【はじめまして】私達 希望の輪達(きぼうのわだち)です
「聞いてくれよ! この間さ~」
時刻は午後7時過ぎ、客も増えて騒がしくなってきた居酒屋の店内で
職場の先輩は足繁く通うキャバクラで女の子にモテた自慢をしている。
「よかったですね先輩」
「お前この前連れて行った時全然相手してもらえなかったもんな!」
前に先輩に連れて行ってもらった時、俺があまりにも不満そうな顔を
していたのでキャバ嬢も察して話を振らなかっただけだと思う。
「まぁ そうですね」
「鈴木 お前には無いのか? 自慢できる事の
一つぐらい?」
(自慢できること……か……)
「一つありますね」
「おっ 聞かせてみろよ」
ふと居酒屋のテレビを見ると音楽番組が映っていた。
俺はテレビを指さし
「先輩 あのアイドルユニット知ってますか?」
「あぁ! なんだっけ? 希望のなんとか!」
「希望の輪達 ですよ」
今話題のアイドルユニット 希望の輪達
デビューして1年も経たない内に全国ツアーを開催し、
会場は即刻完売。
テレビ・ネット問わずメディアにはひっぱりだこ。
そしてメンバーそれぞれの半生を描いた映画の製作が
決定している。
そんな希望の輪達だがブレイクのきっかけは1本の生配信。
元々希望の輪達は大手のアイドル事務所が新進気鋭のアイドルグループを
新たに作る為に開催した大規模なオーディションに落ちた人達の中で
作られたアイドルユニットだった。
突然生配信でお披露目が行われたが、当然注目度は皆無だった。
しかし配信終了後、ネットで拡散され大バズり。
その勢いのまま今があるといっても過言ではない。
「俺あの配信、最初から見てたんですよ」
俺は数少ないあの配信を最初から見ていた。
だからあの配信のことを始まりから終わりまで話すことが出来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
希望の輪達のお披露目生配信は予告なしでゲリラ的に
行われた。
前日には同じ動画配信チャンネルで大規模なオーディションの末結成された、新進気鋭の
アイドルグループのお披露目配信。
しかも、グループ名はファンの応募の中から採用されるという発表があった為、
世間の注目は完全にそちらに傾いていた。
「なんでお前は見てたんだよ? 配信」
「たまたまです」
流行りに疎い俺だったが、その日は仕事が早く終わっていたこともあり、
流行のチェックの一環で配信を見ようとしてたどり着いた。
配信予定とあったが、俺が見始めて20秒もしないうちに配信が始まった。
配信は50人くらい入りそうなライブハウスの映像から
スタートした。
バラエティで見るアイマスクをつけられて、女の子が
スタッフに連れられてステージの裾から出てきた。
女の子は困惑していたが、
他に2人、同じようにしてステージに上がってきた。
「えっ?」
「えっ? 何?」
「えっ? 誰? えっ?」
女の子達は近くに誰かいることに気づき困惑。
すると、ステージ真下にいたスタッフから
「アイマスク 取ってください」
と指示をされた。
女の子達は困惑しながらも各々、アイマスクを
とった。
「?」
「?? あの…」
「? えっ…」
何が起こっているのかわかっていない様子。
当たり前だ。
それは視聴者も同じなのだから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「? お前はその子達がアイドルになるの知らなかったのか?」
「その時はまだ(緊急発表)としか動画のラテ欄に
なかったんですよ」
「ふーーん… じゃあなんの配信かもわからず
見てたのか? お前は?」
「そうです 話続けますよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
困惑する女の子達を尻目にスタッフは
「スクリーンにご注目ください」
と言い後ろのスクリーンに注意を集めた。
すると動画が始まった。
最初は自社の歴史から始まって、手がけてきたアイドル達が輝かしく売れてきた軌跡を紹介し始めた。
アイドルを知らない俺からしてみれば退屈極まりない時間が流れていた。
そして、紹介の年代が現在と近くなり。
(そして……)
(今夜新たに……)
(アイドルグループ結成!)
ゆっくりとための時間をとりながら発表される。
最初女の子達も視聴者も昨日配信された名前未定の
アイドルグループのことだと思っているのか、
リアクションは薄かった。
「ここにいるあなた方のことですよ」
スタッフに説明され、ようやく自分達のことを
話していると理解していた。
【皆さんに自己紹介】
スクリーンの文字が変わり、視聴者に名前を
紹介する流れになった。
「えっと…… じゃあ私から」
「東京都出身 21歳 近衛里香です」
「神奈川県出身 20歳 薮本柊です」
「埼玉県出身 19歳 烏合夜宵です」
【特技はありますか】
「えっ?」
「急…」
「あ……あの… いいですか?」
「えっ… いいですよ えっと… 近衛里香さん?」
「はい ではあの… 私のスマホ」
そう言って里香はスタッフさんに自分のスマホを
持って来てもらった。
「私ネットに名前が載っている有名企業の株を多く保有している
人の名前を覚えているんです」
「ネット?」
「これです」
里香は自分のスマホを差し出した。
「会社の全体の株を5%以上持っている人は必ずここに名前が載るんです」
「へぇ~ こんなのあるんだ」
「このサイトに出ていれば順番も正確に言えます」
「え? じゃあセイワ電気」
「はい まず大和 誠二郎」
里香はその後10人の名前を挙げた。
「以上です」
「すごい…… 全問正解」
「えっ 他には?」
二人はその後いくつかお題を出したが、いずれも全問正解だった。
「すごい……」
「いえいえ…… 皆さんは?」
「じゃあ 次私……」
柊が手を挙げた。
「私大したことないんだけど…… ギター弾けるんだよね」
柊がそういうとスタッフがギターを持ってきた。
「じゃあ一曲 有名なやつをしっとりめに」
某有名グループの有名曲のバラードVer 歌は上手いのはもちろんだが、なにより心に響く。
「素敵…」 「思わず聞き入っちゃった」
「えっと 最後は私ね……」
「私、手品が得意で…… ちょっと待ってて」
夜宵はまだ緊張した面持ちでステージ脇のスタッフからトランプを
受け取る。
「簡単なトランプのやつでよければ」
