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狂人理論  作者: 金椎響
第一章 海に浮かんだ理想郷
10/30

脅威判定:赤《レッド・マーカー》

 一階から七階まで、吹き抜けとなったIRISアルテア本社ビルのエントランス・ホール。

 暗がりを切り裂く、青白い閃光。

 だが、WSN一二――ウォーカー・シリーズ・ネクストサーティンは太い脚の力だけで大きく跳躍してみせる。

 先ほどまでネクストサーティンがいた場所を野太いエネルギーの奔流が駆け抜け、ガラス張りの外壁を打ち砕く。

 その間に、ジョリオンはエレベーターから滑るように降車すると、支柱を盾にしてネクストサーティンとの間合いを取る。

 そして、ネクストサーティンの着地の瞬間を狙って、スマート・ガンの引き金を引く。たちまち、銃身の上下に設けられた四角い銃口から、高エネルギーレーザー《HEL》が迸り、黒い巨体へ迫る。

 だが、ネクストサーティンは刹那の着地だけで、すぐに後方へ飛び跳ねて回避してみせる。


<レーザーの大盤振る舞いだな>


 ネクストサーティンの声。そこに焦りや怒りは微塵にも含まれていない。


<そんなに撃って大丈夫か? そろそろ残弾の心配をした方がいいんじゃないか?>

「忠告ありがとな。精々、今のうちにほざいてろ」


 銃把(グリップ)から弾倉(マガジン)型バッテリーを引き抜いて交換する。

 一方的な銃撃にも関わらず、相手を仕留められなかった悔しさ。それをジョリオンは噛み締めた。

 逆に、クラリッサ配下の戦闘用ドロイドには被弾した動揺は見られず、むしろ余裕すら感じることができる。くつくつという独特な笑い声がホールを木霊する。物陰に隠れるジョリオンとは異なり、ネクストサーティンは堂々と佇んでいた。


<おまえと相手できる時間は、クラリッサが来るまでだぞ。のんびりやってていいのか?>

「なんだよ、おまえ? 死にたいのか?」


 ジョリオンは物陰から飛び出すと、スマート・ガンを撃つ。

 撃ち終わるとすぐに支柱の陰に隠れて、相手の出方を慎重に窺う。

 その時、ネクストサーティンが大きく口を開く。

 内蔵されたCHFWHG――集束高周波加熱砲《コンバージェンス・ハイフリクェンシーウェイブヒーティング・ガン》から解き放たれた高周波がジョリオンの目と鼻の先を突き抜け、受付用デスクを一瞬で溶解させる。

 そして、間髪を入れずに頭部がぐるりと回転する。後頭部の一部が展開し、新たな顔が現れると大口を開ける。

 またも集束した高周波がジョリオンの潜む支柱へ向けて放たれた。

 ジョリオンは間一髪のところで逃れ、等間隔に設置されている隣の支柱に背中を預ける。建物を支える柱のひとつにもかかわらず、強力な高周波を浴びて赤い炎を発して炎上する。

 あんなものをその身に浴びたら、一発で即死だ。ジョリオンは息を飲まずにはいられない。

 敵性ドロイドは巨大な頭部を持ち、顔が三つある。

 つまり、集束高周波加熱砲(CHFWHG)の砲口もまた三つあるということだ。そのうちのひとつをエレベーターのなかで不意打ちで潰せたのは、むしろ僥倖だったと言える。

 結局、バッテリーを交換するまでの間に、与えられた攻撃はその一発だけだ。

 残りの攻撃は全て、回避されている。

 なんとかして、やつの動きをとめなきゃならん。ジョリオンは心のなかで呟いた。

 だが、七階まで吹き抜けという広大なホールを縦横無尽に跳ね回るネクストサーティンを仕留めるのは容易ではない。

 不用心にも目の前に出てきた時に、ハイ・パフォーマンスモードでフッ化重水素レーザーの最大出力をぶつけることができれば最高だ。だが、肝心のネクストサーティンの動きを止める方法が一向に思い浮かばない。

 六本もある腕のそれぞれが握り締めている高周波ブレードの存在もあって、懐に飛び込むという危険な手は避けたい。かといって、中距離から狙い撃ちたくても、俊敏な動きに翻弄されて狙いが定まらない。

 まさに、事態は八方ふさがり。このままでは、クラリッサが来てしまう。

 ジョリオンは苦々しく息を吐いた。

 こんな時にハルートがいれば、と思ってしまう自分を叱咤する。周辺情報の走査はジョリオンにもできるが、ノリーンやハルートは諜報軍(インテリジェンス)の要員を遥かに凌駕する能力を持っていた。こんな時くらい、縋りたい。

 その時、ジョリオンの背筋に悪寒が走った。

 本能の赴くままに、ジョリオンは咄嗟にその場を離れる。

 集束高周波加熱砲(CHFWHG)の攻撃で、支柱が溶け出す。第二射を警戒して、等間隔に設置された支柱にはあえて逃げ込まない。融解したのとはまた別の、受付用デスクの陰へ転がるようにして隠れた。

