第5話.クトゥルフ砦のカプリチオ
『ソトなる図書館』で、かなたちゃんの情報を入手した私たちは、小高い丘から、かなたちゃんが捕らわれている砦の様子を伺っています。
パー子がのぞいていた双眼鏡から目を話して私の方を振り返ります。
「守り硬いよ。あそこに忍び込んで、かなたを救い出すのは大変だよ」
「そんなに難しいですか?ほら皆さん結構気軽に中に入れているみたいですよ」
正面ゲートを荷馬車の様なものが、出入りしています。
引いている動物が、馬とは違いますが精神衛生上、そこはスルーしておきます。
「まぁ、正面ゲートをいちいち閉じてたら、生活が成り立たないからね。でも他を見てよ」
覗いていた双眼鏡を私に渡しながら言葉を続ける。
「周囲をめぐる高い城壁には、高電圧が流れる鉄条網。おまけに至るところに監視カメラ、赤外線センサ、レーザー式の侵入センサまで完備だよ」
レーザーを可視化できる様に双眼鏡のダイヤルを調整すると、確かにあちこちにレーザーの軌跡を確認することが出来ます。
「パー子お得意の熱光学迷彩で、正面から入ってしまえばいいじゃないですか」
「確かに入るだけならできるけど、かなたに接触した途端にクトゥルフの感応能力で十中八九ばれるよ。そうするとダゴンとか出てくるからね。逃げ出すのは至難の業だよ」
救出は大変の様です。
何か、アイディアを出す必要があるみたいですが情報が足りません。
「パー子。熱工学迷彩を使って斥候をお願いします。危なくない程度に、城の中の様子を見てきて。特に、かなたちゃんとダゴンさんの場所との確認、お願いね」
「そうゆう斥候はお手の物だよ。かなたが居たらどうする?」
「今回は、無事の確認だけでいい。下手に接触すると危険みたいなので」
「了解。小一時間で戻ってくるから、それまでコレで適当に遊んでいて」
パー子が出かけた後、パー子が置いていってくれた情報端末を立ち上げてみます。
「通イーター?」
鳥なのに馬みたいな頭のアイコンに興味を引かれて、クリックしてみます。
どうやら、邪神の眷属がフォロワーという以外、基本的には『ツィッター』とほぼ同じのようです。
RTしながら、所々でコメントを入れていくうちに、フォロワーが増えていきます。
中々に楽しいです...
い、いぇ、こうやって居るうちにかなたちゃん救出作戦のイメージが湧き上がって具体化していくのです。
決してサボっている訳ではありませんよ。
そうこうしている間に小一時間でパー子が戻ってきました。
「...という訳で、想像以上に、ひどいもんだよ」
どうやらクトゥルフという人は、思った以上に我が儘な性格をしているらしく、かなり反感を買っているようです。
「とはいえ、水性邪神の主神だからね誰も文句言えずに悶々としているらしいよ。とりあえず不満とかはダゴンが抑えているらしいけど...」
「やっぱりダゴンさんは居るんですね?」
「もちろんいるよ。嫁のハイドラもいたな。『クトゥルフ様の暴走を止められないのはあなたが不甲斐ないからよ』とか言われてたよ」
それは、胃の痛いことでしょう。
作戦の決行が、ちょっとだけ気が引けますが、かなたちゃん奪還の重要性に比べれば微々たるものです。
『通イーター』をしながら考えていたアイディア(ほらっ、サボってないでしょ?)をパー子に話してみます。
「まぁ、力攻めが難しい時は中から崩壊させるのが常套手段ですからね。こんなのはどうでしょう?ごにょごにょ...」
「本当なの? それってまずくないか」
「私も『通イーター』で聞いた話だからよくわかんないけど、そう言っているの一人じゃないし、結構可能性高いんじゃないかな」
「まさかあのダゴン様が..いやでも、結構ありうるかもな」
「というと?」
「ほら、ダゴン様って最近のクトゥルフ様の件でストレスが溜まっているじゃないか、そのストレス解消にふらふらっ~と」