そういってカードのシャッフルを行う。
夜宵は簡単にやって見せているがテレビのマジシャンがやっている
ような難しいシャッフルだ。
夜宵はカードを綺麗に一列に並べ、
里香に「好きなのを一枚選んで」と指示した。
里香が選んだカードはハートのエース
夜宵は選んだカードを私に見えないように
覚えるよう里香と柊に指示した。
夜宵はパラパラとカードの束をめくり、
途中で里香にストップと言わせる。
止めたところで里香の持つハートのエースの
カードをカードの束に入れる。
その後、軽くシャッフルした。
「私はどのカードを選んだかわからない…
そうよね?」
「はい」 「うん」
夜宵はそう言うとカードの一番上をトントンと
軽く2回叩く。
「貴方が選んだカードはこれですか?」
夜宵は一番上のカードをめくった。
ハートのエースだった。
「すごい」
「ありがとう」
「プロじゃん」
「いやいや そんなことないよ」
【特技を身につけたきっかけは?】
「急に?」
「また?」
「ゆっくり話したいよ……」
「じゃあ里香ちゃんから」
「え? 私? ていうか名前呼び?」
唐突に柊から話を振られたこと、そしていきなり名前で呼ばれた
ことに戸惑う。
「わかった あの…」
「私、自分で言うのもどうかと思うんだけど育ちが良いというか
家がその資産家の家系で」
祖父が始めたビジネスが軌道に乗り、その祖父の長男。
私の叔父にあたる人が儲けた資金を元手に株に手を出し大成功
していて、実家がある地区では名家と言われていた。
「じゃあ、その特技も英才教育の一環?」
「いや、私は分家で後継ぎ的なことではなくて…」
だから、家もいわゆる豪邸という訳ではなかった。
ただ、「才能があるのなら、それを潰してしまうのはもったいない」という
近衛一族全体の方針として習い事は何不自由なくやらせてもらっていた。
「だからピアノとか水泳とか、なんとなく出来るんだけど…
株の持ち主の名前がいえるようになったのは親戚にすごいって
思われたかったからなの」
近衛家の本家の人、さらに言うと私の従兄にあたる人はいわゆる神童と言われていて
親戚の集まりに行く度に周囲の大人に褒められていた。
「大人に褒められたいって思いがずっとあって……
親戚が株主の話をしているのを聞いてて、
元々株で財を築いていたから、大株主の名前を言えたらすごいかな… って思って覚え始めたんだよね」
実際、すごいとは言われた。従兄からも褒められて気分が良かった。
だから今も続けている。
「まぁ それが理由かな? 夜宵ちゃんは?」
「私?」
「なんでそんなに手品が上手なの?」
「私も聞きたいかな」
柊も加勢してきて若干たじろきながらも夜宵は喋り始めた。
「私、家族が全員マジシャンでさ…… 実家がマジックバーなんだよね」
祖父母と両親が全員マジシャンの家に生まれた烏合夜宵
その影響からか、実家は生まれたときから郊外の一角でマジックバーを経営していた。
「お酒を飲みながらマジックが楽しめる」という触れ込みの隠れ家的なバーでいつも自分の家族や
修行中の若手マジシャンが店に立ち、接客をしてマジックを披露していた。
「楽しそう!」
「楽しい…… まぁ大変な背中はよく見てるよね」
祖父母、両親、共にマジシャンということもあって日本各地、時には外国に仕事に向かい、
家を空けることも多かった。
そういった時はバーに修行に来ているマジシャンたちが親代わりとなってくれた。
マジックだけでなく、料理・家事・勉強等多くのことを教わった。
「店にお客がいないときは若手のマジシャン
に教わったマジックを披露してみて、自身がついたらお客の前で披露してみたり……
そうやって身に着けたかんじ」
「すごい!」 「いやいや」
「え? みんなすごい…… 私結構普通…」
「話してみてよ!」
「私か……最後」
柊は軽くため息をついた後喋りだした。
「私はね…… 一言で言うと”天才の親友の英才教育”を受けててその時にって感じ」
「天才の?」 「英才教育?」
「うん…… まずうちって母子家庭なんだけど
母親が親子で住み込みで働けるって理由で家政婦の仕事を始めたんだよね」
住み込み先の家庭はかなりの豪邸。
支給された部屋も子供部屋と母親の部屋で
別れていて、子供ながらに待遇の良さを
感じたのを覚えている。
「母親が家政婦やってる家はひいお爺さんが
政界の大物? らしくてさ」
「家には私と同い年の女の子がいたんだけど、
その子がまぁ 神童ってやつで」
勉強だけでなく、運動神経も良く、ピアノでも
近所のコンクールで賞を取りまくったいた。
つまり、あらゆる分野において才能が
あった。
「その子英才教育を受けてて、近所の子と
遊んだりとかがなかったから暇な時は一緒に
遊んでたんだ」
当時 4歳
そんな日々がしばらく続いていた。
しかし一年が過ぎたあたりでその神童の
教育担当から言われた一言。
「貴方はお嬢様の友人に相応しくありません」
その日から多くのことを躾けられた。
勉強、運動、作法、
中でも印象的だったのは周囲で流行っている
ことをそれとなく教える為、流行りのカルチャーを
要点をまとめ、お嬢様に伝えるというもの。
不適切な表現、卑猥な内容は避ける、
あくまでもお嬢様に寄り添って。
いつも教育担当に言われていた。
そう簡単に身につく訳ではなく、やってて
楽しくもなかった。
母親は仕事でいつも夜は疲れ切った顔を
していた。
嫌とは言い出せなかった。
2年後 7歳
猛勉強させられ、なんとか神童と同じ名門の新学校に入学。
そこで知り合った子の家にお邪魔した時。
「家に沢山ギターがあってさお父さんの趣味らしくて、聴かせてくれたんだよね」
家では何故かギターを弾くことを禁止されていた。
あのお嬢様は弾いてるのを幾度となく見て来たのに。
「私が興味しんしんだったから古いギターを
譲ってもらったから猛練習したんだよね」
家にこっそりギターを隠して、毎日弾いていた。
ギターが好きというより、家に対しての反抗心で続けていた。
「歌はスマホのボイトレ動画と、
ギターをくれた友達の母さんが歌の先生で
やり方教わってなんとか…」
プロになりたい訳じゃない。
ただ日々溜まっていく反抗心で続けていただけ。
「好きなんだね… 歌とギター」
「?」
唐突に柊に言われて呆気にとられる。
「私も家系の都合で始めたけど、ここまで
続いているのはやっぱり好きだからじゃない?」
そう言われてみると、確かにギターを
弾いている時は無心になれていた。
