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狂人理論  作者: 金椎響
第一章 海に浮かんだ理想郷
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すれ違い

 IRISアルテア本社ビルのエントランス・ホール。

 一階から七階まで吹き抜けとなった展示場も兼ねた空間は、ジョリオンが放った高エネルギーレーザー《HEL》とネクストサーティンの放った集束高周波加熱砲(CHFWHG)の砲撃で見るも無残な光景が広がっていた。

 IRIS社の最新の商品に触れ合うことができる巨大な展示場にディスプレイされた商品はみな一様に焼け爛れ、融解し、元の姿を想像できないほど変形していた。

 その残骸を避けるようにして歩く、女性の姿がある。

 ノリーンは、サングラスのようにかけていたヘッド・マウント・ディスプレイを首元に下げて、ジョリオンのもとへゆっくり歩いていく。警戒は解いていないが、焦っているわけでもない。


「……ジョリー」


 スマート・ガンの銃口を下げて、ガラスに穿たれた穴をいつまでも眺めるジョリオン。

 結局、ネクストサーティンとの戦いは引き分けに終わった。

 そして、クラリッサを易々と逃がしてしまった。窮地を辛くも脱したものの、その後味は極めて悪い。

 だが、その一方で数奇な戦いの決着に安堵している自分がいた。

 戦闘の動向によっては、敵性ドロイドに命を奪われていただろう。もしも、相手がノリーンの声に反応しなかったら、あるいはうまく対応されていれば。歴史に「もしも」という言葉は存在しないが、だからといって開き直れるほど、ジョリオンは楽観的でも向こう見ずでもない。


「ねぇ、ジョリー。どうして、あなたがここに?」


 ノリーンがジョリオンに訊ねる口調は厳しく、その端々には棘があった。


「仕事以外に何か理由があるってんなら、むしろおれに教えてほしいね」


 ジョリオンは腰から吊り下げた簡易型ホルダーにスマート・ガンをしまう。

 そして、わざとらしく肩を竦めてみせる。


「まぁ、仕留め損なったけど、初見の相手に善戦したろ?」

「これが善戦? それに結局、何も解決してないわ」


 ノリーンの射抜くような双眸を向けられて、ジョリオンは堪らず明後日の方向を向く。口数が少ないが、それでもノリーンが今静かに怒っていることくらい、ジョリオンにだってわかる。

 うっかり失言でもすれば、どんな表情を浮かべ、何を言われるのかわからない。

 そう思うと、ジョリオンにはひどく憂鬱に感じたし、何よりもこんな状況に置かれるということがある種の理不尽のように思えてくるのだから不思議だ。


「ねぇ、ジョリー。ハルートは?」

「さてね、どこで何をしてるんだか……」


 今、質問されてもっとも嫌だと思っていたことをよりにもよって訊かれて、思わずジョリオンは後頭部をかく。

 ばつの悪そうな態度のジョリオンを見て、ノリーンはますます不信を深めていく。雲行きが怪しいとジョリオンが思っていると、ノリーンは剥き出しにした嫌悪感を隠さずにして訊ねた。


「まさか、ここに連れてきたんじゃないでしょうね?」


 そのまさか、だ。

 本当ならば、そう言ってやりたいところだったが、もしもそう返せば彼女に何をされるか、わかったもんじゃない。いや、逆に察しがつくから、恐ろしい。ジョリオンは反射的に聞こえない振りをするも、もちろんそんな対応では到底堪えられるわけがない。


「あー。そうそう、ツクシは無事だぞ。そろそろ救急隊が来るはずなんだが……」


 露骨に話を逸らす。

 当然、ノリーンの態度が目に見えて悪くなっていく。今のところは辛うじて押し黙っているが、その心中は決して穏やかではないのは明らかだ。むしろ、腹が立っているにも関わらず、未だに沈黙を保っているところが逆に恐ろしいくらいだ。


