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プロローグ

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 その日のリリスも、いつも通り過ごすはずだった。



 朝。カーテンの隙間から差し込む日に瞼を開け、まだ寝ていたいという身体を無理やり起こしてカーテンを開ける。開ききらない目を擦りながら洗顔を済ませ、着替えると手早く朝食を作る。

 食後の紅茶を済ませるとローブを羽織り、荷車に魔法薬を詰め、家を出る。


「おはようございま〜す」

「おはようリリスちゃん、今日も教会?」

「はい、薬が少なくなってるらしくて」

「ご苦労さん、これ持ってきな」

「わ、ありがとうございます!」


 予期せず林檎を手に入れた。帰ったらパイでも作ろうかな。


 教会に着くと子供たちが駆け寄ってきた。

「リリスちゃんだ!」

「リリスちゃんおはよう!」

「おはよう皆、シスターいる?」

「うん、いるよ!こっち!」

 ここの子たちは全員孤児だ。教会の運営は領主からの援助と寄付によって成り立っているが、贅沢は許されない。他より安く薬を売っているリリスの存在は、教会にとっても重要だった。


「シスター、おはようございます。これ、追加の魔法薬です」

「ありがとうリリスちゃん、いつも助かるわ〜。そうだ、これどうぞ」

差し出されたのはクッキーだった。

「そんな…子供たちにあげてください」

「いいのよ、皆あげたいって言ってたもの。それに、いつも子供たちに勉強教えてくれてるでしょう?このくらいはね」

「あはは…ありがとうございます」


 代金を受け取ると子供たちと少し会話し、教会を出る。街を歩いていると、一人の騎士に声をかけられた。

「リリスちゃん、今帰りかい?」

「はい、ゴルドンさんは見回りですか?お疲れ様です」

 街を警備する騎士のゴルドン。体格が良く快活で、子供に人気だ。リリスの父親も生きていれば今ごろ彼ほどの年齢だっただろう。

「いやぁ、街の見回りなら暇なくらいだよ。やることと言えば世間話に喧嘩の仲裁くらいなもんで…あ、そうそう。リリスちゃんに言っておきたいことがあるんだ」

「言っておきたいこと?」

「最近、森の近くで魔物が目撃されてるらしい。痕跡もあるみたいで…リリスちゃん、大丈夫かい?女の子一人だし、何かあったら大変だろう」

 リリスは森の入り口にある一軒家に一人で暮らしている。自家製の魔法薬や魔物の加工品を売り、魔法が必要になれば魔法士として協力し、報酬を得て生活しているのだ。

「大丈夫ですよ、その辺の魔物なんて一捻りです。バラして良い感じに加工して売り飛ばしちゃいますよ!」

「はっはっは!たしかに、この街でリリスちゃん以上に強い奴なんていないだろうしなぁ」

 平民に魔法が使える者は少ない。その中でもリリスは優秀だ。リリスはどこにも所属しない魔法士として、街の住民から重宝されていた。

「騎士団でも森のほうを見回るらしい。俺は街の見回りだけど、何かあったらそいつらに言えばいいさ」

「分かりました、ありがとうございます!」


 ゴルドンと別れ、家の方に荷車を引いていく。魔法薬の代わりに貰った林檎とクッキーが中にある。


 帰ったら追加で魔法薬を調合しよう。それから昼にして、午後はアップルパイを焼こう。その間に森で薬草採取して、焼けたらお茶にして、貰ったクッキーと一緒に食べようか。


 荷車の中には3つの林檎がある。パイにしてもきっと余るだろう。そもそもパイだって、一人で食べるには少し多い。

 余ったら誰かにあげようか。教会だと足りないだろう。騎士団も…人が多い。なら、林檎をくれたおばさんにおすそ分けしようか。たしか子供が二人いたはず。おやつにちょうどいいだろう。


 こんな時、誰かと一緒に食べられたら…きっと幸せだ。一人は自由だが、同時に少し寂しい。

 10歳の時に両親を病で亡くし、それからは2つ下の妹と二人で暮らした。教会に入らなかったのは、以前から病の両親に代わり生計を立てていたから。わざわざ教会のお世話にならずとも、生活していく術は身に付けていた。


 しかし、それから2年。リリスが12歳、妹が10歳になったある日のことだった。二人で街に出ていると、ちょうど来ていた神官が声をかけてきた。


 曰く、妹は神託の聖女なのだと。


 聖女。王国の平和の象徴であり、教会で最も高貴な存在。災いが起きれば神に祈りを捧げ、聖なる力で国を救済し、豊かにする。神託によって示された聖女、それが妹なのだと。

 たしかに神託と特徴は一致していた。雪のような髪、青空のような瞳。清らかで愛らしい、少女。

 平民として暮らしてきた私達にとって、聖女なんてのはあまりにもかけ離れた存在だった。呆気にとられるとはまさにこのことだった。


 聖女は国によって保護される。王都の教会で神に祈りを捧げ、祭祀に出席し、必要に応じてその力を使う。妹も例外ではなく、王都の教会に連れて行かれる事となった。

 聖女になれば毎日綺麗なドレスが着られる。美味しい物が食べられる。暖かいふかふかのベッドで寝られる。パーティに出席してダンスを踊って、綺麗な人たちとお話できる。そんな事を神官に言われて、夢見がちだった妹は頷いた。


 聖女でなければ王都の教会に行く事はできない。私が妹に付いていくことはできないのだ。妹は最後まで「姉さんも」と言っていたが、聖女は時々外出の機会もあるし、手紙を出す事もあるからと言われ渋々諦めていた。

 平民として生きるより聖女として生きる方が幸せだろう。あの子は優しい。きっと民に愛される素晴らしい聖女になる。貴族のようなきらびやかで豊かな生活。高度な教育だって受けられる。引退後だって国から援助されて、自由に過ごせる。たった一人残った家族。幸せになれるならと、見送った。

 

 その夜は、一人の寂しさに泣いたけれど。






 妹が教会に行ってから家に帰って来たことはない。手紙も何度か出しているが、返事が来たこともない。聖女はそれほど忙しいのだろう。王都新聞には聖女としての仕事ぶりが載せられる。その記事は切り抜いて手帳に貼り付け、保護魔法をかけてある。購読料は少し高いが、切り抜いた記事を時折見返すのが趣味の1つだった。


 4年に一度行われる建国祭、王都のパレードにこっそり行ってみた事がある。金銀や宝石で装飾された大きな馬車の中で、美しい式典服を着た妹は楽しそうだった。

 妹に会う機会はない。街から王都への旅費も高くつくので頻繁に行ける訳でもない。それに、行ったとしても王都の教会は基本的に貴族が立ち入る場所なのだ。平民の私が入れてもらえることも無いだろう。聖女の家族だからと優遇されることは無いらしい。


 それでも良い。会えなくても、幸せでいてくれるなら。周囲から大切にされ、何不自由なく暮らしているのなら。あの子の幸せがある場所に私がいる必要はない。



可愛い可愛い、私のシエラ。姉さんは貴女がいなくて少し寂しいけど、元気にやっています。




 郵便受けに新聞が入っている。街のものではない。記事の素材からして王都新聞だろう。王都新聞はこの街に少し遅れてやって来るが、さて今日はどんな事が書かれているだろうか。妹の事は書いてあるだろうか。あぁ、楽しみだ。


 家に戻り新聞を開いた私の目に飛び込んできたのは、『聖女の地位剥奪』という文字だった。

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