嫌なことは全て忘れていた。
でも… よく考えてみると。
「好きだから… なのかな?」
【アイドルを目指したきっかけは】
急にトークテーマが切り替わり、メンバー
全員驚いていた。
「えっ?」 「今?」 「もっと話聞きたい…」
「続き話して! なんでアイドルオーディション
受けたの? 歌手じゃなくて?」
「えっ? あぁ うん」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その後は変わりない日々が続いた。
学校帰りは「神童の友人」に相応しくなるよう勉強、運動、作法を躾けられ
流行りのカルチャーをお嬢様の気品に触れないよう伝える習慣も続いた。
お嬢様が浮世離れしないよう、ただ気品は欠かないよう伝えるのが責務。
みんなが寝静まった時を見計らって空き部屋に隠したギターを防音のピアノ部屋まで持って
行って練習して……。
といった毎日を送っていた。
高校は別々の所にいった。
どうしても同じところへの進学は難しかったからだか、元々スペックも違ったし、流石に
努力で穴埋め出来ない領域にお嬢様がいきつつあったので特に困ることはなかった。
なんとかお嬢様の経歴に陰りがつかないような高校に進学した為、教育担当とは少しの
言い争いで済んだ。
高校では流行りものをお嬢様に伝える義務を続けていた影響で流行に詳しくなっていたこともあり、
周囲ともそこそこ仲良くやれた。
まだあの家にいた為、部活は軽音部ではなく、写真部に入った。
「お嬢様の姿を写真に収められる」
と言ったら、二つ返事で教育担当は受け入れた。
そんな感じで楽しく過ごしていたが、高2の夏休み間近。
状況は一変した。
朝早く、扉がノックされ、開けるとお嬢様が立っていた。
珍しい。
小さい頃はよく互いの部屋を訪ねていたが、
最近はめっきりそんなこともなくなっていた。
「おはよう… どうしたの? 珍しいね?」
「うん…」
気まずい時間が流れる。
そういえば勉強の時間以外でまともに会話
したのはいつ以来だろう。
「あの… 椿のことなんだけど」
「? 椿さん?」
椿というのはお嬢様の教育担当の名前。
お嬢様は教育担当のことは呼び捨てにしているが、
私は「椿さん」と呼んでいた。
「最近大丈夫なの? その… 勉強とか?」
「えっ? まぁ いつも通り」
「…………そう」
また黙ってしまった。
厳密にいえば年々厳しくなりつつあるが、
年々厳しくなるのがいつも通りという
観点からそう答えた。
「じゃあ 最後に」
「私のこと どう思う?」
「どうって…」
「雫は藤月家を背負うのに相応しい人間だと思いますよ」
教育担当から言われている、藤月雫が自信を無くしたら答えるよう言われている言葉。
実際私自信もそう思っていた。
「そう… わかった」
お嬢様はそう言って自室に戻っていった。
その翌日 藤月雫は失踪した。
家は大パニック。
私は当然教育担当から酷く詰め寄られたが、知らないと答える他無かった。
その後、教育担当はどうやら飛行機に乗ってアメリカへ向かったという情報をどこかから
入手して来た。
私も「友達は困っている時は駆けつけるべき」
という教育担当の一言がきっかけで高校を休学し、
アメリカへお嬢様を探しに向かうこととなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「英語喋れるの?」
「まぁ 躾けられてなんとか…」
「すごい!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
教育担当と私は空港、周囲の街、タクシー運転手等に聞き込みを始めた。
そして1週間が経ち、何とかお嬢様が泊まっているかもしれないペンションを
突き止めた。
私は現段階では教育担当より先に情報を掴んでいた。
しかし、私は家出の原因はこの家が嫌になったからだと考えていた。
なので、教育担当には内緒でお嬢様と接触しようと考え、1人で向かうことを
決めた。
翌日 早朝
自信が宿泊していたホテルを抜け出し、お嬢様の潜伏先のペンションに向かう。
人に見られないようペンション内に入り、お嬢様がいると思われる部屋に到着。
ノックは5回。
普通は多いが、昔決めた私が来た時の合図。
すぐにお嬢様は出てくれた。
顔は元気そうだ。
「柊!」 「雫 久しぶり」
「椿は? 一緒?」 「一緒に来たけど、今は1人」
「……そう」
お嬢様は私を部屋に入れてくれた。
何というか、綺麗に部屋を使っていた。
さすがお嬢様といった所か。
「いきなりいなくなったけど、お金は大丈夫なの?」
「大丈夫よ ちゃんと運用してるし」 「運用?」
どうやら昔からもらったお小遣いやお年玉は投資に回して
いたらしい。
(そういや英才教育で投資の勉強とかしてたな……)
「あなたこそ学校は?」
「学校? 休学してるけど今は夏休みだし」
「そう……」
実際 休学申請は夏休みに入る一週間前に行ったので、
進級が危ぶまれるレベルにはなっていなかった。
「悪いけど…… 帰って」
「雫……」 「何も聞かないで」
「もしかして家が嫌なの? 何かやりたいこととか」
パシッ!
「なっ?」
気付いたら雫にビンタをされていた。
「それよ! それが嫌なのよ!」
「嫌?」
「その機嫌を伺う態度 うんざりなのよ!」
正直、何を言ってるのか全く分からなかった。
機嫌を伺っているつもりはなかったからだ。
「どういうことか説明してもらえない?」
「わかったわ……
まず私は昔から天才とか、神童とか言われてた…
違う?」
「うん……」
「だからいつも多くの大人に囲まれていた……
そうよね?」
「うん…… 昔から見てきた」
「だんだんとわかるようになってきたのよ……
表情とか、仕草とか、そういった特徴から推理して
相手が嘘をついているとか、利用しようとしてきてるとか…」
「すごいね……」
「だからあなたが嘘をついていることもわかる」
「?」
「”あなたが嘘をついていることもわかる”って言ったのよ!」
「??」
「わかってなさそうね……」
私がよっぽどポカンとした表情をしていたのだろう。
「私が家を出る前日 あなたに聞いたじゃない
”私のことどう思っているの?” って」
「うん……」
「私は藤月家に相応しいって微塵も思ってないことを言った!」
「いや… 微塵も思ってないなんて……」
「今あなたは1人で来ている!
ならもう嘘をつく必要はないはずよ!
