第8話.一緒に居たい!
「君たちもよくやったけど、僕たちの相手をするのは、ちょっと厳しかったかな」
倒れた黒服さんの上に、アカがちょこんと座っています
『ジャンプ』で移動した直後のエンカウントでしたが、邪神さんからエネルギー供給を受けているテスラドール(c)と風の主神であるハスターさんの敵ではありません。
私が開発したのって、戦闘用のドールでしたっけ?
内心で冷や汗をかきながら、ハスターさんが倒れた黒服に近づいていくのを見ています。
「答えよ。我ら風の眷属に、この様な暴挙を働いたのはなぜか?」
いつもののんびりした雰囲気とは打って変わって、その佇まいには風の主神としての威厳に満ちています。
しかし、その声で顔を上げた黒服の視点は、ハスターさんの方を向きながらも、まるでその後ろにいる何かに結ばれていました。
「我が女神よ。御身を今すぐに、その邪神の中から救い出してさしあげます。暫し、お待ちください」
黒服の口の中からスイッチを押す『カチッ』という音が響きます。
それと同時に、飛来音も置き去りにしてフレシット弾が殺到します。
「無駄なことを!」
飛来したフレシット弾は、ハスターさんの操る風に信管をことごとく打ち抜かれて地に転がります。
おかしい...彼らはこの攻撃が無駄だということを知っているはずなのに...
これは布石!!
「ハスターさん。気をつけて、これは...」
『罠かもしれません』と続けようとしたとき、それは起こりました。
地面に落ちたフレシット弾の一つが弾けて、ハスターさんに無数の破片を飛ばします。
「なっ」
不意をつかれた形になったハスターさんは、それでも殆どの破片を弾き飛ばしましたが、わき腹に一つ破片を受けてしまいました。
「ハスターさん!!」
駆け寄ろうとする私を、ハスターさんは片手で押しとどめます。
「だ、大丈夫だ。問題ない」
しかし、そう言いながらも、わき腹を押さえた手の下から名状しがたい色の光が漏れています。
「あれは何なの! ハスターさんに何をしたの?」
「おそらく、その症状はメタモルウィルスだと思われます」
私が抱っこしたままにしていたジョセフィンちゃんが黒服に代わって答えます。
「メタモ...何ですって?」
「メタモウィルス。我々が使うには余りに異質な邪神のエネルギーを、私たちが使える聖なる形にするため、私たちのラボで開発したものです」
その言葉に、黒服が薄笑いを浮かべる。
「そうだ。その邪神を母胎にして聖なる神が誕生する。そして、この世界にはびこる邪悪なるものたちを一掃する」
首を振ってジョセフィンちゃんは続けます。
「我々の技術で、主神レベルの邪神を変化させてしまうことは不可能です。せいぜい周囲を巻き込んで能力を暴走させる程度でしょう」
そういえば、室内だというのに強い風が吹いています。
「なぜ、我々の邪魔をする?女神が降臨すれば、この世界は永遠のパラダイスになるんだぞ」
「パラダイスが聞いて呆れます。パラダイスを作りたいなら自分たちの力で作りなさい」
急に風の勢いが強まって、黒服たちは吹き飛ばされて壁に叩きつけられました。
もっと言ってやりたいことがあったのですが残念です。
そう言う私たちにも余裕はありません。
時折やってくる突風に指先が床から引きはがされそうです。
(とりあえず、ハスターさんを落ち着かせないと)
何とか近づく方法を考えているのですが、風が強くてどうしようも有りません。
すると、荒い息をしていたハスターさんが、何かを決意したような厳しい表情で私の方を向きます。
「のどか殿。さらばだ」
それだけ言うと急にその姿がぼやけ始め、それと同時に私達を襲っていた暴風も弱まっていきます。
「ハスターさん!やめて!そんな一方的にいなくなるなんて私、認めませんよ」
その声に微かにほほえみながら、『すまない』と唇が動く。
何とかしないと...
