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狂人理論  作者: 金椎響
第三章 幻影都市《ファントム・シティ》
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死の舞踏《トテンタンツ》

「ねぇ、ノリーン」

「……何?」

「いや、そんな頑なにならなくてもさ」


 運転席でステアリングを握るチェルシーの気遣いで溢れた問いかけ。

 つい反射的にノリーンは言い返そうとしてしまう。

 だが、結局のところ、こんなところでチェルシーを相手にムキになったところで現状は何も変わらない。

 そうと思うとなんだか馬鹿らしくなり、自然と反抗する気力も削がれてしまう。

 ノリーンは押し黙る。

 チェルシーはさりげなくサイドミラーへ視線を移す。

 そこに映っているのは、黒いイタリア製の高級車とそれを運転しているハーキュリーズの姿だ。

 ノリーンたちは今、アルテア中心街(セントラル)から、ジョリオンの隠れ家(セーフハウス)へ向けて移動の最中だった。

 兵装奪取事件の首謀者クラリッサ・カロッサがハーキュリーズに無力化されたとはいえ、アルテアに降り注ぐ未曾有(みぞう)の事件は未だ決着していない。

 むしろ、クラリッサがこじ開けた災厄の扉から、とんでもない代物が飛び出してくる嫌な予感があった。

 それがかつてハーキュリーズやノリーンの父が所属し、現在もジョリオンが所属する諜報軍(インテリジェンス)なのかどうか。

 そして、何よりも気になるのがクラリッサの真の狙いだ。

 IRISアルテア本社ビルで対峙したクラリッサ、彼女が浮かべる大胆不敵で挑戦的な笑み。

 あの妖しい笑顔の下に、きっと真意があるはずだ。

 まさか、これで終わったなどと考えるべきではないのは明々白々だった。


「ほら、あたしもハークもいるんだからさ、そんなに肩肘張らなくってもいいんじゃない?」

「でも、これからわたしたちが相手をするのはあの情報軍(インテリジェンス)なのよ? 彼らを真正面から相手して、無事戦い抜けるだなんて思っちゃいないわ」

「となると、どこかで妥協点を見出す必要があるね」


 まったくもって正論だがどこか呑気な口調で言うチェルシーの姿に、ノリーンは重たい溜息を吐き出す。

 シートに背を預けた。

 極度の緊張の連続で、身体はノリーンの想定以上に疲労を蓄積しているのがわかる。

 無論、これしきのことで音を上げるノリーンではない。

 だが、今後に待ち受ける厳しい状況に備えて本格的な休息を取る必要性があるだろう。


「妥協点、ねぇ……。わたしの脳内神経マトリクスを狙っている以上、取引は絶望的でしょう? この頭から易々と脳味噌を抜き取られるわけにはいかない以上、自分自身を“人質”にして……どうにかこの窮地を脱するしかない」


 ちらりと横目でノリーンの様子を覗うチェルシー。

 その気遣いと優しさに息苦しさを感じてしまうのは、ノリーンが素直じゃないからだろうか。

 それとも、ジョリオンやハーキュリーズ、ハルートたちとは異なり、正面衝突を避けるチェルシーに甘えているのだろうか。

 ノリーンは目を瞑って、自問自答する。

 いまさらながら、チェルシーを巻き込むべきではなかった。


「でもさ、脳内神経マトリクスはニューロスキャンで読み取り可能でしょ? だったら……」

「ええ。チェルシー、あなたの言いたいことはわかるわ。でもね、彼らはより高精度のマトリクスが欲しい。となると、被験体の安全を(かえり)みない、非常に危険な走査になるはず。たとえば、死体の脳にやるような、ね」


