死体収集家にでもなる気か
2年も空いた。。。厳密に言えばもっと。5年くらい。これが。。。中二病。
「なに持ってけっていうんだよ」
アパートに着いて、まず考えた。はっきりいって、今の自分は何も持っていない。
殺し屋っぽいもの、なんじゃそら
さっきは人を殺すだとか自分が死ぬだとかいう事への拒絶よりもいつもよりばか重い倦怠感でいっぱいだった。
が、冷静に考える迄もなく、二週間すれば自分は死ぬし、助かるにしても殺し屋としての任務を果たすしか方法は無い。ミッションインポッシブル。
二週間、その間に本を何冊読めるだろうか。命も任務も捨てて本を読む事に明け暮れるのも、この際悪くはない。
本を買う金ならある。金がなくても図書館という都合のいいものがある。
もういい
思考回路は眠気に邪魔される。欠伸をする。自律神経の副交感神経の働きによる涙、がでた。
エディはとりあえず、寝ることにした。
【暗い道を彼は歩く。谷底から声がする。彼は聞こえないふりをする。声は大きくなる。彼は耳をふさぐ。声が彼についてくる。彼は谷沿いに走る。それでも声はついてくる。彼は走る。それでもついてくる。彼は眼を閉じて立ち止まる。声の主が谷から這い出る。彼の背後から覆い被さってくる。彼の耳元で声がする。彼は声を聞かされる。女が笑う。彼は“女”を振りほどく。女は笑う。彼は女の首を絞める。彼の眼から赤い涙がしたたり落ちる。女が笑う。女の顔が血に染まる。彼は笑う。】
それを遠くで、時にはすぐそばで見ている俺は不快で気持ちが悪くなる。
「エディ君」
聞き覚えのある声で目が覚めた。目を開けると顔のすぐ正面に男の顔があった。男はにっこり笑っていった。
「おはよ」
「うわっ」
エディは自分でも驚く程の大声で叫んだ。
デスは振り返って「うわっ」だって~、とか喧しい事をいった。デスの後ろに女が立っていた。
ケリー、だ。
「あんたらどこから…」
入ったんだ、とエディが続けるよりも早くケリーが玄関を指さして答えた。
「あっちから」
「戸締まりちゃんとしなきゃ、ね」
デスがそういうと、ケリーもデスと顔を合わせて「ね」などという。
勝手に入ってくんなよ
「で、何の用?」
エディは頭を掻きながら無愛想に訊く。それでデスは思い出した様に答えた。
「そうそうエディ君、きみ、殺し屋になるんだって?」
唐突だ。
「集合は何時?」
「…明日の五時」
「まぁ、やるんならとことんやりなよ。あぁ、僕もだけどね。集合時間は君より少し早めかな」
「は?」
途中から姿が見えなくなったデスだが、殺し屋として名乗りを挙げた十数人の中にデスはいなかった。
「嘘だ、あんたいなかっただろ」
「別の部屋で希望したんだよ」
エディの問いかけにデスは実にあっさりと答えた。
「あっそう」
別の部屋なんて有ったのか。変に疑うのもやめた。
「ターゲットって誰なんだろうね」
ケリーがいう。
そんなもん誰でもいい
エディは冷めている。
「あんまり、やる気じゃないみたいだね」
デスはそういうといきなり、鎌を取り出した。草を刈る、あの鎌だ。
「これ、あげる」
何で鎌?