「無事? 無事ってどういうこと?」

「あー、それはだな」


 ジョリオンが言葉に詰まっていると、乗場側ドアが開く。

 管理システムで唯一、動かせるエレベーターで降りてきたのは、ツクシを抱えたハルートだった。

 ハルートの腕のなかで、ツクシは眠っているように見える。処置の際に上の下着を引き千切られてしまったので、今は自分の身体を抱くようにして、腕で胸を隠していた。

 そして、ハルートはそんなツクシを俗に言う「お姫様抱っこ」の状態で抱えていた。もちろん、ハルートに他意はないのだろう。そんなことはジョリオンにもわかっているが、その姿は確実にノリーンの心を刺激しただろうことは想像に難くない。


「……ハルート」


 ノリーンの言葉に、ハルートは立ち止まる。

 そして、堂々とノリーンの前に立つと明瞭な電子音声がそれに答える。


<ノリーン、ご無事で何よりです>


 ノリーンの細くて長い眉が吊り上る。思わず一歩踏み出て、ハルートに険しい顔を向けて詰問する。


「これは一体、どういうつもりなの?」

<あなたの命令を遂行しようと最大限努力した結果です。ツクシの救助を優先し、結果としてジョリーの身を危険に晒したことは謝罪します>

「わたしが言いたいのは、そういうことじゃない!」


 らしくもなくノリーンが声を荒げる。

 そして、普段なら譲るところのハルートもまた、一歩も引く様子が見られない。思わず、ジョリオンがふたりの間に割って入る。もちろん、それで状況が好転するわけもなく、気まずい雰囲気がこの空間のそこここに漂っていた。


「まあまあ、そう言いなさんな。おれもツクシも無事なんだから、これ以上怒鳴るなって……」

「大体、そういうジョリーもクラリッサを知ってた。これはどういうことなの?」


 なぜか追求の矛先が自分に向けられて、ジョリオンは一瞬戸惑うも、これ幸いとノリーンに笑いかける。


「昔の仕事仲間だよ。大体、こちとら情報軍(インテリジェンス)の軍人なんだから、一般人に細かな事情を打ち明けるわけにはいかんだろ」


 ノリーンはむすっとした顔をして押し黙る。

 ここぞとばかりに、ジョリオンは反撃に出た。


「第一、これがおれの仕事だし、おれひとりだったらツクシは残念ながら助けることができなかった。だが、おれがこいつを連れて来たから、助けられた。助けられたのは、ひとえにおれの機転が利いたからだ。合理的かつ、もっとも妥当で最善の選択をおれは下したって思ってる。それでも、おれらに対して、きみは何か不満があるのか?」

「わたしもあなたも、単に運が良かっただけよ。クラリッサが手心を加えたからこそ、うまく行ったように見えるだけでね。そういう意味じゃ、これは完敗よ。一網打尽になっていてもおかしくなかった。この事実に不満以外の何があるっていうの?」


 逆に訊き返してくるノリーンの頑なな態度に、ジョリオンは困惑する。

 皮肉屋で斜に構えたところもあるが、基本的にノリーンは利害が衝突しない限りは限りなく無害で、無駄な対決を避ける。もちろん、それは優しさなんかではなく、無駄な力を使うことを惜しんでいるからだ。

 だが、今のノリーンはかなり感情的な部類だろう。平生の態度をかなぐり捨てて怒る姿に、ジョリオンは四苦八苦する。だが、苦し紛れにどうにかやり返そうと、思考回路をフル回転させていた。


「そもそも、おれと一緒に動いてこそ、様々な法的特権を享受できるんだ。それを勘違いしてもらっちゃ困る」

「本社ビルに対する不法侵入のことを言ってるなら、IRIS社にはわたしだって(つて)がある。彼らがわたしを売りはしない」


 ノリーンは一歩も引かないつもりだ。ジョリオンは深々と溜息をついた。

 サイレンの音が次第に近づいてくる。

 そして、アルテア市警《APD》や救急隊の面々、それに彼ら彼女らが率いるドロイドたちが駆け、一気に場が活気付く。ハルートは差し向けられた担架に、そっとツクシの身体を横たえる。

