人間のユシと魔法が使えないエルフ①
『はっ!』
薄暗く湿った遺跡の中、少年は短剣を振るう。
短剣は少年に襲いかかっていた巨大なネズミに直撃し、ネズミは倒れてピクリとも動かなくなる。
『ふっ!』
少年はそのまま左脚を軸に右脚で回し蹴りを放つ。
回し蹴りは背後にいたもう1匹の巨大ネズミに直撃し、このネズミも動かなくなる。
少年は短剣を鞘にしまうと、巨大なネズミを抱え上げる。
すると背後から声をかけられる。
『今日は遺跡の方に来てたのか、ユシ』
少年...ユシは振り向く。
そこにいたのは尖った耳に豚のような鼻、鋭い牙に茶色の毛深い体の男がいた。
しかしユシは驚かない。
“この世界ではこれが普通”で、それどころかむしろユシのような“純血の人間”が異常なのだ。
男の名はナナジ、この地域の原住種族であるオークの子孫だ。
ナナジはユシに近寄りながら言う。
『また1人で抜け出しやがって...、オヤジも遺跡や森に行く時は2人以上で行動しろっていつも言ってるだろ、最近は野盗もいるらしいし...』
ユシはナナジを横目で見てから、ふてぶてしく言った。
『お前だって勝手に抜け出してきたんだろ』
『う...、と、とにかく!もう帰るぞ』
するとユシは巨大なネズミをナナジに見せる。
ナナジは巨大なネズミをまじまじと見つめる。
『ビッグラットだ、お前好きだったろ?ビッグラットの肉、...俺は臭くて食えたもんじゃねえからやるよ』
『良いのか!?サンキュー』
ナナジはユシから巨大なネズミを受け取る。
そして匂いを嗅ぎ、にやける。
『良いんだ、店に売っても大した値段にならねーしな、その代わり牛肉と交換だ』
『良いけどお前本当牛肉好きだよな〜、あんな肉好きな奴なかなかいないぜ』
この世界ではネズミの肉はよく食されるが牛肉が食されることはあまりない。
ナナジは巨大ネズミを見てから言う。
『よしっ、交換条件も成立したし腹も減ったし、そろそろ帰ろうぜ』
ユシとナナジは町を歩いていた。
モトーク王国は東の島からやってきたエルフ族とナナジのような原住民のオーク達が国民の大半が占める大国だ。
この町はそのモトーク王国の中心であるモトーク城の城下町だ。
周りを歩くエルフ達は皆人間であるユシに偏見の目を向ける。
『見ろ、耳が尖ってねえ、人間だ』
『世界をダメにした人間が...』
ユシはこの程度は慣れていた、人間は珍しい種族で、世界をダメにした諸悪であることは理解していた。
ナナジはユシを見る。
『ユシ...』
『良いんだナナジ』
『でもよ...』
その時、エルフの1人が言った言葉がユシの感情を揺さぶった。
『隣にいるのはオークか...、人間もオークもこの国から出ていけば良いのになぁ』
ユシはその瞬間エルフの男に向かって突っ込んでいた。
『あっ、おい!ユシ!』
ナナジは慌てて後を追う。
『おい、てめぇ』
嫌味そうな顔をしたエルフの男は言う。
『てめぇじゃなくてホバ様と言ってくれないか?』
『アホバカぁ?』
ホバと名乗った嫌味な顔のエルフは笑う。
『愚かな人間にはわからないかぁ』
ユシはホバを睨む。
『てめぇ...、俺みたいな人間はともかく、オークはバカにすんなよ、ここに元から住んでたのだってオークなんだぞ!』
『元から住んでたから...、それがどうかしたかい?進化が遅いから我々エルフに支配されてるんじゃないか、むしろ他種族に攻められずに平和に栄えているのはエルフのおかげなんだ、感謝してほしいね』
ユシは思わず短剣に手をのばす。
それを止めたのはナナジだった。
『やめろユシ、帰るぞ』
『ナナジ...』
ホバは時計台を見る。
『私もそろそろ帰らなければ...、君達はいつまでこの地で暮らしてられるかねぇ...、クック』
ホバが立ち去ると、ユシはナナジに言った。
その声はさっきまでの怒りの感情が強かった声とは正反対に生気を失ったようでありながら、何かを決意した声だった。
『...ナナジ、1人で帰ってオヤジに言ってくれ、...俺はここを出るって』
『ユシ...』
『人間の俺といると、お前らオークまで見下されちまう...』
そうしてユシはナナジに背を向けたが、ナナジはユシの手を強く握った。
『人間だからなんだ!見下されるからなんだ!...俺は、お前と一緒にいてえんだ!』
ナナジは下を向く。
『もう...、めちゃくちゃな理由で誰かを失いたくはないんだ...』
ユシは思う。
ナナジもおそらく過去にいろいろあって、何かを背負っているんだ、と。
『...悪かった、帰ろう、ナナジ』
『ああ』
城下町の中でもわりと貧しい者達が集まる西裏通り。
ユシやナナジが暮らす店はそこにあった。
『やっと帰ってきおったか、まったく、勝手に抜け出すなと何度言ったら...』
この店は料理や酒を提供する酒場と様々な物を売る雑貨屋が一緒になったような店だ。
店の店主ことドワーフのオヤジは、1階で店を経営しながら様々な事情がある人々に仕事をさせながら2階で寝泊まりさせている。
『オヤジ...』
『なんじゃユシ、改まって』
ユシはナナジの顔を見てから、オヤジに言う。
『オヤジ、俺ってここにいて良いのか?』
オヤジは少し怪訝そうな顔をしたが、やがて笑った。
『今更そんなことを聞くか!ワシはしっかり働いてさえくれれば、誰であろうと構わん!』
ユシは笑う。
『ありがとうオヤジ、ナナジ...!』
モトーク城下町東通り。
エルフの上流階級が多い東通りのとある屋敷を追い出されそうになっているエルフの少女がいた。
『15歳にもなって魔法も使えないエルフはウチの子ではない、出て行け!』
『お父様!来年までには!...来年までには必ず魔法が使えるようになります!ですので、ですのでどうか...』
『ええい黙れ!兄は12歳で上位魔法が使えたのに貴様ときたら!...貴様は元より血が繋がっていなかったのだ!』
少女は泣き叫び、今度は隣の兄に救いを求める。
『お兄様!お兄様は血の繋がった私のお兄様ですよね!?』
しかし兄と呼ばれたエルフの男は嫌味な顔をする。
『魔法の使えないエルフは我が家系の面汚しでしかないな、お父様、この女の言うことなど耳にしてはいけません』
『お父様...お兄様...』
少女は泣き崩れていた。