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食夢症候群


その場違いなものに出会った時、私は何故か納得した。

眠り続ける姪は、まだ当分の間目覚めないのだろうと。

「これはこれは……お初にお目にかかります。わたくし、誰彼(たそがれ)時の海で時計屋を営んでいるものです」

シルクハットを脱ぎ、丁寧に頭を下げた声の主は、男性とも女性とも判断のつかない。

そう。中性、という表現がぴったりな出で立ちだった。

「姪に何かご用でも?」

私の問い掛けに、中性のそれは微笑みを浮かべながら首を横に振って。

「いえ。わたくしからは何も。この小さなお嬢さまがわたくしをお呼びになられた様子ですが」

「この子が……?目を覚ました訳じゃないだろう」

「確かに、この空間で呼ばれた訳では御座いません。わたくしが呼ばれたのは『夢』の中で御座いますから」

正直、眼前のものは気違いか何かかと思った。

初めての対面でそんな事を言われれば、誰だってそう思うだろう。

ましてや彼(或いは彼女)は見去らぬ土地と見知らぬ店の名を口にした以外、自らの事を口にしなかったのだから。

「申し訳ないが、君は姪の友人か何かか?その…… あまり姪の友人にはいない個性的なタイプの人間の様に見えるんだが」

私の疑問に、それは声を上げて笑った。

「成る程、どの程度共に時を歩めばそのカテゴリに入るのかは皆目検討もつきませんが。わたくしと此方のお嬢さまは友人でも知人でも御座いません。お会いしたのもつい先程が初めて。貴方さまが疑うのも凡そ間違いではないのでしょう」

「なら君はどうして此処にいるんだ」

「……答えは先刻申し上げた通り。呼ばれたのです。この小さなお嬢さまに」

姪に呼ばれた、と闇色(相変わらずそれは名乗らなかったので、今後それの事はこう呼ぶ事にした)は言うが、その言葉には不可解な点が多く、私は納得など到底出来なかった。

訝しんだ様子の私を見て、闇色は小さく首を傾げ。

「ふむ」

暫く悩む仕草をとった後、私に向かって口を開いた。

「貴方さまは『食夢(パイエロット)症候群(シンドローム)』をご存知ですか?」

問われて、私は困惑した。

食夢(パイエロット)症候群(シンドローム)などという病名とは、とんと面識がなかったからだ。

「聞いた事もないが、それがどうかしたのか?」

「では『道化師(パイエロット)』は?」

答える事なく問い返してくる闇色に、私は益々不審を抱いた。

「さっきから何が言いたいのか、私には検討もつかないが。それが姪と君に関係する事なのか?」

微かに口調が荒くなったと自覚している。

だが、闇色は私の問いに答える事なく質問を投げ掛けるばかりだったのだ。

苛立っても仕方がないと思う。

そして、其処まで来てやっと闇色は私の疑問に答え始めた。

「この小さなお嬢さまは、残念ながら『道化師(パイエロット)』に感染し、急性の『食夢(パイエロット)症候群(シンドローム)』を発病されました」

「だから、その『食夢(パイエロット)症候群(シンドローム)』とは何なんだ!」

病室だという事を忘れた私が怒鳴れば、闇色は良く通るアルトボイスで言葉を返した。

「簡単に申し上げるならば『夢の病』で御座います」

今度こそ、私は絶句した。

何を馬鹿な事を、と笑えば良かったのか。

けれど私は言葉を返す事も出来ずに立ち尽くしてしまった。

「人が『悪夢』と総称する夢。『道化師(パイエロット)』はそれを好んで苗床するのです。厄介な点は、何度駆除しようとしても、この『道化師(パイエロット)』は次々と湧きだす点で御座います」

「湧きだす?」

情けない事に、此処でやっと私は体の硬直を解く事が出来た。

闇色の言葉が理解出来なかった私がポツリと漏らした言葉を、闇色は上手く拾い上げた。

「そう。分かりやすい言葉に変えるならば……増殖する、という言葉が最も近いかと」

「ウィルスなら、何時かは駆除出来るんじゃ……」

私の言葉に、闇色は首を横に振った。

「いいえ。貴方さまがどうにかしてこの小さなお嬢さまを救いたいという、そのお気持ちは承知致しております。ですが、一度発症してしまえば二度と『この』小さなお嬢さまは目覚めないのです」

それを聞いて、私はふと闇色のある言葉に引っかかりを感じた。

それは、闇色の話の中で、何故か強調された部分。

――『この』という言葉だ。

「ひっかかるな。『この』子は目覚めない。なら『この』子でなければ目覚めるのか」

私の呟きに、闇色は小さく口角を上げた。

「えぇその通りで御座います。『この』小さなお嬢さまが眠りについたその時、小さなお嬢さまは『夢の現実』にてお目覚めになられました」

「夢の現実……」

「さて、此処で貴方さまにお尋ね致します。『夢』を『夢』だと判断する、その根拠は何で御座いましょう?」

闇色の謎かけは、まるで童話の猫の様だった。


夢は見るもの。

夢は覚めるもの。

なら、覚めない夢は、夢と呼べるのだろうか。

「夢で目覚め、夢で生きてゆく。その時間が夢であると自身で判断出来ない場合、その時間ははたしてその時間に生きるものにとって、夢足り得るでしょうか」

「そ、れは……」

答えを返せない私に、闇色は目を細めて尚言葉を続ける。

「さぁ、此処で又生じる疑問が御座います。貴方さまが生きるこの時間。これは『現実』でしょうか?」

絶句。

私が生きているこの時間が幻だなどと、考えた事もなかった。

見て聞いて話して息をして心臓が確かな鼓動を刻んでいる。

この時間が、夢なのだと。

そんな事を、誰が信じるだろう。

「……これが夢な訳がない」

何故なら、私は確かに存在しているのだから。

「そう。貴方さまはこの時間、確かに生きておいでです。それは貴方さまがこの時間を『現実』だと捉えていらっしゃるから」

つまりは。

「食夢病とは。『夢』と『現実』の区別がつかなくなってしまう病なので御座います」







食夢(パイエロット)症候群―

終曲









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