「あ~なるほど...といっても嘘か本当かわからないからココだけの話にしてよ。こんな事で上から睨まれるのはやだからね」
「それはお互い様だよ。大丈夫だって。じゃあな」
本日、何回目かの立ち話を終えたところで、一息つく。
のどかちゃんが考えたのが、この『ダゴンさんスキャンダル作戦』だった。
この砦の実質的管理者であるダゴンにスキャンダルをでっち上げて、砦内がガタガタになったところで救出作戦を実施するものだ。
救出作戦の成功率をアップするのには効果的な作戦のはずだけど、なぜか釈然としない。
「はぁ...あの優しくて、純真で、可愛かったのどかちゃんはどこに行っちゃったんだろう?」
ため息をついて周りを見渡すと、噂好きそうな行商のおばさんがいる。
近づいていって、簡単な挨拶と値段交渉を始める。
「そういえば、こんな話を聞いたんだけど、知ってる?」
本日何回目の噂話を始めた。
パー子が、ドアを守っていた屈強なディープワンを、たたき伏せてドアの鍵を奪う。
ドアを開けると窓側の椅子にかなたちゃんが座って居るのが見えた。
「かなたちゃん、無事ですか?」
かなたちゃんは、急に現れた私たちに驚いた様だった。
「のどか様。こんなところまでどうやって入ってこれたのですか?」
「どうやってって、ほら」
入口でドアを守っていた強面のディープワンを縛り上げているパー子を指差す。
「パーねー様」
「よっ」
パー子は、軽く手を上げて挨拶をする。
ダゴンさんクラスになると、こうはいかないでしょうが、只のディープワンさんでは勝負にならないようです。
「でも変ですね。いつもはダゴンさんが詰めていて何かあったら直ぐに飛んでくるのに」
「あぁ、それはね...」
『がぃぃぃぃん』という大きな音が響き渡ると、静かだった廊下が喧騒に包まれる。
『今のは本当に痛かったぞ。おまえ、いい加減にしないか』
『いい加減にするのは貴方です。よりにもよって...』
『だからそれは只の噂だといっているだろう』
『火の無いところには煙は立ちません』
次第に遠ざかっていく声。
廊下にも私達が侵入した形跡は残っていると思うのですがそれに気付く余裕はなさそうです。
「...というわけなんですよ」
かなたちゃんは、訳が分からないと言う様にようにパー子を見つめる。
肩をすぼめることで、それに応えたパー子は、かなたちゃんに近づき無言でオデコを重ねる。
「ちょっと、心を静かにしていてね」
優しい声でそれだけ言うと、急に真剣な表情になる。
『うぉん』という唸りを伴った超高速のデータ通信がパー子とかなたちゃんの一瞬のあいだで行われる。
通信終了と同時に額を離したパー子はフラフラしているかなたちゃんを支える。
「ごめん。早くプロテクトをかけないと、クトゥルフの奴にバレてしまうから超高速通信でハッキングをかけんだ。あまり負荷にならないようにしたつもりだけど大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫みたいです」
「さて、追っ手が掛かかる前に、早いところ逃げましょう」
『その追ってというのは、ワシのことかな』
不意の声にドアに振り向くと、マッチョなおじさんが立っていた。
腕を組みドアに背をあずけて佇むその姿は、威厳に満ちている。
しかし、頬にしっかり刻み込まれた引っかき傷とおでこに出来たタンコブが全てを台無しにしています。
外見が違いすぎて一瞬誰だかわからなかったが、心当たりはあります。
「あ、お久しぶりです。その様子ですと、奥さんと仲直りされたのですか?」
その男、ダゴンさんは苦虫を噛み潰したような顔で、こちらを睨んだ。
「先のルルイエへの侵入と海戦の手際、そして今回の侵入劇の手際といい。どれほどの猛者かと思えば、お前のような子供とは...」
子供ってところにカチンと来ます。
そりゃ、童顔だし、ヴェルナーの様な駄肉もないけど社会人だぞ。一様。
次回「ドリームマシーン海賊版 第6話 武士のナサケ」