第93話 勇者
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
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パチパチと焚火の音が聞こえた。人の動く足音と炊事の気配、もう朝が来たようだ。
けど俺はまだ寝たりない。ドリームズ・エンドを使った後はどうも疲れが長引くんだ。クロエもいないしもう少し寝かせてくらはい。
「おいエレア、もう起きる」
誰かが肩を揺らすが俺はウィルだ、エレア王子ではない。なので起きる必要はない。仮に王子だとしたらお前を不敬罪で炊事当番にしてやる。
「いつまで寝とんじゃ!」
ついに布団をはぎ取られ無理やり起こされた。誰だこの乱暴なやり方は、ガロでもまだ優しいぞ。
「……」
「どしたい、ボケ―っとしよって」
ドワーフがいる。ティタンたちの仲間か、一緒に朝食かな。それに獣人、エルフ、見慣れないのはニンフって人種かな?
「エレア、どこか調子でも悪いの?」
「マジかよ、いよいよ魔王に戦いを挑むって時に」
何かおかしい、見知らぬ人たち、見覚えない風景。自分の身なりも確認、これは違う俺じゃない、ウィルじゃない。
……そういう時は決まってる。
「夢か」
「昨日のキノコが悪かったのよ、タマが変なの取って来るから!」
「落ち着けキタサン、お前が治療してやれ」
多分、近くの誰かの夢に迷い込んだんだ。大探索の大所帯、こうなるだろうとは思ってた。
なら余計なことはせず寝直そう。そしたら抜け出せるはずだ。
「ねえエレア、どこが悪いの、熱はない?」
「ダメだ、キタサンが聞いてねえ。おいファリエド、ユースフでもいい来てくれ」
…………。
むくりと起き上がる。寝てられない名前を聞いた。そして既視感のある人物が歩み寄ってくる。
「何事だゴッツ?」
「エレアの様子がおかしいんだ」
エルフの男。若いが俺の会ったファリエド王と似ている。そしてドワーフの男がゴッツ王か?
もう一人、人間の男がいる。灰褐色気味の頭髪で魔術師風の若者。ユースフと呼ばれていたけど、その名前は確か……。
「エレア、どうかしたのか?」
「勇者エレアが腹を壊して魔王に負ければ末代までの笑い話だぜ」
「どど、どーしよう、エレアが死んじゃったらどーしよう」
「落ち着けキタサン、前に一度死んだけど生き返った」
「タマ、あれは七柱の神々の奇跡なのだよ」
……どうやら彼らは勇者のパーティー。そして俺は勇者エレアの立ち位置にいるみたいだ。
***
勇者エレアとして夢の中を歩く。場所はよく分からないが魔境ともいうべき荒野。水の枯れた川を渡るが既視感のある風景、ここってサンブリッジの辺りか?
魔王城が近いらしい。いずれ帝都オルガが建てられる地も今は魔王の本拠地だ。人間も動物も住まない荒野、上空では暗雲が立ち込める。まさに闇の時代という感じ。
「長かった旅もこれで終わるな」
ゴッツが感慨深そうに言うが周りの空気は乾いている。
「終わりになればいいがな」
「ファリエドぉ、お前のしみったれた面も見納めにしたいぜ」
「私もお前の無鉄砲の尻ぬぐいは最後にしたいものだ」
これが伝説の勇者のパーティー。アルテニアンの勇者エレア、エルフの魔術師ファリエド、ドワーフの戦士ゴッツ、獣人の狩人タマ、ニンフの治療師キタサン。
……そしてアルテニアンの賢者ユースフ。つまり賢者ホセだ。となるとこれはホセの夢を俺が見ているのか。骨でも夢って見られるのか。
「……エレア、どうしたのだね?」
「いや何でもない」
マズイ、じろじろ見過ぎたな。目を逸らすもホセが背後に近づくのを感じる。
「朝から様子がおかしいと思っていたが」
「そそ、そんなことないさ」
「もしかしてウィルかね?」
