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狂人理論  作者: 金椎響
第一章 海に浮かんだ理想郷
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不揃いなふたり組

 早朝だと言うのに、ノリーンの研究室には来訪者がいた。

 艶やかな黒髪を四つ編みのフィッシュボーンに編み込み、胸元に垂らした学生。彼女は、壁に表示されたディスプレイの数値やグラフを興味津々といった趣で眺めて回った。

 機能美を追求するノリーンとはまた異なる美意識を持っていることが服装からもわかる、フェミニンな装いは3D広告から飛び出して来たかのような洗練された出立(いでた)ちをしている。

 彼女の名前はツクシ・ツクモ。

 ノリーンの指導教官が指導する研究室に所属している学部生だ。

 ティーン・エイジャーの時飛び級で入学し、早々に学位を取得したノリーンよりも二歳年上の二〇歳だが、並んで立つとツクシよりもノリーンの方がずっと大人びて見える。


「おはようございます。今朝もお邪魔してすみません」

「気にしないで。いつでも来てって言ったのはこっちの方だから」

「この解析結果……人を戦いに駆り立てる因子、ですか?」


 端整なツクシの童顔が綻ぶ。つられてノリーンの表情も緩む。

 ノリーンは頷きながら、ツクシが持ってきた朝食を物色する。

 BLT――脂肪分の少ないベーコン・レタス・トマトが低塩パンにはさまれたサンドイッチ。

 メキシコ風ライス、フリホレス(インゲンマメ)、肉、甘口のサルサをトルティーヤと呼ばれるすり潰したトウモロコシでできた薄焼きのパン生地で包まれたブリート。

 カットされたレタス、玉ねぎ、にんじん、コーンとヤングコーン、トマトにパプリカと色取り取りの野菜がぎっしりと詰め込まれた瓶詰(メイソンジャー)サラダ。

 そして、苺・蜜柑・キウイ・バナナ・パイナップルと生クリームをふんだんに使ったフルーツサンド。


「では、朝食を摂りながら、エヴァレット先生の特別授業ということで。これはその授業料です」


 そう言って、ツクシはブリートの入った棒状のアルミホイルの包みを差し出す。


「ありがとう。つい粗食絶食に走りがちだったから、こうして気にかけてもらえて嬉しいわ」

「いえいえ。こちらこそ、いつも押しかけてしまって……」


 ノリーンは机の上に広げられたプリントやタブレット端末、ノートパソコンをどかして場所を作る。


「そういえば、戦争は構造的に発生するっていう説、どこかで読んだことがあります」

「説自体はそんなに目新しいものじゃないからね。何十年も前から、提唱されてきたわけだから。戦争を人類学的見地から書いた論文は、一九五〇年代の学術雑誌ではたったの五本だけだった」


 ブリートを一口含むと、途端に腹の底から食欲が湧いてきてしまい、ノリーンの歯に自然と力がこもる。

 表面がぱりぱりに焼けた肉は噛めば噛むほど、肉汁が染み出てくる。

 すっかり握り締めたブリートの方にノリーンの意識が向かっているのは火を見るよりも明らかだった。

 代わりに、ハルートがツクシに向かって解説する。


<ですが、一九六〇年代以降はその傾向も変化しました。一九六四年、第一線を退いていたマーガレット・ミードは『戦争は作りごとでしかない』という題名で、文化決定論的な見地から論文を書いています>

「それ以前、一九五〇年代に統計学やゲーム理論が発達して、新鮮な学問として広く受け入れられていたの。『個々人の意思の帰結ではなく、社会の構造や文化に原因がある』という議論が受けて、好まれていたってわけ」

<その当時、米ソは冷戦の真っ只中でした。そこで、ソ連の指導者が直面する国際問題に対してどのような選好に基づいて行動するのか、ソ連の国益を最大に満足させる選択を明らかにする手段の開発に迫られていたというのも大きな要因ですね。ケネス・アローが特に有名な学者です>

「アロー、知ってます。ある特定の条件下では社会全体のコンセンサスは得られない、ってやつですよね」


 知っている名前が出て来て、思わずツクシの表情が明るく輝いた。

 ブリートを咀嚼(そしゃく)しているノリーンは頷く。

 その仕草を見たハルートがツクシに向き直って、スピーカーが電子的に合成された音声を発する。


<アローはふたり以上の構成員で成り立つ意思決定機関があり、少なくとも三つの異なる選択肢に直面している場合、どうやっても意見の一致は実現しないというジレンマを明らかにしました>

