第4話.立ちふさがる要塞
目の前に立ちふさがるのは、月ほどのサイズはあろうかという巨大な要塞でした。
「えーーっと」
首を回して横にいるにゃるちゃんを見なおします。
「冗談...ですよね?」
にゃるちゃんは、輝くような笑顔で答えます。
「チュートリアルを完全勝利で終えたのどかさんに、プレイしていただきたいシナリオ、『ユゴス要塞を奪え』です」
もう一度、要塞を見直しますが、状況に変化がある訳もありません。
「えーっと、別のシナリオは無いんですか?」
にゃるちゃんは、不思議そうな顔をして小首を傾けます。
「ありませんが?」
「ないんかい」
私の深い溜息に気がついたのか、にゃるちゃんがフォローを入れ始めます。
「いざとなったら、のどかさん専属メイドたる『にゃるちゃん』が、この世界ごと捻り潰してさしあげます」
「世界ごとは、ちょっと...」
どうやら、このシナリオをクリアする以外は、道は無さそうです。
「と、いってもねぇ」
敵要塞のスペックを見ると、直ぐにでも回れ右してしまいたい気分に襲われます。
てらてらと光る表面は、流体金属で覆われ遠距離からのレーザーを受け付けません。
かといって、近づくと強大な出力を持った主砲の餌食になります。
(全く、ゲームバランスもあったもんではありませんね)
にゃるちゃんに聞かれないように、心の中でつぶやきます。
しかも、ここを陣取っているのはクトゥルフさんの一派で、その駐留艦隊も侮れません。
「...絡め手しかありませんね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に逃がしてしまって良いんですか?」
「良いんです。私たちにダゴンさんをおとなしくさせておく余力はありません」
「ふん。儂に恩を売るつもりか? 甘い、甘いぞ。この判断を必ず後悔させてやる」
そう言って、ダゴンさんは去っていきました。
「アオちゃん、例の件、ダゴンさんに気づかれないようにお願い出来ましたか?」
「はい。それは大丈夫ですが、もし気付かれないと大変な事になりますよ」
「まぁ、大丈夫でしょう。ダゴンさんは、あれで結構優秀ですから」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「艦内を虱潰しにしろ」
何が『私たちには、貴方を抑えておくだけの余力はありません』だ。
あのペテン師の言うことなど信じられるか。
きっと艦内に妙な仕掛けをしているに違いない。
「きっと、我々が『ユゴス要塞』に帰還したタイミングで要塞ごと吹き飛ばす腹だ。その手は食わんぞ、由比川のどかっ」
やがて艦内を捜索させていた部下たちから報告が入る。
「艦隊の弾薬総量に増減はなく、それらしい機材搬入の形跡ありません。以上です」
「なにっ、そんなバカなっ」
しかし、冷静に考えると戦闘終結から我々の解放まで、それほど時間が無かった。
要塞を爆破するのに必要な弾薬を積み込むのは不可能だろう。
「さすがの由比川のどかも、策を弄する時間がなかったと言うことか...」
そう思いこもうとしても、ダゴンの歴戦の戦士としての勘は警告をならしていた。
「くそっ、由比川のどかっ。貴様、何を企んでいる」
いや、冷静になれ、落ち着け。やつは心の隙を着いてくる。
落ち着いてよく考えろ。あのペテン師のやりそうな事はなんだ。
そうだ、爆弾を積めないからと言って、船の弾薬庫には入っているのだ。
「全艦に告げる。弾薬管理システム、及び、エンジン制御システムのシステムチェック。敵は我々の船を暴発させて要塞を吹き飛ばすつもりだ」
やがて、殆どの船の航行システムがハッキングを受けていたことが分かった。
エンジン停止と同時に機関が暴走を起こす様にシステムが書き換えられていた。
「ペテン師め、相変わらず油断のならんやつだ。しかし、今度ばかりはお前の思い通りには行かんぞ。『ユゴス要塞』で返り討ちにしてやる」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「敵艦隊、要塞に帰投しました」
少しの間、要塞の様子を注視していたアオちゃんが、ほっとしたように呟く。
「どうやら、仕掛けに気が付いてくれたみたいですね」
「実はヒヤヒヤものでしたよ」
ブラフ用に仕掛けた艦隊の暴発は、どうやら見破ってくれたらしいです。
「まぁ、欲張りな作戦ですが、ゲームなので許して貰いましょう」
ふと、マスカットの様な甘い香りがして、紅茶をもったヴェルナーが現れた。
「お茶でも飲んで休憩したらどう?」
「ありがとう。でも紅茶って珍しいね。いつもコーヒーを入れてくれるのに」
「パー子くんが紅茶の方が良いって言うんだ。日本で言うところの『様式美』だそうだ」
「ふーん。あの子も色々こだわりがあるからね。紅茶も別に嫌いじゃないです」
マスカットのような甘い香りを楽しみながら、お茶を頂きます。
「のどかちゃん。そこは艦長席のテーブルの上に腰掛けて飲んだほうが絵になるよ」
「いやですよ。そんな行儀の悪いのは」
とは言いながら、ちょこんと机に腰掛けてみる。
うん、こういうのも悪くないかも...
「のどかちゃん。こっち向いて」
「えっ?」
フラッシュとともに『カシャ』っというシャッター音が響きます。
「ふっふっふ。ぱんちらゲットだぜ」
何処から取り出したのか、いつの間にかコンデジを持っています。
「そっからの角度では絶対に写りませんよ。どうしたんです?何時からカメラが趣味になったんです?」
「せっかく皆で遊べるから、思い出作りに色々撮っておこうと思って」
そっか、いつもこんなに自由にしていられないんだっけ。
「まぁ、カメラもいいですが折角のゲームなので、私がこれをかっこ良くクリアする所を目に焼き付けてください」
こうしてファーストシナリオ、『ユゴス要塞を奪え』が開始しました。
「ユゴス要塞から駐留艦隊出撃したようだぞ」
艦橋に戻って来てからご機嫌が悪かったハスターさんをなだめていたら、急にそんな事を言い始めた。
レーダー担当のアオちゃんを見るが、首を振っている。
相手の索敵にひつかからないように距離をとっているので、当然といえば当然ですけど。
銀○伝 特別変× 第5話 ハスターさん、ちょっと活躍する