――! 動揺を周りに気取られないよう努める。
「ホセなのか、ユースフじゃなく」
「そうだ。やはりウィルか、こんな所で会うとはな」
過去に何度も他人の夢を垣間見たり、その中を歩いたりはしてきたけど。はっきりと夢の当人から接触を受けるのは初めてだ。
「ここはホセの夢なのか?」
「私にもよく分からぬ。この体になってから夢など見ることはなかったが、ナイメリアの、夢幻の柱の迷宮にいるからなのか」
「そこに俺の意識が迷い込んじゃったみたいで」
「君も妙な特技を持っているな……」
さすがのホセでも仲間がこんな特技持ってたら引くよな。
「ホントにゴメン、すぐ出ていくから」
「待ちたまえ、せっかくだから最後まで見ていくと良い」
「え?」
「これは私が記憶する勇者エレアの戦いだ。君にも見てほしい」
勇者エレアが魔王を倒す、まさに伝説の一場面だ。確かに興味はあるけど、ホセが言いたいのはもっと別のことのように感じる。
「知っておいてほしいのだよ」
一行は魔王城に進み、その間に何度も魔物や魔族が行く手を阻んだ。山のような巨獣。高位の魔族。災害のような虫の大群など。いずれも迷宮はお目にかかれない凶悪なものばかり、それでも……。
「俺が行く!」
ゴッツが巨大なハンマーで敵をぶっ叩く。恐ろしい魔物たちが血飛沫をあげながら飛び、砕かれ、ぺしゃんこにされていく。今じゃ枯れ枝みたいなゴッツも若い頃は爆弾のような破壊力のドワーフだ。
「ファリエド、タマ、ゴッツの援護を!」
「分かっている!」
「ちぇい!」
猫型獣人のタマが矢を放つと魔物が五体ぐらい一辺に貫かれた。そしてファリエド、エルフの王も健在だ、三体の精霊を召喚して大量の敵を薙ぎ払う。
その後方ではキタサンがバックアップ体制で構え、そして俺とホセが戦況を眺めている。なお、この夢の中では俺たちが動かなくともシーンが進んでいく。
「……強い。比較しちゃ悪いがハーキュリーやステファニーより上だろうな」
「全員がその道のスペシャリストだ。もちろんエレアも優れていたし、私は天才の賢者だ」
「そっすか」
べらぼうに強い。でもこのパーティーには深刻な問題があることにも気付く。
「ファリエドぉ、俺まで殺す気かぁ!?」
「命が惜しければ下がっていろ。この程度では死ぬまいが」
「キタサン、おめーも魔法撃て!」
「あんたらだけで十分じゃない、回復のための魔力は取っておきたいの」
この人たち……。
「エレアー怪我してない?」
「こっち、こっちの治療が先だ!」
「ゴッツは頑丈だから大丈夫でしょ」
「チッ、使えねえニンフだ」
「なぁによ、ちんちくりんドワーフ」
「あぁん、あばずれニンフがよぉ!?」
仲が悪い。軽口というにはきつい。ホセから少しは聞いていたけど本当なんだな。
「よく魔王城まで来れたね」
「ハハ……。一つにそれぞれが優れていたこと、そしてエレアの存在がある」
エレアか、それは彼の立ち位置に来て感じることができる。
「エレア、あの二人を止めてくれぬか」
「放っとけ、先に行こうぜエレア」
「エレア―、この豆粒ドワーフがぁ」
「エレア、今日こそは我慢ならねえ!」
彼ら全員が勇者エレアに向けるまなざし、それだけは信頼に満ちているのが分かる。
「我々の間に友情は薄かった。人間的にも欠陥が多かったかもしれん。だがエレアの勇気に共感し魔王討伐に立ち上がった、それだけは皆同じだった」
「まさにパーティーのリーダーでまとめ役ってことか」
「……それがエレアにとって大きな負担となっていたことは否めぬが」
悔やむようなホセの言い方。当のエレアは俺から見ることができないけど、一体どんな表情をしているのだろう。
進撃の勢いとは裏腹に重たい空気を引きずりながら、勇者たちは魔王城の奥へ侵入していく。