怪訝に思いつつそれを受け取った後、エディはデスの説明を待った。
「それ、切れ味いいんだよ。一度切ったら病みつきになるよ」
それだけいって、デスはニヤッと笑った。
エディは困惑する。変わった鎌ではある。 柄をもった瞬間、手が熱くなった…気がした。
死神の、鎌。なんてことは無い、ただの鎌だろう。
「いざという時に使えばいいよ」
デスがいい加えた。
いざというとき、ね。そんな時がくるのかどうかは定かではない。が、餞別はなむけ、そういうことにしておとなしく貰っておくことにした。
「喰われないように気をつけて、機会があったらまた会おう」
デスはゆっくり、はっきりとそう告げた後、それだけ渡したくてこれだけいいたかったんだといった。
エディもとりあえず別れの言葉を捧げた。
「あんたもな」
デスは笑みを浮かべ、ケリーと共に部屋を出ていった。
喰われないように気をつけて
エディは頭を掻く。飯食って、風呂入って、寝る。夢の続きは見たくもなかった。
夕暮れ時の河原沿いの草道を男女が歩く。
「ふふっ、寝顔見ちゃったー」
ケリーが嬉しそうにいう。そして、神妙な顔つきでデスに尋ねた。
「ところでさ、何で彼と一緒にターゲット探ししないの?このまま別れるのって私何か嫌だなぁ」
デスはそれを聞いた後、困った様子でう~ん、と口ごもるだけだった。ケリーが納得できずにもう一度、何で?と訊き返したその時、後ろから石が飛んできた。それは見事にデスの頭に命中する。ゴッ、と鈍い音がケリーの耳にも聞こえた。デスは両手で後頭部をおさえてしゃがみ込んだ。
「デス!いやだ、大丈夫?」
ケリーが悲鳴にも似た声でデスを気遣う。背後から数人の男の笑い声が聞こえた。デスが平気、平気と答えるのを聞いた後、ケリーは振り返ってその笑い声の主達を睨み付けた。そしていった。
「石を、投げたのは、誰?」
ケリーの問いかけには答えず、男達はにやにやと笑っていた。そして一人の男がケリーに近づいてきた。そしてなめた口調で答えた。
「俺」
「…あんた?」
ケリーは上目遣いに男の顔を見た。そして男の腕をとって自分の方に引き寄せた。予想外の出来事に男も、え?と声を出した。デスがやめなさいって、と後ろから声をかける。
次の瞬間には彼女の前に喉を切り裂かれた男の姿があった。ケリーは男を突き放す。男はそのまま抵抗無くどすっ、と音を立てて倒れた。首からぴゅう、と血が吹き出ている。男の背には血だまりができた。痙攣を起こして何度かはねる。ケリーはそれを足蹴にする。
「ばーか」
ケリーは冷めた口調と表情で呟き手に持ったナイフを男に放り投げた。男の動きは止まった。
「確かに莫迦だけどね 」
デスは首を左右に振って哀れむようにいった。
「ケリーと遊びたかったんだよ」
「厭だ、気持ち悪いー」
ケリーは倒れている男に汚物でも見るかのような目を向けていい放った。
「で、他の…彼らはどうするの?」
デスは他の男達の方を指さした。血塗れの仲間を見て、腰が抜けたらしい奴もいる。が、遠くまで逃げ出していた。ありゃ、とデスが間の抜けたような声を出す。ケリーは彼らを一瞥して、答えた。
「ほっとこ」
「そうだね」
ケリーはしゃがみ込んでデスの後頭部を触った。そして苦々しく…たんこぶ、と呟いた。
デスはハゲたらどうしよう、と冗談混じりにいって、ケリーの頬についた返り血を指で拭った。
「血が沢山出たね」
ケリーはにっこり微笑んだ。
寝過ごした。
寝過ごしたとはいっても四時半である。しかし時間まで三十分もない。時間にはルーズな考えのエディだが今回はそんなことをいってはいられない。
有り金をポケットに詰め込んだ。デスの鎌。そのまま持って行くのは気が引けたが都合のいい入れ物は見あたらない。刃の部分を新聞で巻いて、腰にさした。服の下に違和感がある。とりあえず我慢する。部屋を出ていく時に何かを踏みつけた。
