第87話 歓呼の声
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第六層を攻略し先遣隊を見つける。
森の中を言葉少なく進む俺たち。その前後にはティタン、エリアル、ジェイコブがそれぞれ数名の部下を連れている。
「いよいよ迷宮の戦いだぜ」
この中ではティタンが比較的喋った。一方でエリアルは常時不貞腐れた風で、ジェイコブは涼しい微笑を浮かべるものの近寄りがたい。
「番人ってのはどれくらい手強い奴なんだ?」
「危険な魔物だよ。五層では数十人仲間がいたのに危ない目に遭った」
「手練れを連れてきたがこれで足りるかな?」
「どうだろうね。番人との戦いは特性が見抜けるかどうかだから」
五層のデュラハンはその特性を理解するまでに多くの犠牲者を出した。それがまだ六から十層まであるのかと思うと頭が痛くなる。
「六層に下りたなら我々は別行動を取る。全員でまとまる必要もあるまい」
エリアルだ、ようやく口を開いたと思ったら……。
「バラバラじゃ危ないよ。いきなり番人に出くわすこともあり得るし」
「……」
セレナさんとエリアルがジッと視線を交わす。大丈夫か?
「……ハーフエルフだな」
「なにさ?」
「別に。忠告は受け取るが、迷宮は過去にも攻略したことはある。問題はない」
……うーむ関係構築は難しそうだ。それでもホセがエリアルをたしなめるように話しかける。
「エリアルよ、君たちの腕は信用するが、まずは六層の状況確認をすべきだ。別行動についてはその後でも良かろう」
「……」
これでエリアルも黙った。さすが賢者、年長者、ひとまずこのまま。
「あそこだな」
巨木の周りに兵士が立っている。あの木の洞が階段になっているようだ。
「先遣隊の情報は?」
「ダメです。あれから戻る者は一人もいません」
「やはり行くしかないか。<ナイトシーカー>に迷宮案内を頼めるかな?」
ジェイコブに促され俺たちが先を行くことに。木製の階段は長く続いたが、気付けば石の階段に変わっていた。六層に入ったか。
「明かりが見えるな」
六層の入口、情報通りならこの先に……。
「――っ」
明るさに目をしかめ、そして歓声が耳を打つ。
「英雄たちよ!」
「よくぞ戻られました!」
晴れ渡る空、華やかな市街と観衆、舞い散る花びら。
「えっ……えっ?」
「ここまでとは聞いていないぞ……」
人がいる。迷宮の深層に市民がいる。皆笑顔で俺たちを歓迎しているようだ、正に凱旋といった感じ。
「さあさあ勇者たち、こちらへ」
「さ、触るんじゃねえ、魔物が化けてるのか!?」
「落ち着き給えガロ」
ガロが斧を構えそうになるのをホセが制した。
「敵意はない、見た目は人間そのもの。ひとまず危険はなさそうだ」
「何でこんな所に人間がいるんだよ」
「それを調べねばなるまい」
この人たちは何者だろうか。迷宮に潜った人々、というのは現実的じゃない。捕えられた、にしては明るすぎる。まさか迷宮が生んだ魔物ならぬ人間?
思わぬ状況にエリアルやジェイコブも閉口してしまっている。この場合するべきこととは……。
「ねえねえ、少し前にあたしたちみたく外の人が来なかった?」
こういう時に動じないアイリーン頼もしいな。
「勇者たちよ、宮殿へ参りなさい」
「宮殿って」
「丘の上に見えるでしょう。あれこそ宮殿、皇帝陛下がおわします」
「皇帝――」
「皆様の到着を皇帝陛下は心待ちにしておられました」
結局、別行動はおろか調査どころでもなく、俺たちは宮殿に案内されるがまま。街路を歩く俺たちを沿道にひしめく市民が笑顔で迎える。
「アイリーン、ホセ、この場所は」
「帝都の中央通りね」
「見間違えようがない、ここは侵食される前の帝都だ」
「正確には迷宮が再現した帝都か」
四層や五層と同じ。そして皇帝が待っているという市民の言葉。
「もしかして迷宮の終着点なのか?」
「油断するなティタン、何らかの罠に違いない」
「ならこいつらと戦うかエリアル?」
敵意のない市民と戦うなんてことは……。って言ってるうちにジェイコブが市民の一人に掴みかかってる。
「おいジェイコブさん!」
「おめでとう、よく無事に帰られました!」
「あなたたちは英雄だ!」
……何だこれ。
「まるで抵抗せず決まったことばかり喋る。こいつらは人形のようなものか」
「何かの罠かな?」
「どうかな、ただの舞台装置ということも考えられる」
「結局のところ、行くところまで行かないと何もわからないか」
人垣の間を歩きいよいよ宮殿。そこではきらびやかな鎧の騎士たちが俺たちを迎える。
「ようこそ戦士たち」
「……近衛騎士だ」
「この人たちが?」
「客間を用意してありますのでご利用ください。後ほど皇帝陛下がお呼びになるでしょう」
豪勢な客間に通されてしまった。
「敵が現れねえってのもやりづれえなあ」
「気になるのは先遣隊の行方と……」
「皇帝だね」
あいつら皇帝陛下と言っていた。オズワルド1世がここにいるのか、何の手掛かりもなかった皇帝がこうも簡単に?
「形としては懐に入ったことになるが、罠に飛び込んだという可能性もあるぞ」
エリアルはずっと警戒している。けど罠にしては面喰うやり方で正直戸惑いが勝る。
何とも取っ掛かりのないこの状況、そこでホセが立ち上がった。
「先遣隊の情報を得る必要がある。捕らえられたとすれば人質に取られているということだ」
「ではどうするのだ、奴らに居場所を聞くのか?」
「使い魔に探らせる」
言いつつホセが俺の鞄を指でコツコツと打つ。そうか中にマイケルがいる、あいつならこっそり動くのに丁度良い。俺が“潜行”してもいいけど敵の警戒をしていたいしな。
「お客様方、失礼します」
衛兵が扉を開ける。その間に鞄を開けるとマイケルがするりと抜け出た、これでよし。
「会食のご用意ができました、大広間へどうぞ。服装はそのままで結構です」
案内に従い大広間へ向かう。地上の宮殿は半壊のまま放置されているが、それをこうして歩けるのは中々貴重な体験かもしれない。
「大広間ってどっちだ?」
「こっちだよ」
「分かるのかよ」
それが遥か地底のことでなかったら良かったのにな……。