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2:はん?人形?なにをおっしゃる

 やけに外が騒がしい。

 この日の朝は異常な騒音に起こされた。壊れかけの時計の針を見ると時刻は五時前、目覚め悪く目をこすりながら窓の外を見た。

「!」

 数台のヘリがバラバラと音を立てながら繁華街の方へ向かって飛んでいた。

 呆然としたのもつかの間、エディはすぐに街の方へと走った。

 街には不自然な人だかりがあった。とりあえずそっちへ歩み寄る。

「あれ、エディ君?」

 聞き覚えのある声がエディの名を呼んだ。

 振り返るとそこには相変わらず変わった格好のデスがいた。そして隣には見覚えのない赤い髪の女。

「ひさしぶりだねぇ!」

 また相変わらずの声でデスがいった。

 たしかに久しぶりだが、こんなところで再会するとは思っていなかった。

「この子?デスが前に言っていた男の子は」

 赤い髪の女は外見に合わない幼い声でデスにいった。

「あぁ、そうだよ。あ、この人はケリーっていうんだ、よろしくね」

 デスの紹介を聞いてケリーも、よろしくね、といった。エディもどうも、とだけ返した。

「すっごい、綺麗な赤い眼だわー」

 ケリーはエディをまじまじと見つめた。

 そうされると何だか自分が見せ物になっているようで嫌だった。エディはケリーから顔を背けた。

「あ、失礼。ごめんね」

 ケリーは悪びれた様子もなくいった。

「あ〜、しかしこの騒々しさは何だろうねえ」

 デスが頭を掻きながらいった。

 こっちが訊きたい。

「あはー、でも何かドキドキするね?」

ケリーがデスにいった。

「そうだねー」

 デスが答える。

 わけが判らない、何なんだこいつらは。と、エディが呆れたその時、突然人だかりから大きな声が聞こえた。

「静粛に!」

 男の声だった。

 静粛に、ってあんたなにもの?

「君達は人質だ。君達は我が北政府の配下にある。できることなら穏和に事を済ませたい。黙って従うように!」

「あっちゃー、強引だねぇ政府さん」

 デスは冷静だった。勿論その他大勢によるはブーイングの嵐。

 今頃何を始めようってんだ?

 わけが判らず政府の一人につかみかかる者もいたが、そうした中いきなり銃声がした。エディは反射的に体をかがめる。

「!」

「きゃっ」

 ケリーが小さな叫び声をあげた。

 あたりは一転して静まりかえった。

「我々を甘くみないように、今度は威嚇射撃などでは済まないぞ」

 どうなってんだ、一体。

「怖いねぇ〜」

 デスはそういっても顎に手をあてて屈みもせず立っている。

 だから、なんであんたは…

 次に偉そうな男はとんでもない事を口にした。

「人を殺してみたいとは思わんかね?」

 わけがわからない。しかし、誰も何もいう事はなかった。

 なんだよ、

「バトルロワイアル」でもしろってのか?

「へぇ」

 やはりデスは冷静だった。いや、楽しそうだった。

「詳しい話は後にしよう。適当に連れてきたまえ」

 男がそういうと周りにいた男たちが一斉に動き出した。男、女関係なくヘリへと連れられていく。

 騒然とした中、突然後ろで声がした。

「来い」

 振り向く間もなく腕をきつく捕まれた。

「あ、バイバイ、エディ君」

 デスが手をふってきたがお前も来いと、デスも別の男に連れられていった。ケリーはこっちに軽く手を振り、デスの後を追いかけていった。

 どこへ連れて行かれるのか、それよりも痛ぇよ、馬鹿。乱暴な隊員もどきをとりあえず睨みつけた。

 ヘリに乗せられて約十数分。気分が悪い。酔い止めくらいよこせ。

 そんなことはお構いなしに降りろ、といわれて、再び地面に足を着いた。

 …どこ?

