第6話.武士のナサケ
前回出会った時の恐ろしい海神の姿からは想像もできない、ダゴンさんのダンディな出で立ちに若干戸惑いパー子に小声で確認します。
(これは、あれですか? 夢の中だから姿は思いのままってことですか?)
(まぁ、あれも神の一柱だから、姿ぐらいは自在なんだろう)
その間も、ダゴンさんの話は続いているようです。
「...先のルルイエへの侵入と海戦の手際、そして今回の侵入劇の手際といい。どれほどの猛者かと思えば、お前のような小娘とは...」
小娘ってところに、カチンと来ます。
そりゃ、童顔だし、ヴェルナーの様な駄肉もないけど社会人だぞ。
「そう言う貴方は、ダゴンさんですね。お初にお目にかかります。私は、由比川のどかと申します。スミマセンが、本日はプライベートなので名刺は持ち合わせていません」
それを聞いた海神は愉快そうに笑いながら答える。
「わしを前にそんな軽口を言えるとは、中々どうして度胸のある小娘だ。こんなところでなければ、一緒に茶でも飲みたいところだが...そうも行くまい」
ぎらりと目を光らせて、こちらを眼光の鋭さに膝が抜けそうになりますが、なんとか堪えます。
ダゴンさんと私の間に割って入ったパー子が、何かを構える様に手を前に突き出すと、黒い霧が収束し始め、やがて剣の形を.....
途端に、『ざわっ』っとフラッシュバックが起こり、脳裏にとても暗い場所でパー子が戦っているイメージが広がります。
黒い影に囲まれた私達、その影を斬り払いながら私をまもるパー子。
だけど、影を斬る度に剣はその黒さを深めていき、やがてパー子を飲み込んでいく。
『ふっ』とイメージから現実に引き戻された私ですが、パー子に戦わせる事の意味を理解しました。
(どうすれば...どうすれば、このピンチを切り抜けられるんです)
ドアは一つ、後ろには格子の嵌った窓一つ。脱出可能なドアの前には、ダゴンさん。
ダゴンさんをどけるアイディアは....
「のどかちゃん?」
パー子を制して、ダゴンさんの前に立ちます。
その眼力に、思わず上ずりそうになる声をなんとかコントロールして話を続けます。
「そうですね。私も早くここを出て、アカとアオちゃんを探しに行きたいので長居をする気はありませんよ」
そう言いながら、小さく折り畳んだ紙切れをダゴンさんに向かって投げます。
怪訝な顔をしているダゴンさんに、ヒントを与えておきます。
「それは、今から貴方に対して行う攻撃のお詫び、言わば、武士の情けです。上手く使えば、クトゥルフさんにそんなに叱られなくて済みますよ」
「ほう、その細腕で何が出来るのか見せてもらおうか」
すうっと目を細めたダゴンさん。かなりシリアルな雰囲気になってきました。
右手をすうっと上げて、胸元、一番上のボタンに指を掛けます。
「小娘が何をやるか、よく見るといいです」
それだけ言うと思い切って襟元を引きちぎり、砦中に響き渡る大声で絶叫します。
「いーーやぁーーーーっ、お許し下さい。ダゴン様!」
あまりのことに固まるダゴンさん。
途端にドッドッドッという足跡が聞こえ、『バーン』とドアが開け放たれる。
そのドアの向こうには、ご婦人の姿が見えます。
おそらくダゴンさんの奥さんのハイドラさんでしょう。
物静かにしていたら、さぞや上品に見えたであろうその両目は怒りの色に染められ、ヴェルナーを凌ぐと思われるその駄肉は、怒りに打ち震えています。
「なにをやっているんです」
ハイドラさんは、静かな声でそれだけダゴンさんに聞きます。
わめき散らすよりよほど怖いです。
「何をって、クトゥルフ様の賓客のお部屋に忍び込んだ不審者を捉えようと...」
「な・に・を・やっているんです」
まるで噴火間近の火山口に立っているような錯覚を覚え、さりげなくダゴンさんから距離をとります。
「だから...」
それに気づかないダゴンさんは、何かを言いかけた瞬間に、唸りを上げ反対側の窓まで吹き飛ばされてしまいました。