さっき怪我した指先がちくちく痛みます。
(そうか! 髪の毛であれ程乱れるなら、血ならばどうなの)
ハスターさんと契約したときの騒動を思い出します。
ひょっとして、消えるのをやめさせられるかもしれない。
指先の血はさすがに止まっているので、さっきの戦闘で散らばっているガラスの破片を拾い上げます。
「痛そうだな」と思ったけれど、躊躇なく指の上を走らせます。
髪の毛ほどの筋がつき、次第に血がにじみ出し始めます。
そのままハスターさんに近づき、血が滴っている左手の指を差し出す。
「のどか殿、何を...」
問いながらも私の思惑に思い当たったのか、頬を染めて顔を背ける。
左手を唇に近づけると、イヤイヤをするように首を振る。
それを許さずに、ぷっくりした唇に指から滲んだ血を撫で付ける様になで回すと、観念したように、唇を開き私の血を舐めとろうとします。
「ちゃぱっ...ちゅぱっ...んっ...」
指を舐めさせながら、けれど決して血を舐められない様に指を動かします。
「...のどか殿..なぜ..」
「『なぜ、血をくれないのか』ですか?ハスターさんが私との契約を反故にしようとせずに、ずっと一緒に居てくれれば、いくらでも舐めさせますよ」
それを聞いた途端に、私の指から唇をはがし、きつい瞳で私をにらむハスターさん。
「バカにしないでもらおう。私はこれでも風の王だ。自分の始末は自分でつける」
その言葉を聞いたとたん、急に頭に血が上りました。
そんな震えているくせに何が王ですかっ。
悔しくって、頭にきて、涙が出てきました。
「何でそんなこと言うんです? そんなに、私の前から居なくなりたいんですか?」
私の剣幕に一瞬驚いたような顔をしたハスターさんの目にも涙があふれてきました。
「...そんなわけ無い。一緒に居たい!消えたくなんかない。でも...」
きれいな鳶色の瞳から、大粒の涙を流しているその様子は、風の王などではなく、小さな女の子に見えました。
「なら、私を信じなさい。必ず、あなたを助けます。だから、消えないと誓いなさいよっ。私の血を舐めてっ」
私を見つめていたハスターさんの瞳から、迷いが消えていきました。
「わかった。のどか殿を信じる」
そして、少し頬を染めてから言葉を続けます。
「...お願いだ。のどか殿の血を舐めて、自分を抑えられる自信がない。そんな私の姿を見ても嫌いにならないでほしい」
『こっくり』と頷いて、血を舐められる様に指を傾けると、ハスターさんは、たちまち血を舐めとることに夢中になってしまいました。
「私の血、おいしいですか?勝手にいなくなろうとした罰です。少しいじめてあげます」
ハスターさんの口の中で少し指を動かしてあげると、それを舌がねっとりと追ってきます。
さらに、頬を内側に血をねたくるように指を押してあげると、頬をひずませたまま、うっとりとした表情をしています。
そんな私の視線を感じたのか、急にイヤイヤをする様に首をふり始めます。
「ちゅっ...んんっ...はぁ..いやあぁぁ、恥ずかしいぃ、見ないでぇ」
そんな懇願を繰り返すハスターさんですが、それでも私の血を舐めるのを止められないみたいです。
「くすっ、可愛いですよ。私を信じて。嫌いになんてなりませんし、絶対に助けて上げます」
私を信じて消滅をやめてくれたハスターさんの為にも、ウイルスを何とかしないといけません。
(何か解決の方法は無いんですか?)
残念ながら、邪神さんに入り込んだウイルスの駆除方法の知識はありません。
せめて、どんな状態になっていることでも分かれば...
不意に、ハスターさんに舐められている指先を中心に、バーチャルディスプレーのようにオーバーレイされたウインドウが現れます。
『Welcome to the Demon system.
Login of administratir authority is permitted.』
「邪神システム管理者権限?」
「そっか、データレートが足りてないんですね」
データレートを決めている回線バックボーンは、ハスターさんと私の契約の親密さになるのでしょうか。
その証拠に、ハスターさんが指の血を舐めとる度に、少しずつですがデータレートが上がっていくのを感じます。ハスターさんとの契約が強まれば強まるだけ、データレートが上がっていく仕組みと考えて間違いないでしょう。
「(それならっ)」
ハスターさんから指を抜き取ると、ガラスの破片をさっき切った傷に当てます。
「せーのっ」
思い切ってガラスを引くと、鋭い痛みを伴って、自分でも驚くほどの鮮血がほとばしる。
次回、フレシット弾邪神編 第9話 絶対に助ける




