第10話.魔人のどかは二度死ぬ
停戦を祝うパレードの中、私はオープンカーに乗って周囲に愛想笑いを振りまいています。
ずっと愛想笑いをしているのは、結構つらいものです。
「これだから、パレードなんてやりたくなかったんですよ。顔が引きつりそうですよ」
「なら、後で私が...」
ハスターさんが何か言おうとしたところを、にゃるちゃんが遮ります。
「それでしたら、私とバックれて良いところ行きましょう。そして一緒にイキましょう」
「ニャルラトホテプっ、貴様」
今日何度目かのいざこざが始まりました。
この二人は同盟関係にあったはずなのですが、相性は良くないようです。
その時の私たちは、遠くから私たちを冷たく見る影に気付いてませんでした。
スコープの中の私に狙いをつけた影は、私に語り掛けるようにつぶやきます。
「残念だよ。ここでサヨナラとわね」
しかし、スコープの向こうでは思わぬ自体が起こっていました。
あくまで、マイペースなにゃるちゃんにハスターさんが切れました。
「ニャルラトホテプ、もう許さん。今すぐ、のどか殿から離れてもらおう」
「ニャルラトホテプって誰のことですか? ああ、『無貌の神』のことですが」
にゃるちゃんは、しらばっくれています。
「おかしいですね。ここにあんにゃろめは、いないですよ」
「お前の事だ。そもそも、のどか殿の正妻はヴェルナー殿、愛妾はこの私、ハスターと決まっておるのだ」
「そして、私はのどかさん専属のメイドです...ほらっ」
にゃるちゃんは、私があげたメイドカチューシャを指差す。
「これがある限り、このにゃるちゃんの身もココロものどかさんの物です。ひと時も離れることなんてできません」
そう言ってにゃるちゃんは、ギュッと私に抱きつく。
「のどかさんになら、何をされても文句ありません。いえ、むしろナニしましょう! 今ここで!」
そう言うなり、にゃるちゃんは私を押し倒します。
「にゃるちゃん。ストップ...」
「いいえ、待てません。こうなったらリピドーの枯れ果てるまで」
「やめろぉーーー」
一陣の風が、私をにゃるちゃんから引き剥がします。
「ありがとう。はすたーさ...ん?」
ハスターさんの回りを黄金の風が取り巻き始めます。
ハイターさんがウイルスにやられた時を思い出しますが、更に力強く、そして秀麗な風です。
「のどか殿、少し待っていて欲しい。この田舎者に礼儀というやつを叩き込んでやる」
にゃるちゃんもゆっくり立ち上がると、髪をかきあげながら答えます。
「あらあら、そんなこと言って大丈夫なんですか? あまり大きなことを言うと負けたとき滑稽ですよ」
にゃるちゃんの周囲にも漆黒の瘴気が立ち込め、周囲の光を侵食しています。
「そうだ。良いこと思いつきました」
「ほう。なんだ。遺言として聞いてやるから言ってみろ」
「貴方を二つに畳んでしまえば、私はのどかさんの専属メイド、兼、愛妾という事です」
「ほう。面白い冗談だな」
二人の立っていた場所で、黄金と漆黒の疾風が起こり、二人の姿が掻き消えます。
私たちが乗っていたオープンカーを中心に、道路が、建物が破壊されていきます。
『パン、パン、パン・・・』
音速を軽く超えた移動で破裂音が鳴り響きます。
同時に発生した衝撃波で周囲のものがなぎ倒されます。
「二人共、やめなさいっ」
止めに入ろうとした私が、争いの渦に入った途端、『パスっ』という音と共に胸から血が弾けます。
周囲に飛び散る血の中、私は膝から崩れ落ちました。
「のどかさん」
「のどか殿」
ハスターさんとにゃるちゃんが立ち尽くす中、倒れた私の近くの空間が歪みます。
中から黒いタキシードの男が現れます。
「隙があったらと思い潜んで居ましたが、まさか味方に殺されるとは...やはり邪神にかかわった人の末路と言う事ですか」
男は私の近くまで歩み寄り、私の顔を覗き込みます。
「自分の愛妾同士の殺し合いに巻き込まれるとは、つまらない死に方をしたものですね」