「この浮気者のど変態ぃ。よりにもよってこんな子供にぃ」
ハイドラさん、ダゴンさんに逃げ出す隙も与えずに、マウント・ポジションに入ります。
『ごっごっごっ・・・』
打ち下ろし系の打撃音を後に、ドアから逃げ出します。
打撃音は、部屋を離れるに従い小さくなっていきましたが、なり止むことはありませんでした。
「ねぇ、パー子」
「なに?」
「ダゴンさん。生きてるかな?」
「さぁね」
「あのペテン師めぇ」
完全に手玉に取られた形で、のどか達を逃がしてしまったダゴンが、かなた逃走の報告にクトゥルフの執務室のドアの前に立っていた。
「まぁ、北の方で穴をほったり埋めたりを5年ぐらい続ければ、クトゥルフ様のお怒りも静まるかもしれぬ」
クトゥルフのお気に入りを逃がしたという失態を考えると気が重くなったが、思い切って主神の部屋をノックする。
しかし、いつまでたっても返事がない。
部屋を除くと、クトゥルフが執務机の前で脂汗を流しながら固まっている。
「主...クトゥルフ様...」
声に気がついた主神の目には涙が浮かんでいた。
脂汗と相まってひどい状態だ。
「ダゴン...ダゴン...ダゴン...」
叱責を覚悟して、身を固くしたダゴン。
「ど、どうしよう。フォルダーが開かなくなってしまったんだよ。ぼ、ぼくの可愛いエンジェルたちの画像が、動画が...」
予想の斜め向こうを行く主神の反応に、急には対応できなかったダゴンであるが、そこは中間管理職、すぐさま行動を起こす。
「失礼」
あまり、コンピュータに詳しくないダゴンではあるが、一目見てアクセス権が変更されていることがわかる。
ご丁寧に、アイコンまで変更されいる。
「な、なんとかしてよぅ、ダゴン」
こんなことをやるのは、あのペテン師以外ありえない。
『上手く使えば、クトゥルフさんにそんなに叱られなくて済みますよ』
不意に、あのペテン師が意味ありげに渡した紙切れの事を思い出す。
渡された時に反射的にしまいこんでいたそれを引っ張り出す。
(よもや、これを入れたらハードディスクがフォーマットされるということはないだろうな...)
心の中に疑念が沸き起こるが思い切って入力すると、フォルダーのプロテクトが外れる。
「で、でかしたぞ。ダゴン」
(あのペテン師に借りを作るのも癪だが、これは助かるかもしれん)
「お恐れながら、実は先ほど族が侵入いたしまして、そのものと交戦、追い詰めるられた彼奴が投げつけてきたものがこれだったのです」
嘘をついていないが、真実を全て伝えない。これぞ中間管理職スキルの賜物であった。
「なに!その様な、曲者を撃退し、更にこれを奪ったとな。さすが水系邪神一の豪のものよ」
それだけ言うと、フォルダの中身のチェックし始める。
「主よ...」
「ん、なんだ。褒美が欲しいのか。判った何でも申してみよ」
「であれば、前々から申し上げているあの人形についてですが...」
「むっ、エンジェルか!あれはダメだ。いくらなんでもやれんぞ」
「そうではなく、一度野に放ったら如何かと。野にあれば如何にクトゥルフ様が偉大でお優しい方だったかということが身にしみましょう。そこで...」
「むっ、みなまでゆうな。そこで、ワシがエンジェルの前に現れるのだな。ダゴン、武だけの者かと思っていたが、中々の策士よの」
「恐れ入ります。では早速、手を打ちます」
恭しく、頭をたれたその顔は安堵に満ちていた。
ダゴンさんの包囲網を絶妙な計略で突破した私たちは、駆け足でクトゥルフ砦から逃げ出しました。
この程度では、全くへこたれた様子もないパー子とかなたちゃんとは対照的に、普段全く運動らしい運動をしない私は、息も絶え絶えになっています。
「はぁ、はぁ、ちょっ、ちょっと待ってください...も、もう良いんじゃないですか?」
次回「ドリームマシーン海賊版 第7話 風のロックンローラ」