 見たことのない場所だった。 広がるのは殺風景な景色。しかしよく見ると離れた所にコンクリートの建物があった。

 同じように連れられた人質達が皆、同じような顔をしているのは何かおかしかったが、そんな事をいっている場合ではないらしい。

 人質達はそのコンクリートの建物へと連れられていく。

 デスを捜した…が、見あたらなかった。人が多すぎる。すぐに見つかりそうなピンクの短髪の長身の男が見つからない。まぁ、あいつは大丈夫だろうが。

 無機質をそのまま現したような建物は近くで見ると思った以上に大きかった。

 人質と隊員たちの列が階段に続いている。階段を上ると、団体はある一室に入って行くのが判った。

 その部屋は思った以上の広さだった。

 人質約百人に隊員約十数人がすんなり入る。人口密度には問題ない広さだ。

 とりあえず皆が座らされているのでエディは一番後ろの窓際に歩いていき、腰を下ろすことにした。

 辺りを見渡す。

 反対側の窓際を見たエディは、そこにあるもの、いや、それは人なのだからそこにいた人物に目を留めた。

 そこにいたのは少女だった。

 肩にかかるくらいまでに切られた灰色の髪に白いブラウス、白い肌を除けばすべて黒一色。その髪につけられた大きなリボンもブラウスの上から着たワンピース(制服?)も靴も。

 モノクロのブラウン管を覗いているような感覚がした。綺麗な顔立ちだが、表情はひどく不機嫌そうな少女が映っている。

 しばらくして少女は視線に気づいたのかこっちを向いた。

 そして、目が合った。

 しかし別に話しかけるわけでもなく、不機嫌な顔、おそらく自分も不機嫌な顔なので軽く睨み合う形になったかもしれない。

 その時、入り口のドアが派手に音を立てて閉まった。

 辺りは静まり返り再び室内に緊張感が漂った。エディは前に目をやった。少女も前に視線を向ける。

 視線の先にはあの一番偉そうな男がいた。

 一息ついて偉そうな男は口を開いた。

「さて、先ほどの件だが、君達と交渉をしたいと思う」

 交渉?

 辺りはざわつく。

「諸君も知っての通り現在我が国は北と南で冷戦状態にある。この現状を打破し、北と南を新たに併合する為にある作戦を開始したい。その作戦の一部に君達の力を貸してほしいのだ。成功の暁には君達を元の場所へと返したいと思う」

 ふざけるな

「作戦の一部とはあるターゲットの殺害なのだが、君達を北政府公認の殺し屋として雇いたい」

 ふざけるなって

「強制ではない。抵抗のある者は作戦に乗らなくていい。南との決着がつくまであの場所で今まで通り生きればいい。この作戦には殺し以外の大きなリスクもあるからな」

 男がそういうとそばにいた帽子の男が小さな瓶を手渡した。偉そうな男は瓶を受け取り、それを高い位置に掲げた。

「これは、北政府が開発した新薬“D”だ。Dは一定の期間と条件により、細胞を変化させ、人を人形にしてしまう」

 はん?人形?何をおっしゃる

 こんな状況でなければこれは多分笑うべきところなのだろう。しかし前にいる男が冗談をいっているようにも思えない。辺りは困惑した空気で包まれた。

「冗談ではない。新薬テスト結果の映像もある。作戦に乗った者全員にこれを飲んでもらう。…この作戦は君達にとっても大きな転機となる事を保証しよう」

 転機、そりゃそうだろう

 男はそこまでいうと瓶を帽子の男に返した。

「さて、それではここまでの説明での参加希望者を採ろうじゃないか」

 当然ながら誰も声をあげる者はいなかった。ぼそぼそと声が聞こえる。

 どうでもいい、こんな馬鹿らしい話は聞きたくない エディが軽くため息をついたその時だった。

「あたし…やるわ」

 控えめながら、部屋中によく通る声。

 その声の主はさっきの少女だった。少女はその発言の後、何をするわけでも加えて何をいうわけでもなく、離れた所にいる偉そうな男の方を見ていた。

 偉そうな男も驚いたように、ほう、と感嘆の声を漏らした。

「勇気のある女の子だ。名前は何と?」 

 偉そうな男の質問に白黒の少女は沈黙で返した。偉そうな男は首を傾げた。

「…まあ、いいとしよう。希望者には別の部屋で追加説明をする。他にはいないか?」

 偉そうな男は辺りを見渡す。しばらくすると間隔を空けながらも何人かが名乗りをあげはじめた。

 ばからしい。でもあの場所での生活をこれ以上続けるのにも抵抗があった。

 居心地が悪いわけではない。自由過ぎる場所。しかし長くいるうちに自分というものは無くなる気がした。そんなものがあるのかどうかも微妙だが。あの場所から離れることができるのが今ならそれを逃すこともない。それに…