 ツクシが重たそうな瞼を開けて、ハルートを見つめる。

 ハルートがその眼差しに答えてツクシの手を握ってやると、ツクシは弱々しい笑みを返した。


「ハルート、あなたはツクシと一緒に行って。今後のことは、後で連絡する」

<ノリーン。あなたはひとりでクラリッサを追うのですか?>


 ハルートの問いに、ジョリオンがあからさまに反応する。

 しかし、ノリーンは微動だにせず、応じない。


<相応の理由があるならば、わたしに教えてください。納得できる理由さえあれば、わたしも我儘は言いません。ですが、何も知らされていない現状では、やはりわたしはあなたの言葉に従うことができません>

「じゃあ、勝手にしなさい。わたしから言うことは、何もないわ」


 ノリーンは冷たく突き放した言葉を返す。


<わかりました。では、勝手にします>


 言うが早いか、ハルートはツクシと救急隊と共にその場を後にしてしまう。

 売り言葉に、買い言葉だ。もしもできるならば、今すぐにでもジョリオンは頭を抱えてその場に蹲りたかった。

 腕を組みながら、その光景をむすっと不満顔で見送るノリーンの姿に、ついつい無駄な一言だと知りつつも、ジョリオンは口を挟んでしまう。


「なぁ、なんでそんなにキツく当たる? 言いたいことがあるなら、言えばいいだろ?」


 ノリーンが睨みつけてくる。


「ジョリー、あなたには関係ないことでしょ?」

「だが、状況はそうも言ってられなくなってきたぞ。もう話はノリーンとクラリッサ、おれとクラリッサの間で済む話じゃなくなってる」


 ノリーンはまるで自嘲するかのような笑みを浮かべながら、ジョリオンを見据えた。


「だから? みんなで仲良くクラリッサの話で盛り上がろうって言うの? 冗談じゃないわ」

「まぁ、そういう話なら冗談じゃねえの一言で蹴りがつきそうだがな」


 ジョリオンは大仰に肩を竦めて、ノリーンに向かって不敵な笑みを向けた。


「少なくとも、おれは今後もその必要があればハルートを頼るぞ。今回の一件で痛感したよ。ハルートの見せた底力ってやつをな。そして、今のアルテアの街は、そんなあいつの力を放っておけるほど、強くも賢くもない」


 ノリーンは露骨に嫌そうな顔をする。


「わたしがハルートにあなたの護衛を任せたのは、利害が一致していたからよ。利害以上の関係に足を踏み入れると言うのならば、それ相応の誠意と覚悟を見せなさい。今のわたしたちの関係は、利用して利用される。ただ、それだけのはずでしょう?」

「まぁ、残念ながらそういうシビアな考え方をするご同業の連中もいる。だが、おれは生憎そういう考えじゃないんでね。おれはこの国を背負う者のひとりだ。だから、時には助ける命を選別し、切り捨てることだって厭わない」


 ジョリオンはさっきまでのふざけたような態度を引っ込め、真面目くさった顔をする。そして、一歩二歩と踏み出していって距離を詰めていくと、ノリーンの視線を真正面から受け止めた。


「だがな。それは必要なことだからだ。そして、この国と人を守るためには否応なく背負わされる、ある種の代償でもあるからだ。だから背負ってるし、背負った以上は他のことには振り向かないし、振り返らない。おまえはどうだ、ノリーン?」

「わからないの? その物言いが、土足で踏み込んでるって言ってるのよ」


 ノリーンはジョリオンに背を向けると、歩き出す。


「クラリッサに何か言づけがあるなら、伝えてやるぞ?」

「心配ないわ。言いたいことは、全部自分で伝えるから」


 ノリーンはそれだけを言うと、振り返らずにその場を去っていく。

 ジョリオンはそんな彼女の華奢な背中を、目を逸らさずにずっと直視し続けていた。


「ったく、強情なやつ。あれじゃあ、可愛くても彼氏なんてできんぞ……」

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