答えろ! 本当はどう思っているの!」
こんなに感情をむき出しにしているお嬢様をみるのは
始めてかもしれない……
そんな想いが頭をよぎる。
ここはいつもの定型文で答えるのはよそう。
「別に全て嘘ってわけではないよ 本当にすごいと思ってるし」
「嘘…」 「でもね……」
「大切かって聞かれると、違う気もする」
私は今までも今もこれからも、言葉にすることはないだろうと
思っていた気持ちを話すことにした。
上手く言語化出来るか不安だったが、喋りはやめないようにした。
「最初あんたの家に来た時、私はこの家に厄介になってるって
子供ながらに思ってたね
だから、この家の人と揉めないってのは母さんからもきつく
言われてたし、私自身そのつもりだった
だから椿さんに…」
「ストップ!」 「?」
急に言葉を遮られてしまった。
「椿さんって…… 本当は敬意なんて微塵もないはず!
私のことも!」
「いや! あんたはすごいって!
わかった… じゃあ教育担当から…」
「ふふっ」 「?」
「なんか初めて本音で喋ってくれてる……」
「そんなに?」
少し和やかな時間が流れる。
「まぁとにかく教育担当からお嬢様の友人に相応しくないって
言われたときもこの家にいる以上仕方ないって思ってた
人生を勝手に決められてる感じはあったけど、肌感で今家を出るほうが
悲惨になるってわかってたんだと思う
拒絶する選択肢はなかったね」
「だから 必要だからやってただけ」
「私はあなたが後を継いでも継がなくてもどっちでもいい
ってか そこまで興味がない」
「不幸になってほしいとは思ってないけど」
「まぁ そんな感じ」
長々と本心を喋った。
一生話すことはないと思っていた本音。
「ありがとう……ねぇ」 「何?」
「あなたはギターを椿に内緒でやってる
違う?」
「違わない」
「やっぱり」
(気付いてたんだ…)
「気づくわよ! 柊
ある時期から急に何の不満も言わなくなったもの!
でも不満が無くなったわけではなかったみたいだから
こっそり調べたら夜な夜な防音室でギターを弾く
あなたを見たのよ!」
「そう… ありがとう、黙っててくれて」
「…どういたしまして」
長い沈黙。
昔に戻って楽しく喋れている。
でも、私はこの藤月雫を家に帰さないと…
「家に帰さないともう家には戻れない
そうでしょ?」
「…うん」
「でも私は戻るつもりがない」
はっきりと告げられた。
「でも…せっかくここまで来てもらったんだし、家に戻ってもいいけど一つ条件がある」
「条件?」
「うん」
「待ってて! 逃げないから大丈夫よ」
雫はそう言い残して部屋を出ていった。
15分程経ち、戻って来た雫の手にはアコースティックギターが握られていた。
「このギターで私を日本まで送って!」
「???」
「いいわ! 説明してあげる!
このギターで路上ライブをしてお金をもらうの」
「そのお金で私と柊が日本まで帰れたら、家に戻ってもいいわ!」
「ゴールとなる空港はこちらで決めさせてもらうわ! ここよ!」
雫はスマホを見せてきた。
現在地から空港までは約3000km
ってか…
「何でよ! 何で『現在地から一番遠い アメリカ 空港』
って検索してんのよ!」
「近くだとすぐ着いてしまうじゃない! それくらいじゃなきゃ私 家帰らないわ!」
「だいたい生活費は? 野垂れ死ぬかもしれないのよ?」
「大丈夫です! 費用は腐るほどあります!」
そう言って自慢げに見せてきた財布の中にはぎっしりと札が詰まっていた。
「当然椿への連絡は一切禁止です。 そして今すぐ近くの街まで移動します。
ですが宿泊費等はこちらで負担します。 やる? やらない?」
「もしやらないといったら?」
「その時は私は1人でタクシーに乗ります」
自信たっぷりな表情でこちらを見てくる雫。
今までの会話から今教育担当に電話なりメールなりをしても
逃げられてしまうだろう。
「はぁ わかった! やろう!」
「ふふっ あなたならそう言うってわかってた」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それでどうなったの?」
食い気味で質問してくる里香に対して、柊は優しく微笑んで答えた。
「結論から言うと、なんとか2人共日本に帰れたよ」
街から街を渡り歩き、まずは英語で歌を歌えるようになり、
演奏をして、お金を貰う…
そんな日々を繰り返し、夏休みが終わるギリギリで何とか日本に
帰還することに成功した。
「日本に帰ってくる飛行機で、雫がこれからは椿を説得してギターを堂々と
できるようにするって言ってて…」
「その後も、芸能活動を始めるよう話の流れでなって……その一環でこのオーディションも受けた」
「それで今?」
「うん……」
「すごい人生…その後雫さんは?」
「めちゃくちゃいろんな人に怒られてたけど… 結局今は後継ぎとして頑張ってる」
「よかったね!」
「よかった……のかな?
って、夜宵はどうなの?」
「え? 私?
私別に普通……」
「なんでマジシャンじゃなくてアイドルなの?」
里香に詰められ観念したかのように夜宵は話し始めた
「私は…家族旅行がきっかけ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は今までと変わらず、家族経営のマジックバーを手伝いながら
マジックの腕を磨く生活を送っていた。
腕も少しずつ認められて、欠員の穴埋め以外でマジックショーに
参加することも増えていった。
そんな中で高校生となった最初の夏……
「明日からアメリカ行くよ!」
婆ちゃんの一言で私達家族はアメリカに向かうことになった。
こういうことは初めてではない。
婆ちゃんは急に海外でマジックショーの仕事が決まることも珍しく
ないこともあり、私が長期休みだとよく弾丸の海外旅行が決まる。
だが、いつもの旅行と違うことは空港を出てすぐに
悟った。
「今から全員で10万ドルを稼ぐ必要がある!」
婆ちゃんが放った一言に両親、付き添いの婆ちゃんの弟子6人、そして私、全員が困惑した。
しかし…
「理由は後で必ず話すから、今は協力して欲しい」
婆ちゃんはそう言って深々と頭を下げた。
婆ちゃんのそんな姿を見たのは初めてだった。
それは他のみんなもそうだったのだろう。
私達は今は婆ちゃんに協力することにした。
肝心の10万ドルを稼ぐ方法はイカサマしているカジノに行き、逆に騙し
返して資金を増やすというもの。
確かに、私達は爺ちゃん婆ちゃんからカジノのイカサマ方法やディーラーの癖の見抜き方等を
伝授されていた。
その時気付いたが、今いる婆ちゃんの弟子6人はその類が得意だったメンバーだ。
それぞれにカジノ店の住所が書かれたメモを渡され、私達は夜に今いるホテルに再度集まる
ことを決め、解散した。
「婆ちゃん! 私は?」
「夜宵… あんたは…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えっと… あの人?」
婆ちゃんから頼まれたのは今尾行している
あの男にGPSを取り付けるという内容だった。
「ていうか… なんでGPS?」
爺ちゃんからいつも
「ここで覚えたことは、人を悲しませるために使うな!」と、口酸っぱく言われていた。
そんな爺ちゃんの姿に惚れた婆ちゃんのことだから、悪いことには使わないだろう…。
そう考え、今は任務に集中する。
(え? あの人!)