「痛てっ」
蝶のネックレスだった。放り投げようとして、止めた。それもポケットに入れた。時間がない。戸を乱暴に開け、外に出た。街まで走った。
途中何度か欠伸がでた。久しぶりに走る。脇腹が痛くなった。
腹を押さえつつたどり着くと、一人の隊員もどきに、睨まれた。
「遅れるな。さっさとヘリに乗れ」
そういって隊員は紙の束を乱暴に手渡してきた。
「ターゲットのリストだ。移動中に目を通しておけ」
毎度の事ながら、命令口調なのが腹立つ。隊員はあと一人か、と呟いた。エディは紙をぱらぱらとめくりながらヘリに乗りこんだ。そして最後の一人を待った。窓越しに外をみる。しばらくすると人影が見えてきた。
最後の一人、は歩いて来ていた。隊員が早く来い、と叫ぶ。白黒の、あの少女だった。
隊員がぶつぶつ文句をいっているが少女は聞いていない。紙の束を手渡されるときにやっと隊員の方を向いた。と、思ったのもつかの間、紙の束を受け取るとすぐにヘリの方に歩いてきた。
隊員はどいつもこいつも、と舌打ちした。数分後、ヘリはバラバラと派手な音を立てて離陸した。さらばボロアパート。
ヘリの中ではやはり気分が悪くなった。外を見て小さくなった街を見下ろす。特に何も感じない。服の下の違和感が気になった。違和感は不快感に変わる。エディは顔をしかめた。
「君、大丈夫?」
知らない声が隣から聞こえた。エディは「あ?」とかいう返事ともいえない返事をしつつ、声の方を向いた。そこにはこの場所にそぐわない、黒縁眼鏡に学生服の明らかにひ弱そうな男がいた。
「気分が優れないみたいだけど」
何でこんな奴がこんな所にいるんだ。しかも勝手に心配して声をかけてきている。
「ほっとけ」
心配してくれてドモアリガト、という言葉は浮かんでくることはなかった。こういうのはうざい。エディは顔をそむけた。そうすると、眼鏡も何もいってこなかった。
人はすれ違いの中で生きている。エディはぼんやりと視線を漂わせた。ほとんどの奴はいわれた通りに紙の束を読んでいた。
ターゲットのリスト、だったか。命を狙われる程の重役ばかりなんだろう。疑問に思う。なんで俺達素人にその役目を託すのか…。人質を獲るとか回りくどいことをする前にプロの殺し屋を雇えばいいだろうが。予算不足…まさか。
灰色の髪が見えた。少女だ。あの髪は地毛なんだろうか。
少女は、無表情にリストをめくっていたが、何枚目かを見て、手を止めた。そして口元で笑みを浮かべた。エディは戦慄を覚えた。
見覚えのある海岸に着いた。ここはサウスだ。何年か前にもこの海岸へ来た。波の音がする。カモメ…は残念、飛んでいない。薄暗い海岸に、ヘリ。あやしい格好の人間ども。
「はい、集合」
偉そうな男は手のひらを数回たたいて、いった。まるで遠足に来た小学生と、その引率教師のようだ。
エディは相変わらず気分が悪い。吐いたら楽になるのだろうか。吐いちゃいな。のーせんキュウ。無様だ。こみ上げる吐き気をこらえて、歩いた。
「見ての通り、ここは敵地、サウスだ」
教師は小学生達を見渡しながらいった。先生、気分が悪いんですけど、乗り物酔いです。
「作戦開始にあたって数点注意しておくが、死体は必ずこちらに引き渡すように、死体とアンプルで交換する。関係のない市民などには極力、被害を被らないように、そして…」
そこで偉そうな男は、言葉を止めた。そして懐から銃を取り出し、続けた。
「くれぐれも私達を裏切らないように」
あぁ、先生。銃を使うなんて反則です。
「それでは、薬の投与を開始する。一列に並び給え」
偉そうな男が指差した方向には注射器を持った白衣の男がいた。いつの間に。てゆか、カプセルじゃなかったのか?
