第91話 リング
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第六層を攻略し先遣隊を見つける。
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「……誰かが父上に毒を盛ったのか?」
尋ねるでもなく零れた言葉は夜の静けさに溶けていく。側にいるのは道化服を着た友人のみ。相談したいわけではない。ただ誰かに問うてみたかった。
「お前さんがやったんじゃないのか。憎んでいたんだろう?」
「だからといって父を殺すなど有り得ぬ」
口にしてみてそれが本心かどうか分からない。心の底では殺してやりたかったのではないか。
疲労のせいか自分に自信がなくなってくる。もしかして自分が無意識のうちに父を手に掛けたのではないか、そんな妄想まで浮かんでくる始末だ。
「あの皇帝だ、恨みのある奴だけで国ができるくらい敵を作ってる。その中の誰かがやっちまったとしても不思議はないさ」
道化師は本気かどうかも分からない調子である。実際問題としてはそうだろうが、帝国皇帝を殺せる者などごく限られてくる。
「……まさかお前、何かしたのではないだろうな?」
「おいおい、俺が何もしないことはよく知っているだろう」
「そうだな、お前は重大なことは何もしない、干渉しないのだったな」
「そう、無害で善良にして正直者。誰にも従わないがお前さんの味方だ」
……ふざけた道化師だが、今や気兼ねなく話せる相手はこの男しかいない。賢者ホセにすら考えを打ち明けるのをためらってしまう。哀れな皇太子だと自嘲する。
「それより先にやるべきことが溜まってるだろう。廷臣たちは青い顔して右往左往、お前さんの指示を待っている。皇太子殿下は忙しい忙しい」
その通りだ。いずれ真相は調べさせるとして、目下の課題は差し迫っている。
私は皇帝にならねばならない。予想よりいくらか早いが覚悟はしていた。
「父上……」
懐から取り出したのは指輪。帝国の印を刻んだ物で父から引き継いだ。己のそれは失われて戻らない。私は帝国を引き継ぐと同時にこの指輪も受け継ごう。親愛も憎しみも、この指輪を見るたび思い出そう。
いつか父と同じように、この身潰えるまで……。
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「……父上」
「ウィル君!」
気が付くとセレナさんの顔面が目の前にあった。
「あ……マクベタスは」
「君が倒したのだよ」
「ホセ……」
「よくやった」
そうか、マクベタスはちゃんと消滅したんだな。そして見回す感じ、あの黒い泥は一緒に消えたようだ、そこいらで怪我人の治療が行われている。
「もう、起きないから心配したんだよ」
「ハハ、ごめんって。っていたたた」
セレナさんに両腕で絞められて苦しい。でも俺が助かったのはセレナさんがくれた護符のおかげだろうな。
「今のところ宮殿内は静かなものだ、ゆっくり休むと良い」
エリアルやジェイコブたちも無事だ。呪いを受けたティタンはまだ苦しそうだけど。
「エリアル、助けてくれてありがとう」
「フン……」
天井からは先遣隊の遺体が降ろされている。外見は黒ずんでいて、あの汚泥を被ったのだろうか。手遅れだったのは残念だけど、後は身元を照合してしかるべき処置を。それで俺たちの仕事が一つ完了する。
――ポトリと何か落ちる音がした。見てみるとチラリと光るものが。
「……指輪?」
言うや否やセレナさんの手が伸びて拾いすぐ懐に忍ばせた。
「はっや」
「おいセレナ、今のはウィルの手から落ちたぞ」
「え、そうなの?」
「見てたからな」
「違うの反射的に拾っちゃっただけだから」
誰かの指輪か、無意識のうちに握っていたのだろうか。――これを持って行ってくれ、どうか無事で……。
「あれ、この指輪」
「セレナさん何か分かるの?」
「値打ち物か?」
「……ホセさん見て、印が彫られてる」
ホセが手に取ると動きが止まった。表情がないのに驚きが伝わる。
「皇族の印が彫られた指輪だ」
「皇族……マクベタスの物ですか?」
「いや、あのマクベタスは迷宮が作り出した番人だ。衣服も王冠も一緒に消滅した」
「じゃあ誰の……」
いや、答えは出ているか。俺たちはその手掛かりを探しに来たんじゃないか。
オズワルド1世……。
***
ウィル君のおかげで辛くも勝利した私たち。その余韻も冷めぬうちに次なる行動に移っていた。
「ほらしっかり洗ってー」
「あー、まだ怠いんだよ」
アイリーンがティタンの体をこすってる。ここは宮殿の大浴場の一つ。番人との戦いで浴びた汚泥はちゃんと洗い流した方が良いらしく、敵地だけどこうしてお風呂を借りている。
この宮殿の人たちは魔物だったわけだけど、お風呂もちゃんと沸かしてあるとは準備の良いこと。エドウィンには通信魔法で報告だけして、とりあえず湯につかろう。
「セレナー、そこの石鹸取ってー」
「はーい」
広々とした大浴場に声が反響する。この混合チームに女は私とアイリーン、ティタンの三人しかいなかったから寂しいくらい広い。男たちの方はもっと賑やかかな、仲良くやってたら良いけど。
「しっかしセレナ、エルフはやっぱり細いなぁ」
「むむ」
それは世間でもよく言われている。エルフは魔力が高い反面、筋力があまり高くない。一方ドワーフは頑健でパワーもある。そのうえ手先も器用というからちょっとずるい。私は生粋のエルフじゃないけど羨ましくなる時があるんよね。
「一応ハーフエルフなんだけど、こんなもんだね」
「もっと肉食わねえと剣も振れねえぜ」
このティタンて娘、ドワーフらしいというかストレートな物言いが多いのよね。まあエリアルみたいにツンツンしてるより付き合いやすいけど。
「アイリーンは逆に無駄な肉が多いんじゃねえか」
「そーなのよねー、ギルドハウスのご飯が美味しくて太ったかも」
「アイリーンはもっと運動した方が良いと思うのよね」
「そしたらセレナみたくキュッとなるかなあ」
不意にアイリーンが寄ってくると、私の腰に両手を当ててサイズを確かめるようにススと動かした。
「ひゃう!」
「ひひ、セレナの反応かわいい」
「お前ら緊張感ねえな……」
ないのはアイリーンだけじゃい。彼女のこういう距離近い感じがちょっと苦手ではある。
「ティタンはティタンで話しやすいよねー、種族のアレとかあると思ってたけど」
おまけに遠慮なく話すからもーっ。
「あー、うちは色々考えるのが面倒でさ。別にドワーフが争ってきたのは人間種だけじゃないし」
「そっかー。あのエリアルって人が怒ってそうだったから、他の皆はどうかと思って」
「あいつはなあ、人それぞれ事情があるから」
そりゃあるだろうね。私にだってあるし、それでも集まったわけだけど。
「それにしてもよう、あのウィルって坊主は何者なんだ?」
ティタンの問いに手がピタリと止まる。
「援護があったとはいえ番人を本当に破っちまうとはよ」
「ねー、すごいよね彼」
「あの短剣に秘密があるのか、それだけじゃない周りが全部見えてるような動きだった」
さすが優れた戦士、見るとこ見てる。でもウィル君が持ってるアーティファクトや特技のことは内緒にしておこう、ややこしくなるし。
やっぱり彼は迷宮の謎を解き明かすキーマンになる。そしてこの深層までやってきた。
風呂から上がり着替える最中、鞄に手を入れて確かめる。印章付きの指輪。皇族だけが身に着けることを許される数限られた品だ。
ようやくここまで来た……。