「この状況下で唯一意見が一致するのは、独裁者が存在するか、あるいは誰かが他者に自分の意思を押しつけるか」

<アローの理論は数学的に表現され、現在では『アローのパラドックス』や『アローの不可能性定理』として知られています>


 ハルートは給湯室から皿を持ってきて、ツクシに手渡す。

 瓶詰にされたサラダを丁寧な手つきで取り分けていくツクシ。

 ブリートだけでは摂取できる栄養が偏るという心配もない。そんな地味なところでも喜ぶノリーンだった。

 瓶のサラダはすっかり、綺麗に皿へ盛り付けられている。

 別に、これからすぐに食べてしまうのだから、わざわざ一手間をかける必要がないようにノリーンには思われるのだが、こういうところで手を抜かないのがツクシの長所だ。

 ハルートは忙しなく、今度はコーヒーメーカーへ向う。 


「まあ、彼の功績はむしろ、『人間行動は自由意思が働きにくい決定論的なものである』って仮定したところ。特定の行動パターンの数学的な確率を調べ、想定された選好の順番に従って一覧表を作れば、人間がどのように選択するか予測できると考えたの」

「なんとなく、言いたいことはわかります。でも、アローの話がどう戦いの因子に繋がるのかがわかりません」


 ツクシの困惑に、ノリーンとハルートは顔を合わせた。


「ちょっと手順を踏み外してしまったわね」

<熱が入るとつい論点先取になってしまうのは、人間が犯しやすい過ちのひとつですね>


 ハルートはふたりにマグカップを手渡す。


「戦争というのは、多くの側面を持っているの。だから、戦争は人間の本性だとか、人口圧力で引き起こされる云々、といった単純な説明で片付けられるものじゃないってことね」

<これはアローの限界にも通じる話ですが、個人や集団心理の生成、変化、発展様式はあまりにも多様かつ複雑で、一定の公式で表すことができません。なのに、つい戦争を論じる上ではそれが軽んじられてしまう傾向にあります>


 フルーツサンドを頬張ると、フルーツと生クリームの甘さが口いっぱいに広がる。

 やはり、ハルートにコーヒーを入れさせて正解だったな、などとノリーンは心のなかで呟く。

 一応、健康を気にして、自分ではこういう甘い食べ物は進んで食べないのだが、たまに食べるととてもおいしく感じた。


「でも、戦争に関する議論は、なかなかその傾向から離れることができなかった。さっき『人口圧力』っていう言葉が出てきたけど、詳しくは個体群と生息地の関係性ね。個体群と、扶養能力――つまり、彼らの食糧の消費量を支えることができる地域に着目した研究なんだけど」


 フルーツサンドの糖分を消費すべく、ノリーンは思考を巡らせる。

 ちらりと横目を向けると、ハルートも話し始める。


<消費量が多くなる、ということは個体群の増加を意味します。そして、個体群の増加は競争へと至り、競争は闘争へと駆り立てる。つまり、この競争こそが戦争に駆り立てている。あるいは、戦争とは個体群の減少と敗北者を係争地から移す、という機能があるという考えですね>

「聞いていて思い出しましたけど、チリのイースター島なんて、まさにこの例にぴったりじゃないですか?」


 ツクシが自然と前屈みになる。

 それに応じるように、ハルートがツクシの傍まで寄ってくる。


<いい着眼点ですね。イースター島はわずか数十年の間に人口が四から五倍に膨れ上がり、部族間に武力闘争が発生する直前には、当時の人口は一〇〇〇〇人を超え、一説には二〇〇〇〇人を超えていたとも言われています>

「でも、人口爆発や人口増加率、人口密度に関する統計を調べていくと、どうもそれだけではないみたいなの」

<たとえば、一九九四年にルワンダで虐殺が発生しました。ですが、そのルワンダよりも、一九七一年に大量虐殺を経験して以来大規模な殺戮が起きていないバングラデッシュ、オランダ、ベルギーの方が人口密度が高いのです。また、ナチス・ドイツ政権下で行われたホロコーストや、人口密度がルワンダの六分の一しかないカンボジアでは一九七〇年代に大量虐殺を経験しています>