エディの疑問は他の奴が訊いてくれた。偉そうな男は効果は同じだ、といい加減な返事をした。今更注射が怖いなどとわめく奴はいない。が、あのビデオの映像がフラッシュバックするのか、なかなか並ぼうとする者はいない。頭がクラクラする。エディは早く事を進めるべく、白衣の方へ向かった。白衣の直前で少女が来た。目が合う。間近で見て、気づいた。
こいつは…
エディが何かいいかける前に少女はお先にどうぞ、といった。エディは困惑しつつもじゃあお先に、と注射を受けた。
透明の液体が投与される。少女はその様子をじっと見ていた。
注射が終わると隊員に携帯電話とカードを手渡された。隊員は連絡用の電話と軍資金だ、と説明し、健闘を祈る、と心にもなさそうな言葉を吐いた。カードの裏に暗証番号らしき数字が油性のマジックで書かれていた。これには焦った。
「行ってよし」
隊員に唐突にいわれ、とりあえず海岸から出ようと進んだ。
「君」
途中偉そうな男に呼び止められた。まだ何か?といった表情を浮かべつつエディは振り返った。
「薄暗くてはっきりしないが、君の目はカラコンかね?」
エディはその質問に不確かな意図を感じた。不自然でない程度の間をおいて、答える。
「はい、そうです」
エディは、はっきり、きっぱり、自信を持って、嘘を吐いた。薄い闇に赤い目が浮かぶ。
そのまま海岸を出た。そうすると次は波の音が聞こえなくなるまで歩こうと思った。潮風を浴びて心持ち、髪がべたつく。吐き気は治まった。
後ろから人の気配がする。付けられるというよりは付いてこられているといった感じだ。しかし呼び止められる事もない。不快感を覚える。エディは走った。すると後ろの人物も追いかけてきた。
エディはほくそ笑む。典型的な方法だが、曲がり角で待ち伏せた。後から来たその人物は、しかし引っかかりはっと息を呑んだ。追跡者の予想はついていた。そこには目を丸くした少女がいた。
「何か、用?」
エディは悪戯に問いかける。少女はしばらく黙っていたが、口を開いた。
「あんたに、訊きたい事があって…」
「丁度よかった、俺もあんたにいいたかったことがある」
思いもよらない切り返しに少女は怪訝な表情を浮かべた。かまわずエディは言葉を続ける。
「財布返せ」
あの時とは髪の長さも色も違う。しかし近くで見て間違いないと確信した。あのスリ女だ。
エディの言葉に少女は一瞬目を見開いたが、まずいとかいう気持ちは起こらなかったらしく、あっさりと行為を認めた。あぁ、とかいった後、スカートから財布を取り出して、これ?と訊いてきた。
が、その財布はエディのものと違った。
「違うの?…これしかない」
少女はだるそうだ。
「べつに、無いんならもういいけど」
金を抜き取った後の空財布なんか持っているはずはなかった。少女は取り出した財布をそのまま投げ捨てた。それを見てエディが訊いた。
「それで何個目?」
少女はしばし考えるような素振りを見せて答えた。
「覚えてない。五十くらいかも」
思いっきり常習犯。プロだプロ。エディは苦笑いを浮かべた。少女はいった。
「ねえ、あたしの話聞いてくれる?」
目を合わせた。エディは頷いた。それで、少女は続けた。
「人を殺した事、ある?」
真意がつかめない。エディが黙っていると、少女はどうなの?と続けて訊いてきた。ここはストレートに答えておくことにした。
「ない」
少女はそう、といった後、俯いて、黙った。まったく判らない。そういえばこの女はヘリの中で、笑っていた。どうしてあの時
「何がそんなにおかしかった?」
少女はエディの方を向いた。首を傾げる。突然何?といいたげな顔だ。
「ヘリん中であんた笑ってた」
間をおいて、少女はどこかシニカルな笑みを浮かべて、いった。
「あたし、笑ってた?ふふ、自分では気づかないものね、自分がどんな顔作ってるのか…」
この少女は多分微笑むという笑い方を知らない。
「だっておかしいじゃない。あたしが全身全霊で嫌ってる、殺すだけじゃ飽き足らない程憎んでるあの男の名前がターゲットリストにあったもの」
憎さを通り越せばそんな笑みがでてくるのか、そんな事をエディは思った。
「さっきの質問、変えて訊くけど『人は殺せる?』」
これには考えて答えた。
「…多分、場合にもよるとは思うけど、今更抵抗はない」
自分自身、これが本心なのかは判らない。そんな本心を知ってか知らずか、少女は突拍子もなくいった。
「あたしと組まない?」
「え?」
「タダでとはいわない」
エディは頭を掻いた。そして答える。
「俺、そんなやる気ないよ」
「殺るのはあたしよ」
そういって少女はスカートをまくった。黒いスカートと黒いニーソックスの間から白い足が覗く。エディは目をそらした。少女はそれに気づいてふふと笑う。
「これ、足につけてると動きにくいのよね」
それを聞いて少女の方へ向き直った。少女の手には、鋭く光る包丁が握られていた。中華包丁?