よく見ると日本人だ。
なら……
男の進行方向に先回りする。
何食わぬ顔で道の反対方向からスマホをみながら
男に接近。
そして…
ドンッ
「すみません!」
体にわざと当たってその隙に相手のズボンの
左ポケット裏にGPSを取り付けた。
これは外国の人にやるとトラブルになったり
する可能性があり、穏便に済まそうと考える
日本人だからこそ出来るやり方でもある。
「ふぅ〜 上手くいった」
婆ちゃんに成功の連絡を入れ、宿泊先のホテルまで戻ることに決めた。
その日の夜
全員ホテルに戻って来て、成果の報告。
何とか10万ドルに到達していた。
みんな安堵の表情をしている。
そりゃそうだ。
みんな心の奥では無理だと思っていたのだから。
「それで… 母さん…」
父さんが切り出す。
みんなが気になっていることを。
「あぁ わかってるよ
なんでこんなことするのか? だろ?」
ここにいる婆ちゃん以外の全員が頷く。
「彩伽だよ! 横塚彩伽!」
「彩伽? あ! Ayaさん?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えっ? Ayaさん知り合いなの?」
「えっ? 柊知ってるの?」
「TikTokで一時期めっちゃ可愛いマジシャンって
有名で… ほら…」
「あ〜 調べてお嬢様に… ね…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
横塚彩伽というのはAyaという名前で活動している
マジシャンで私がまだ幼稚園にいた頃、マジックバーで下積みをしていた人だった。
私が小5に上がる頃に独り立ちしてバーのバイトを辞めたので、もう6年近く会っていなかった。
「今アイツ、犯罪に手を染めようとしている!
それを止める為だよ」
今Ayaさんは結婚していて、主人の仕事の都合でアメリカに移り住んでいるらしい。
そこで、家庭の支えになるよう時々マジックショーをしているようだ。
「ただ… 半年前旦那が急に倒れて…
手術に金が必要みたいでね…」
割と家賃の高い場所に住んでいたこともあり、生活が困窮していたらしい。
なかなかまとまった資金が用意できなくて困っている… らしい。
「金の為に… カジノのディーラーとして働いて
イカサマをしてくれないか依頼されているらしくてね」
ディーラーがカードを操って特定の仕込みの1人を勝たせる。
次の日にはまた別の仕込みの奴。
といった具合に儲ける。
メジャーではないが、マジックのいろはのある人間なら出来なくは無さそうなやり方だ。
そして当然犯罪であり、マジシャンの誇りを傷つける行為でもある。
「何で母さんはそんなこと知っているんだ!
Ayaに会ったのか?」
「ほら、いつもやってるダークウェブのネットサーフィン… それで彩伽のアカウントを
見つけて、わかったんだよ」
「婆ちゃん… 危ないからやめてよそんなこと」
「それで… お義母さんはこのお金でAyaを助けようと考えているのですか?」
「いや、あの子は受け取るような人間じゃあないよ」
実際、母さんを含めた全員がそんな気はしていた。
Ayaさんは人一倍ストイックで人一倍人に頼るのが苦手な人だった。
だから、お金をポンと渡されても手放しで喜ぶというのは考えにくいものだった。
「だから、この金を使わざるを得ないところまで持っていければいい」
「お義母さん 何するつもりですか?」
母さんの問いに婆ちゃんは
「簡単だよ! 主治医を脅す!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇ夜宵…」
「何?」
「話していいの?こんな事?
それに人を悲しませることはしないのが流儀なんじゃ?」
「あくまでも善人はやらないっていう方針なのと…
有事だったからね… あの時は仕方がなかったってのも
あるかな?」
「まぁでも…」
「隠すほどのことはしてないって思うよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「主治医を脅す? どうやって?」
「主治医の奴医者でありながら臓器の密売に手を
出しているらしいんだよ爺さんの裏もとれてる」
「まぁお義父さんならわかりそうね…」
爺ちゃんはそういう情報収集が得意だった。
弟子のパーソナル情報を突き止めるという趣味があるくらいだ。
正直かなりはた迷惑だが。
「待って! まさかGPSをつけさせた人…」
「そう あいつが彩伽の旦那の主治医」
頭の中で情報の点と点が繋がり思わず溜め息をつく。
「でも父さんのことだからもう証拠は押さえてあるでしょ?
何故夜宵にこんな事を?」
「あの主治医はね…彩伽にこう言っているらしいんだ
旦那さんは難病で手術には100万ドル必要ってね」
「でも、婆ちゃん10万ドルでいいって…」
「そう 本当は10万ドルあれば手術できるし
病気自体もそこまで難病ってわけでもないらしい」
「え? じゃあ…」
「騙されたんだよ マジシャンのくせに……
あえて高額な治療方法で進めて、どぅかから賄賂でも受け取るつもりなんだろう」
「酷い…… がそんなに上手くいくのか?
