ポケットの中身
「ポケットの中身」
ポケットをたたくと、ビスケットが二つになる。
そんなポケットをもった五、六歳の男の子が暴漢に襲われた。
正確には、ポケットをねたんだ、十人の子供達だ。
電信柱の影にひそんで、背中からブスリと男の子を包丁で刺した。
ギラギラと血液が夕映えに輝いている。
十人の子供達はいっぺんに、倒れた男の子のポケットをたたいた。
小さな手のひらが真っ赤な紅葉に変わるまでたたいたけれど、ポケットはへこんだまま男の子の血の中に埋もれている。
だけど、ポケットの中でビスケットは二つにも三つにもなった。
たたかれた分だけ増えて、最後にはかすになってしまった。
十人の子供達には分からない。
そんなのは大人の論理だから。
子供達は一生懸命たたき続ける。
いつの日か、あふれんばかりのビスケットを両手にもって、にっこりと笑える日が来ることを信じている。
近くを徘徊していた野良犬が血の匂いに誘われて、バウワウとほえ立てた。
子供達は散り散りに逃げて行く。
ポケットの中へ手を入れていた子も逃げ出した。
犬はその子の足にかみついた。
子供達は大声で泣き叫んだ。
「犬が男の子を殺したよ!」
びっこを引く男の子も叫んだ。
「嘘をついたんだよ、魔法のポケットじゃなかったよ! ビスケットは消えてしまってた! 消えたビスケットはだれが食べたの?」
泣きながら男の子はびっこを引く。
街角に包丁で背中を刺された血まみれの男の子と、口の回りを赤く染めた犬だけが残った。
きっと大人たちがどうにかしてくれるさ。