なんてとこに隠してるんだ
「あの街じゃ、これくらいしか見つかんなかったわ」
包丁を見つめながら少女は呟いた。そして、駄目?と訊いてきた。エディは少女の顔を見る。
「いいよ、タダじゃないなら」
言葉は自然に出ていた。
俺ってこんな女が好みだったのか、新発見。面食い。客観的に納得した。少女は嬉しそうに笑う。
「助かる。早くやらなきゃ、あたしが殺さなきゃ意味がないもの」
無邪気ともいえる言い方。その内側は憎しみで渦巻いているのだろうが。
「名前、訊いていい?」
少女は向き直って答えた。
「アゲハ」
そして言葉を付け加えていった。
「年は十四。髪は切ったの。あんたは?」
「エディ。年は同じ。髪は染めた」
エディは同じような言葉を返した。髪の色については染めたというよりは染められたという方が正しいかもしれないが、そこまで説明することもないだろう。
エディ、エディとアゲハは繰り返し呟いた。何度も呟かれるとなにやら恥ずかしくなってくる。やめてくんない?といったらカワイイ名前、と返された。
犯すぞ。出来もしない事を腹の中で呟いた。
どこへ行くわけでもなく歩いていたのだが、携帯を見ると八時前になっていた。腹が減る。そんな事を思っていたら、都合良く何十メートルか先にコンビニらしき看板が見えた。腹が減らないかとアゲハに声をかけようとした時「喉乾いた」そういったかと思うとコンビニまで走って行ってしまった。その後ろ姿を見て、エディは少し、悲しくなった。肩を落としてコンビニまで歩く。飼い主に捨てられた犬にでもなったような気分だ。
コンビニの店員がいらっしゃいませぇ、とやる気なく声を発する。適当に弁当と茶を選んでレジの前まで行くとアゲハが「これも」と弁当の上に缶ジュースを置いて出ていった。店員と目が合ったので「あぁ、一緒で」といって会計を済ませた。
「二週間、長いんだか短いんだかよく判んない」
アゲハがジュースを一口飲んで呟いた。エディは黙々と弁当を食べる。静かだ。誰もいない公園はどこか不気味である。
「今日が…何月何日だっけ?十五にならずにあっち側行っちゃうのね、あたし達」
アゲハの言葉にエディは箸を止めていった。
「俺はともかくあんたは大丈夫だろ。憎んでる男って奴を殺せば」
「殺しても、死体を手渡す気なんかないもの」
アゲハがさらりと答える。エディは飲みかけた茶を吹き出した。わけがわからず、アゲハを見て絶句した。
死体収集家にでもなる気か
「あたしはあいつを殺すためだけに生きてる。死体を隠して、その後の事はどうでもいいから」
無言のままエディはターゲットリストを取り出した。興味が湧かなかったからまともに見ていない。ページをめくるとリストの人物一人一人の名前、顔写真、住所、勤務先の他に交友関係、異性とのつき合いなど、プライベートな事まで事細かに記されていた。ここまで判っているなら本当プロにでも頼めばいい。
「どいつがその憎き相手なわけ?」
「三十四ページの右下」
アゲハがそらで答えたさんじゅうよんぺーじみぎした、をめくる。そこには白髪混じりの厳格そうな中年男がいた。
「おっさんじゃん」
別段なんの想像もしてはいなかったが、拍子抜けてエディはいった。アゲハはジュースを一口飲んでまた、さらりと答えた。
「父よ」
エディはリストを閉じた。何も訊く事が思い浮かばなかった。沈黙の中アゲハが話し始めた。
