3/7
閑話 道を忘れた案山子
道を忘れた案山子。
案山子には『昔』がない。
それはつまり『過去』がないという事だ。
『過去』がない、故に『過去仮定』もない。
しかし案山子はそれを悔やんだ事がない。
『悔やむ』という行為自体、案山子にはないのだから。
「案内人さま。砂時計が落ちました」
「分かっておりますよ、愛しい案山子」
黒の世界に唯ひとつ、色を保った闇色が呟く。
代わり映えのしない空間の何処かをちらりと一瞥すると、やおら闇色は肩を竦めてみせた。
「あぁ、困りましたね案山子。今度のお客さまは、少し難しいかもしれませんよ」
視線の先は黒ばかりだというのに、闇色は其処に何かを見つけている。
確かに存在する、何かを。
「けれど案山子。お客さまがみえるまでまだ時はありそうですよ」
「意地悪な案内人さま。案山子は早く見たいのに」
不貞腐れた案山子に、闇色は微笑んで呟いた。
「我が儘なわたくしの案山子。ならば曲を奏でましょう。案山子が好きな、あの曲を」
闇色の言葉に、案山子は笑い声で答えるのだった。
【道を忘れた案山子】