表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第三話

 ぼくがトイレから戻ると、突然現れた少女……「松本有紀」は、なんだか不機嫌そうな表情で、勉強机とセットになっている椅子に腰掛け、足を組んでいた。


「ここなに、あんたの部屋?」


 なんとも無遠慮に、そう訊ねた。


「はい」


 ぼくがそう答えると、


「ふーん」


 と口の中でちいさく呟き、それからゆっくりと部屋の中を見渡した。そして、


「なんか、地味な部屋だな」


 と、言った。なんなんだこの子は。いきなり勝手に入ってきた人間に、そんなことを言われる筋合いなんかないぞ。……とはいえ、そんな口をぼくが他人にきくことなどが出来るはずもなく、ぼくは、


「はぁ」


 とだけ、短く答えた。


「あ!」


 いきなり声を上げると、松本有紀は椅子から飛び降り、壁一面に設られた本棚に前に飛び出した。何年か前に無理を言って買ってもらった、かなり大きな、前部がスライド式の自慢のやつだ。


「すごい! 漫画、いっぱいあるじゃん」


 松本有紀は目を輝かせて、本棚にずらりと並ぶ漫画単行本の背表紙を眺め始めた。そのうち、中の一冊に目を止めると、


「あれ、この漫画知ってるぞ。弟が読んでる」


 そう言いながら、ぼくのコレクションの中の一冊を手に取り、松本有紀はパラパラとページをめくった。


「あの……」


 ぼくは、彼女に声を掛けた。


「漫画は後で読んでくれて構わないんですけど、あなた、どこから入ってきたんですか」


「……だから」


 ぼくのその質問に、


「自分でもわかんないんだって。気付いたら、ここにいたんだよ」


 と、またもやたちまち不機嫌そうな貌になって、松本有紀は答えた。


「気付いたらって……」


 ぼくは、思わず言い淀む。……だって、そうだろう? 気付いたらここにいたなんて、そんな馬鹿な話があるわけない。


「なぁ」


 松本有紀が、ぼくに声を掛けた。


「はい?」


「これって、いつの間にこんなに出たんだ?」


「え?」


 松本有紀は、本棚の中から一冊の単行本を抜き取って、ぼくに見せながらそう言った。

 

「この漫画だよ。弟が、ついこの間、この5巻を買ってきたばっかなんだけど」


「はぁ」


 ぼくは、その単行本をチラ見してからこう言った。


「これ、結構古い漫画ですよ。もうとっくに、この18巻で完結してますし」


「はぁ?」


 松本有紀は、ただでさえ大きな瞳をまんまるに見開いてそう言った。


「んなわけあるかよ。あいつ、毎回毎回、新刊のたびに買って来てたんだぞ」


 そう言いながら、手にした単行本をパラパラと捲り始めた。


「……おい」


 松本有紀は、なにやら怪訝そうな貌つきで、そう言った。


「はい?」


「これ、どういう事だ?」


 手にした、件の漫画の最終巻。そのいちばん後ろのページを開いて、ぼくの眼前に向けてきた。


「2008年×月×日刊行って、どういう事だよ」


「え」


 なにを言ってるんだ、この女。そのくらいの事も知らないのか。


「だから、その年にその本が発売されたって」


「わかるよそんくらいは!」


 松本有紀は、ムキになってそう言った。


「いま、2002年だろ?」


「はい?」


 なんだか、わけのわからない事を言い出した。


「だから、いまは2002年だろっつってるの! 2002年の、11月!」


 ぼくは、少し考えてから、そう答える。


「いま、2024年です。あと、11月じゃなくて、8月」


「……え?」


 鳩が豆鉄砲を云々っていうのは、こういう貌を指すのだろう。そのくらいキョトンとした表情を、彼女は見せた。


 と、次の瞬間。

 松本有紀は、いきなりぼくの勉強机の引き出しを開け、手を突っ込んだ。


「ちょ!? なんですか急に」


 慌ててそう言ったぼくの顔を振り返って、彼女はこう言った。


「いや、ひょっとして、タイムマシンでもあるんじゃねぇかと思って」


「……なんですか、それ」


 意味不明な言動にぼくが呆れ声を返したその時だった。


「なにを騒いでるの……?」


 と、いう声と同時に、部屋のドアがちいさく押し開かれた。


 母親だった。

 お母さんが、訝しげな貌で、隙間からこちらを覗いていた。


「あ、あの、このひとは……」


「あ、えっと。お邪魔してます……」


 ぼくと松本有紀は文字通りのしどろもどろになって、互いにそう言った。


 母親は、さらに眉を顰めると、


「……なにを言ってるの? まだ夜中なんだから、ネットもいいけど少し静かにね」


 と、だけ言い残して、ドアを閉めた。

 閉じられた扉の向こうを、スリッパを履いた足音が遠ざかっていった。


「え……」


 ぼくは、一連の出来事を理解しかねて、呆然となった。

 こんな深夜に見知らぬ女の子が息子の部屋に居て、なぜ、それについて言及しないのか。


「いまの、お母さん?」


「あ、はい」


 松本有紀の呼びかけで、我に帰った。


 見ると、彼女の貌は青ざめていた。


「いま、わたしの事、見えてなかったっぽくない?」


 青ざめたまま、引き攣ったような笑みを浮かべて、彼女は言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