第88話 会食
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第六層を攻略し先遣隊を見つける。
「何だこりゃ、すげえ料理だな!」
ティタンが目を丸くする。大広間では盛大な祝宴が俺たちを待っていた。
「フ、フフン、これくらいでビビってちゃあいけねえぜ」
「ガロ、涎出てるよー」
「鼻をくすぐるんだよ、料理が」
これが宮廷料理という奴か。マリアンやエドウィンに招かれて慣れたつもりだったけど、これはまた別格というか本格というか。
「それで皇帝陛下とやらは?」
エリアルは料理など興味なし。上座にそれらしい席はあるけど無人だな。
「さあさあお席に」
「……ひとまず相手の出方を伺ってみようか」
勧められるまま席に着く。大広間には楽団もいて流麗な音楽を奏でていた。テーブルの周りは給仕たちが洗練された仕草で仕事をし、守りにつく近衛騎士たちはピクリとも動かない。
「あの一人一人がギルバートさんと同じ使い手なんでしょ?」
「戦いになったら危ないだろうね」
セレナさんと二人で唾を飲み込む。
「おいティタン、こんなもの食べようとするな」
「だ、だってせっかくのご馳走だぜ?」
「毒でも入っていたらどうする」
「私が調べようか?」
ホセが何かブツブツ呟いて料理に手をかざす。
「怪しい物質は感知されないな。いたって普通の食べ物だ」
「えらく便利な魔法だな」
「そんなら食うぜ」
まだ会食が始まった訳でもないのに、ティタンがガツガツと食べ始めてしまう。周りはちょっと呆れ気味だったけど、危険がないと思うと釣られて手を付けた。
「うわ、この肉柔らかーい!」
「アイリーン、品がないぞ。大聖堂で何を学んだのだか」
「ジェイコブさんも食べたらー?」
結局エリアルたちエルフ、それと<白の部隊>は料理に興味なし。俺はというと芳醇な香りに負けて口に運んでしまうのだった。
牛を使ったソーセージは噛むと肉汁が溢れ、ハーブが使われてるのか口中に風味が広がる。そうそう私は昔からこの味が好きだった。シチューにはうなぎが入っていて初めての食感を味わった。続けて肉類に鶏、うさぎ、子牛、魚類に鯉やスズキなどを次々胃に押し込む。
合間にワインを飲むと腹にグッとくる。キツイ。酒は多少たしなむようになったけど、マリアンのとこで出されたのは飲みやすいのを選んでくれてたのだと実感。
「うおおうめえ!」
「ティタン、静かに食べろ」
「お前らも食えばいいのによう」
もうドワーフたちは半分ほど平らげつつある。エルフたちは全く手を付けないが元々食が細いのかもしれない、多分。
「宮廷じゃいつもこんなの食ってるのか、良い身分だよなあ」
「毎日というわけじゃないだろうけど……」
ふと隣を見るとセレナさんは手を付けていない。いつもならワインで酔いが回ってそうなところを。
そのセレナさんの目が上座の席にチラリと向く。そうか皇帝のことがずっと気になっているのか。この人はやはり……。
「皇帝陛下の――」
「……!」
「おなーりー!」
侍従の朗々とした声が告げる。今更ながら皇帝が現れる前に食べ散らかしてるのはマナー最悪だ。でも誰も止めなかったし。誰も止めなかったし。……どうして誰も止めなかった?
――ゆらり、と重い影が現れた。頭上には王冠、片手に黄金の杖、宝石と金糸の刺繡に彩られた衣服、歴史と伝統を背負ったような装い。
「これが皇帝オズワルド……?」
苦悩を貼り付けたような血色の悪い顔。それを見て俺は。
「……違うぞ、彼はオズワルドではない」
「ホセよ、どういうことだ?」
「あれはマクベタスだ」
「マクベタスだと……」
先帝マクベタス1世……オズワルドの父親?
「彼は数十年前に死んだ、生きているはずがない」
「ならば偽物か幽霊か?」
何故だ。どういうことだ。
どうして俺の養父と同じ顔をしているんだ?
「英雄たち、よくぞ敵を討ち果たし我が元へ戻った」
「……」
「我が帝国に背く謀反人どもは討ち果たされた。これはそなたらの功績を祝う酒である、よく味わうがいい」
台本を読むように話す皇帝、マクベタス1世はそのまま席に着き食事を始めた。
「矮小なドワーフどもは地下へ逃れた。奴らに相応しい居場所だ」
「んだとぅ?」
「そしてエルフたちも大きく退いた。あの尊大で冷たい者どもも分を弁えただろう」
「チッ……」
俺たちに相対しているようで、いないかのように喋り続ける。まるで一人舞台。
そのうちジェイコブが剣を片手にマクベタスへと近づく。
「先遣隊をどうした?」
「それは謀反人のことか」
「殺したのか?」
「全ては帝国臣民のため、血は流さねばならぬ」
「彼らはどこにいるか、答えろ」
剣を構えたジェイコブ。
「謀反人には罰を与えた」
マクベタスが軽く手を上げると頭上で何かの音。見上げると豪壮な天井画。
「あれは……」
何かが吊り下げられている。いや誰かだ、人だ。それは徐々に下がってきて冒険者の装束が視認できるように。
「まさか、先遣隊の……」
「貴様!」
ジェイコブが激昂したように剣を振り、煌めきマクベタスの喉元へ――。
「ぐうおぉぉぉ!」
マクベタスが呻きだした。胸や腹を押さえて激しく悶えている。
「斬ったのか!?」
「いや、まだだ」
そう、斬る前に苦しみだしたんだ。やる気に満ちていたジェイコブまで戸惑っている。
「毒だ!」
「陛下のお食事に毒が盛られた!」
突如、広間のあちこちから給仕や侍従、兵士騎士たちが躍り出て騒ぎ立てる。
「陛下しっかり!」
「吐き出されませい!」
呆気にとられるしかない。彼らは心配するようでいて体をくねらせるばかり。悲痛でありながら魂のない叫び。何もかもがおかしい舞台。
「……うちらの食った料理は大丈夫だろうな?」
「ホセが毒はないって言ったけど」
「おい見ろ!」
ガロが指さす先、狂ったように蠢く人々の輪の中。皇帝マクベタスが立ち上がっていた。震える指でこちらを、俺を指す。苦悶に満ちた表情、死相が浮かんでいる。
「毒を盛ったのは貴様か!?」
途端、マクベタスの口、鼻、目、耳、あらゆる穴から黒い液体が溢れだした。