 ノリーンのどこか他人事のような冷たい口調に、チェルシーの背筋が凍る。


「だっ、大丈夫だよ、ノリーンっ!? あたしも一肌脱ぐからさ!」


 片目を閉じて笑いかけてくるチェルシーに、ノリーンはどこか呆れたように息を吐く。


「そう言うけれど、チェルシーに何ができるって言うの。まぁ、その気持ちだけで十分よ。もう危険なくらいあなたを巻き込んでしまった訳だしね」

「そうだね。これも、運命の悪戯ってやつかなぁ。なかなか、思い通りにはいかないなー」


 その声音からは到底深刻さを見出せない、穏やかな口調で言うチェルシー。

 その浮かべた笑みに、ノリーンはまたも溜息をつく。

 今のノリーンに必要なのはチェルシーの温かさなのではなく、やはりハルートの容赦のない一撃のような突っ込みのような気がする。

 そして、それはハーキュリーズの言う通り、ノリーンのほうから歩み寄らねばなければ得ることのできないものだ。


「……ハルートは、今頃何してるかしらね」

「そう思うんなら連絡、すればいいのに」


 痛いところを突かれて、ノリーンは黙り込んだ。



 ジョリオンの隠れ家(セーフハウス)に横付けされたステルス無人ヘリの貨物区画(カーゴブロック)で、ジョリオンはふうとひとつ溜息をついた。

 彼の手には拳銃型の注射器が握られている。ゆっくりと引き金(トリガー)を引くと、アンプルに収められていた液化した薬物がジョリオンの皮下に注入される。

 その様子を黙って見守っていた教授(プロフェッサー)は注射痕にシートを貼る。


<ジョリー、無理は禁物ですよ>奥で佇むハルートが言う。

「まぁ、本音を言えばこのままここのベッドで寝て過ごしたいところだが」


 ジョリオンがにっと悪戯っぽく笑う。


「生憎、事件はまだ終わっちゃいないんでね」


 ジョリオンは冗談めかして強気に笑ってみせる。だが、そこに虚勢が混じっていることを見抜けないハルートではない。

 サーティンとの過酷な肉弾戦を経て、ジョリオンの身体は限度いっぱいまで痛めつけられていた。


「おれのことはこの際どうだっていい。それよりも教授(プロフェッサー)、できればきみには留守番を頼みたいんだが……」


 不意に真剣な口調になったジョリオンに、教授(プロフェッサー)は首を左右に振る。


「いいえ。隠れ家(セーフハウス)からの支援では不十分です。このヘリから少佐(メイジャー)たちをバックアップします」


 今、教授(プロフェッサー)はジョリオンやツクシと同じように、タクティカル・スキンの上からボディアーマーやコンバット・チェスト・ハーネス、それに破片用保護眼鏡バリスティック・グラスという出立(いでた)ちをしている。


「……本当は、残って守ってやりたいくらいなんだが」


 ジョリオンは言いながら、横目でハルートとツクシの姿を見る。


<別に、ここに残って彼女を警護してもいいんですよ、ジョリー?>

「そうですよ、ハルートにはわたしがちゃんとついてますから」


 ハルートとツクシはすっかりやる気になっていて、ステルス無人ヘリにも先陣を切って乗り込んでいた。


「いやいやいや、正確にはきみらはおれの協力者なんだからな、単独行動は困る」

<とはいえ、かく言うジョリーもサーティン戦で負傷を負い、疲労も蓄積しているのですから>


 ハルートの指摘に、ジョリオンは言葉を詰まらせる。


「それを言い出したら切りがない。とにかく、今はノリーンたちと合流することだけを考えろ」


 言いながら、ジョリオンはヘリのなかに持ち込んだ装備を点検する。

 ステルス無人ヘリは、大勢の戦闘要員(オペレータ)や戦闘用ドロイドを一度に運ぶため、広大な貨物区画(カーゴブロック)が設けられていた。

 その余裕のある積載物(ペイロード)を利用して、ジョリオンはハルートと協力して、様々な装備や機器を運び込んでいた。


<それは、わたしが作成した追加武装ですね?>

「ああ、いくつか使えそうな武装があったからヘリのなかで組み上げて、一事が万事というときには使おうと思ってな」


 ジョリオンは言いながら、3Dプリンターのタッチパネルに触れる。

 タクティカル・スキンに備わった読み取り機(リーダー)がジョリオンの思考を読み取り、支援型AIが気になっていた図面のいくつかを無線通信でやり取りし、最適化された形状を提案する。


<状況の変化を見据えた、非常によい判断です。そういうことならば、お手伝いしますよ?>

「ああ、頼りにしてるぜ」

<頼まれなくとも、自分の務めはしっかりと果たす心積もりですよ>


 そう言ってのけるハルートに、ジョリオンは励まされたような、そんな気分になった。



 トゥエルヴはヴィーナを抱えて、人ひとりがやっと通れるかという狭い「通路」を走破する。

 アルテア市警《APD》第七分署の建設時の設計図面ではケーブル敷設用の大型配管という説明だが、ハルートやサーティンとは違って小柄なトゥエルヴの身体ならば辛うじて通行が可能だ。

 定期検査や拡張工事の際に使われる専用の扉を開け、災害時に消火用ドロイドや救助ドロイドが走る専用レールの上を綱渡りの要領で渡る。

 ただでさえ難易度が高いのに、脇に破損したヴィーナを抱えての行軍。だが、これしきの苦難に屈するトゥエルヴではない。高度な演算技術を駆使して、軽々とした身のこなしで易々と鉄骨を渡り切る。

