第2話.邪神さまは、かく語りき
幻夢境から抜け出てきた私、ハスターはのどか殿の家を活動拠点にしている。
しかし、ただ飯を食ったのではハスターの名が廃る。
それに、のどか殿には役に立つ女と思われたい。
その為にアルバイトに出るなど色々提案をしたのだが、やんわり却下された。
結局、ドール達の教育係をやることで落ち着いた。
「君たちの中にあるコアは、我々邪神に接続して力の源としている。そのため接続先の邪神の特性に応じた力を振るうことが出来る」
今日の講義は『コア』についてだ。
我々、邪神をエネルギー源とするこれは、取り扱いを間違うと、本人だけでなく、この世界にも悪影響を及ぼす。
このため、ドール達には先ず熟知して欲しいと思ってこれを取り上げている。
私も邪神の一柱として知識はそれなりに有る。
実技指導を行えるほど力加減が出来ないので、そちらは別の担当がいる。
ニコラ・テスラというのどか殿の知人が担当している。
彼とは、たまに顔を合わせるが、その度に私の胸を凝視される。
これには閉口している。
私の胸を見たり触ったりして良いのは、のどか殿だけなのだから。
「先生?」
「ん? あぁ、すまない。ぼっとしていた。少し休憩しようか」
「でしたら、私がお茶を入れます」
アオ君がお茶の準備を始める。
この子は、風の能力を持っており、その主神たる私の庇護を受けている。
その力はイタクァに匹敵するだろう。
とは言え、本人にそのあたりの自覚はないらしく、今は美味しくお茶を入れることに、その能力の全てを注いでいる。
こういう所は、創造主であるのどか殿に良く似てる。
まるで私とのどか殿との子供の様でないか…などと思うと、なんだか妙に気恥ずかしくなってきた。
「どうされたんですか?」
アオ君が、不思議そうな顔で私の顔を覗き込んでいた。
「いや、君たちのことを、私はまだよく知らないな、と思っていたんだよ」
せっかくのチャンスだ。
自分の頭の整理を兼ねて、言葉にしてみる。
言葉にすることで、ただの概念だったものが、信念に変わることもある。
「君たちのことを知ったとき、『のどか殿の作られたゴーレムの様なもの』、そう理解していたんだ。しかし、君たちと接するようになって、その認識が間違っていたことが分かってきた」
アオ君が、差し出してくれたお茶を受け取って、一口飲む。
「君たちが姉と慕っている、あの『イースの尖兵』もそうだ。私も、これまで数体見てきたが、その時の彼らの印象は『蟻』だったよ」
「蟻ですか?」
「そう、蟻だ。大きなシステムの中に組み込まれ、目的のためだけに生き、死んでいく。ほかには何もない」
「でも、パーねぇは...」
姉の弁護をしようとするアカ君を制して言葉を続ける。
「そうだ、君たちの姉さんは全く違う。自分の中の感情が行動原理の様だ。そして、先ほどお姉さんの弁護をしようとしたアカ君にも同じことが言える。君たちはゴーレムでも蟻でもなく、一個の知的生命体として扱うべきというのが、私のいまの結論だよ」
ちょっと、堅苦しい言い方になってしまったかな。
「まぁ、知的かどうかは置いておいて、のどかちゃんがそう作ったことは事実だからね」
「のどか殿は、確かに君たちの器は作ったが、君たちの知性はその器の中に自然発生した。まるで、神が創ったこの世界に人が自然発生したように...」
黙って、私の話を聞いていた、かなた君が口を開く。
「仰りたい事は、なんとなく分かりましたが、私達はそんな対したものではありませんよ?」
「そーそー、私達は可愛い愛玩用のドールだからね」
「わかっているさ。人間の祖先も地球に現れた時は、ねずみの様な物だったよ。私は未来に期待しているんだよ。多分、あのニャルラトホテプも...」
言いかけて、約束を思い出した。このあたりは禁止事項だったな。
「いや、変なことを言った。私は君たちに期待しているということだよ。さて、講義に戻ろうか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
講義が終わり、夕飯の支度をしていると、メールが入ってきた。
『早く帰れそうです。何か必要なものがあれば、買って帰ります from のどか』
こう言うのをカエルメールというらしい。
特に必要なものは無いのだけれど、何か返信したい気がするので、ちょっと考えてみた。
『のどか殿を大至急 from ハスター』
普段ならこんな事は言えないがメールというのは便利だな。
いや、待て、冷静になったら恥ずかしくなってきた。
あ、返信が入った。呆れられていないかな...