「太平洋戦争以前の日本も著しい人口増加があったけど、戦後、人口増加率が同じくらい高まった。だけど、結局戦争は起きなかったしね」

「うーん、なんだか難しいんですね。結構、説得力がありそうなんですけど」


 ツクシの苦笑に、つられてノリーンもなんとも言えない表情を浮かべる。

 院生ともなれば、研究室での役割や学会の手伝いといった面倒な人間関係に縛られるようになる。

 当然、ノリーンはそれらを「しがらみ」と捉えて、内心うんざりしていたわけだが、幸いなことにツクシとの出会いは素直に喜べるものとなった。


<結局、多くの学者が言うように、人口膨張だけが戦争に至る決定的な要因ではなく、あくまで他の要素と関連して戦争を誘発する遠因にすぎない、というところに落ち着くわけですね>

「もどかしいですね。あっ、だから脳内神経マトリクスを使った数理モデルを使おうとしてるんですね?」

「ええ。とはいえ、これだと個々人の選好はわかっても、集団間の戦意についてはどうしても説明できないから、違ったアプローチがおのずと必要になると考えてる」


 ノリーンはそう言いながら、口にコーヒーを含む。

 そういう意味では、これからも難題続きだ。

 一体、どこに突破口を見出せばいいのか。

 常識的に考えれば、戦争に関わった集団の脳内神経マトリクスをまるごと手に入れられる機会があればいい。だが、指導教官や一部の企業に認められているとはいえ、ノリーンの(つて)にも限度というものがある。

 前回、予測アルゴリズムの生成に使ったマトリクスを提供した、ジョリーという男に頼るのも手だが、あまり彼に頼るとまた面倒事を背負い込む羽目になる。

 ぶら提げてくるニンジンは非常に魅力的なのだが、文字通り馬車馬のように働かなくてはならない。

 前途多難にも程がある。


<ところで、ツクシ。確か、今日あなたはこれからIRIS社の採用担当者(リクルーター)と面談があると以前言っていたはずですが、まだここにいて大丈夫なのでしょうか?>

「そういえば、そんなこと言ってたわね。まぁ、うちの研究室の学生なら余裕よ」


 励ますつもりで言ったのだが、ツクシはバツの悪そうな顔をしている。

 思わず怪訝な表情を浮かべたノリーンはハルートと顔を合わす。


「それが、今日の面談はなしになってしまったんです」


 ツクシの言葉に、ノリーンはうっかりカップを落としそうになる。


「……それって、どういうこと?」

「なんか、今日はそれどころじゃないらしいんです。なんでも、泥棒が入ったらしくって。わたしもまだ、詳しい話は聞いていなくて……とりあえず、今日の面談は取り止めで、詳しいことは後日改めてってことになったんです」


 ツクシは肩を竦める。


「泥棒、ねえ……」


 ノリーンは独り言のように呟き、明後日の方向をずっと睨みつけている。


<それは災難でしたね。IRIS社の警備用ロボットの性能と実力はわたしも知っています。その警備下で不法侵入が行われたとなると、確かに今のIRIS社では面接どころではありませんね。こればかりは、ツクシの努力でどうにかなる事柄でもありません。あまり気を落とさず。……ノリーン、どうしました?>


 ノリーンはマグカップをハルートに押しつけると、さっさと身支度を整える。


「わたし、ちょっと急用ができたから。ツクシ、朝ご飯ありがとね。今日の予定がないなら、この部屋とハルート、使っていいから……」

「えっ? ええっ。ノリーン、一体どうしたんですか?」

「何かあったら、こっちから連絡するから。じゃあね!」


 言うが早いか、ノリーンはコートを羽織るとさっさと研究室を後にしてしまう。廊下を歩く靴の音が遠ざかり、ついには聞こえなくなる。


「ハルート、ノリーンはどうしちゃったんですかね?」


 ツクシは首を傾げてみせる。

 ハルートもツクシの傍に佇み、同じ仕草をした。


<さあ、どういうことでしょう? 今日のノリーンの予定は、今日はこの研究室で紛争予測アルゴリズムの分析を行う予定になっていたのですが……>

「そうだったんですか」


 ツクシはハルートを見上げる。


「アルゴリズムの分析の方、ノリーンがいなくても大丈夫なんですか?」

<手順自体は事前に彼女と打ち合わせていますから、その点では問題はありません。ただ、この分析ではサンプルの偏りとなりうる要素を明らかにするだけなので、より精度の高い紛争予測アルゴリズムの生成までいかないのが歯痒いですが>


