第2話.ヒトの造りし神
「この貸しは高くつくぞ」
立体フォログラフィで登場した初老の紳士は、ニコラテスラでした。
万能給電タワー「テスラタワー」の管理者で、この世界ナンバーワンのAIです。
物理現象に直接干渉し操る能力『力場』も世界最強です。
別名は、『人の造りし神』。
ある事件で彼と親しくなった私は非常事態の対抗策を用意していました。
考えられる最悪のシナリオが当たってしまったようです。
にらみ合う邪神とニコラテスラ。
邪神の放つエネルギーの奔流を、ニコラテスラの力場が相殺し、ニコラテスラの力場は邪神の炎に焼かれて消えていきます。
力は拮抗している様に見えますが、あちらは本物の神、長引けば不利でしょう。
「打ち合わせ通りに封じましょう」
切り札は、ニコラテスラが欠落記載を補完した『エイボンの書』の完成版です。
そして、もう一つは私の中にありました。
「それでは力を借りよう」
ニコラテスラが右手を差し出すと私の身体から虹色の光が集まっていきます。
現れたのは、夢の中でパー子からもらったあの虹色の不定形物体です。
邪神本体は『力場』も届きませんが、邪神と同じ性質を持つこれを通せば届くはずです。
ニコラテスラは不定形物体を捧げもち『エイボンの書』に『呪力』を注いでいきます。
「『エイボンの書』、及び、『銀の鍵』の力を糧として、我、汝を元の世界に帰す」
呪文に呼応するように不定形物体を覆う虹色の光が強まり、巨大な光の塊になります。
周囲の空間が虹色の光に満ちて、炎に守られた穴を周囲の空間ごと侵食します。
空間は侵食を嫌がるように捻くれ、のたうちながら通常の空間に戻っていきます。
そして邪神のあけた穴を全て飲み込んだ虹色の光は、炎の邪神を別の次元に切り離そうと、周囲の空間をねじり上げます。
しかし、穴は閉じきった訳ではありませんでした。
『轟』
目に見えない程になった穴から放たれたエネルギーがニコラテスラを焼き尽くします。
「テスラ!」
「心配ない。実行形態を一つデリートされただけだ。邪神に殺されるとは得難い体験をした」
再び現れた初老の紳士を見てホッとしますが、状況はよくありません。
切り札の『エイボンの書』でしたが、邪神を封印するには力不足だったようです。
虹色の不定形体『銀の鍵』も、今は色あせすっかりお疲れのようです。
これ以上呪文を維持するのは無理でしょう。
なんとか状況を挽回して封印を完了するしか無さそうです。
「あのレーザーみたいなのを反射してアイツに中てるってことはできないですか?」
「撃たれる場所がわかっているならはできるが、撃たれてからでは対応できん」
「それならば考えがあります」
ニコラテスラに、ウインクして邪神の前に立つ。
「貴方もよく頑張りましたが、これで最後ですよ。これが判りますか?」
胸元からロケットを取り出して、邪神の前にぶら下げます。
空間に空いた細い穴を介して伝わっている気配が僅かに揺らぐのが分かります。
「分からないですか?貴方にはこれが分かないのですね。分からないのも無理がないです。人間はあなたたちに比べて確かにちっぽけな存在ですけど、そのちっちゃな人生を重ねてあなたたちを封じる方法を研究し続けてきているんですよ。これがその答えです」
ロケットのボタンに指がかかり、それを押します。
『轟』
私の行動を阻止するために放たれたレーザーはロケットに命中します。
そのまま、ロケットは私ごと姿形も無く蒸発するはずでした。
しかし、そのままレーザーのベクトルは反転し、邪神に襲い掛かります。
私の隣には、ロケットに『力場』を送り込んでレーザーを反射させた張本人、ニコラテスラが立っています。
「ナイスフォローです。テスラ」
開ききったロケットの中で、沖縄でみんなと笑っている私が映っています。
「初めからこのペンダントは只のペンダント、貴方から放たれるレーザーこそが私の切り札だったんですよ。これぞ人類が積み重ねてきたペテンの力です」
前方の空間から動揺が伝わってきます。
巨大な邪神の力は弱まり、空間の穴の広がりが止まりました。
「今ですよ」
「わかっておるわい」
『エイボンの書』で力場を呪力に変換、穴を塞ぎにかかります。
虹色の不定形体も自分を鼓舞するように震えながら、光を増していきます。
やがて目に見えないほどの小さな点となった穴は、そのまま消えました。
「ふぅー、なんとか助かりました」
ニコラテスラは無言でデコピンをカマしてくる。
「いたっ、何するんですか」
「何するもないだろう。無茶ばかりしよって、全くお前さんと付き合っていると生きた心地がせん」
ずいぶんと心配をかけてしまったようです。
仕方ありません、謝っておくことにします。
「いつもすみません」
「分かればいい、大体お前さんはだな...」
いつもの説教が始まろうとしたその時。
『ぎしっ』
何かが歪む音がして空間に細い穴が空き、どんどん太くなっていきます。
周囲に熱気が沸き返り、息をするのも苦しいです。
「嬢ちゃん」
ニコラテスラが楯になるように前に出ます。
私は、倒れたままのアカを抱きかかえるように、背を丸め衝撃に備えます。
『きゅるるるる』
不意に、穴が時計を巻き戻すように細くなり、今度こそしっかりと閉じました。
「助かった...けどなんで?」
「天文学の問題だったみたいじゃ。ほら、フォーマルハウトが沈む時間だ」
ニコラテスラは、時計を見ながらつぶやきます。
「外的な損傷なし、内部の機構、OS、アプリケーションどれも損傷はない。正常そのものだ。強いて言うならば夢を見ている状態だな」
「夢...ですか?」
次回「ドリームマシーン海賊版 第3話 ユメのなかへ」