 このままでは、埒が明かない。

 そうジョリオンが思った時だった。


「ジョリー!」


 若い女性の叫び声がホールのなかに響き渡る。

 ノリーンの声だ。ネクストサーティンが顔を上げ、動きに躊躇いが生じた。

 ジョリオンは迷わず、引き金(トリガー)を引く。

 波長三・八マイクロメートルの中赤外線域化学レーザーが一瞬の隙を縫って、ネクストサーティンの巨大な肩から生えた可動範囲の広い腕の一本をその根元からもぎ取った。

 高周波ブレードに本体から供給される電力が残っていたからか、ホールの床にその刃先が深々と刺さる。


<……きっ、きさまっ!?>


 ネクストサーティンがジョリオンの方へ向くと、今度は女性の声がした方向から手榴弾が投げ込まれる。爆破時間に達する前に、ネクストサーティンの口から集束された高周波を放ち、不発弾の鉄屑にしてしまう。

 だが、その隙を突いて、ジョリオンは黒い巨体に高エネルギーレーザーの青い銃弾を続け様に打ち込んでいく。艶消しの黒い複合装甲コンポジット・アーマーに青白い炎が穿たれ、火花を散らす。

 致命弾にならなかったのは悔しいが、ようやく攻撃を当てられたという事実に、ジョリオンの心が躍った。


<許さんぞ……>

「サーティン、そこまでだ」


 その声は、非常階段の方から放たれた。

 ジョリオンがスマート・ガンの銃口を向けると、そこから現れたのはクラリッサの姿だった。


「度し難いやつだな、サーティン。おまえはエレナー対策で作ったドロイドだというのに、何油を売っている?」

<ふざけるなよ、クラリッサ。一方的にここまでやられて、すごすご引き下げれと言うのか?>

「その通りだ」


 ジョリオンが依然として銃口を向け、その狙いを定めている。にも関わらず、クラリッサは堂々とホールを横切り、ビルに開いた穴へ向かって悠然と歩いてくる。

 まるで、ジョリオンが突きつける銃口がクラリッサの瞳には映っていないかのように。だが、彼女の目が節穴だとは思わない。ジョリオンには撃てないと、確信しているかのような、そんな佇まいだ。


「止まれ、クラリッサ」


 ジョリオンの声に、クラリッサは微笑を浮かべた。


「久しぶりだな、ジョリオン」


 焦りも動揺も見せないクラリッサの姿に、ジョリオンの心の奥底で怒りが湧きだしているのが自分でもはっきりと自覚できた。


「生憎、挨拶をしてる場合じゃないぞ」

「そう思うのであれば、引き金を引けよ、ジョリオン。そいつじゃ、おれを殺せない」


 そう言って微笑むクラリッサに、ジョリオンは眉を顰める。


「……なんだと?」


 光学照準器に映し出される情報を見て、ジョリオンは思わず自分の目を疑ってしまう。

 脅威判定:赤(レッド・マーカー)

 友軍誤射フレンドリー・ファイアを防ぐ、敵味方識別装置(IFF)安全装置(セーフティ)が働き、引き金(トリガー)を引き切ることができない。ジョリオンは反射的に舌打ちをしてしまう。

 ジョリオンの思考を読み取って解除が試みられるも、それでもスマート・ガンは沈黙したままだ。指先に力を込め、無理やり引こうとして、がちがちという音がした。


「くそっ! 諜報軍(インテリジェンス)として持つ、全ての職務権限は停止されたはず……」

「ああ、おまえの申請はつつがなく受理されたはずだ。だが、まぁ……、そういうことだ。エレナーにも言ったが、今日は前夜祭だ。楽しみは最後まで取っておけよ、ジョリオン。おれを殺す機会はちゃんとある」


 スマート・ガンを掲げたまま硬直するジョリオンの前を、クラリッサは特段焦ることもなく横切っていく。


<クラリッサ、その余裕はいつか自分を殺す>

「鼻から長生きするつもりはないよ、サーティン」


 クラリッサは打ち砕かれたガラスの穴をくぐると、言い忘れたことがあるという風に振り向いて、ジョリオンを見据える。


「次会った時は、命と誇りの奪い合いになる。それが嫌なら、アルテアを離れろ。いいな、ジョリオン?」


 それだけを言い終わると、さっさとクラリッサはビルの外へ出て行ってしまう。


<命拾いをしたな、くそったれ>

「それはてめえの方だ」


 ネクストサーティンもその場から離脱する。

 ジョリオンに背を向けているというのに、後頭部にもある顔は彼の方を向いている。その金色の眼光はロボットにも関わらず、殺気と怒りに満ち溢れているようにジョリオンには見えた。

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