 防火扉をこじ開けて、広い地下空間に飛び出す。

 そこにあるのは、場違いに広大なプラットホーム。

 いくつもの線路とホームがある。ただそれだけならば、地下鉄の駅という印象だ。

 だが、止められた車両は漆黒の強固な装甲が施され、機関砲とロケットランチャー、地対空ミサイルランチャーといった物騒な装備が虚空に向かって突き出ている。


<……ここは?>

<万が一、署内や周辺の地域住民などの大量の人員を避難、あるいは他都市から中心街(セントラル)に要員を効率よく動員する際のために作られた地下鉄道駅だ>


 トゥエルヴの視界に表示されたヴィーナの方向指示に従って歩く。

 ホームには、二機の戦闘用ドロイドが入り口を警護していた。

 一機はAMI――アルテア・ミリタリー・インダストリーズ社製のパトローラー。

 人型ではあるが、下半身は四脚でどこか昆虫めいた印象を与える。

 踵には小型のホイールが設置され、巡察機(パトローラー)の名前の通り、素早い機動力で車両に追随できる。

 もう一機は、同じくAMI社のインターセプターだ。

 五本の指状のマニュピレータを持ち、人が携行可能な武器は一通り使用できる。

 このインターセプターは、迎撃機(インターセプター)の名を体で表すように右手には半透明の硬質樹脂製の盾を備え、左手には外付け複合測量装置やロケットランチャーが取り付けられたアサルトカービンを保持している。

 軽装甲軽量級のIRIS社のネクストシックスとは異なり、この二機は重装甲重量級の戦闘用ドロイドだ。機体を小型化するノウハウを持たないAMI社は、俊敏さや機動性を捨てる代わりに、出力を上げ装甲を施して守りを固める設計思想に辿り着いた。

 先頭車両には乗り込まず、二列目の車両へ向かう。

 トゥエルヴの存在を察知して、扉が開く。

 警戒しつつも乗り込むと、そこにはひとりの青年が待ち構えていた。

 反射的に、トゥエルヴは身構える。

 くしゃくしゃの栗色の髪に、晴れ渡る青空のような青い瞳。日焼け知らずの白い肌をしていて、柔和な童顔。まるで、女性のよう。黒縁のスマートグラスをかけ、随分と華奢な身体をしている。

 糊のきいた白いワイシャツに、ノースリーブの黒いベスト、きっちりと折り目のついたスラックスに濃い茶色の革靴を履いていた。ジョリオンやハーキュリーズのように超のつく高級品ではないが、センスを感じさせる恰好だ。


