表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂人理論  作者: 金椎響
第一章 海に浮かんだ理想郷
4/30

ドロイド襲撃

 濃紺の自動車が南へ向け、凄まじい速度で駆け抜けていく。

 ジョリオンの車は高速運転でも安定していて、ハンドルや車体がぐらつくことがない。

 まだ正午を過ぎたばかりだが、運転席に収まったジョリオンの表情はどことなく暗い。ここ半日ですっかり老け込んだかのような、そんな印象を受ける。

 とはいえ、疲れているように見えるだけで、タフなジョリオンの精神はこの程度では打ち負かすことはできない。


<ジョリー、わたしにはいくつか疑問があります>

「マジか、まだあんのかよ。言ってみろよ」

<今朝、研究室でツクシから話を聞き、ノリーンはひとりでノース・チャイナ・ペンタゴンにあるチェルシーの店を訪ねましたね>

「おう、その点に異論はない」

<紛争予測アルゴリズムの生成に失敗したノリーンにとって、プリクライムの犯罪予測システムが抱える根本的に問題に、彼女はすぐ思い至ったはずです。ですが、わたしが疑問に思っているのは、なぜ彼女はひとりで行動しなくてはいけなかったのか?>

「……おい、おまえ、冗談言ってる場合か?」


 ジョリオンが露骨に嫌そうな顔をした。


<……冗談、とは?>

「プリクライムの死角は、軍事機密に代表される情報公開制度(ディスクロージャー)が十分に機能しない、アカウンタビリティの根本的な欠落にある。当然、その手の情報資源(インフォリソース)にアクセスできた人間は限られてる」


 ジョリオンは自らの顎をそっと撫でる。


<ええ、ジョリーの推論は妥当だとわたしも判断します>

「ということは当然、兵装奪取の実行犯は諜報軍(インテリジェンス)の専用データリンク回線へのアクセス権限を有し、かつ自身もプリクライムの予測システムの情報収集や行動履歴分析に引っかからない、特権的な資格を持っている恐れが極めて高い」

<……つまり?>

「わかんねえか? ご同業だよ」

<なるほど、理解しました。つまり、ジョリーと共に行動することは、極めて危険性の高い選択ということですね>

「ちくしょう。このポンコツ、今更それを言うのかよ……」


 ジョリオンは弱々しい口調で吐き捨てた。


<今更も何も、それがジョリオンの仕事なのですから、観念するべきでしょう>

「まあな。どうせここまで来たら、腹をくくるしかねえ」

<もし、この事件を見事解決することができたならば、わたしをアルテア名誉市民に推薦してくれますよね?>

「機械に名誉欲があるとは驚きだ。大体、どこにそんな自信があるのやら……」


 ハルートは自らの胸元を指差した。


<ところで、ジョリー。諜報軍(インテリジェンス)アルテア戦術作戦センター《TOCA》へ行く判断は賢明な判断だとわたしも思いますが、危険性の高い道中に関して、何か対抗策はお持ちなんでしょうか?>

「……対抗、策? なんでだ?」


 ちょうど、ジョリオンの車の前を自動運転で走行する大型無人トラック。

 次第に、ジョリオンの車との距離を狭めていく。

 後部に設けられたコンテナの金属製の扉がゆっくりと開く。そのなかに収められていたのは、オリーブドラブを基調に最新鋭のピクセル迷彩を施された、全長二メートルにも達する戦闘用ドロイドの巨体だ。

 陸軍(アーミー)が制式採用し、ウクライナへ軍事供与される予定だったWBDN六――ウォーカー・バトル・ドロイド・ネクストシックス。その鋭いラインセンサーの眼光が赤々と光り出し、力強い一歩を踏み出す。


<……今朝、IRIS社から奪取されたのは、ネクストシックスでしたね?>

「ああ、それがどうした?」

<ジョリー、すぐに安全な場所に避難してください>

「安全な場所、だと? そんなもんが一体、どこにあるっていうんだ……」


 ハルートは言うが早いか、シートベルトを外して身を乗り出す。


「おい、まさか。対抗策ってのは……」


 ジョリオンも異変に気付き、身構える。


<はい、ジョリー。そのまさかです>


 ハルートは五本の指を握り締めると渾身の力を、フロントガラスに向けて解き放つ。

 情報投影や四散防止のためフィルムが貼られていたガラスは、幾重に亀裂が走ると外れて車外へ飛んでいく。高速道に転がり落ちたフロントガラスは瞬く間に、後方へ舞い上がって見えなくなってしまう。

