1:つまり俺はノースの人質なわけだ
ツッコミ気質の方は、ありえねぇwと思いながら読んでください。ボケ担当の方は一緒にボケて下さい。でもギャグではなくシリアスです。
テーブルを囲んで四人。
少年の手には五枚のトランプ。エースが二枚と七が二枚、あとはハートの三だ。これは、どういう役だったか。
雑音、人の声、きついアルコールの匂い。床には割れたガラスの破片やタバコの吸い殻があちこちに散らばっている。流れているのは歌詞の聴き取れないロック調の音楽。お世辞にも奇麗とはいえない、とある遊技場。
この雰囲気は嫌ではない。こういう所だからこういうのでいい、少年はそんな風に思う。
真ん中に大きく『×』マークが描かれた藍色の服に赤いラフなジーンズ、青く染まった髪、そして血のように赤い瞳。
顔にはまだ幼さが残った…やはり、少年だった。
「勝負」
一人の男がいった。
それを合図に四人のトランプがテーブルに開かれた。 ワンペア、ワンペア、ツーペア(ああツーペアか)ブタ…。
「くそっ、ついてねぇな」
“ブタ”の男が不機嫌にいった。
「よかったな小僧」
山積みになった賭け金が少年の手にわたる。それを財布とは別にポケットに詰め込んでいった。ポーカーなんてよく知らないが、運だけのゲームは簡単でいいと思う。
「まいど」
少年は席を立ってそのまま出口に向かった。すぐに後ろから声がかかる。
「エディ、また来いよ」
少年は振り返って答えた。
「うん、気が向いたら」
外は薄暗かった。時計を持っていないので何時か分からない。
ポケットが重い。歩くたびにジャラジャラ音を立てる。それがなぜかおかしく、笑える。
歩いていると誰かの泣き声が聞こえた。泣き声のする方に目だけ向けてみるとそこには子供が一人、膝を抱えてうずくまっていた。
また目を前に向けた。
エディのいる国は(国というにはおかしい気もするのだが)小さな海を挟んで北側と南側で一つの国になっていた。いつからか何故だか国をまとめている政府がその北と南の二つで分かれてしまった。そして、和解する事も無いまま、冷戦状態にあるのが今の現状。実際北から南へ、南から北への移動も困難な状況らしいが詳しい話は分からない。
いつか歴史で習ったベルリンの壁は壊されたが、この場合その壁が無いのだから壊しようがない。
見えない壁で隔てられた北と南の国。二つの政府はいつの日からか北の政府を『ノース』南の政府を『サウス』と一部の民衆に呼ばれるようになる。(北、南という意味のまぁそのままの言葉ではあるのだが)
ノースは今、北の大陸すべての民と南の一部の民を【人質】にした大胆不敵ともいえる行動をとっている。そして今でも人質は増え続けている。ほぼ、誘拐。ていうか、誘拐。大人も子供も無差別につれて来られる。
大陸で言うなら、この場所は北である。
つまり俺はノースの人質なわけだ
しかし、エディに海を渡った記憶は無い。つれて来られたのは学校からの下校途中だったか、登校途中だったか、ただの通りすがりだったか。ぶん殴られて気を失っていたのか、任意同行だったのか。
…忘れたことにしておいても問題ない。
ポケットの中のコインが音をたてる。やっぱり重い。トランプで小銭を稼ぐようになったのもいつからだったか。
歩きながら軽く辺りを見渡すと本当にいろんな奴らがいる。
《こちら、ノースのとある繁華街。飲み過ぎたバカなおやじが吐いています。悪臭間違いなしですあの辺りは。露出狂なんですかお姉さん?と云いたくなるようなまぁセクシーなお姉さん方。道の端で寝ている年齢不詳な人たち。シンナーの入った袋片手に飛んじゃってるお兄さん。まあいろんな人たちが老若男女います》
ところで、こんなところにいるおかげで壊れてしまう奴もいる。壊れて、と云うのは精神的にだ。
非常識なことが此処では常識になってしまう…エディも実際ここにきて数日、自分が何をし、何を考えていたのか、今となってはさっぱり思い出すことができなかった。
何もできずにさっきの子供みたいに泣いていたのだろうか?はは、それは…ない。
――本当のところね、この話、ほとんどの人は知らないんだよ
あの男はいった。
自分が人質であることもノースとサウスの話もあの男からすべて聞いた。 ここへきて何日かたったある夜のことだった。
場所はたしかそのころ寝どころ兼隠れ家にしていたある古いアパートの一室。
