第10話.猫にひっかかれました
謎の声に文句を言ったあと、私はそのまま意識を失いました。
どうやらそのまま永眠という事にはならなかったらしく、意識が戻ってきました。
しかし、意識の覚醒につれて全身をじくじくと痛みが襲ってきます。
全身傷だらけで意識を失ったんでした。
(いたたた...せめて、痛みがなくなれば...)
その希望を聞きいてくれたのか、不意に口を開けられる感触があります。
薬を飲ませるつもりでしょうか?
「薬なら起きて飲む」と文句を言う前に喉を通ったそれは、冷たく懐かしい感じのソーダの味がしました。
消化器を通らず全身の隅々を突き抜ける『しゅわっ』とした感覚の後、全身を襲っていた痛みが嘘のように消え去ります。
『ぱちっ』と目を開けると、心配そうに私の顔をのぞき込むヴェルナーと目が合います。
「のどか、気がついたか。どこか痛いところとかないか?」
いつもとは違って、まるでけが人を労るようなその言い方です。随分と心配をかけたみたいです。
まぁ、出かけたと思ったら大怪我をして帰ってこれば誰だって
...って、あれ?
怪我ありませんね。
アンチウイルスの『歌』を歌った後、焼けるように痛んでいた喉も、すっきりなめらかさんです。
「ぷるぷる...ぷるっ?....ぷるぷるぷる!(どういうご都合主義..あれ?..言葉がおかしい!)」
なんですか、これ!
『ぷるぷる』しか喋れないじゃないですか!
「のどか、落ち着け。とりあえず深呼吸しろ」
「ぷるぷる(これが落ち着いていられるわけ無いじゃないですかっ)」
といいながらも深呼吸してみます。
「落ち着いたか?」
「ちょっとは...あれっ?しゃべられまぷる」
あっ、失敗した。
吹き出して笑っているヴェルナーを睨んでやります。
「なに、この可愛い生き物?」
「いい加減にしないと、なぐりますよ?...ぷる」
「いまの『ぷる』はわざとだろ。わかったからファイティングポーズはやめろ」
ヴェルナーは『降参』と言うように手を挙げて、これまでのことを話し始めました。
「のどか、帰ってきたとき本当にひどい状態だったんだよ。救急車を呼ぼうとしてたら、『銀の鍵』が現れて、のどかの口の中に入って行ってしまったんだ。そしたら急に傷がふさがり初めて...」
さっき喉を通っていった懐かしいソーダの味、前に一度だけ『銀の鍵さん』を飲み込んだときの味です。
左手にも傷はなく、もとのすべすべお肌に元通りです。
美容業界に持ち込んだら大センセーションですね。
「推測だが『銀の鍵』は、のどかの怪我に入り込んで傷を塞いでいるんじゃないかとおもう。そうでなければ、こんなに早い回復はあり得ない」
そっか、声帯もかなり痛めたから『銀の鍵』さんが肩代わりしてくれているのか、それで『ぷるぷる』ね。
前回は、パー子に言われるままに飲み込んだから、特に何も感じなかったけど、今回はちょっと申し訳ない感じです。
今度出てきてくれたら、何かお礼しよう。
「ねぇ、ヴェルナー。ハスターさん知らない?」
「...ハスターの奴、お前を大怪我させたって、すごい落ち込んでいて。どう慰めたらいいか考えてたら、アカが考えがあるって言うんで任せたんだよ」
「アカがですか...ちょっと不安は有りますが任せてみますか...ぷる」
「お前、それ気に入っているだろ」
ヴェルナーが呆れたようにため息をついた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「私のせいだ...私が油断しなければ」
私はウイルスを打ち込まれ暴走しかけて消えることを選択した。
それをのどか殿は傷だらけに成りながら助けてくれた。
なのに何も出来なかった自分が情けなくて悔しくて合わせる顔がない。
「あ、いたいた。のどかちゃん平気みたいだから、お見舞いしてあげなよ」
アカ君の声に直ぐにでも駆けつけたい気分になる所を押さえ込む。
「...いや、でも止めておこう。合わせる顔がない」
私のせいで大怪我をさせたのにどんな顔をして合えばいいと言うのだ?
「のどかちゃんてさ、大事なものの為なら後先考えない体質なんだよ。ぼくの開発の時も同じ様な事があってね...」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
身体は大丈夫なのにベットで寝ているって事は結構退屈なものです。
スマホは、さっきヴェルナーに取り上げられました。
暇を持て余した私は、ヴェルナー相手にこれまでの怪我自慢を始めていました。
スマホ没収の仕返しに痛い話が苦手なヴェルナーを虐めようという気はありませんよ?
