアが静かに手を置いた。

「そんなことないわ。あなたがその現場を見なかったら、私たち、今も路地裏で手がかりを探してるはずよ」


 今まで、事が順調に運びすぎたのだ。証拠の手袋が見つかったこと自体、奇跡と言っていい。今更になって、エレナはそれを実感した。


「何にせよ、あいつが犯人なことに間違いはない」

 アンセルモが気を取り戻したように言った。

「ダイアは絶対、あいつの屋敷にいるんだ」

「でも、正面から入って駄目なら、もう方法はないんじゃ……」

 トニーが悔しそうに言ったが、アンセルモはめげなかった。

「あるよ。正面が駄目ならから別の場所から入ればいい」

「え!? それって不法侵入だよね?」

「ああ。見つかったら捕まるのは分かってる。お前たちは来なくていいよ」

 どうやら本気のようだ。

「そ、それなら、僕も行くよ!」

 トニーが声をあげる。アンセルモは優しく笑った。

「無理しなくていいって」

「違うんだ。僕もダイアを助けたいんだよ」

「私も行かせて」

 シルヴィアが力強く続ける。

「この国で何が起こっているのか、確かめたいの」


 アンセルモが不思議そうな顔をした。

「なんだお前、貴族とは聞いていたけど、よその国から来たのか?」

「え、ええと」

 シルヴィアが口ごもり、エレナは慌てた。しかし、男は気に留めなかったようだ。

「なんでもいいけど、俺はお前たち全員を守れるか分からないぞ」

 じっとシルヴィアを見つめる。

「俺は音楽一座エイブル・ホーリエを、一番大事に思ってる。お前がどこの貴族かは知らないが、危険が迫ったら、団員であるトニーやダイアを真っ先に助けるだろう。申し訳ないが、その時なにがあっても、責任はとれない」

「迷惑、かしら」

「迷惑だなんて思ってない。でもついて来るなら、自分の身には自分で責任を持ってほしいんだ」

 アンセルモの声は、静かに重く、心に響いた。


 行かせることはできない、とエレナは思った。

 時間の問題はもういい。とっくに昼食を過ぎているのだから、いつ帰ったところで罰を受けるに決まっている。

 問題は、姫の身の安全だ。

 自分の身なら、なんとか守れる。

 けれどシルヴィアは、外に出たことすら初めてなのだ。彼女が自分自身を守れるはずはなかった。それなら、エレナが守るしかない。


 けれど、剣も弓も使えない小娘に何が出来るのだろう。

 シルヴィアは一国の王女だ。彼女に何かあってからでは遅い。


 連れ戻すべきだ。

 今すぐ。


 シルヴィアが声をあげた。

「分かった。自分の身は、自分で責任を持つわ」

 それはアンセルモに対する答えだったが、エレナは咄嗟(とっさ)に言い放った。

「駄目です!」

 三人が驚いて振り返る。

「ひめ……シルヴィ様は、ご自身で身を守れますか?」

「エレナ」

「わたしは、あなたを守らなければならないんです。行かせることはできません」

 苦しかったが、なんとか言いきった。


 シルヴィアは静かに目を閉じて、再び開けると、エレナを見つめた。

「私はね、自分の立場を理解しているし、捕まるような行為は、軽率にできないと思っているわ」

 その声は凛としていた。

「でもね、そうやって何もせず部屋に閉じこもっていたら、この国のことを知ることはできない。たった数時間だけど、今この国を始めて見て私は何も知らないと分かった。それはとても愚かだなって思ったのよ」

 その青い瞳は、不思議なほど落ち着いている。

「第一、あなたが思ってるほど私の価値は大きくないわ。お兄様だって私のことを嫌っているし、もしかしたら消したいと思っているかもしれない。

私がいなくなっても誰もあなたを責めないわ。だから私は、私に責任が持てるの」

「そんな……」


 エレナは何も答えられなかった。シルヴィアがこんなことを言うのは初めてだ。

 そんな思いをずっと秘めてきたのかもしれないと思うと、彼女への悲しみと、気付かなかった自分への苛立ちで、胸が押しつぶされそうになる。

「そんな顔をしないで。もし私を喜ばせたいと思ってくれるなら、行かせてちょうだい。何も知らないでいるのは、もう嫌なの」

 その目は、決意に満ちていた。


「……それでは、約束して下さい」

 エレナは言った。

「他の人がどうであろうと、わたしはあなたを大事に思っています」

 瞳を揺らすシルヴィアを、エレナは真っ直ぐに見つめる。

「傷つくことがあったら、絶対に許しません。その責任が取れるのなら、行くのを許します」

 シルヴィアは静かにため息をついたが、その顔はどこか嬉しそうだった。

「分かったわ。絶対に、あなたを悲しませるようなことはしない」

 その言葉を聞いて、エレナはやっと、小さく息をついた。




「それで、二人とも行く事になったわけ?あんたら、もしかして、偉い人?」

 一部始終を見ていたアンセルモが言った。シルヴィアは冷静に答える。

「気にする必要はないわ。今は、ダイアさんを探さなければ」

 彼女の目は真っ直ぐ、トラヴィスの屋敷を見つめていた。


 