あの変わった男に初めて会った時のことは何故か鮮明に覚えている。
電気を消して、部屋の片隅に身を堅くして座っていた。黒い髪、学生服、そして赤い瞳のエディ少年。独りでいた。誰かと一緒にいようなんて気はまず無かった。
側にはどこからか拾ってきた刃の錆びたカッターナイフ。何か自分を守れるものがないととにかく不安で仕方がなかったのだろう。ただひたすらに夜が明けるのを待った。
そして徐々に眠気を感じて気がつけば次の日の朝になっている。
そしていつもそんな自分に腹が立った。
不安定な感情が何よりも自分を陥れる。
あの男と出会った時もいつもの睡魔と格闘していた時だった。突然の物音。
眠気は一気に引いていく。
その後は音の聞こえた方向を瞬きもせずに見やった。動くことができなかった。おさえることのできない身体の震えと一気に高まっていく心臓の音。手には無意識にカッターを握っていた。
刃は出していない。
入り口付近だろうか?しばらくするとまた物音がした。気のせいかさっきよりも小さな音だった。
しかし何者かがいることは確実なものとなった。
誰か、いる。
身体の硬直が少しずつひいてきた。そして立ち上がり一歩、二歩と入り口の方へ向かった。
手にカッターを持って。まだ高まっていく心臓の音。
「…だ、誰だ」
声が裏返る。が、返事は無かった。これ以上ないくらいに高まった鼓動。
間。
しばらくたった、気がした。
…風の音…か?軽い安心感にとらわれたその時だった。
「…君一人?」
年齢のとらえにくい少し低い男の声がしたのは。
しかしながら、「誰だ」の質問に「君一人?」と返されるとは思ってもみなかった。エディは考えた。もしここで自分一人だと答えたとすればどうなる?声の主はエディに仲間がいないことを知ったことでドアを開けて。
俺を殺すのか?
河原でみた光景が頭を過ぎる。
ここへ来る間、いくつもの人の死体をみた。死体、死体、外傷のある死体ばかりを。河原で。死体のそばで笑っていた男を見た。手に。血のついた真っ赤なナイフ。
吐き気を覚えた。エディは片手で口を覆った。
「ああ、そう云うんじゃないよ。ゴメン、ゴメン。君一人だよね?」
「!」
まるでエディのあたまのなかを読んだかのようなことを男は口にした。エスパー?
「ここを開けてくれないかな?なんにもしないから」
いわれてエディは気づいた。
ドアには鍵を掛けていたのだ。声を無視して返事などしなければ声の主はドアの前を通り過ぎていたかもしれない。
自分の「誰だ」という言葉は自分の存在をわざわざ相手に知らせたようなものである。
自分に腹が立った。しかし今は黙ったとしてももう遅い。
どうする?
一息ついてエディは訊いた。
「…何もしないという保証は?」
「え?保証?」
声の主は今度は高めの声をあげた。
「そう、保証だ」
「そんな事いわれても…」
…ドア越しに交わされる短い会話。沈黙が続いた。
沈黙のあと先に声を発したのは、低い声の主だった。
「言葉だけじゃ信用できないか、君は。ああさっきから聞いている声からして君はまだ十二、十三かそこらだね。うん、声変わりはまだかい?僕はこの通りさ。低い声だろう?ハハハ」
何なんだ?この男は…。全く関係のないことをぬかしている。そしてなぜだか笑っている。しかし何より気になったのは
「俺は十四だ」
エディはまた、腹が立った。
しかし気づかないうちに震えやら高まった鼓動やらはおさまっていた。
「ああ、こりゃ失礼。十四か…。君の顔を見たいなぁ、やっぱりドアを開けてくれないかい?本当に何もしないから。それに僕はしばらくここを離れるつもりは無いよ。…それとも強行突破しても?」
しても?といわれましても…。なんだか負けた気がした。
エディはドアの前に歩み寄った。半ばヤケクソ、このドア越しの妙な男に殺されるという気がしなくなったこともあったのだが。気、だけだ。
エディは鍵を外した。そして男にいった。
「入れよ」
「ありがとう」
ドア越しの会話。ドアが開く。男が入ってきた。エディは顔を上げた。男の姿が目に映る。
髪はピンク色で短髪。サングラスをかけているので目は見えなかった。痩せ形で背が高い。百八十程あるだろうか。男は白衣を着ていた。
…何だかとても複雑な気分になった。思い浮かんだ言葉が一つあったので口に出してしまった。それも思いっきり。
