王都へ
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荷物を纏めていると昼になった。纏めると言っても、あらかたポケットに突っ込んだだけだけども。
ローブの内ポケットには衣服や本、魔法薬、魔道具、素材、武器が入っている。
所持金はある程度小袋に入れ、残りはポケットに。金目の物も全てこの中だ。
出発は夜。街が寝静まった時間に、こっそり。
それまでにやるべきことは全てやっておく。もうここに戻るつもりはない。
やるべきこと。それは、奪還した後の捜索を撹乱させるための細工だ。
教会はこの街を捜索するだろう。シエラの唯一のゆかりの地。姉である私がいる街。極力バレないように努力するが、きっと疑いの目は避けられない。街の人達は私の家を教えるだろう。彼らはシエラの存在を覚えている。当たり前だ、聖女として連れて行かれるだなんて、忘れるほうが難しい。
だから、「リリス」を消す。
空になった薬品棚や本棚は怪しまれるので燃やすことにする。元々小さめな家だ、棚がいくつかなくなった所で初見の違和感はないだろう。
外出中の札を玄関のドアに掲げ、森に入る。奥深くに到着すると魔法で棚を全て燃やす。待っている間に大きめの魔物を捕らえ、大量の血を流させる。そこに服の切れ端をいくつか散りばめておき、魔物の死体は燃やす。骨は地中に埋め、血溜まりには短期間の保護魔法をかける。
幸いなことに、今日は朝以外誰とも会っていない。札は外出中のまま、帰宅する。
最後の仕上げだ。
この荷車は底が深い。人一人なら中で寝転んでもまだ余裕がある。これを二重底に改造する。
夜になった。幸いにも今日は誰も訪ねてくることはなかった。つまり、今日明日のリリスの足取りを把握している人間はいないということだ。
荷車にはいくつかの木箱を積んでいる。中身は干し肉や野菜、よくある魔物の素材など。
準備は整った。さぁ、出発。
玄関を出ると、振り返って家を見上げる。
人生の大半の思い出はここに詰まっている。家族との思い出、一人で過ごした思い出、街の人との思い出。
きっとここにはもう戻って来ない。私は今から全てを捨てる。私の全てのために。
街の出入り口は、街全体で言うと領主の屋敷の反対側に位置する。リリスは出入り口付近の森に住んでいるので、そう時間はかからない。
出入り口に近付くと、数人の騎士が見えた。遠くから様子を伺う。街の出入り口には交代制で常に見張りを立てている。時間帯的に夜番だろう、あくび交じりに会話をしているようだ。
ポケットから煙幕を取り出す。煙は薄く範囲も狭い。しかし、あの程度なら一網打尽だ。
兵士の足元に煙幕を転がす。うっすら漂う煙を吸い込んだ兵士たちは、次第に眠りについていった。
そっと横を通り抜けて街から離れると、荷車に座る。すると、荷車は勢いよく走り出した。
この荷車には魔法がかかっている。二重底の下に敷き詰めた魔石を燃料とし、自動で走るように。速度は馬車のそれより圧倒的に速い。最短ルートの馬車なら2日。この馬車なら明日の朝には王都に着く。シエラの処刑まで、猶予を23日にできる。
しかし、安全かと言われるとそうでもない。乗り心地は最悪だし風も強い。保護魔法もかかっているから何かにぶつかっても私は死なないが、相手は衝撃で死ぬ。もちろん障害物は回避するが、ぶつかれば余りにも周りに優しくない。改善の余地はありまくりだ。でも今はそんな事に構っている暇はない。
さぁ、王都へ。
向こうに着いた後の行動を考える。王都に土地勘は無い。天涯孤独の身なのだから頼れる相手もいない。そもそもセフィラ教会の場所すら知らない。王都は広い、街よりずっと。うまくいけばすぐにでもセフィラ教会を見つけられるのかもしれないが、あらゆるパターンを考えておかなければならない。
まず手に入れるのは王都の地図。セフィラ教会周辺地理、王宮との距離の把握。逃走経路の確保。それができたら、神官や警備の人数、配置確認。
情報収集は大事。でもあまり時間はかけられない。今こうしている間にも、シエラがどんな目に遭っていてどんな思いをしているか分からないのだ。大丈夫、いざとなったら全員…
死刑囚の脱獄は重罪だ。それに協力した者も、もれなく極刑にされる。下手を打てば二人して即処刑。ならばこちらだって容赦はしない。私が命をかけるんだから、向こうにもかけてもらわないと。
理不尽?そうかもね。でも構わない。シエラが生きて幸せに笑っているなら、私の足元にどれだけ血が滴っても構わない。
いったいどれほど荷車に乗っていただろうか、遠くに見える王都の門から太陽が昇ってきた。
巨大な壁に囲まれている王都に入るには、東西南北に設置されてある門を通る必要がある。門にはそれぞれ兵士が二人立っており、通行許可証を見せ、場合によっては荷物の検品が行われてからようやく通れる。
しかし、どうやら最近その規制が緩和されたようだ。
王都新聞で読むには、通行許可証を廃止したらしい。名前と通行目的、荷物の中身を口頭で示し、記録を取れば誰でも王都に出入りできるのだとか。たしか宰相子息の立案で、庶民層の商業の幅を広げる、とか、有名商会以外にも商売の機会を、とか。
馬鹿か。
たしかに通行許可証の発行は面倒だし限られる。外部の人間に許可証を出すには、その身元を保証する王都内の人間や組織が必要だ。身元保証人が役所に申請し、役所が充分精査してからようやく発行される。つまり、王都内にツテがなければ入ることはできないのだ。
私が建国祭に参加したのは4年前。その時は団体の観光客として参加したので、団体に通行許可証が発行された。今年の建国祭にも参加するつもりだった。まさかそれ以外で王都に来ようだなんて。
王都にツテがない商工業者は厳しいだろう。だが、なんのチャンスも無いわけではない。
王国には商会ギルド、職人ギルドが存在する。そこに加入すれば定期的に開催される交流会にだって参加できる。加入は簡単、街ごとの役所に申請すればいい。そこで王都にツテを作れば良い。平民出身が多いその場でそれができないのは本人の資質の問題だ。
通行許可証で保証されるのは、商品の品質。それと、人間の質。
保証人側だって、入れた人間が問題を起こせば責任を取らなければならない。ろくでもない人間を保証するなんてリスクのあることをする者は極めて少ない。
つまり何が言いたいかというと、身分証明たる通行許可証が廃止されれば、品物も人間も粗悪なものが王都に簡単に入れるようになるという事。王侯貴族も聖女も暮らす王都に。
これを立案した宰相子息は馬鹿だ。庶民層からの支持を得たいのか知らないが、流石お坊ちゃまの考えることは違う。
ありがとう、宰相子息様。おかげで犯罪者が入れる。