 ハルートとツクシは互いの表情を窺うようにして見つめ合っていると、不意に研究室の自動ドアが開く。


「よう、朝っぱらから失礼するぞ」


 そこに現れたのは、上質な黒のスーツに身を包んだ若い男性だった。

 灰色の髪は、男の髪の毛とは思えないくらい、手入れが行き届いている。その水色の瞳からは年相応に落ち着いた輝きを放つ。

 二メートルあるハルートにも迫ろうかという長身。スーツの上からでもわかる筋肉質な身体付きはスポーツマンを彷彿とさせる。

 ワイシャツ、ネクタイ、タイピン、袖口から覗くカフリンクスや自動巻の高級腕時計など、纏う小物のひとつにも一切の妥協がない。

 その佇まいに、ツクシが微かに息を飲み、目を見張っている。そんな彼女に応えて、男は片目をゆっくり閉じてみせた。


<おはようございます、ジョリー>

「おう、ハルート。ノリーンのやつは? 生憎、こっちは急用なんだ」


 見た目通りの若々しい口調で答える男。


<タイミングが悪かったですね。ノリーンもさっき急用を思い出して、つい先ほど出かけました>

「まったく、今日は本当にツイてない」


 そこで、ふたりのやり取りを黙って見守っていたツクシに、若い男が声をかける。


「やあ。おれの名前はジョリオン、ジョリオン・ジョンストンだ。米軍に勤めてる。よろしくな」


 自然な挙動で、右手を差し出すジョリオン。ツクシはほんのり頬を赤く染めながら、差し出された手を握り返す。


「わたしはツクシです。ツクシ・ツクモ。ノリーンとは同じ指導教官に教わってるのが縁で」

<ジョリー、急用ということですが、わたしの方からノリーンへ連絡しますか?>

「ああ、頼む。生憎、こっちは急いでるんだ」


 ハルートはちょうど人間の耳の辺りをわざとらしく覆う。


<……圏外にいるか、携帯端末(モブ)の電源が入っていないようです>

「それじゃあ仕方がない、こっちで逆探知する。ハルート、おまえもついて来い」


 そう言うと、ジョリオンはさっさと研究室を出て行ってしまう。

 握手をした右腕を虚空に突き出しながら佇むツクシに、ハルートは声をかけた。


<すみません、ツクシ。そういうことですので、わたしは席を外します>

「あっ、はい。じゃあ、お言葉に甘えて、研究室を使わせてもらいますね」

<何かご用命がありましたら、別途ご連絡ください>



 白亜のベンチャー棟の前に、停められた一台のドイツ製高級自動車。

 濃紺の車体のドアが頭上に跳ね上がると、運転席に収まったジョリオンが手をせかせかと動かす。


「さあ、乗った乗った」


 ハルートの長身に合わせて、助手席が沈み込む。おかげで、頭部ユニットを低い天井にぶつけずに済む。

 滑らかに車体が走り出す。

 学外へ続く道を、フロントガラスに表示された指示に従ってハンドルを右へ左へ巧みに切る。


<自動運転ではないんですね?>

「ああ、たまにゃ自分で運転しないとな。いざって時に腕が(なま)ってると困る」

<なるほど、それはいい心がけですね。しかし、逆探知とはあまり穏やかではありませんね。一体、何があったんですか?>


 ハルートが何気なく訊ねると、途端にジョリオンは(しか)めっ面になる。


<もしや機密情報でしたか?>


 部外者のツクモにはあえて打ち明けなかったが、このジョリオンはアメリカ合衆国の陸・海・空軍と海兵隊を加えた四軍に新たに創設された情報軍(インフォメーションズ)をさらに発展・強化させた諜報軍インテリジェンスに所属する少佐だ。

 世界貿易センタービルがテロリストに崩落させられた事件を契機に、合衆国は諜報体制の抜本的な改革を余儀なくされた。

 その改革の最中、産み落とされたのがこの諜報軍(インテリジェンス)だ。

 米国諜報機関群インテリジェンス・コミュニティを取り仕切り、国内ではフェッド――連邦捜査局(FBI)、海外ではカンパニー――中央情報局(CIA)を押し退けて、堂々と活動することが許された唯一の機関だ。