<案ずるな、彼は敵ではない>

「アレグザンダー・エイブラムス。アレックスって呼んでよ。ヴィーナの保守点検を担当してる技術者(エンジニア)さ」

<……わたしはWSN一二、ウォーカー・シリーズ・ネクストトゥエルヴ>

「ああ。よろしく、エル」

<エル?>

「トゥ『エル』ヴ、だから『エル』さ。……嫌かい?」


 そして、自然な動作で手を差し出すアレグザンダーに、トゥエルヴは戸惑う。

 おろおろするトゥエルヴの姿に、アレグザンダーはふっと柔らかい笑みを浮かべる。

 アレグザンダーはその手でヴィーナの身体を受け取ると、空いた手で改めてトゥエルヴの掌を取り、握り直す。


「彼女を、ヴィーナを助けてくれて、本当にありがとう。まさか彼女がやられてしまうとは思っていなかったから……。本当に、肝が冷えたよ」


 邪気のないアレグザンダーの言葉に、トゥエルヴは罪悪感にも似た感情を抱く。

 ヴィーナを傷つけたのは、トゥエルヴの主人であるクラリッサだ。

 それに、トゥエルヴの本意ではないとはいえ、結果的にヴィーナや“プリクライム”に挑戦することになった。

 金属音が轟くと、一瞬だけほんの僅かな横揺れが生じる。列車が動き出す。

 サスペンションの性能がいいのか、モーターを制御するソフトウェアが優れているのか、振動は抑えられていた。

 周囲をぐるりと装甲版で囲われているが、内側に張り付けられた情報投影用のディスプレイフィルムが外部カメラの映像をリアルタイムで映し出している。

 手すりや柵のない車両が猛烈な速度を出して走っているように見えるが、アレグザンダーは慣れているのかまったく動じない。


「そしてごめんよ、ヴィーナ。生憎、きみの疑似神経管パラニューロンチューブを収納可能な義体は今、これしかないんだ」


 アレグザンダーが作業台の上にかけられた覆いを捲る。

 そこに横たえられていたのは、栗色の髪の少女の裸体。


<……これは汝の妹>

「ぼくの妹が今も生きていたら、ちょうどこんな感じになっただろうっていう、機械人形(オートマトン)さ。外観は医療用人工皮膚でできているけど、皮の下は金属細工さ」

<すまない、取り上げる形になって>


 普段は超然とし、何者にも多少のことでは動じない態度のヴィーナ。だが、今はどこか覇気がないようにトゥエルヴには感じられた。


「今はいいよ。壊れたままじゃあ、これから先が大変だ。ただし、報酬はちゃんと請求させてもらうからね」

<無論だ。汝の妹の身体も、生体全身義体の形で補償させてもらおう>

「そりゃどうも」


 アレグザンダーが機器に備えつけられた複数のディスプレイを慣れた手つきで操作していく。

 内側からロック機構が解除される。

 ヴィーナと、それから機械人形(オートマトン)の頭頂部が横に滑る。

 そこから露わになった頭蓋のなか。

 電子機器の塊である電算系と並列系と、透明な円柱状のケースに収められた疑似神経管パラニューロンチューブの一部。それが露わになり、顔を覗かせる。

 内用液で満たされた管を、アレグザンダーが慎重に慎重を重ねた動きで音もなく引き抜く。

 センサーがチューブの動きを捉えて、ぷしっという圧縮空気の音を発して端子部分が外れた。


「……ああ、よかった。チューブに問題はなさそうだ」


 アレグザンダーは天井の照明にチューブを掲げてみせた。

 目視だけでなく、複合センサー群がチューブに光を当てて走査する。


<現在のリアルタイム・クラウド・バックアップ技術があれば、記憶媒体の無事はさほど問題になるとは思えないのだが?>

「まぁ、通常の機械ならそうだろうけど、生憎“プリクライム”は機密の塊だからね。クラッキングを恐れて、そう易々とサーバー上にアップロードするわけにはいかないんだ」

<……なるほど。そうだったな>

「それに、“プリクライム”は第七分署自体が巨大な運用機関ということでよく誤解されるけれど、結局のところは都市犯罪予測システム、つまりはアルゴリズムでしかない。高度な人工知能(AI)ユニットではあるけれど、全知全能の神でもなければ新たなる地球の支配者っていうわけでもない。蓄積されるのは犯罪予測に必要なデータだけ。それ以外の不要な情報は自己診断で消去される」


 アレグザンダーは円柱形の疑似神経管パラニューロンチューブを義体のほうへ挿入する。


「そういう意味で、ヴィーナは“プリクライム”にとって唯一無二の実存であり、“彼女”と現実社会や世界を結ぶ架け橋なのさ」


 アレグザンダーは手を掲げると、大きく伸びをした。


「さあ、ここからは大仕事になるよ」



 アルテア市中心街から離れた湾岸沿い、その輪郭が日の光に照らされて水面に不思議な像を浮かび上がらせた。

 湾内にはいくつもの大型ガントリークレーンが影を引く。大型コンテナが集積された港湾施設を囲うように建てられた、貨物物資を集積するための倉庫群。多くの多脚型ドロイドたちが光と影の合間を行き交い、見るからに重たそうな金属製の箱を牽引する。

 そのなかの一角に、作業用ドロイドたちが寄りつかない無人地帯があった。

 諜報軍(インテリジェンス)配下の戦闘用ドロイド、ネクストシックスの複数の残骸のなかに立つふたつの機影。WSN一三――ウォーカー・シリーズ・ネクストサーティンと整備用ドロイドの姿だ。

 辛うじて追手を打ち倒したサーティンだったが、その身体はハルートによって負った無数の傷と窪みで覆われて、本来の機能とは程遠い。立っているのもやっとという有様だ。


<ふんっ、ようやくクラリッサから解き放たれたというのに、この様とはな。先行きが思いやられる。これではハルートとジョリオンを倒すどころか、追手を返り討つのも一苦労だな>


 直刀状の高周波ブレードをその場に突き立てると、手で四肢に張り付いたままになっていた氷を削り落とすようにして払う。機体性能の低下を己の技量で補ったとはいえ、さすがのサーティンもこんな戦いをずっと続けられるはずもない。


<倉庫から使えそうな予備のパーツを探しましょう。この損害を負ったフレームでの継戦は困難です>

<よかろう>


 サーティンは改めて高周波ブレードを握り直すと、瓦礫の山を先陣を切って歩いていく。情報収集と処理に長けたサーティンが先導し周囲の安全を確認してから、整備用ドロイドがサーティンの後を追う。