 途端に、車内へと冷たい空気が流れ込んでくる。

 戦闘用ドロイドは一メートルほどの短い助走で、ジョリオンの車のボンネット目がけて華麗に着地してみせる。大きな音を立てながら、ボンネットが戦闘用ドロイドの足の形にそって凹む。

 だが、戦闘用ドロイドが攻撃態勢に移行するよりも前に、ハルートが身体を乗り出していた。


<初めまして。お会いできて光栄です>


 ハルートの不自然な姿勢からの強烈な拳が、車内へ飛び込もうとした戦闘用ドロイドの胸に炸裂した。

 小火器程度の攻撃なら防いでしまう、胸部に設けられた複合装甲コンポジット・アーマー。だが、ハルートの強力な一撃はそれに蜘蛛の巣状の亀裂を入れる。

 耐久値を大きく超える衝撃がドロイドの身体を襲い、その内部を徹底的に破壊し、ショートした回路が火花を散らす。赤い眼光が点滅し、明らかに不可解な挙動を示してその巨体がぐらぐらと揺らぐ。


<では、さようなら>


 ボクサーの放つようなハルートの繰り出す重たいストレート、それがドロイドの頭部ユニットへ綺麗に入る。あまりの強さに、人工関節が軋みを上げて、顎が胸に突き刺さった。

 ドロイドは勢いに押されるがまま、ひっくり返る。

 その巨体がジョリオンの運転する車の下にもぐり込み、前輪と後輪のタイヤが追い打ちをかけた。緊急停止できなかった後続の車両がドロイドの残骸を踏み砕き、さらに細かい破片に粉砕していく。


「ああっ!? おいおい、嘘だろ? おれの愛車があっ!? まだローンが残ってんのにっ!!」


 ジョリオンの悲痛な叫びが車内から外へ向って広がる。


<ジョリー、敵性ドロイドが来ます。ガイドに従って避けてください>

「ガイドも何も……表示すべきフロントガラスがないぞぉ!?」


 僚機を瞬殺されようとも、二機目、三機目の敵性ドロイドがなんの躊躇もなく無人トラックから飛び出し、車に組みつこうとする。

 ハルートは腕を運転席まで強引に伸ばし、ハンドルを右へ左へ巧みに切っていく。その的確なハンドル捌きに車体が答え、右へ左へ車が踊るように動く。

 ジョリオンの鍛え上げられた肉体さえもシートに押し付けられ、強烈な重力にされるがままとなる。普通の人間であれば左右へ揺さぶられて、ハンドル操作が危うくなるところだった。

 だが、ハルートの腕の動きには、そういった不安定さは見られない。

 タイヤが普段聞いたことのないような音を上げ、独特の焦げ臭さを伴った白煙が上がる。

 二機目のドロイドを辛うじて避けた。

 そして、三機目のドロイドには車体の鼻先をぶつけて後方へ撥ね飛ばす。


「ああっ、こいつ! おれの車で撥ねやがった!?」


 不吉な音とともに、車体前方に凹みが生じていた。

 ジョリオンの情けない声が上がり、助手席のハルートを責める。


<良かったですね、ジョリー。保険金で新車が買えますよ>

「馬鹿野郎! こいつは限定車なんだよっ!!」

<ジョリー、アクセルを強く踏み込んで>


 ハルートの強い口調に促されるまま、ジョリオンは反射的に目一杯ペダルを踏む。

 車体はぐんと急加速し、無人トラックとの車間距離を一気に狭めていく。


「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ!! ぶつかるぞ!?」


 ジョリオンの目が限界まで開かれ、咄嗟に両手で顔を覆う。


<その通り>


 次の瞬間、車体を激しい衝撃が襲う。

 近くに砲弾が落ちたかのような炸裂音が轟き、ジョリオンの鼓膜をこれでもかと震わす。トラックから跳躍しようとしていた敵性ドロイドが衝突に姿勢を崩し、ジョリオンの車のボンネットに転がり落ちてくる。