「変なの」
「はは…変かい?」
長身の男は笑いながらそういった。
ふうん…、男がじろじろこっちを見る。
「何?」
怪訝な表情を浮かべてエディはいった。
「イヤ、君こっちきて間もないでしょ」
その通りだがエディは答えなかった。
「だめだよ、知らない人を簡単に家に入れちゃあ」
エディはぎょっとした。そんな少年の表情を悟ってか違う違う、と男は両手を軽く挙げて続けた。
「でもまあ僕みたいなので良かったね、って」
何が「って」何だか。男の言動に呆れながらもエディは警戒を解かない。
男は顎に手をあてて、言葉を続けた。
「うーん、その格好じゃ街の方には出られないよ。はっきりいって。少なくともその服と髪をどうにかしないと…あ、あと靴もね」
全部じゃないか
「あとそんな物騒な物、捨てなさいって」
いわれてはっとした。手に持ったカッターの事などすっかり忘れていた。
「まだあんたを信用したわけじゃないから」
「あ、そう?なら持ってていいよ」
「…」
この男の口振りは苦手だ。
「ま、ここじゃ何だし、中に入れてよ。こんな玄関先じゃほかの悪い人に見つかってしまうよ?」
それもそうだ。とりあえず鍵を閉めてエディはさっき自分のいた部屋に戻った。
長身の男も暗いねー、などといいながら入ってきた。
エディは部屋の片隅に座った。
「俺から半径二メートル以内には座るな」
「オッケー、用心深いなぁ」
長身の男は部屋の真ん中辺りに腰を下ろした。
三メートルでもよかったか
「それでさ、僕はやっぱり君はその服とかをどうにかするべきだと思うんだけど…」
男が話し始めた。エディは黙って聞くことにした。
「理由は分かるかい?今まで君の居た場所には人を裁く法律があったよね?」
「…」
「ここにはそんなものありはしないのさ。すると不思議な物だね、今まで悪いこととされてきた事をここにきて平気でやってしまうんだよ。例えば極端な話、人を殺したり、ね」
死体のそばで笑っていた男
「…人の暴走は止まらない。何故ならそれを止める人がいないから」
判っている
それは判っていたことなのだ。あの死体を見たときから…。
ここに来たばかりの奴が「そいつ等」の獲物になる。意味のない殺しに金銭目的の殺しか…、しかしどうにかする手段がない。第一に金もない。
「君には手段がない…か」
…どうしてこの男はこうも人の心を読んだようなことをいうのだろうか?
「どうかな、僕にまかせてみてくれないかい?」
「はぁ?」
何をいっているのだ。何故見ず知らずともいえる他人にそんなことをいえるのだ…。やはりエディの見た限り、この男は「変」な人種だった。
「まかせろって…何で俺があんたにそんなことされなきゃならんの?俺はあんたにとって他人でしかないだろう、あんたも俺にとっては他人だ。第一、あんたに何のメリットがあるわけ?」
全くわけが判らない。エディは呆れる。男はいった。
「他人ねぇ…、他人とは何だろうね。自分以外のものすべてを他人といえば血のつながりもなにもないね。親や兄弟でさえも他人だね。あぁ、きょうだいは他人の始まりって言葉があったっけ?…まぁ、僕にとってそーゆーのは元々関係ないんだけど。全っ然関係ないのさ。僕はあくまで自分のやりたいことをやってるだけだよ。深い理由とか無しで。はっきりいえば僕は莫迦なのかもね。あぁ、バカかも」
べらべらとそんなことを述べた後に、長身の男は何がおかしいのか笑った。
完全に何かがずれている。もはやかえす言葉もなかった。
笑い終えて男がいった。
「あぁ、僕の名前は“デス”二十六だよ。十四の君の名前は何だい?」
「…エディ」
ため息もでた。
「エディか、さっきから気になってたんだけどその眼の赤色、それってカラコン…じゃないよねぇ?」
「…」
いつも言われる事だった。
エディの眼は虹彩に色素が無い為、赤い。
要するにこの赤は
「ああ、血の色だね」
デスが呟いた。
眼を隠すようにエディはうつむいた。
「…綺麗な赤だね。カラコンとはやっぱり違う」
「俺は嫌いだ、こんな目」
吐き捨てるようにエディはいった。綺麗なのに、とデスは何だか残念そうに呟き、こう続けた。
「血の色に勝る赤なんてないさ」
そんな発言に対しエディが何かいいかけたその時。
電子音が鳴り響いた。