「そんでね。アカの中に性悪なコンピュータウィルスが入っちゃって、直ぐ対処しないとメインコアが焼けそうだったんですよ。でも電源OFFのスクリプトもウイルスにやられちゃって...」
「なんだか、今回の話とにてるな」
「そう言えば、そうですね。でその時、私ったらテスラコイルの共振器をニッパーで切りに入っちゃって...まぁ、電源カットの方法としては、手っ取り早かったかもれれないけど、超高電圧に手を弾かれたと思ったら、次の瞬間は医務室のベッドだったのよ」
いつもはこの辺りで傷の跡を示すと効果抜群なのです。
残念ながらその古傷も『銀の鍵』さんが綺麗に消してしまったようで痕も残っていません。
「きょっ、共振中のテスラコイルに手を出すのもらしいと言えばらしいが、それで良く無事で済んだな」
痛い話が苦手なくせに、意地を張ってちゃんと聞いているヴェルナーですが、そこで噛むようではまだまだですね。
声もうわずってますよ。
(くっくっくっ、よしっ、これならもう少しで落とせますね)
などと、村娘を前にした悪代官の様な事を考えながら話を続けます。
「ちょっと手の皮が焦げて穴があいてたけどね(よし、引いてる引いてる)。でアカも助かって私も大丈夫だったから良いじゃないと思ったんだけど、なんだか原因究明とか言い始めた人がいてね。で私思わず...」
「『犬に襲われました』って言っちゃったんだよね」
ドアの陰からアカが現れる。後ろにハスターさんの姿も見える。
「横からオチを取らないでください」
「実話なのにそのままオチが付くところが、のどかちゃんらしいけどね。ハスターさん連れてきたよ」
「あ、ハスターさん。身体大丈夫だった?」
私を見つめていたハスターさんの目に大粒の涙があふれてきた。
「よ、よかった...よかったよぉ」
ぼろぼろと頬をつたわる涙も気にせずに子供のように泣きじゃくるハスターさん。
「ハスター、泣きすぎだ。のどかが心配するだろ」
「だって..だって...」
「ほんと大丈夫だって。心配性だな、ハスターさんは..」
まぁ、なんだかんだで大変でしたが、人生にトラブルは付き物です。
みんなが無事でよかった。
...などと全てが終わった気になっていました。
日が代わって次の日の朝、会社に行く支度をしていたら、ちょっと立ちくらみがします。
やっぱり、血をハスターさんにあげすぎたかもしれません。
不味い事に、そのくらっとした現場をヴェルナーに見られてしまいました。
何とか言いくるめようとしたのですが最後には泣かれてしまいました。
泣くヴェルナーに勝てるはずもなく、本日の休みを会社に連絡します。
「タフな君が病欠とは珍しいな」
げっ、こう言うときに限って部長がいます。
出来るだけ弱々しい声を出して、風邪をこじらした風を装います。
「けほっ、けほっ。すみません。薬飲んで一日休んでいれば直ると思いますので...こほっ」
余りに、演技がわざとらしかったのか、それとも何かが囁いたのかは解りませんが、部長が訝しむ気配がしてきます。
背中をいやな汗が流れ落ちるのを感じます。
勢いで電話を切ろうとした時、急に部長の声が聞こえました。
「まぁ、君も働きすぎだからこう言うときはしっかり休みたまえ...ちなみに、また『犬』じゃないだろうな?」
「いやだなー、もう。毎回『犬』なんて言うわけありま..せ..んんっ」
しまっっったぁぁぁ。
のどか一生の不覚。
部長のこめかみがぴくぴくしているのが見える様です。
「いぇ、本当に本当!『犬』では無いですよ...ね...」
「ね?」
「猫に引っかかれました」
それだけ言うと、そのまま電話を切ってしまいました。
「やばいよ、アカ。どうしよう」
『ふるふる』と首を振りながら、肩をすくめるアカを見ながら、明日出社したときの作戦を必死に考え始める私でした。
フレシット弾 邪神編 FIN
『冒険編』の2部目、フレシット弾邪神編、いかがでしたでしょうか?
この話では、メインストーリーとは別に増えてきたキャラクター達にスポットを当てて、それぞれのお当番回を作ってみました。
とは、言え全体としてハスターさんの活躍がいろんな意味で目立ちます。
『冒険編』もあと一本を残すのみになりました。
よろしくお付き合いください。




