第90話 すれ違った心
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第六層を攻略し先遣隊を見つける。
今や絢爛豪華だった大広間は見る影もない。上下左右、視界の大半が黒い液体に支配されている。
「アイリーン、シールドを張るのだ!」
「わわわ!」
ホセとアイリーンを中心に集まりシールド魔法で防御。薄い光の壁が円形に広がり汚泥の濁流から身を守ってくれた。
「防ぐことはできるが……」
流れは留まることなく腰ほどの高さまで来ている。このシールドは黒い海に浮かぶ孤島のようだ。
「ここにいない人は?」
見回せば二、三人間に合わず汚泥に呑まれている。すぐ死に至るものではないだろうが……。
「<ナイトシーカー>、ここは撤退すべきだ」
「エリアル……でも孤立した人たちは?」
「ここで我らが全滅するわけにはいかない。この階層と番人のことを知らせなければ」
冷静な中にも苦渋の色を浮かべるエリアル。はぐれた人にはエルフの術師もいるのだ、悔しくないわけがないよな。
「…撤退する前に一つ試してみたい」
「試すだと、何をする気だ?」
「あいつを倒す」
マクベタスが番人なら奴を倒せばこの階層は力を弱めるはず。
「バカな、近づくことすらできないぞ」
「考えはある」
「討ち果たすことができるというのか?」
「五層の番人は倒した。けど力を合わせる必要がある」
エリアルの目がホセの方を向くと、ホセは頷いたようだった。
「ウィル、考えを聞かせてくれ」
俺の考えを皆に伝えマクベタス攻略の作戦開始だ。
まず“潜行”して深く見る必要がある。デュラハンの時と同じく核を見極められれば、俺の短剣ドリームズ・エンドで貫けるはず。
急げ、呑まれた人たちを救えなくなる。
「――っ」
見えた。マクベタスの心臓の位置に魔力の塊を感じる。あれを貫けば奴を構成する魔法は解ける。
「行ける」
「待ってウィル君、これを」
セレナさんが俺に手渡したもの……例の護符、セレナさんの分か。
「さっきの呪いでダメになったでしょ、ウィル君が持って行って」
「ありがとう」
加えてホセから強化と防護魔法もかけてもらう。片手でシールド張りながら別の魔法を唱えるとか器用だな。
「よし、準備はいいかねアイリーン」
「了解!」
ホセとアイリーンがシールドを調整、一か所だけ穴を開ける。すると汚泥が流れ込んでくるが、これをエリアルが排除する。
「風よ!」
暴風が吹き荒れて汚泥が吹き飛ぶ。これが再び押し寄せるまでのわずかな時間が勝負だ。
「ガロ!」
「おっしゃあ!」
ガロが俺を掴んで渾身の投擲、マクベタスまで一直線!
「……!」
「遅い!」
突き立てた、ドリームズ・エンド。マクベタスの核目掛け。
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終わらない。いくら敵を倒しても終わらない。
帝位に就いて二十年余り、幾たびも戦いを重ねたが帝国に安寧は訪れぬ。
余は体力も衰え長くはあるまい。この事業は我が子オズワルドに引き継がせたい。
だが、あやつは心が読めぬ。手塩にかけて育ててきたが、余を見るあの目……。
余がしたことに気付いておるのか。だがあれは奴と帝国のためにやったこと。
エルフの女など二度と近づけてはならない。奴らは帝国を蝕む毒虫なのだ。
これで正しかったと分かる時が来るはず。いずれ……。
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外れた。短剣はマクベタスの核を掠めたが浅い。
「ぐうっ、こやつ!」
マクベタスは苦悶するがまだ倒れない。そして皇帝を救おうとするかのように周囲の汚泥が湧きたち、スライム状の物体がいくつも飛び出す。
「見えてる!」
スライムが襲い来るがマクベタスの体を蹴って回避、そこら中にある柱を蹴って広間を駆け回る。
「ウィル!」
あれはエリアルの声。途端に俺の周囲を風が吹き渡る。
「風の精霊か!」
精霊が俺の体を抱くように支えてくれる。その助けを受け空中で変則機動、もう一度マクベタスに迫る。
再び襲い来るスライム、右、左、斬り払うと弾けて消えた。そしてもう目の前。
「マクベタス、あんたはもう死んだんだ!」
今度こそ核を捉えた。ドリームズ・エンドが深々と刺さり視界が光彩で満たされる。
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苦しい。眠りから覚めて全てを吐き出した。腹の奥で何かが暴れているようだ
臓腑が締め付けられるようにうねる。何度も意識を失い、そのたび下痢で起こされる。
侍医は薬を飲ませるがそれも吐き出した。もうこの体は何も受け付けない。
毒なのか。誰かが余を殺そうとしているのか。幾たびも他種族に勝利した余がこんな形で死ぬのか。
有り得ぬ、有り得ぬ、神々がこのようなことを許すのか。
……人が来た。オズワルド、何故そんな冷たい目をしているのだ。
お前なのか。余の死を望んでいるのか。
余は皇帝ぞ。お前の父であるぞ。それを、それを……。
オズワルド。
お前は余を恨んでいるのか……。
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ハァ――ハァ――。
目の前でマクベタスが崩れていく。核は貫いた、番人としてのマクベタスは消滅する。
「オ……ズ……ワ……」
黒ずんだ手が伸びる。それを何となしに俺は握っていた。
「もう……」
また記憶を垣間見た。“潜行”のせいかドリームズ・エンドの力かもう分からないが、あれはマクベタスの思念だろうか。
「もういいんだよ」
マクベタスが塵になって消えていくのを見届けると、俺の体もガクリと崩れ泥濘の中に沈んでいった。