突然の音に当然エディは吃驚する。デスはごめん、といってその場に合わない『第三の男』を奏で続ける携帯電話を取り出した。
「あぁ、彼女からだ。そろそろ帰らないと」
デスは立ち上がって電話に出た。
「彼女?」
「そのうち君も顔を会わす事になると思うよ」
デスは電話を切った後、答えた。ドアまでエディもついて行くことにした。
「また来るよ。まぁ君の事は僕にまかせて。「遠くの親戚より赤の他人」ていうじゃないか」
「そりゃどうも」
近くの他人だ、馬鹿。というつっこみを入れることもせず素っ気なくエディは答えた。
「…さっきもいってたけど本当にあんたは本当にあんたのやりたいことをやってるだけなのか?」
いまいち不信感がとれなかった。
「あぁ、今回のはちょっと違ったかな、僕は世話好きなんだよ」
…ただの世話好きってだけじゃないだろう
「うーん、そうだね。まるで生きたお人形みたいだからかな?」
丸いサングラス越しのデスの表情は分からなかった。しかしその言葉でさっきまでの不信感は一気にとれた。
「…人形?」
「なァんちゃってね、こんな年して人形遊びなんてひくよね」
デスは笑って、外へ出ていった。ドアが静かに音を立てて閉まった。よく笑う男だ。
…俺は生きた人形か
デスという奇妙な来客は暖かさと冷たさが常に平行して兼ね備わっているような…そんな男だった。
世話するのに飽きたらどうする?全面的には信用せずにある程度距離をとってうまく使えるか?
いろいろな思考が頭をよぎる。
ドアの鍵を締め、再び部屋の隅に座った。
静寂が戻ってくる。
今更だがデスはただの悪人や強盗なんかよりも質の悪い客だった。
また来るよ、そういったならデスはきっと来るのだろう。その時は
…何だかいろいろ考えるのも面倒になってきた。眠気がしてきたせいなのかもしれないが…。
エディは長いため息をついた。
そういえば眼の色を綺麗なんていわれたのは初めてだったかもしれない。聞き慣れたのは「気持ちが悪い」という言葉で、見慣れたのは異形の者を見るかのような目線。
母親と同じ赤い目。眼を閉じた。
(それからデスはいつ来た?たしか)
黙々とそんな事を考えていると突然真横から人が飛び出してきた。
走っていたのか、激しくぶつかりエディはふらついた。と、同時にポケットのコインが地上にばらけた。
「あ」
とりあえず落ちたコインを気にしながらも、自分にぶつかってきた相手を気をつけろド阿呆、とばかりに睨みつける。
目の前には髪の長い、少女がいた。(大方、手の先まで伸びているのではないだろうか)うつむいた顔を上げると、白い肌の、よくいえば美少女だった。
…女?
何となくぶつかってきたのは男だと思っていたが、エディの予想は見事に外れた。
そんなことを考えているうちに少女は何もいわずエディの歩いてきた道を走っていった。
少女が走り去るのをしばらく眺めていたエディは思い出したように足下のコインを拾い始めた。コインに混じって光る物が眼についた。拾い上げると、それは蝶を象った小さなネックレスだった。
さっきの少女の顔が浮かぶ。少女の走っていった方を振り返るが、少女はすでにどこかへ行ってしまっていた。
一瞬の間しか見ることのなかった顔だが、頭に焼きついた強い眼。あの眼はエディを見ていたわけでは無い…そんな気がした。
感じ悪
しかし、とりあえず、拾い集めたコインと蝶のネックレスをポケットに入れて、エディは歩き始めた。
「やぁ」
また来るよといった二日後にデスはやってきた。大きなリュックを背負って。
「何、それ」
「これかい?」
デスは靴を脱ぐとずかずかと中に入ってきた。
「おい!」
デスは部屋の真ん中あたりにしゃがみこんだかと思うと、リュックの中身を放り出し始めた。
エディは近づいてその中身に目をやった。
服や靴らしきものが散らばっている。
「はい、これは全部君のものだ」
手を後ろにつき、両足を投げ出した形に座ってデスがいった。
「はぁ?」
わけがわからない
「君のものだよ。早速着替えてみるといいよ」
「着替えるって…」
エディは服らしきものをつまむようにして持ち上げた。
それは藍色の布地に赤い『×』マークが描かれた上着だった。
「ださー…」
心で呟くようなことを口に出した。
「あー、ダサいのかい?それは…。恰好いいと思ったんだけど…」
これがかっこいい?
