【第二章:ありがとう】
少女はほとんど言葉を話さなかった。
だがある晩、ハルが自分の分の食料を差し出したとき、少女はかすかに声を漏らした。
「……ありがとう」
ノノの耳には、確かに届いた。
ハルはその声を聞き取れなかったが、唇の動きでそれを読み取った。
無言で、少女の頭を撫でる。
少女は、目を伏せたまま、ほんの少しだけ笑った。
それが、この戦争で見た最初の笑顔だった。
*
私は、体が弱かった。
昔から、よく熱を出していた。
だから、逃げ遅れた。
みんなが避難する中で、私は歩けなかった。
兵士に見つかった。
子どもだったからか、撃たれなかった。
代わりに、連れていかれた。
連れて行かれた先には、10人くらいの兵士がいた。
その場所がどこかも分からないまま、私は隅に座らされた。
しばらくして、銃撃戦が始まった。
外からか、中からか、もう思い出せない。
ただ、ひとり、またひとりと倒れていった。
最後には、数人が逃げ出した。
その場を捨てて、音もなく走っていった。
私はそのまま取り残された。
誰も戻ってこなかった。
一夜が明けても、建物の中は静まり返っていた。
逃げようと思っても、力が入らなかった。
立つこともできなかった。
ただ、ゆっくりと、死を待つしかなかった。
そのとき、足音が聞こえた。
外から、ふたつ。
近づいてくる。
遠くから、確かにこちらへ向かってくる音。
誰かが来る。
でも、もう怖くもなかった。
二人の兵士が、目の前まで来た。
小声で、何かを話している。
そのうちのひとり、女性の声がした。
「立てる?」
私は、何も言わなかった。
けれど、ゆっくりと立ち上がった。
それが、答えだった。
*
私は久しぶりに食べ物を口にした。
美味しくはなかった。
お腹も膨れなかった。
でも、嬉しかった。
私はその夜、火の明かりの隅で、声を出さずに泣いた。