それに夜宵にあんなことをさせた説明がまだ…」
「主治医と彩伽が会わない為だ
これからは私と爺さんでやる 特に夜宵は顔が割れてる」
婆ちゃんはそう言って今日はもう寝るようみんなに促した。
次の日以降私達は思い思いにアメリカ旅行を楽しんだ。
正確には楽しもうとした。ただ…
(爺ちゃん婆ちゃん 大丈夫かな? Ayaさんも…)
ずっと何処かでモヤモヤしていた。
そして、旅行終了2日前。
「爺ちゃんが刺されて入院した」
婆ちゃんから唐突に知らせが来た。
急いで病院に駆け寄るとなんだか元気そうな爺ちゃんと側に寄り添う婆ちゃんの姿があった。
どうやら主治医の脅しが完了したらしい。
しかし、主治医に逆上され、刺されてしまったそうだ。
幸いにして命に別状は無いそうで安心した。
「良かった! 本当にっ!」
「夜宵 泣かんでも…
マジシャン歴が長いとな 本当にマズイところには当たる前に躱せるものだぞ!」
爺ちゃんの口癖。
マジシャンは経験を積むと何をどれだけやると死ぬかがわかるとは昔から話していたけど…
(身をもって体現しなくても…)
「竜さん!!」
爺ちゃんの名前を叫んで入って来たのは、今回命懸けで助けた横塚彩伽 Ayaさんだった。
Ayaさんは私達がいた事に驚きつつも、爺ちゃんに駆け寄り
「危なすぎます! 本当に死んだらどうするんですか? なんでここまでするんですか?」
「だって君の旦那ウチの元常連だろう?
そして彼の気を引く為にマジックを本格的にやり始めたろう 違うかい?」
「!!」
Ayaさんの顔は私からは見えなかったけど、耳が真っ赤っかになっていた。
そういえばAyaさんは最初はただのバイトで入ってきたが、いつからかマジシャンとしてステージに
立ち始めていた。
最初からプロ志望の人が多いなかで珍しかった為、6年経った今でも覚えていた。
「マジックが好きな人のことは大切にしたいし、弟子が非行に走るのは止めねば… だよ」
「うぅ ありがとうございます」
Ayaさんの旦那さんはその後、病気も完治し無事退院。
爺ちゃんも無事退院した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いい話… だけど何でアイドルオーディションに応募を?」
「あの旅行の一件があってからマジシャンを極めるとこうなるんだな… って思う
ようになっちゃってマジックに身が入らなくなって…
そんな時アイドルオーディションのこと知って、『特技もあるし受けてみれば?』
ってマジシャンのみんなも言ってくれて、勢いで…」
「それで今?」
「うん…」
「なんか…… 壮絶?」
「なんか… すごいとしか」
「うん… 反応困るよね」
「Ayaさんは? 確かバズってたの2年くらい前じゃなかったっけ?」
「うん… Ayaさんはあの後日本に戻ってきて
家庭のことやりながらSNSとかでマジック動画投稿したりしてて…
たまに店にも立ってたよ」
「旦那さんは?」
「旦那さんは仕事を辞めたらしいよ
勤め先が大規模な不正を働いていてそのストレスで体壊しちゃったみたいなんだけど、
爺ちゃん婆ちゃんの姿見て戦うことにして、告発して会社が倒産したってAyaさん言ってた」
「どこの会社の話?」
「確か… ジェイクリッツって会社だったと思う」
「ジェイクリッツ…」
里香の顔が曇る。
「どうしたの?」
「大丈夫… 次私の番だよね
話す… でも最初に言っときたいんだけど」
里香は深く息を吸って一言。
「私、恨んでないから」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は名家と言われる家に生まれて何不自由なく暮らしていた。
別に本家ではなかったから家を継ぐとかもなく、むしろ習い事は好きなことをやれる
環境だった。
結局やったのは水泳とピアノだったけど、どちらも楽しく続けられた。
中学では部活でバスケをやることが本家に伝わると専属のコーチをつけて練習させたら
どうだ資金はこちらで出すというお達しが来た。
結局断ったけど。
よくある名家に生まれた故の苦悩的なものはなく過ごして来た。
しかし、高3の夏 忘れられない事件が起こった。
私はアメリカで…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えっ? アメリカ?」
「うん… アメリカに旅行に…」
「待って? てか何年前の話?」
「高3の夏だから… 3年前?」
「えっ? 雫とアメリカ横断したのも3年前…」
「Ayaさん助けたのも3年前なんだけど…
しかも夏休みの時だったし」
「待って… じゃあ私達同じ時期に同じ場所に
いたんだね」
「うん… でも私大変な目には会ってないの」
ーーーー
人生で2回目のアメリカ旅行。
幼い頃に海外に触れておくことで感性が豊かになるという近衛家の教育方針により
長期の休みにはよく家族旅行で海外に行っていた。
家族旅行初日。
ホテルに備え付けられた劇場で、ショーを見る予定だった。
しかし、元々の出演者がトラブルにより出れなくなり、急遽で出ることになったらしい
無名のシンガーソングライターの演奏を聴くことになった。
そこで…忘れもしないー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「隣りに座っていた女の人…」
「女の人?」
「うん…… 日本人で私とそこまで年も離れていないと思うんだけど…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その人はとても綺麗な人だった。
整った顔立ち、近くにいかずともわかるスタイルの良さ、そして隣りにいるのが
恥ずかしくなるような綺麗な黒髪。
(芸能人ね! きっと)
そう思いそっとしておこうと思った。
そして代役の人の演奏が終わって周りは拍手をしていた。
正直私は英語がわからないので歌の歌詞はわからなかったし、歌声も決して綺麗とは
言い難かったので、周りに合わせる形で拍手を送った。
その歌手の演奏が終わると隣から泣き声のようなものが聞こえたのでそっちを向くと…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「隣りで聞いていた女の人が号泣してたの」
「号泣?」
「でも有名じゃ無かったんでしょ?
その人?」
「うん… 一応名前調べたけど載ってなくて…
なんだか気になって部屋に戻ろうとしてたその人に聞いてみたの!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「すみません!」
思わず日本語で声をかけてしまった。
女の人は驚いていたが、私がさっき泣いていた訳を聞いた途端…
「だって、世界的に人気になる holly の下積みの瞬間を見れたんですよ!
泣くに決まってるじゃないですか!」
hollyというのは先程演奏していた歌手の名前
だか、そんなに有名では無かったはず…
「あの… そのhollyさんはそんなに有名なんですか?」
「いや これから有名になっていくのよ!
というよりアーティストholly の物語はまだ1ヶ月前に始まったばかりだもの!
知らなくて当然だわ!
