第一話
午前三時。
足音を忍ばせ、息を殺して、ぼくは、自室へ続く階段をゆっくりと上がって行った。
二階の廊下の様子を、階段の陰からそっと伺う。両親の部屋も妹の寝室も、ひっそりと静まりかえっている。
ぼくは、安堵のため息をひとつ吐いて、それから、自室のドアノブに手を掛けた。音を立てないように、慎重にそれを回して、ドアを押し開く。
後ろ手にドアを閉めて、そのまま、滑るようにその場に座り込んだ。黒いジャージを履いた膝が、ぼくを嘲笑うかのようにちいさく震えていた。その震えの原因が、久しぶりの長時間歩行のせいなのか、それとも、生まれて初めてはたらいた盗みによる感情の昂りなのか……正直、ぼくにはわからなかった。
ぼくは、ジャージのポケットに手を突っ込んだ。指先に滑らかな絹の手触りを見つけ、中の物を慎重に摘んで、そっと抜き出す。
折り畳まれた、白い絹のハンカチ。
ぼくはそのハンカチを、ゆっくりとひらいた。
そこには、ちいさな欠片がいくつかはいっている。白くて、カサカサした、ちいさな欠片。
牧島さんの、骨だ。
ぼくはあらためて、それを一欠片だけ、指で摘んで眺めてみた。
不思議と、なんの感情も湧かなかった。
それは、ただの石灰質な「物」にしか見えなかったし、そういうふうにしか思えなかった。
なんだか、ひどく疲れた。
ぼくは、そのハンカチ包みを勉強机の一番上の引き出しの中にしまい込み、そのまま、ベッドの上に寝そべった。
*****
「おい、おい!」
と、いう声を、ぼくはかすかに聞いた気がした。
聞き慣れた家族の声ではない。知らない女の声だった。
夢……?
と、思ったその瞬間、今度は、ぼくの身体が何者かに揺すられた。
背中に当たる、確かな感触。ちいさな手のひら。
夢じゃない!
ぼくは、慌てて飛び起きた。
枕元に無造作に投げ出された眼鏡を手で探し当て、急いで掛けた。
そこには、見たことのない女の子が、常夜灯のぼんやりとした灯りの下に立っていた。