             *



 コツコツ、と暗闇に響く足音。真っ暗な近道に、灯りが点々とついている。

 四人は今、地下通路にいた。

「本当に、中につながっているのかな」

「そのはずだ。これだけ広い屋敷だと、それだけ隙もできるというもんだ。裏道があってもおかしくないさ」


 ハルシュトラールは三百年前、唯一「(ノヴル)」の襲撃に耐えた国だ。当時の建物は城の他にも幾つか残っており、トラヴィスの屋敷もそうだった。

 アンセルモはそこに目をつけたのだ。

 戦がある時代に建てられたなら、逃亡用として使われた地下通路が残っているだろう、と。

 一行はその考えに従い、屋敷の裏側にある古びた地下通路に入ることにしたのだが、なんとも薄気味悪い場所だった。

 肩を縮めて歩く王女をよそに、アンセルモはほくそ笑んでいる。

「俺の考えはきっと間違ってない。うまく辿れば屋敷のどこかに出るはずだ」


 エレナはふと、彼に聞いた。

「ねえ、もしも出たところが全然違うところだったり、警備兵の目の前だったらどうするの?」

「どうもしないよ。ここは入り組んでるから、間違えたらまた戻って道を探せばいい。危険なところに出たら、力づくで突破する」

 シルヴィアが目を見開いた。

「力づく?」

「貴族のお嬢様には、ちょっと見苦しいかもしれないな。」

 アンセルモが笑う。

「どうせ捕まったら、もうダイアには会えないんだ。――それならどんな手を使ってでも、彼女を助ける」

 エレナはその言葉にはっとした。


――――絶対に助けるから。


 幼い頃、少年にかけた言葉が蘇る。

 受け取ってもらえず、自分でも果たせなかった約束。


 自分は今、同じような状況にいるのだ。同じことは繰り返したくない。

 気付かず手を握りしめていた。


       *


 やがて一行は、地下通路の最奥に行き当たった。

 通路を示すように、円形の扉が取り付けてある。押したり引いたりしてみても全く開かない。

 考え込んでいるうち、トニーが何かに気づいたように声をあげた。

「そういえばこれ、見たことある。昔、貴族の屋敷の隠し部屋にあったんだ。回転させたら、中にお金が入ってた」

 そう言って、慌てて口を(つぐ)んだ。エレナは目を丸くする。

「もしかして盗んだの?」

 トニーは肩を竦め、真面目な声で言う。

「取り返しただけさ。あの貴族、うちの一座が無断で興行したとか難癖つけて、稼いだお金を根こそぎ奪ったんだ」

「ああ、あれか。懐かしいな」

 笑うアンセルモを見て、シルヴィアが目を瞬いた。そんな彼女に、男は優しく声をかける。

「誤解しないでくれよ。俺達はあんたみたいな貴族を狙ってる訳じゃない。不当に盗まれた物を取り返しただけ。今回もそうさ」

 そう言うと、不意に目を鋭くさせた。

「ダイアもそう。必ず、取り返してやる」


 回転させた扉はゆっくりと開き、丸い穴のような出口が現れた。

 穴の先は広い空間のようだ。薄暗かったが、かすかに光が差し込んでいる。


 ようやく屋敷の内部に辿り着いたのだ。

 それぞれが歓声をあげたくなったが、誰もがそれを押し殺した。


「いいか、この先は小さな声で話すんだ。どこに通じてるか分からないからな」

 アンセルモが囁くと、シルヴィアが胸を抑えて頷いた。


 トニーを先頭に通路を抜ける。着いたのは、がらんとした大きな広間だった。

 四人は暗がりの中に潜み、ゆっくりと辺りを見回す。

 左側が明るい。よく見ると、劇場のような舞台があり、幕が張られている。その幕の隙間から、光が漏れているのだった。

 光はうっすらと伸びて、部屋の中央の、たった一つの椅子を照らし出している。

 そこに座っている、太った男の顔も。

「っ……!」

 シルヴィアが息を呑む。

 どっかりと腰かけているのは、トラヴィスその人だった。


 トニーが声音を低くし、小さく囁く。

「あいつ、何してるんだろう。ねえ、どうするアンセルモ」

「決まってるだろう。捕まえて居場所を吐かせるんだ。今あいつは一人だし、この暗闇ならきっと」

「だめよ」

 今にも飛び出しそうな彼を、エレナが引っ張った。

 この男は、さっきまで冷静に案内をしていたのに、トラヴィスを見た途端、それも吹っ飛んでしまったようだ。それだけダイアのことを気にかけているのだろうが、これでは彼女を助けられない、とエレナは直感した。

「落ち着いて。今行ったら正面から入った時と同じよ。捕まって放り出されてしまうわ」


 幼いあの日、エレナは少年を助けようと、彼のもとへ走った。

 そのことを思い出すたび、後悔していたのだ。

 あの時、もっときちんと考えて行動していれば。

 事前に鍵を盗んで、逃げ道を確保していれば。


「お願い、アンセルモ」

 引き留める腕に力がこもる。

「私たちはまだダイアさんの居場所も知らないのよ。ここに来た意味をよく考えて」

 アンセルモが、力を抜くのが分かった。

「……そうだったな。ごめん、少し冷静になるよ」

 エレナがほっと息をついた時、舞台から音楽が響き始めた。


「わ?何!?」

 トニーが驚いて大きな声をあげてしまう。慌てて口元を抑えるが、トラヴィスが気づいた気配はない。大きな音楽にかき消されて、聞こえなかったようだ。

 三人も少し声の大きさをあげる。

「びっくりしたわね。この音、舞台から流れてきてるわ」

「シルヴィ様、あまり身を乗り出さないでください」

「この音楽に舞台……劇でもやるつもりなのか?」

 アンセルモは一人で首を傾げる。

「なら、なぜ観客がトラヴィスだけなんだ」


 そうこうしているうちに、幕が上がった。

 暗かった広間に、一気に光が流れ込む。

 四人の顔もうっすらと照らされ、トラヴィスが横を向けば気付かれてしまいそうだ。しかし当の本人は舞台に夢中で、振り向く様子もない。


 舞台の上には、様々な音楽家や役者がいた。豪華な衣装に身を包み、照明が当たるたびに輝く様は、一つの絵画のようだ。

 リュートやハープが奏でられ、役者が口上を述べる。

 そうして、劇は始まった。



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