「どうも僕にはファッションセンスというものが無いみたいだ…」
デスがぼやく。
あんたが選んだんかい
相変わらず変わった男だ。
「まぁいいよ、制服よりはマシだろ」
「君は優しいねぇ、エディ君」
そういうつもりでいったんじゃなかったのだが…何もいわなかった。しかしどこでこんなものを手に入れたのか、思ったが訊かないことにした。
何日もの間、この制服を着ていたのだ。この家は幸い水道は通っていたが、服といえばTシャツのような生地の薄い物ばかりで、上着になるようなものはなかった。明らかに何者かが荒らした後だった。
動きにくい学生服。大嫌いだった。だから、たといこんな服でも例外なく、着替えることができるのは正直嬉しかった。
「あぁ、似合うじゃないか」
その言葉は嬉しくない
ふとデスの近くに落ちてある小さな箱に目がいった。
「…その箱は?」
「あぁ、染色剤だよ、髪用のね」
「まさか…」
いやな予感がした。
「これも君のだよ」
デスがにやにや笑っていった。
もういい、この際勝手にしてくれ
自分の髪が青色になるのは初めての事だった。そして鏡を見て、絶句した。
髪を染められながら話したこと。
「この場所、好き?」
デスに訊かれて、エディは少し考えた。
「最近慣れてきた。けど…」
「けど?」
「本がないのが厭だ」
それを聞いてデスはハハ、と笑った。エディは真面目に答えたつもりだったので笑われてムッとする。
「何?」
デスはいやいや、と、やっぱり笑いながら
「本か。成程、本が好きなんだ?でも僕はあまり読まないね」と、いった。
まあ、好きには変わりないのでエディは何もいわなかった。
しばらくすると、またデスが訊いてきた。
「誰かに会いたいとか思わないかい?」
エディは間髪いれず答えた。
「別に」
「べつに、か。彼女とかいなかったの?」
「もてないから、俺」
そうは思えないけど、などといった後デスは続けた。
「じゃあ、両親には?」
多分エディは、これにも「べつに」と答えた。
そして、この時に人質やら、内戦やらの話も聞いた。なぜそんなことを知っているのかと思ったが、わけは聞かなかった気がする。記憶は途切れる。
両親が何だというんだ。そうは思っても時々思い出したくない事を思い出す。
母親。は、いわゆる娼婦で、父親は不明。まともな手料理を食わせてくれた事がない。幼い頃は叔母と称する女が世話を焼いてくれた。叔母は母親の悪口ばかりをエディに聞かせた。エディが小学校にあがる前、叔母は母親といい争った後、来ることはなくなった。まともな料理が食べられなくなる事が判って、辛かった。母親は感情の起伏が激しかった。抱きつかれる事もあれば、殴られることもあった。どちらにしても唐突に行われる事で、それにはすべて無抵抗でいた。中学に入ると益々わけが判らなくなった。学校から帰ると母親は裸で男と遊んでいたりした。最低だ、最低だと、怒鳴りつけても意味無くそんな日が続く。しまいにはアホな薬で服も着ないで狂ったように笑い、そうでなくても焦点の合わない目でぼんやり座っている事が多くなった。いつの日からか、まともに会話することもなくなった。怒るのも馬鹿らしく思えてきた。あの女と居ることが苦痛になっていた。 あの女への感情は嫌悪だけだ。「べつに」どころじゃない、もう会いたくもない。
繁華街から離れたアパートの、誰もいない部屋に帰った。
そして、さっきの金をポケットから取り出していたとき、財布が無くなっていることに気がついた。財布を落とすなんて馬鹿な真似はしない。考えられるのは
やりやがったな、あの女
今思えばどう考えても不自然なぶつかり方だった。が、今更そんなことを考えてももう遅い。
いくら入ってたか、とりあえず遊技場での金を別にしておいてよかった。そしてエディは思い出したようにポケットから拾った蝶のネックレスを取り出した。
かざしてみる、スられた金額とはつり合わない、古びたネックレス。あの少女が落としたものなのか、たまたまあの場所に落ちていただけなのか。
俺の知った事じゃない。そのまま手から床へ落とした。金属音が響く。
エディはため息をついた後、布団に横たわった。しばらくして眼を閉じた。