「父、っていっても形だけよ。母さんとは結婚もしていないし、とにかく最低なの。あたしにあいつの血が流れてるって考えただけで自分の存在さえ厭になったわ。だから最近、髪の色も変えた。切って清々したし」
自分と、どこか似ている。父の顔なんて知らないが…
「嫌ってる理由、聞きたい?」
アゲハの言葉にエディはかぶりを振った。
とくに気になりませぬ。と、いうよりも、そんなことは重要ではない
ポケットに手を入れて、ある物に気づいた。それを取り出す。
「これって、あんたの?」
蝶のネックレス。忘れていた。アゲハは呟くようにして、答えた。
「…失くして、諦めてたのに」
エディは無言でそれを返した。ネックレスをつけた後、アゲハはありがとう、と云った。 乱暴な扱いをした事は云えそうにない。エディは茶で流し込むようにして弁当を食い終えた。少しばかりむせた。アゲハはこいつ何やってるんだ、という顔でエディを見る。
さて、これからどうしようと云う時に、デスのことを考えた。自分より早くここに来ているはずだ。
奴の狙いは誰なのか…
アゲハが立ち上がった。
「行きましょ」「行くってどこに?」
「あいつの自宅よ」「自宅?」
「待ち伏せるの」「成程」
エディは三十四ページ右下を確認した。
『マンションの最上階(以下住所)。部屋に暗証番号有(不明)』
「…暗証番号、不明?」
エディの言葉の後には長い沈黙が待っていた。
「とりあえず、作戦練るか」
「…そうね」
所詮十四、浅知恵よ。笑いたきゃ笑え。
「お名前は?」
フロントマンが事務的に尋ねる。三つ編みの少女が帽子をかぶった少年にいった。
「ジョンとゆみ。ね、お兄ちゃん?」
お兄ちゃん、と云われた少年は顔を伏せて黙っている。フロントマンは用紙に『ジョン様、ゆみ様』と書いた。そして後ろの棚からルームキーを取り出してきた。
「お部屋の方は六階505号室になります」「ありがとう」
少女がキーを受け取る。少女の荷物を持とうと、係の男が歩いてきたが、それを少女は断った。係の男はしかし…と食い下がるが、今度は強く断られた。係の男は「それでは用がございましたらお申しつけ下さい」と困惑気味にいった。
少女はエレベーターに向かった。少年はその後に付いていく。少女は大きな荷物を少年に持たせた。係の男は立場無くその後ろ姿を見ていた。
「兄妹にする事ないだろ」
505号室。帽子を取ってエディがいった。
「まぁね」
アゲハは三つ編みをほどく。
「ジョンとゆみなんて名前もどこから…」
エディはため息混じりにいった。フロントでその名前を聞いて思わず吹き出しそうになった。わけがわからない。
「昔読んだ本に出てたの」
「そいつら兄妹?」
「違う」
アゲハが窓を開けた。一気に冷たい風が入ってくる。寒い。カレンダーを見て今は十一月なのだと判った。エディはベットに倒れ込んだ。このまま眠ってしまいたい、目をつむった。
「ここからあいつの住んでるところが見える。やな風景」
アゲハは誰に向かってでもなくいった。
「どんな風に殺したい?」
アゲハはエディの方を向いて、答えた。
「苦しめられれば何だっていいわ。あいつ、人間じゃないから…寝ないでよ」
「寝てない」
アゲハはエディの寝ているベットまで近づいてきた。包丁を取り出す。
「寝たら死ぬわよ」
エディは起きあがった。
「これも使ったら?」
腰に差していた鎌を取り出して、言った。
「やる気あるんならいいわ」
アゲハはそう言って、少し笑った。