第3話.心のカタチ
僕としては珍しいことだけど、落ち込んでる。
クトゥグアに意識を乗っ取られたと言え、のどかちゃんに剣を振るってしまった。
それが、いつも頭の片隅を過っている。
『そんなこと悩んでも仕方ないじゃないですか。それよりイイ事してあげるからこっちに来なさい』
のどかちゃんが言いそうなセリフが頭をよぎり、背筋がむず痒くなる。
「全く、あのタフさ加減を見習いたいよ」
ため息。
「どうした。君でもブルーになる時があるのかい?」
不意にかけられた言葉に振り返ると、ヴェルナーさんがいた。
「こんちは、ヴェルナーさん。今日は早いんですね」
「最近、ハスターに良いところを持って行かれっぱなしだからな。今日は夕飯を頑張ろうと思って、仕事早く終わらせたんだ」
そう言いながら、エコバックを広げてみせてくれる。
(あっちゃーーー)
中身を確認して空を仰ぎたくなった。
買い物に関しては、ヴェルナーさんとのどかちゃんは同類だ。
コスト度外視、見たものそのまま買い、定価購入当たり前、平日の晩御飯としては考えられないほどの高級食材が交じることも珍しくない。
対して、ハスターさんは20%,30%引きは当たり前、材料費をできるだけ抑えて、栄養と美味しさを追求する。
この辺りで勝負あったと思うのだが、ヴェルナーさんには別のことを言う。
僕は気遣いのできるドールなのだ。
「じゃあ、僕も手伝うから凄いの作っちゃおうよ」
ハスターさんに家事を譲っているので、そういえば近頃、夕食作りをやっていない。
たまには腕を振るいたいし、何かしていた方が気もまぎれるかもしれない。
キッチンに椅子を持ってきて、ヴェルナーさんと並ぶ。
包丁の使い方とか怪しかったヴェルナーさんも、料理を作れる様になった。
つまり、我が家の料理ダメ星人は、のどかちゃん一人になってしまった。
このハーレム状態で、のどかちゃんが自分で家事をする可能性は極めて低いけど。
ヴェルナーさんと並んで下準備をしながら気付いた。
(そういえば、ヴェルナーさんと二人で話す事って、これまでなかったな)
「ヴェルナーさん」
「ん?」
「ヴェルナーさんは、何でのどかちゃんのことが好きなの?」
「いきなり直球勝負な質問だな。答えなきゃダメか?」
「出来れば」
ヴェルナーさんは少し考えていたが、思ったより早く答えを思いついたみたいだ。
「へこたれないところ。諦めないところ。でも一番は、優しいところかな」
「優しい? のどかちゃんが? 優柔不断じゃなくて?」
「特に女性関係は優柔不断だな...って、女子に対する評価じゃないな。これって」
ヴェルナーさんはそう言って笑う。
「でも、やっぱり優しいと?」
「そうだ。のどか自身が気づいているかは判らないけど、のどかは自分と接点のあるものを自分のものとして考える」
「『それは俺の女だーー』的な?」
「...そこまで自覚していたらどんなに良いか...目に入るもの全てを我が身を省みずに助ける。そうして助けられた側がどうなるかは見ての通りだ」
ヴェルナーさんは自分を指さす。
ここに、アオちゃんが居たら、萌え死にしていたかもしれない。
「で、それが危うい?性的な意味で?」
「...私達は、プラトニックな関係だよ」
「ハスターさんも? のどかちゃんが迫っても、絶対嫌って言わないと思うよ」
『ダン』と強く鳴る包丁の音。
「ハスターと私は友人だ。だから、彼女はアンフェアな事はしないと信じているし、私もしない」
「そんなもんなんだ」
「あぁ、そんなもんだ」
そこで一度会話が途切れ、下拵えをする音がしばらく続く。
「私も聞いていいか?」
ヴェルナーさんが意を決したように話を切り出す。
「お返しですか?いいですよ」
そろそろ、気まずくなってきて話すことを考え始めていたので、話題を振って貰えることは、むしろウェルカムだ。
「私は、かなたのマスターになってまだ日が浅い。かなたは私に良くしてくれる。私にとっては家族のようなもので、彼女の幸せを願っている」
そこで、手を止めて呟く。
「しかし、私はちゃんと彼女を幸せにできているんだろうか? エゴを押し付けているだけではないだろうか?」
「そう考えてもらえるだけ、かなたちゃんは幸せだよ。のどかちゃんなんて、何かっていうと私たちにデバッカー挿して喜んでるし...」
「傍から聞くとすごい話だな。それ」
「ほんとうだよ。でも、私たちのこと本当に大事に想ってくれている」
話していたら、急に何かがこみ上げてきた。
「....それなのに。そんな人に、剣を振り上げちゃった。暴力を振るおうとしちゃった」
涙は出ない筈だった。
でも何かが止めどなく溢れてきて、視界がぼやけて来た。
ふと、柔らかい物が後頭部に当たったと思ったら、後ろから抱きしめられていた。
「ハスターが言っていた。君たちは人間より余程、知的生命体の名にふさわしいと。なる程その通りだな」
なんだか恥ずかしくなって、もぞもぞと抵抗すると、更にギュッとされて、動けなくなった。
そのまま、駄肉に呑み込まれてゆきそうだ。
「起こってしまった事はどうしようもない。大切なのは、それに対してどう向き合うかと言うことだと思う」
「向き合う?」
「そうだ。自分の罪を認め、償うのでは無く、向き合うんだ。償うと言う行為は、償われる側が許す。でも、のどかは始めから君の罪など認めない。それがイヤんだろう?」
黙って、『こっくり』と頷く。
「罪を許してもらう方が安易だ。罪を背負う方が辛い。でも、君は独りきりではないだろう。私やハスターも居るし、何より頼りになる姉妹も居る」
そこで、ヴェルナーさんは呟く。
「そうやって心ってやつは出来てくるんだよ」
(心かぁ、私たちの心)
背中に当る軟らかさが心地よくて、おねだりをしてみる。
「ヴェルナーさん。たまに『ギュッと』してもらって良い?」
「どうするかな。私の『ギュッと』は、のどかのものだし...」
ちょっと、考えた様な振りをしたヴェルナーさんが言葉を続ける。
「たまに、料理手伝ってくれたら考えてあげても良いよ」
普段とは、まるで違った茶目っ気たっぷりの瞳で答えられて、ちょっとドキドキした。
私達の属性「火」「風」「水」は、初期設定で切り替えられる仕様になっていました。しかし、「水」の邪神さんと接続しているコアを持った今に至っては、それは殆ど不可能なことになってしまいました。
もちろん、通常のテスラドールでは考えられない力を持つことができ、ヴェルナー様、のどか様のお役に立てるのは大変嬉しいことではあるのですが....
フレシット弾 邪神編 第4話 憧れと希望と...




