第94話 魔王討伐
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
「エレア、段々怖くなってきた」
キタサンがエレア、の立場にいる俺にしがみついてくる。彼女は精霊種の一種ニンフ族。控えめに言っても美人で夢のようなシチュエーションだ。夢だけど。
「この人はエレアのことが好きだったの?」
ユースフとしてのホセに聞いてみると表情が一瞬陰った。骨の時は感情が読みにくい人だったけど生身だとまた違うな。
「ああ、キタサンは露骨にエレアを好いていたよ」
「エレアの方は?」
「正直しんどい、と漏らすことが度々あった」
「はぁ……」
そっかー。冒険者のパーティーが色恋沙汰で内輪揉めなんてよく聞くし。
「勇者のパーティーに加わった仲間は累計で十二人だった。うち女性はキタサンを含めて三名」
「ここにいる六人だけじゃなかったんだ」
「途中で死んだ者、離脱した者もいたからね」
「そりゃそうか」
「そしてその女性二名はキタサンと折り合いが悪く、というか一方的に嫌われ、ほぼそれが理由で離脱してしまった。新たに仲間を加える時も女性の場合はキタサンが嫌がったものだよ」
パーティークラッシャーかよ。よくこの女と最後まで戦えたな。
……そう思っていたのだが、ほどなく納得することになる。それは敵の罠でパーティーが危険にさらされた時。
「ユースフ、皆を守れ! キタサンは治療を頼む!」
「任せて!」
キタサンの魔法により皆はすぐに回復しただけでなく、肉体の強化も施されて反撃に転じた。その魔力はアイリーン並、技術はそれ以上といった所か。
「おいタマ、あまり離れるな」
しばらくして今度は別の問題が起きる。タマが戦列から離れて一人で行動しだした。
「何かある。気になる」
「そちらに魔物の気配は感じられないが」
「見てくる。先に行ってろ」
「ああ待て!」
制止を聞かず行ってしまった。彼を置いて進むわけにもいかずパーティーは待機状態に。
「獣人にはまあいるタイプだけど……」
「あいつの予測不能な行動には手を焼いた物だ」
タマは特に本能で行動する質のようだった。それが良い結果を生むこともあったのだろうけど、ホセやファリエドは理屈に寄ってそうだから気を揉んだろうな。
「もーあのクソネコ、魔王城でまで勝手なことして」
「諦めろ、タマは何も考えていないし抑えが利かないうえに何も考えていない」
「むしろ本能が刺激されるのかもしれねえな、この場所は」
「だから首輪を付けろと言ったのだ」
しばらく待っているとようやくタマが戻って来た。……のだけど、ムシャムシャ肉をほおばっている姿に一同声がなかった。
「食い物あった」
「んなもん後にしやがれ!」
ゴッツが蹴とばそうとするのをスルリとかわし、タマは最後の一口まで肉を味わっていた。
「エレアは甘い、一度きつく言ってやりなよ」
「甘やかされてるのはキタサンだろう」
「ゴッツは黙ってて」
「先に行っているぞ」
「待てってのファリエド」
ゴッツやキタサンの諍いにファリエドは興味なし、というかもう無心で先に進もうとする。争う者、突っかかる者、勝手に動く者、関わらない者、それらが嫌に絡まりながらも勇者パーティーは進撃していく。
「もう少し仲良くできなかったの?」
「どうだろうな。二百年以上経った今なら考えもあるが、当時は皆それぞれに摩耗していた。長い旅と戦いの連続、合わない仲間、種族の溝、そこに国家の利害までが絡み我々を腐らせていた」
国家間の利害、思惑か。それは今も似たようなものだよな。
「例えばタマは手柄を立てて種族の地位を高めるよう送り出された。ゴッツはエルフやニンフに負けるなと発破をかけられて仲間に加わった。ファリエドは人間種が何か企みはしないか内偵するよう命令を受けていた」
「ううむ……」
「キタサンはエレアをニンフの味方に取りこむよう命じられ近づき、そのうちに本気で口説きにかかるようになった」
「……ホセはどうだったの?」
「私か」
前に少し聞いたことがある。どこかの魔術師に弟子入りしていた所をエレアが訪ねてきたとか。
「私には何もなかった。故郷とは縁が切れていたし、師匠も自分の代わりに行かせただけだったからね」
そんなホセはエレアにとって気が置けない相手だったかもしれないな。理屈っぽくて偏屈な所はあるけど。
「このメンバーをまとめ上げたエレアは大したもんだよ」
「そうだ、彼は優れたリーダーだった。それがある意味では不幸だったかもしれない」
「不幸……」
それはこの先彼らが辿る運命を指すのか。だがホセの寂しそうな目を見ると、もっと哀しい意味が込められているように感じた。
気付けば夢は進行し、パーティーは魔王の目前に立っていた。
「これが最後の戦いだ」
視線の先にいるのが魔王。異形の神々より力を与えられ、世界を闇に包もうとした悪の元凶。
魔王が杖を振るう。悪名高い『夜の杖』は闇を生み出しパーティーを飲み込もうとする。だがその闇を一条の光が打ち払った。勇者の『光の剣』だ。七柱の神々が勇者に授けた神代の遺物、対照的な二つの神器が激突した。
戦いは熾烈なものとなった。この時ばかりは仲間たちも勝利に向け死力を尽くす。
「エレア、大魔法を使うのだ!」
ファリエドが叫んだ。大魔法とは切り札か何かか。
「ウィル、君がエレアの代わりにやりたまえ」
「いやでも何も知らないけど」
「私の夢だ、適当にやっていれば先に進む」
ええい何でもいいや。俺は両手を掲げ意識を集中する。
「だ、大魔法!」
すると頭上に何やら力を感じた。小さな光の玉がいくつも浮かび、やがて一つに集まっていく。
「これが魔王を倒すために編み出された大魔法『ウルティマ』だ」
「こ、こいつは……」
分かる、感じるぞ。世界の至る所から力が集まってくる。勇者一行が旅の中で助けた人たち、縁を結んだ人たちから魔力を分けてもらっているんだ。
……そんな興奮は徐々に収まっていく。
「ホセ、この魔法……」
「気付いたかね」
魔力の集まりが鈍い気がする。もっとブワーッと力が漲るかと思ってたけど。
「実のところ、人々の中には魔王を恐れて非協力的な者も少なくなかった。魔王に与して暴虐の限りを尽くした者までいたぐらいだ」
「えぇ……」
これでは足りない、魔王を倒すには力不足だ。皆が時間を稼いでいるけど間に合うのか?
「まだかエレア、早くせい!!」
「攻撃が来る!」
「エレア避けろー!」
魔王の魔法がエレアを襲う。大魔法に集中していたエレアは反応が遅れ、そして――
「あっ――」
閃光が走り夢から覚めそうになる。だが次に目にしたのは、キタサンが俺に寄りかかって崩れる姿だった。
「キタサン……」
彼女は俺――エレアを庇って攻撃を受けたんだ。傷が深い、すぐ治療しないと……。
「エレア……」
キタサンの手がエレアの頬に触れる。すると優しい光が二人を包んだ。
「……私の、力を、使って……!」
彼女の手から温かい力が伝わる。残された生命力をエレアに託したんだ。それで何かが変わった。
エレアは集まっていた大魔法の力を自身に降ろすと、全身魔力の塊となって魔王に直進した。
激突。辺り一帯に光が溢れ、激しい衝撃が魔王城を揺らした。