まだ、この時間の価値は私しか気付いてないのよ!」
「は… はぁ」
「この人の良さは私にしかわからない」は
いわゆる売れないバンドマンと付き合っている彼女がよく言いがちな言葉だと正直思ったが、
先程の歌手は女性。
友達として売れると思ってるならまぁ大丈夫な気もして来た。
「絶対に売れる! いや売らせるわ!」
「hollyさんの才能 信じているんですね!」
「もちろんよ! というより…
私が彼女を縛り付けたんだもの…
その罪は背負い続けるつもりよ」
「縛り付ける?」
「うん… 私のせいであの子好きなギターが思いっきり出来なかったから…」
「そう… ですか」
「うん… だから覚えておいてね! hollyよ!」
「はい!」
そう言ったところで女の人の電話が鳴り、謝るポーズをしながら女の人は去っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それを聞いて私もこんなふうに人に希望を与える仕事がしたいと思って…」
「アイドルを志したんだ?」
「うん! でも… 夏休みが終わってすぐ… 」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の叔父が経営する会社で臓器の密売が行われていた。
そしてそれには祖父も関わっていた。
このことで近衛家は大バッシングを受けた。
私達家族は関わりはしていなかったものの、家には週刊誌の記者が張り付いていた。
また、家には大量の抗議の手紙が来ていた。
宛先は大株主からだった。
株主の名前がわかる里香にとっては中身を見なくても手紙の内容がわかってしまった。
「こんな所で、役に立たないでよ…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そっからはまぁ… 家は大変だったね…
父さんは近衛家が持ってる会社勤めだったから責任責任って毎日対応に追われて家に帰って
これなかったし、母さんも母さんで肩身の狭い思いもしてたし…
うちは違ったけど本家とかは家を売却しなきゃいけなくなったりで…」
「里香は大丈夫だった?」
「う〜ん… まぁ学校で噂はされてたけど…
それよりかはさっき話した従兄が失踪したことのほうが嫌だったかな…」
「えっ?」
「学校とかもいわゆる格式高いところで、周りから噂されたりして……
だんだん家でもすさんでいってたみたいで……」
「家を出てって、それっきり……」
「今は?」
「警察に保護されて、今は落ち着いてる」
「よかった~」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家でのゴタゴタもあり、大学受験には失敗。
浪人生となったが、その時期からは放浪癖がつき始めた。
最初はふらっと電車で一駅二駅ぐらいの場所に行く程度だったのだが、次第に距離が遠くなり、
気付いたら県外にいることも多くなった。
今までは気にしていなかったが何も考えずに片道3時間の山まで行き、終電が過ぎて帰って
これなくなった辺りから本格的にマズイと思い始めた。
だから財布は持たずに散歩に行くことにした。
家の周りをひたすら歩くだけでも気が紛れた。
そして今までの放浪は家にいることで発生するストレスが原因だとわかった。
ある日、いつものように散歩していると
「里香?」
声をかけられた。
振り返ると自分と同じぐらいの青年。
だけど、全く見覚えがなかった。
「えっと? 誰?」
失礼と思う前にこの言葉が出てしまっていた。
「立尾 清吾 タチウオって呼ばれてた!」
「あ! 思い出した! タチウオ」
小学生の時に同じクラスで苗字は立尾だが、担任の年配先生が1年間ずっとタチウオと
呼び間違えていたためみんなからもタチウオと呼ばれていた。
中学に上がるタイミングで転校してしまって、それ以来だった。
でも…
「久しぶりだけど…
前はもっと太ってなかったっけ?」
「うん… よく言われる…」
タチウオは小学生の時はもっと恰幅があったが、
今は痩せてはいるが体も心なしかがっしりとしている。
「ここで会えたのもなんだし… ちょっと話さないか?」
「うん!」
そこからタチウオは多くのことを話してくれた。
中学で静岡のほうに越したが、またこっちに戻ってきたこと。
部活で陸上を始めて痩せたこと。
高卒後すぐに働き始め、仕事の都合でこっちに戻って来たこと。
「まぁ そんなとこかな? そっちは?」
「えっ? 私? 私はね…」
そこから私の話を始めたが、やはり家族間の
トラブルの話にどうしてもなってしまった。
あの騒動後家族は分裂し始めていて、そのストレスで放浪するようになってしまったこと。
家族に怒られ、その時始めて家に居ずらいことに気付いたこと。
気付くと目には涙が溢れていた…
「ごめん! こんな話するつもりじゃ…」
「大丈夫だから! 続けて!」
「うん…
私家に居たくないんだよね… もうどうしていいかわかんない…」
「…………そっか」
長い沈黙。
私がこの沈黙を起こした張本人なのに何も出来ずにいる。
ふと
「里香ってアイドルに向いてそうだな! って思ってたんだよね…」
タチウオはそう呟いた。
「いや、昔さ文化祭みたいなやつで劇やったじゃん! 覚えてる?」
「あぁ〜 確か小5の時だっけ?」
「本番中主役の子がセリフが飛んで劇が止まっちゃってさ…
マジでみんな焦ったじゃん?」
「あった! 覚えてる!」
劇の内容はなんとなくでしか覚えていないけど、本番中のその瞬間のことは覚えている。
主役のお姫様役の子はこの劇に関するやる気がすごく、周りはそれに振り回されっぱなしだった。
だから当日その子がセリフが飛んだときは正直みんな呆れていた。
「おまけにそのシーン、主役の子のラストシーンで『絶対私でないと務まらない』って言ってたし、
どうフォローしていいかもわからなくて…」
「そうだった… 私フォローに回ったんだよね…
なんていったんだっけ?」
「言ったというより里香は使用人の役だったけど、メモを拾う仕草をして、王子様に告白された時の
返事の想定を声に出してさ…
おかげで主役の子もセリフ思い出せてことなきをえて…」
「そうだった… あの後、主役の子の名前なんだっけ?
言ってたよね、あなたのお陰でこの舞台は成功したって…」
「うん…」
「「偉そうに!!」」
同時だった。
2人そろって同じ事を思っていた。
「だからまぁ なんていうのかな…
アドリブで場を崩さずに立ち回る姿を見て…そう思っていたな…
ってだけなんだけど」
「ふふっ」
「??」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「これがアイドルを志した理由…かな」
「じゃあそのタチウオさんがきっかけで、
オーディションを受けようって思ったってこと?」
「うん!
厳密にはアメリカで会った女の人見たいに
夢を与える存在になりたいと思ったこともあるけど」
「えっ? そのタチウオさんとはどうなったの?」
「あの後も何度か会ってて、話たりしてる」
「恋愛感情は?」
「ないよ! アイドル志してて!」
「でもタチウオさんの方はわからないじゃない!」
「タチウオは大丈夫だと思うよ!
