第95話 夢と現実
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
光が収まり視界が戻ると、あの強大だった魔王が崩れ落ちていた。
「……我を倒したところで意味はない。人の世に闇が絶えることはなく、すぐに現実を思い知ることになるだろう」
「魔王……」
「遠き未来、再びこの世を闇が覆う。その時にはもうお前たちはいない」
不吉な言葉を残しつつ魔王は斃れた。勇者が勝利した、仲間たちの協力とキタサンの命を犠牲にして。彼女の愛は最後にエレアへ届いただろうか。一行は喜びも少なく魔王城を後にした。
「魔王はいなくなって世界は」
「平和になった。一応ね」
そこからは様々な光景が夢の中を流れていく。勇者は人々に迎えられ救世主として称えられた。英雄たちの戦いは物語となって人々の口を伝わっていく。
「だがエレアはずっと浮かない顔だった。戦いを終えるとすぐに人々の欲望がエレアに絡みつこうとする」
確かに、エレアの視界は始めのうち喜び称える民衆の笑顔で埋め尽くされていたが、次第に欲の突っ張った者たちが彼を取り巻いていくのが分かる。
「だから私はエレアを誘って旅に出た」
「旅に?」
「欲望の渦から引き離して、しばらく静かに過ごさせてやりたかったのだ。しかし何もかも手遅れだった」
「何が起きたの?」
「我々はエレアの故郷の村に向かった。だがそこには廃墟しかなかったのだよ」
彼の故郷とは辺境の村だったようだが、それは複数の種族の境界近くでもあった。彼らは魔王という脅威が消えた途端に境界争いを再燃させ、村はその争いに巻き込まれたのだという。
「今までの戦いは全て無駄だったのか?」
エレアの声が頭に響く。哀しみと絶望に満ちた魂の慟哭が。
「ユースフ答えてくれ、俺は何のために戦ってきたんだ?」
「……無駄などではない。多くの人々の死も、キタサンの犠牲も、無駄にしてはならない」
「そのために俺は何をしたらいい?」
「それは……」
ユースフ――ホセは答えられない。重い沈黙の中、風の音だけが聞こえる。
「あの時エレアに何と答えてやるべきだったのか、私には未だ分からないのだ……」
「……」
日が沈み闇が広がる。廃墟にたたずむ二人も暗闇の中に消えていく。これより後、勇者エレアは皇帝エレア1世となりアルテニア大陸を平定するための戦いを開始する。
***
ホセの夢はそうして終わった。物語としてしか知らなかった勇者の戦い。その真実を垣間見ることとなった俺。
ホセはあの夢を通じて何を語りたかったのだろう。彼らが抱いた夢か。それが叶わなかった現実か。ただホセを含む彼ら全員が苦悩と葛藤を抱えて残りの人生を歩んでいったことは想像に難くない。
今、俺の意識はホセの夢を抜け出して覚醒しようとしている。言いようのない浮遊感に包まれ、やがて目を開き朝を迎える。
「――うん?」
何か違う。覚醒しようとした意識が違和感を告げていた。途端、体が何かに引っ張られるように急降下。
「ぶわっ!」
跳ね起きた。迷宮の野営地じゃない、俺はどこかのベッドで横になっていた。薄暗い部屋、見慣れない家具。中央のテーブルにはロウソクが灯って、かすかな明かりが人影を浮かび上がらせている。
「……誰?」
「久しぶりね、お兄ちゃん」
この声はメアか。夢の中に現れる謎の少女。ホセの夢から今度はメアの領域に引き込まれた。
メアが指を躍らすと一つ、また一つとロウソクに火が灯り、少しずつ部屋を照らし出していった。
「久しぶ……り?」
メアの姿を認めて一瞬思考が止まった。変わっている、年齢が。今までは十歳前後の幼い少女だったのが、俺と同じか年上ぐらいの女性の姿をしていた。
「成長……した?」
「そう見えるでしょうね。それだけ貴方が私に近づいた、迷宮に深く踏み入っているということよ」
観念的な話だろうか。元より普通の相手じゃないのでそういうものとする。
目を細めるメアの表情は蠱惑的だった。前から色香のにじむところはあったけど、今はハッキリと大人の女性らしくなっている。
けど何故だろう。彼女を見ていると胸の奥から不安感がこみ上げてきて、俺はつい目を逸らしてしまった。
「お兄ちゃん、なんて呼び方はもうらしくないかしらね、フフ」
「年齢なんて関係なさそうだものな」
「それでウィル、今日の夢見はどうだったの?」
「……見ていたのか」
さすが夢の住人。探索隊や帝都に住む人々すら夢の中を把握されていることだろう。
「魔王と勇者の戦い、懐かしいものを見たわ。貴方たち定命の者たちが命を散らしながら紡ぐ物語は、いつも私たちを楽しませてくれる」
「別に君らを喜ばせるために戦っているわけじゃない」
「ええもちろん。貴方たちはそれぞれに願いを持って、自分や周りの人々のため生きている。願いが強いほどその命は激しく燃えて、時には道を外れる者まで現れる。願うように焦がれるように……そういうところが私とても好きなのよ、愛していると言ってもいいわ」
本気で言っているのか分からなくなる。それにこの言い方、まるでこの娘……。
「ねえウィル、貴方は何を願うの?」
「ナイメリアの信奉者が俺たちの中に紛れ込んでいるのか?」
メアのペースに乗せられてはダメだ、逆に手掛かりを探ろう。
「ええそうよ。七柱の神々なんかより私たちに縋る者は多いのよ。彼らはどこにでも潜んでいるの、探索隊の中にも、貴方のすぐ側にだってね」
「……」
やはりか。
「大丈夫、貴方の願いはきっと叶うわ」
「メア……」
「だから私を見つけて。もっと深く私に入ってきて」
「待ってくれ、君の正体は……」
「じゃあね」
ロウソクの火が消え部屋は再び闇に落ちる。それと一緒に俺の意識も深いところへ落ち込んでいった。
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「ウィルくーん、朝だよー。」
軽やかな声が俺を起こそうとする。薄目を開けるとそこは五層の野営地。いるべき場所にいる、何という安堵感だろう。
「迷宮の中だけど朝だよー、ご飯にするよー」
セレナさんの声にも安心する。情報過多な夢を見た後だ、寝袋の温かさに身を任せ二度寝したい。クロエのいない時ぐらい長めに寝たっていいだろう、おやすみセレナさん。
「ええい起きんかい!」