 その要諦(ようてい)は、軍人と間諜というふたつの機能を併せ持ち、国家を脅かす存在を法の外から排除することで、「例外状態」に対応するというものだ。


「今朝、IRIS――アーバイン・ロボティクス・インフォメーション・システムの社屋から、ウクライナ軍へ軍事供与される予定だった三五機の戦闘用ドロイドWBDN六、ウォーカー・バトル・ドロイド・ネクストシックスが何者かに奪取された」


 ジョリオンは苦々しく吐き捨てた。


「IRISだけじゃない。アルテア・ミリタリー・インダストリーズ社からはスマート・ガンをはじめとする銃火器が、ザ・ロック社からは特殊部隊スペシャル・フォースィズ用の強化外骨格(エクソスケルトン)もだ」

<尋常ではありませんね>

「ああ、正気の沙汰じゃない」

<単なる転売目的の犯行とは到底思えません。ただ合衆国内で武器を入手したいと思ったのだとしても、メキシコ国境から闇ルートで流通するものを手に入れた方が早く、足もつきにくい>

「こっちを挑発してるのさ。警備用ドロイドが配備された厳戒体制を容易く突破できるっていう力を内外に向けて誇示ってわけだ」


 ハルートは一瞬だけ押し黙ると、掌を拳で叩く。


<なるほど、そういうことでしたか>

「そういうこと、ってどういうことだ?」

<ノリーンの急用の話です>

「まったく、なんで行き違いになるんだ。どこでこっちの動きを読んだんだか……」

<実は、さっき一緒にいたツクシからそのことを聞いていました>

「なんでこのことを知ってる? 箝口令が敷かれてるんだぞ」

<今日、彼女はIRIS社の採用担当者と面談の予定があったんですが、先方から中止にされたんです>

「ああ、なるほどな。連中は今じゃあすっかりパニックだ。ご自慢の警備用ドロイドが敷地内でこれでもかとぶち壊されてて、みんな顔を真っ青にしてる。今朝のニュースクリップはこれで大賑わいってところだろう」

<わたしもIRIS社で作られたロボットのうちの一体です。犯行の手口や犯人の素性、犯行動機などに興味があります>

「だが、肝心のノリーンの奴はどこ行った?」


 ジョリオンの強張った顔がハルートに向けられる。


<逆探知の方は?>

「ああ、居場所は判明した。アルテア随一の中華街(チャイナ・タウン)、ノース・チャイナ・ペンタゴンの近くに隣接する……これは雑居ビルだな」

<確認しました、方眼地図(グリッドマップ)、Fc六一>

「ハルート、この場所を知ってるのか?」

<もちろんです、ジョリー。この区画には、ノリーンの友人が勤める電子機器店があります>

「詳細を」

<ノリーンの友人、チェルシー・クリーヴランドが勤める電子機器店『ニホンバシカメラ』が七階にあります。ここでは、本来ならば手に入らないパーツを入手することが可能です。具体的には、米軍から払い下げられたロボがバラされていて……>

「ああ、わかった。もういいぞ」

<本当にわかったんですか?>


 どこか恨めしそうな声で訊ねるハルート。

 そして、してやったりという顔をしているジョリオンは、にやにやしながら言う。


「つまり、この店には度々お世話になってて、その友達が色々と便宜を図ってくれそうだってことさ。まったく、薄情なやつだ。こちとら、それ相応の謝礼を払わされてるってのに」

<……それでは>


 ジョリオンの顔を覗き込むようにして、ハルートは身を乗り出す。


<代わりと言ってはなんですが、このわたしがジョリーのお手伝いをしましょうか?>

「……おまえが?」


 ジョリオンの眉が跳ね上がった。


<ええ、そうです。案外、いい相棒(バディ)になれるのではないかと、わたしは思っているのですが、いかがでしょうか?>


 ハルートの声音は、普段通り、若い男性の声が合成された電子音声だ。

 だが、この時、ジョリオンにはやけに自信がこもった声に聞こえた。


「そう思うんなら、まずはいい相棒(バディ)だってことを証明せにゃならんな」

<……と、言いますと?>

「相手はあのノリーンだぞ? 逆探知した先にやっこさんがいるとは限らない、ってことだ」


 そう言うと、ジョリオンは大きなため息をついてみせた。

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