「他には?」

 偉そうな男が再度尋ねる。

「俺も…やる」

 それに、あの場所には本もない。

 エディものることにした。

 結局作戦とやらにのったらしい人数は二十人程度。残った人質達に別れを告げはしないまま、部屋を後にした。おそらくもう会うこともない。

 廊下を歩いてぞろぞろと廊下を歩く。いわれるまま、真っ暗な部屋に入った。

「早速だがこれを見たまえ」

 偉そうな男の声が響く。

 目が慣れてくると正面にスクリーンがあることが判った。

「先程少し説明した新薬Dのテスト映像だ」

 誰も何もいわない。

 扉が閉まった後、しばらくすると映像が映し出された。

 そこには囚人服の若い男が一人映っていた。画面右下には“1日目”と書かれている。

 画面の男は白衣の男に薬らしきものを飲まされた。カプセルはさっき瓶に入っていたのと似ている。いや、同じ物だと考える方が正確だった。薬を飲み込んでそこからは早送りになっていた。

 二日、三日と変化は無し。間、食事も睡眠も排泄もしているらしかった。なんらかわりはない。右下の日付だけが変わっていく。

 そうなると退屈な映画を立ったまま見せられている様な厭な気分からか、誰の声かも判らない喋り声が聞こえ始めた。エディも口を手で覆って欠伸をした。どうして欠伸をすると涙が出るんだろう?

 偉そうな男は何もいわずに画面を見ている。

 日付が十日目になっても一向に変化は現れない。いいかげん苛ついてくる。

 しかし日付が十四日目になった頃、早送りの映像は元に戻った。そして、画面の男は突然叫び声を上げて苦しみ始めた。

 それに気づいた一同は喋るのを止め、息を凝らして画面に見入った。

 男は毒を盛られたかのように、自分の首をおさえさっき食べたらしい物を吐き出した。何か叫びながら壁を叩き、血が出ても止めることなく頭を打ちつけた。そして地を這いのたうちまわる。断末魔の叫びの後数分で、男は動かなくなった。

 間もなく男の髪は抜け皮膚がただれ始めた。原形をとどめないまでに不気味に溶けていく。骨がのぞく。ああ。ゾンビだ。まるで。バイオハザード。

 これを見て誰かが吐いた。それを見てかは知らないが、また別の奴が吐いた。

 男の体は、ゴム製の人形になっていく。人形はピンク色だか、灰色だか、不気味な色の液体にまみれていた。

 薬の服用後、ちょうど二週間目のことだった。

「以上がテスト結果だ」

 偉そうな男はビデオを止めた。

 画面には人形が一体、映っているだけだ。

 気持ち悪。

「に、二週間したら、俺達人形になるんですか?」

 震えた声で、誰かが尋ねた。

「ああ、薬の服用後何もしないままならな」

 偉そうな男は淡々と答える。

 趣味が悪い。あんなものなら薬を飲んだ後に見せられた方がよかった。いや、やっぱり逆のがいいのだろうか?これから先、どんな趣味の悪い映画を観たとしてもさっきのに勝るものはないだろう。ホラー映画の巨匠達もびっくりだ。

 張りつめられた空気。

「何を、すればいいの」

 白黒の少女の声だ。変わらない声。

「ああ、君か。なかなか鋭い。実は服用後十日以内に飲むことでDの働きを止める薬があるのだ」

 少女はふぅん、とだけいった。

「使命を果たしてくれさえすればそのアンプルを差し上げよう」

 使命、ターゲットの殺害、だったか。吐き気がする。

 続いて少女が訊く。

「開始はいつから?」

 一呼吸置いた後、偉そうな男が答えた。

「明日からだ」

 どうとでもなれ

 一通りの話が終わるといろいろ準備もあるだろうからと、もう一度ヘリに乗ってあの繁華街まで帰される事になった。

 そして出発は明日の朝、五時らしい。早起きな奴等だと感心してしまう。そういえば名乗りをあげなかったその他人質はもうすでに帰されたのか気配がなかった。

 外へ出ると離れた場所で偉そうな男と一人の自衛隊員もどきが何か話していた。エディには聞こえない。エディはそのままヘリに乗り込んだ。

 眠い



 数台のヘリコプターが去った後、それを待っていたように自衛隊員もどきが偉そうな男に伝えた。

「人質八十三名、処分しました」

「そうか、ご苦労」

 続けて偉そうな男が尋ねた。

「あの毒ガスはよく効いたかね?」

「はい、貴重な参考書類が書けました」

 隊員もどきは薄ら笑いを浮かべて答えた。

 それを聞いた偉そうな男の不気味な高笑いが殺風景な広野に響いた。


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