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ハルシュトラールの夜の果て  作者: 星乃晴香
第二章 小さな冒険と英雄の伝説
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新しい主人


 エレナが連れて行かれたのは、国王の治める地、ハルシュトラールだった。


 青年は街道へ降りると、かの地へ向かう馬車が通るのを待って、エレナと共に乗せてくれるよう頼んだのだ。

 馬車の持ち主だった貴族は、びしょ濡れの二人が乗り込むことを嫌がった。しかし青年が金を払い、憐れんだ声で慈悲を請うと、渋々と承諾したのだ。

 その後にっこりお礼を言う青年を見て、貴族は何かおかしいと思ったのだが、理由は分からずじまいだった。それもそのはず、彼は青年のうまい口上に乗せられただけだったのだから。


 馬車はザルメア街道を過ぎ、三つの町を通り抜けて、ハルシュトラールにやってきた。

 見たことのない人混みや賑わいに、エレナは目を丸くする。その上、降ろされたのは、とんでもなく大きな建物の前だった。

 真っ白な建物はいくつもの塔が生え、巨大な壁に囲まれている。

 身構えるエレナを見て、青年は笑った。

「ここに来るのは初めてかい? ここはお城さ」

 エレナはまだ歩けそうになかったので、青年は再び抱き抱えて城へ向かう。


 門に並んだ衛兵を見て、エレナは青年にしがみついたが、青年が名乗ると、彼らはすんなりと通してくれた。そうやって幾つもの廊下や回廊を通り過ぎて、最後にやってきたのは、本殿の東のはずれにある離宮だった。

 ここまで来ると、廊下も人通りは極端に少なくなり、見張りさえ退屈そうにしている。青年が足を止めたのは荘厳な扉の前で、エレナは不安と緊張でいっぱいになった


 青年が中に声をかけると、すぐに答えが返ってきた。

 抱きかかえられたままで大丈夫なのか、とエレナは心配になったが、青年は降ろす気配もない。

 扉がゆっくりと開かれ、とうとうそのまま、中に入った。




 向こうに、小さな女の子が座っていた。

 青年の顔を見ると、ぱっと顔を輝かせて走ってくる。

「ロレンツォ!」

 エレナと同じ年頃の、かわいらしい女の子だった。

 美しい金の髪を後ろで一つに結わえ、あでやかなドレスに身を包んでいる。

 青年が小さな声で言った。

「あれが僕の主人、シルヴィア姫だ」

 エレナは拍子抜けしてしまう。もっと恐ろしい相手を想像していたのだ。

「シルヴィア、姫」

 その言葉を繰り返しながら、まるでお人形みたいだ、とエレナは思った。


 シルヴィアは嬉しそうに駆け寄ってきたが、エレナを見つけると驚いて立ち止まった。

「その子、誰?」

「姫君への贈り物ですよ」

 青年はにっこり笑うと、エレナを優しく降ろした。

 エレナは真っ赤なカーペットの上で、どうしていいか分からず、おずおずと小さな姫君を見つめた。

「ふーん」

 シルヴィアはじろじろとエレナを見つめ返すと、青年に言った。

「この子が贈り物?あなたの考えていることは、いつもわからないわ」

「遊び相手になってくれ、と仰っていたでしょう? ですが、僕は常にお傍にいることはできません」

 ですから、と彼は続ける。

「この子を姫君の遊び相手として、連れてきたのですよ」

 

 エレナは頭がくらくらした。

 わたしが姫君の、遊び相手?

 何を考えてるんだ、この人は。


 助けを求めて青年を見たが、大丈夫、と彼の目は微笑む。

「きっと姫君も気に入ることでしょう」

 なぜか確信に満ちた声でそう言うと、青年は一礼した。

「それでは、用はこれだけですので。今日はこれにて失礼いたします」

 ちょっと待ってほしい。このまま姫君と二人きりにするというのか。

 エレナは慌てた。

 それはシルヴィアも同じようだった。

「ちょっと、ロレンツォ!」

 そう声をあげるものの、引き留めるには至らない。

 彼は少女達を残し、さっさと行ってしまった。 




 部屋に、一国の王女と二人きり。

 非常に、気まずかった。

「ねえ」

 先に口を開いたのはシルヴィアだった。

 そもそもエレナは恐れ多くて、何を話していいのか分からないのだ。

「ねえってば。あなた、口がきけないの?」

「い、いいえ」

 慌てて答えると、王女はフンと鼻をならした。

「あなた、名前は」

「え、エレナです。」

「ふーん。あたしはシルヴィア」

 その口調はどこか棘があって、本当にこの子と仲良くなれるのだろうか、とエレナは不安になる。

「ちょっと、分かってるんでしょうね? あなたはあたしの遊び相手なのよ。大体なんでこんな汚い服を着てるのよ」

 偉い人って、皆こんな感じなのだろうか。

 答えることも出来ず、ただ見つめていると、しびれを切らしてシルヴィアが言った。

「黙ってないで、なにか言ったらどう? なんでロレンツォが突然あなたを連れてきたの? そもそも、あなた達はどうして知り合ったの?」

 何か言わなくては。

 エレナはなんとか口を動かした。

「殺されそうになったところを、あの人が助けてくれたんです」

 途端に、シルヴィアの目が丸くなった。

 エレナは目をふせ、淡々と続ける。

「大切な人を、助けられなくて。わたしも殺されそうになって。でもあの人がわたしを助けて、こういったんです」

 雪の中でかけられた言葉が、ひしひしと思い出された。

「今君がすべきことは、生きることだと」


 視線を感じて顔をあげれば、目の前でシルヴィアが食い入るようにこちらを見つめていた。

「それで?」

「彼と取引をしました。助けてもらう代わりに、彼の主人に仕えるように、と」

 シルヴィアの目が揺れる。瞳の中に、エレナを思う純粋な光が宿っていた。

 その光景はなぜか、とても美しく思えた。

「主人っていうから、最初はもっと怖い人かと思っていたんです」

 言いながら、エレナは微笑んだ。

「でも、こんなにきれいな人だとは思わなかった。」

 シルヴィアの目が見開かれる。

「……なによいきなり。お世辞を言っても何もでないわよ」

「おせじ?」

「お世辞が分からないの?」

 呆れたように王女は言った。しかし次の瞬間、はっきりとエレナを見つめ直す。

「いいわ。あなたはどこか寂れた村からきたんでしょ。――あたしの遊び相手になるなら、きちんと言葉遣いを覚えなきゃだめよ。そんな服は捨てて、もっときれいな服を着るの。あたしに似合う人になれるよう、教育も受けさせてあげるわ」

 シルヴィアは早口でまくしたてた。

「いいこと? あなたはあたしが面倒見てあげる。だって遊び相手なんだから」

 エレナは、シルヴィアを見返した。

 何を言っているのかよく分からない。

 しかし、この姫君は本当は優しい人なのだと、それだけは分かった。




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