 生じた一瞬の隙を突いて、ハルートは敵性ドロイドの頭部ユニットを鷲掴みにした。そして、渾身の力を指先に込めると、車外へ向って放り投げる。

 高速道に、等距離で設置された照明灯の支柱。

 敵性ドロイドはそれに激しく衝突すると、その身体が折れ曲がり上半身と下半身に分かれた。下半身は後続の車両に幾度も撥ねられていく。上半身の行方は誰も知らない。


<これでよし>


 ハルートは満足げに言うと、助手席のシートに背中を預けた。


「よくねえよっ!!」


 ジョリオンの絶叫が高速道に響き渡る。


<これで残りのネクストシックスは三〇機になりました。いいペースですね>

「……言うまい。もう、何も言うまい」


 ジョリオンは涙で滲んだ目元を擦る。


<なるほど、ノリーンがどうしてジョリーとの接触を避けたのか、よくわかりました>

「この野郎……」

<そんな恨めしい目でわたしを見ないでください。もしも、ジョリーがひとりで捜査していたら、今頃生きては帰れませんでした。わたしの優秀さ、有用性、そして何より相棒(バディ)に相応しい能力がある、ということをこの一件で証明できたと思いますが、いかがですか?>

「……能力はあるかもだが、おれの車はめちゃくちゃだ!」


 その時、車体を強烈な揺れが襲う。

 ジョリオンの胸が強かにハンドルへ打ち付けられて、場違いなクラクションを鳴らす。

 濃紺の車の側面に、先ほど敵性ドロイドが飛び降りた無人トラックの鼻先が襲いかかる。


「野郎っ!?」


 ジョリオンが殺気立った言葉を放つ。


「往生際の悪いやつめ」

<ジョリー。あのトラックを排除するために有効な攻撃手段、何かないでしょうか?>

「あるぜ、とっておきのがな」


 ジョリオンは運転席のドアに備え付けられたホルダーから、長身のスマート・ガンを取り出す。

 一般的な自動式拳銃の二から三倍は長い銃身が目を引く。そして、上下にふたつ、四角い銃口が並んでいる。銃身の下部に設けられた補助グリップに、ジョリオンは左手を添えた。


<では、代わりにわたしが運転しましょう>


 ハルートが助手席側から、ハンドルを右手だけで握り締めて運転する。


<ですが、その銃であのトラックの動きを封じ込めることができますか?>

「まあな、そこで見てろって」


 ジョリオンは銃の上部に装着した光学照準器(オプティカルサイト)を強い眼差しで覗き込む。

 情報投影用のフィルムが照準器には張り付けられており、標的までの距離や標的の相対的な速度、銃が蓄えているエネルギー残量など、様々な情報が表示されている。


「おれの愛車の仇、こいつで晴らさせてもらうぜ!」

<ジョリー、あなたの愛車はまだ動いています。死んでいません>


 ジョリオンは唇を舌で濡らしながら、引き金に指をかける。

 そして、躊躇いなく引いた。

 ふたつの銃口から、眩いほどの青白い光の奔流が迸る。

 大気圏内での減衰が少ないフッ化重水素レーザー。波長三・八マイクロメートルの中赤外線域化学レーザーが運転席目がけて殺到する。フロントガラスや座席はおろか、トラックの前面を青白い光の暴力が蹂躙し、木端微塵に吹き飛ばし、焼き尽くす。

 制御する手立てを失った無人トラックは、ゆっくりと速度を落とし、後方へ流れる点のひとつとなった。


<なるほど。高エネルギーレーザー《HEL》を照射する、化学レーザー兵器《CLW》でしたか>


 ハルートは物珍しそうな視線を、ジョリオンが握り締めているスマート・ガンへ向けた。


「ああ。だが、今のはハイ・パフォーマンスモードだ。充電せにゃならん」


 ジョリオンはスマート・ガンをホルダーに戻す。


<その銃、もう一丁ありませんか?>

「あるが、生体兆候(バイタルサイン)が必要だ。でも、おまえさんにはどうやら生体兆候はなさそうだな」

<それは残念ですね>


 ジョリオンは思わず苦笑いを浮かべながら言う。


「何が残念、だよ。使う機会なんて、ない方がいいに決まってんだろ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