 目当ての場所にはすぐに辿り着いた。IRIS本社ビルで傷を負ったサーティンの破損個所を修復した場所であり、教授(プロフェッサー)を拘束していた一室は今は無数の瓦礫と鉄骨の山に覆われて跡形もない。


<このガラクタの山を引っくり返して無事な予備部品を探すとなると……厄介だな>


 整備用ドロイドが破片をひとつずつ拾っては退けていく姿を、サーティンは見守る。

 一瞬だけ、サーティンも剣を置いてその作業に加わろうとしたが、敵の急襲のリスクを鑑みてやめた。今、ここで再度襲われたとき、事態に対処可能のはサーティン一機のみだ。

 整備用ドロイドの想像していたよりもはるかに絶望的な作業速度を目の当たりにして、サーティンは機体の修復を放棄して、一旦この場を離脱すべきではないかというプランを真剣に吟味していた。

 ジョリオン配下のネクストシックスを軒並み破壊した以上、彼は更なる戦力の投入を図るだろう。それは時間の問題だった。ここで悠長に瓦礫を引っくり返している訳にはいかない。

 サーティンたちの置かれている状態は、かなりの困難を伴っていた。ただでさえ代えのきかない戦力を分散配備したせいで、一度戦況が悪化した際にそれを立て直すための予備戦力を欠いていた。

 頼みの綱のクラリッサもネクストトゥエルヴも単独行動を強いられている以上、合流するのも困難が伴う。

 しかも、先のハルートとの一戦で深手を負って平生(へいぜい)の能力を発揮できない今のサーティンには自身の高いスペックで力押しで行くこともままならない。

 そのとき、サーティンは高周波ブレードの切っ先を虚空に向けた。

 整備用ドロイドもつられて光学レンズをブレードの先へと向けるが、そこには何もいない。だが、サーティンの背中からは明らかに緊張と警戒の色を帯びている。


<……何者だ? 隠れていないで姿を現したらどうだ?>


 サーティンの声かけに応じるようにして、落ち着いた笑い声が周囲に木霊する。整備用ドロイドが体を縮こませた。


<さすがはクラリッサ・カロッサが作りし戦闘特化型ドロイド、わたしの気配を敏感に嗅ぎ取るとは恐れ入った>


 すると、そこから浮かび上がってきたのは全身甲冑(フルプレート)型のドロイドの姿だった。サーティンよりも背が低いが、ハルートと同じくらいの背丈。その機体は艶消しの黒と硬質の鈍色(にびいろ)のツートンカラーで彩られている。

 特徴的なのは、双眸のかわりに頭部に刻み込まれたX字のクロスラインセンサーの鋭い眼光だ。


<周囲の風景に姿を溶け込ませるとは、まるでカメレオンのようなやつだな>

<次世代型光学式機体擬態システムだ。走査するセンサー系を欺瞞する特殊なピクセルパターンを機体表面に投影して、自身の存在を悟られなくする>

<ふん、わざわざ説明などしなくてもいい>


 低い声音だ。人工音声とは思えない、人に限りなく近い声をしている。

 サーティンは相手の姿から戦闘プランを練る。機体背部のX字の武装懸架プラットフォームから近接格闘戦に特化した戦闘用ドロイドであると推測できた。

 問題は、深刻な損傷を追った今のサーティンにとって戦闘は可能な限り避けたいということだ。脚部のロケット推進器は推進剤の残量が心許ないので、可能な限り離脱時のために温存しておきたい。つまりは不要不急の戦闘は可能な限り回避したいということだ。


<ふふっ。サーティンよ、わたしはおまえの敵ではない>

<……なんだと?>

<クラリッサ・カロッサが自身の望みを叶えたのはいい。だが、その過程においてとんでもない代物を世に解き放ってしまった。わたしはその後始末をせねばならない。しかしながら、生憎わたしはひとり。そこで、きみの手を借りたい>


 目の前のドロイドはおどけたように手をぱっと広げてみせた。その仕草を胡散臭そうに眺めるサーティン。


<どうだろうか、サーティン。ここはひとつ、わたしとともに戦ってはくれぬか? 無論、わたしとてタダでだなどと無粋なことは言わん>


 ドロイドの言葉に、サーティンは暫しの間押し黙った。


<最初にだが、ともに戦えと言うのであれば、まずは名を名乗ったらどうだ?>

<……おっと、これは失礼>


 言うが早いか、ドロイドは恭しく片膝をついて頭を垂れた。


<申し遅れた。わたしはミスタ・エックス。人々からはそう呼ばれている。覚えておいてもらおうか>


 ミスタ・エックスの眼光が鋭く光ると、サーティンの姿を一瞥してみせた。

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