だってアイドルを目指させた張本人だし!」
「あのさ… ちょっといいかな?」
里香が話し始めてからずっと黙っていた柊が突然スマホを操作し始めた。
「もしかしてアメリカ旅行の時に会った、女の人ってもしかしてこの人?」
柊はそう言って写真を里香に見せる。
「あ! そうこの人! でも会った時は毛先が金髪だったけど…」
「やっぱり…」
「里香が会った女の人って雫よ!
ほら 私にギター演奏でアメリカ横断旅を持ちかけた」
「えっ?」 「そうなの?」
「旅してる時確かに毛先金髪にしてたし…
ホテルでショーやった時確かに『柊 ファンができた!』って1人はしゃいでたし…」
「え? じゃあその時演奏してたのって柊?」
「うん 多分…ね」
「その時はhollyって名前で活動してたの?」
「いや その時は柊ってひいらぎって読むから柊を英語で言うとそうなるからそう名乗ってただけ…
でもあのショーが無かったら雫を日本に送れなかったんだよね…
確か… オロチって名前の手品師の代わりででることになったんだけど」
「ねぇ 多分なんだけどオロチって私の爺ちゃんのことだと思う…」
「えっ? そうなの?」
「爺ちゃん竜一って名前なんだけど何故だかオロチって名前で活動してて…
そういえばあの時病室でショーに穴開けたって呟いてた気がする」
「そう… 助かったよ! 礼を言う」
「ねぇ 私たちここで会う前からそれぞれの人生に関わっているんだね…」
「そう… みたい」
「運命? かも」
【最後に1人一言ずつ抱負を】
「もう配信終わるの?」
「そうか… もう2時間?喋ってるんだ…」
「じゃあ私から」
「改めまして薮本柊です!
長い間配信を見てくださった方々 ありがとうございます
私達は出来る限り この希望の輪達を広げてまいりますので 今後ともよろしくお願いします」
「改めまして烏合夜宵です!
手品は得意なので、活動に活かせたらなと思っています
多くの人に求められる存在になりたいと思っておりますので、何卒宜しくお願いします」
「改めまして近衛里香です!
私達に今出来ることには限りがありますが、一つ一つ取り組ませていただきたいと考えております
今見てくださってる方々の期待に応えられるよう頑張ります よろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします」」」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「という訳です 先輩? 聞いてましたか?」
「ん? あぁ 聞いてた聞いてた」
「………」
先輩の話を聞いていない時の口癖。
気付いていないと思っているのか。
「にしても鈴木 お前アイドル好きなんだな?」
「えっ?」
「だって話してる時楽しそうに話してたぞ!」
「そう… ですか?」
全くそんなつもりはなかった。
実際希望の輪達のメンバーには会ったこともない。
1回試しにライブのチケットを取ろうとしたが、人気過ぎて手も足もでなかった程だった。
「そろそろ帰ります」
「えっ? もうか?」
「もう9時ですよ!
10時には寝ないと明日起きれません」
本当は30分程前から帰りたかったが、タイミングが分からずにいた。
「わかった! お会計してくるから」
「いいですよ! 割り勘にしましょう」
会計を済ませ、店を出る。
辺りは飲屋街なので、まだまだ夜はこれからといった具合だ。
「じゃあ また明日」
「おう また明日」
俺は先輩と別れ、帰路についた。
「しっかし驚いたな あいつアイドルが好きだったのか〜」
先輩は独り言を呟いていた。
「そういや鈴木って親離婚してたって言ってたけど… 前の名前なんだっけ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あ! 清吾〜 こっちこっち!」
「遅れてごめん! 里香」
希望の輪達のメンバーの一人 近衛里香のアイドルデビューのきっかけとなった男の子が
俺だというのは俺と里香以外は知らない事実だ。
「ごめん! 先輩の誘いが断れなくて」
「大丈夫! いつものことだもん」
俺と里香はあの後もちょくちょく会って、近況を話し合っていた。
その習慣は里香が希望の輪達となった後も続いていた。
里香には今は下の名前で呼ばれている。
親が離婚して苗字が鈴木になっていると里香が知ってからはタチウオとは呼びづらいとの
ことだった。
「明日仕事大丈夫? 遅いけど?」
「1時間程度なら… 里香のほうは?」
「ちょうど私もそれくらいなら大丈夫!」
「……よかった」
その後はいつもの習慣。
お互いの近況を話す。
愚痴ったり…、愚痴ったり…、愚痴ったり…。
たまに誰かを褒めたり……。
そんな時間。
俺達は付き合ってはいない。
厳密にはお互い口に出してはいない。
俺は気になっているけど向こうはわからない。
1時間はあっという間に過ぎた。
話を聞いたり、聞いてもらったり、そんな時間。
帰りがけ
「清吾! 聞いて
解散日 3ヶ月後に決まったの」
実は希望の輪達は活動日が決められた状態でデビューしていて、どんなに人気でも期間の
延長はしないとのこと。
それもまた人気に火をつけるきっかけの一つではあったのだが…
「いや まだ公式発表前だろ?
いいのか?」
「うん… 普通はダメだけど……
でも…… 清吾だから言った」
「?」
「それまで待ってくれたら…
貴方が待ち望んでいることが待っています」
「その時までどうか… 清吾も仕事を続けて!
じゃあ またね!」
そう言って里香は去って行った。
「俺が待ち望んでいる事って… !」
そういえば前に
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「仕事が頑張れない?」
「ああ 昔は自分の為って思ってたんだけど、今はなんだか… 自分の為にこんなとこ辞めたい
って思うようになっちゃって…」
「どうしたらいいんだろうね…」
「うん… 「誰かの為に」とかがあるといいのかな?」
「誰かの為に?」
「ああ 母親も昔は病気がちだったけど、今すっかり元気だし なんか頑張りがいがない…」
「ひどい」
「ひどいって言うな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「もしあの時のことを言っているなら
『私の為になら仕事頑張れるでしょ?』
ってことだから…」
つまり、そういうことなんだろうか?
「いや まだだ3ヶ月後まで待とう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3ヶ月後
希望の輪達は解散となり、
薮本柊はシンガーソングライターとしてデビュー。
烏合夜宵はマジシャンとタレントを並行して活動している。
近衛里香は芸能界を引退し、表舞台から完全に身を引いた。
そこから3年後。
週刊誌に近衛里香の現在という記事が掲載された。
そこから一年後に行われた中学の同窓会では、
一年前の週刊誌の話で持ちきりだった。