「いえいえ、満足ですよ。こうして貴方を捉えることができたのですから」
パチッと開いた私の目と『無貌の神』の目が合います。
ギョッとした『無貌の神』が距離をおこうとしますが、私の右手は『無貌の神』の裾をしっかり握っています。
右手のハスターさんの刻印は黄金の輝きを放ち、『無貌の神』さんの逃走を防いでいます。
「貴様、なぜ」
それに答える代わりに、服の下から血糊袋を取り出ます。
「いっぱい食わされたわけですか。だが、あの争いは芝居という雰囲気ではなかったが...」
「私は仲違いするフリをしてくださいと頼んだだけです。まさか、あんな大立ち回りになるとは思っていませんでした」
ハスターさんとにゃるちゃんの方を見ると、二人ともばつが悪そうに『ついっー』と視線を避けます。
後で、お仕置きです。
「なるほど、由比川のどかにも思い通りにならないもの。それが人の心か」
「そうです。そして私も同じです。貴方に負けを認めさせるのがベストですが、私はそれをしません」
『無謀の神』の目をしっかり見つめます。
「このゲーム、ドローにしてください。そう約束すればこの手を離してあげます」
「いいのか? 私が人間との約束を守るとは限らんぞ」
「いいえ、貴方は守ります。人間に、こんな小娘に勝てないままで済ますことなんでできないはずです」
神と人間、本来なら勝負にもならない力の差がこの場合のポイントです。
「...なるほど、もう一人の私が惚れた理由が分かるな。だが私はあの様にはならんよ」
『無謀の神』さんは、少し離れたにゃるちゃんを指さしています。
にゃるちゃんは可愛く『あっかんベー』をしています。
「このゲーム、ドローの申し出を受ける」
こうして、『銀の鍵英雄伝説』ゲームの攻略は終了しました。
『無謀の神』さんが消えて、私たちはパレードの後かたずけをしています。
「のどかさん、あれで良かったんですか? 私ならあんにゃろめを吸収しても、変わらない自信ありますよ?」
勝った方が、負けた方を吸収する。
それが彼女のあり方と言う事は理解しています。
でも、私がいる間はみんなを、今の優しく楽しい邪神さんのままにしておきたい。
だから、こう答えました。
「それは、また別の機会にお願いしますね。私は、今のままのあなたが好きです」
それを聞いたにゃるちゃん何故か、身もだえています。
えっ?
なに、服を脱いでるんですかっ。
「ちょっと、にゃるちゃん。何を...」
生まれたままの姿になったにゃるちゃんが私にしがみついてきました。
「のどかさん、もう我慢できません。好きにしてください。いえ、好きにします」
瞳を潤ませたにゃるちゃんの唇が近づく。
本日、何回目かの貞操の危機です。
「貴様、ニャルラトホテプ! いい加減にしないと本当に成敗してやる」
「人の恋路を邪魔するやつは、私に蹴られて死んでしまいますよ?」
それだけ言うと、二人は再び風になった。
再開したカタストロフィを眺めていると、アカが寄ってきた。
「のどかちゃん。あれ、何とかしなくていいの?」
止めようとしても止められないですし、二人ともなんとなく楽しそうでした。
「まぁ、良いでしょう。夢の中ぐらいは、自由に暴れさせてあげましょう」
アカは、肩をすくめると、私と並んで崩れていく夢の都市を眺めていました。
銀〇伝 特別変× FIN
『冒険編』の3部目、銀〇伝 特別変×、いかがでしたでしょうか?
この話は、作者の『スペースオペラ書きたい』という思い付きから出来ました。
書き終えてみると、のどかワールドに飲み込まれてしまいました。
さすが、邪神を統べる魔人です。
更に、この話からニャルラトホテプのにゃるちゃんが、いよいよのどかさんに這い寄っています。
『冒険篇』は後は章間を残すだけですが、のどかシリーズはまだまだ続きます。
今後ともよろしくお付き合いください。




