覚悟
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なんで。なんでなんでなんでなんで。
おかしい。だって、どうして。
あんなに聖女として働いていたのに。つい先週だって、瘴気が強まっていた土地を浄化したとかで記事になっていたのに。
状況をうまく飲み込めないまま、記事を読み進める。
『聖女の地位剥奪、新聖女誕生か?
セフィラ教会のシエラ元聖女が力を偽装し聖女を騙った罪でその地位を剥奪された事が王室から発表された。真の聖女はライア・ダチュラ伯爵令嬢であり、シエラ元聖女は嫉妬と恐れから度重なる嫌がらせをライア嬢に行っていたという。聖女への敵対行為は重罪である。王室によると、3日前の裁判にてその悪質さから死刑判決が下り、現在、セフィラ教会にて投獄されている。』
頭を殴られたような衝撃が走る。グシャ、と手の中で新聞が形を変える。次の文章からはシエラを貶める文言ばかりが書かれている。読む価値もない。まともに読めば発狂しそうだ。
死刑…?妹が…シエラが…?
どうして、どうしてこんな事に。力を偽装って、新しい聖女って?だって、連れて行ったのはそっちなのに。
あの子が偽物だったなんてありえない。聖女としてあんなに働いていたのに。瘴気の浄化も祭祀も災害の対応も慰問も、新聞で読む限り完璧にこなしていた。素晴らしい聖女だって、前まであんなに言われていた。切り抜いた記事なんて数冊分は溜まってる。ライア・ダチュラなんて、新聞読んでて名前すら見たことも聞いたこともない!
嫌がらせだっておかしい。あの子が、あんな優しい子がそんな事するはずない。傷付いた小鳥だって放っておけなくて、元気になるまで熱心に世話をしていたくらいなのに。好きなお菓子が1つだった時も、半分分けてくれたくらいなのに。転んで泣いている子に手を差し伸べたり、家の裏で死んでいた子リスを埋めて涙を流したり、見ず知らずのお婆さんの荷物だって持ってあげたり、それに、それに!
するはずない。信じられない。でも今はそんな事は重要じゃない。
たとえ本物の聖女じゃなかったとしても、本当に嫌がらせしていたとしても、死刑なんて許せない!
愛しい愛しい、私のシエラ。たった一人の最愛の妹。私に残された、最後の家族。
殺そうとしている。誰が?―教会が、王室が。
王国を代表する2つの組織。最も権力を持つ組織。どちらかを敵に回せば国を敵に回すと同義。両方なんて言わずもがな。自殺行為だ。平民なんて特に。
だからなんだ。
誰が引き下がるか。誰が諦めるか。妹の生命を。
シエラはまだ15歳。王室から責められ、教会から捨てられ。偽聖女だなんて言われて、嫌がらせをしたからと死刑を告げられた。独りぼっちで投獄されて、今どんな思いで過ごしているだろう。
考えただけで気が狂いそうになる。シエラ、シエラ。あぁ、私のせいだ。私があの子を教会に委ねてしまったから。聖女になれば幸せになれるなんて思い込んで、見送ってしまったから。
離れ離れになってこんな目に遭ってしまうくらいなら、あの時引き留めておくべきだった。
こんな事になると知っていたら、どんな手を使ってでも守っていたのに、二人で逃げ出していたのに!
ごめんなさいシエラ、愚かな姉を許して。殺させたりなんてしないから。必ず貴女を救い出して見せるから。
「…準備しないと。」
シエラを救い出す。そのためにまずは状況を整理しなければ。
現在、シエラは王都にある一番大きな教会、セフィラ教会に投獄されている。聖女の地位は剥奪され、新聖女にはライア・ダチュラ伯爵令嬢なる者が就任した。
王国法により、罪人の死刑が決定してから執行されるまでは一ヶ月の猶予がある。この王都新聞は三日遅れだ、この時点で猶予は27日。死刑が確定したのは新聞が出た3日前。つまり、現時点で猶予は24日。
最短ルートの馬車でここから王都へ向かったとしても片道2日。今から出発しても猶予22日。
向こうでの情報収集にはどのくらいかかる?セフィラ教会の場所は?投獄されている部屋は?警備の人数と配置、神官の人数、人の少ない時間帯は?
王都には一度しか行ったことはない。それも大通りのパレードを人混みの中から見ただけだ。他に見て回る余裕はそれほどなかったし、シエラの顔を見ただけで充分満足だった。
土地勘はない。仮に救出に成功したとして、そこからどうやって逃げる?
一度は追手を振り払っても、その後はきっと指名手配だ。捕まればシエラもろとも処刑。新聞は世論を操作して、シエラに対して敵対的な雰囲気を作り上げようとしている。民衆にも味方は期待できない。
どこに逃げればいい?街にはきっと戻れない。
シエラはここから連れて行かれたのだから。
さぁ、どうする。
荷造りに取りかかる。荷物は最小限に、そして最大限に。
普段は薬草採取や魔物退治にしか使わないローブを取り出す。街に出る時に着る物とは別だ。
このローブの内ポケットに特殊な魔法をかけてある。見た目は普通のポケットと何ら変わらない。しかし内側は亜空間と化していて、際限なく物を収納できる上に重さも感じない。採取した薬草や魔物の素材を入れる時に便利なので愛用しているのだ。
これは人前で使わないようにしている。私が独自に開発した物だからだ。人は便利な物を求める。私がこんな代物を持っていると広まれば自分にもと頼んでくる人は多いだろう。そうなれば私の負担も大きくなる。魔法薬と魔法の協力だけでも充分生活できているのだ。わざわざ報酬欲しさに苦労することもないだろう。
それに、自分の技術を盗まれるのは嫌だ。街の人とは仲良くやっているが、ローブごと盗まれて悪用されてはたまったもんじゃない。まぁ、今から悪用しようとしているのだけど。
衣服や魔法の研究資料、魔法薬のレシピをポケットに詰める。あとは、ありったけの魔法薬と薬草、魔道具に魔物の素材も。生活感を出すため、害にならない少しの魔法薬と薬草を置いていく。
あとは…
机に街の教会用の魔法薬レシピを残す。他より安価で製作できるものだ。一通り書き終わると、敢えてペンを片付けずに置いておく。インクが乾かないように少しの間持つ程度の保護魔法をかけておく。
私はシエラが一番大切だ。けれど、街の人たちがどうでもいいという訳では無い。私がいなくなっても、少しでも負担を軽くできるように…。
最後に必要な物。それは武器だ。
極力戦闘は避けるが、そうなった場合も考えなければ。
何が使える?家にある物…。
小さなナイフがいくつかある。これは確か、魔物を生かして捕まえるために作った物だ。刃渡りが短く殺傷能力は低いが、痺れ薬が染み込んでいる。これは役に立つだろう。
あとは解体用のナイフ。切れ味が鋭く、刃渡りは少し長めだ。頑丈な素材でできており、追加で強化魔法をかけたので硬い魔物を解体する時に愛用している。
これを使う時は…いつだって生命の応酬をする時だ。これからは相手が魔物から人間に変わるが。
ナイフを握りしめ、自問する。
人を殺す覚悟はあるか?シエラのために。
ナイフをポケットに入れた。