『(。・・。)ポッ、ハスターさんの用意もしておいてね from のどか』
(私の用意って、どんな...)
強烈な返し技に、頬が熱くなり、精神的にのたうちまわる。
アカ君が生温い目で見ていることに気付いた。
「ハスターさん。顔が赤いよ。のどかちゃん何だって?」
ここは、慌ててはダメだ。私にも講師としてのプライドがある。
緩みそうになる頬を必死に引き締めながら答える。
「こほん。のどか殿は本日早く帰れるとのことだ。夕食の準備を急そごう」
「そういえば、最近のどかちゃん、あまり外食しなくなったな。前は帰りが早いとき、よく外食してきたんだけど、やっぱり家で待っている彼女がいると違うのかな?」
「えっ、そ、そうなのか...で、でも、のどか殿はもっと外食をしたいのではないか?私は迷惑になっているのではないか...」
「ないない。のどかちゃんに限ってそれは無いって。もし外食したかったら、一緒に外食しようって言うよ。絶対ハスターさん(の料理が)好きなんだと思うよ」
「そっ、そんな、のどか殿が私のことを...で、でも、私はあくまで居候の身。そんな大それた望みを持っては...」
「そんなこと無いよ。最近はNTRとか略奪愛とか、流行っているから」
それならば、『ソトなの図書館』で見たことがある。
かなり刺激的な内容で、思わず頬が熱くなったのを覚えている。
まさか、私とのどか殿が...
「...ごくり」
思ったより、大きな音が鳴ってしまって更に顔が赤くなる。
「アカねーさま。あまりハスター様をからかわないでください。すみません。アカねーさまは、ハスター様を元気づけようとしただけで悪気は無いんです」
そういえば、『迷惑なんじゃないか』という気分がなくなっている。
「いや、私は面白いからやってただけだけどさ、それでハスターさんが元気になれば一石二鳥だな」
(私が、いい様に手玉に取られているじゃないか。全く、知的生命体どころの話ではないな)
玄関の開く音がして、待ち人の声が聞こえた。
「たっだいま~。良いにおい~。お腹すいちゃいましたよ」
のどか殿が私の作っていた料理をつまみあげて、一口頬張る。
「んーーー。染みるーーー。ハスターさんの料理は、やっぱりおいしーー」
「のどか殿、お帰り。料理気に入ってもらえて良かった」
のどか殿のつまみ食いを見咎めたアカくんが、眉をひそめる。
「のどかちゃん。行儀悪いよ。それに、帰ってきたら先ず『うがい手洗い』。風邪ひいても知らないよ」
「全く、貴女は私のお母さんですか?ねぇ、ハスターさん?」
どう言ったものか、おろおろしていたらアカくんに注意された。
「のどかちゃんを甘やかしたらダメだよ。ハスターさん。しっかり躾けないと後々苦労するよ」
「すまない。以後気をつけます」
そう良いながらも、頬が緩みっぱなしなことに気付いていた。
あの時、パーねぇからキツイのを2発貰って正気に戻り、何も無かったかの様に許された。
しかし、力の一部は私の中に残った。破壊衝動と一緒に...
今は、抑えられている。
しかし、私はこのまま正気を保て居られるのだろうか...もし、再び狂気に捕らわれたとき、親しい人たちを傷つけないだろうか...
フレシット弾 邪神編 第3話 心のカタチ




