第86話 未踏の先
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
大探索の発動から一週間経った。俺たちは第五層の帝国軍駐屯地にいる。今は<クラブアーマー>のカンセルと適当に立ち話の最中だ。
「俺たちが戦った五層も今じゃ各国軍隊に占領されちまったな」
かつて霧が立ち込めた森は木々が倒されテントが乱立。所狭しと物資が置かれ兵士が行き交う。
「まさに戦場か。俺は行ったことないけど」
「フン、あいつらに迷宮でどれだけ戦えるかな」
カンセルのこの言い方。どうも冒険者たちの間では、今更出てきた軍隊に功績を横取りされる、という考えを持つ者もいるようだ。
けど見方によっては帝国軍がようやく動いたとも言えるか。何しろ帝都侵食時に軍は相当数の兵を失ったようで、その回復に数年要したわけだ。
その間に迷宮の突破口を開いてくれた冒険者たちだ、エドウィン皇太子は必ず報いてくれるだろう。それでも迷宮深層の手柄は譲りたくない、そんな想いが誰しもあるのも事実だ。
「新しい甲殻鎧はいけそうなんすか?」
「おう、デュラハンに負けた時から更に改良して、完成形に近づいたと自負しているぜ。今度の奴は今までと違って」
戦力はかつてないが不安は残る。味方の能力に、というより深層の魔物たちがどれだけ強力なものか、という警戒心だ。
現在、多くのパーティーが五層を探索して回っている。一部は六層への道を見つけ、すでに先駆けが下りて行ったようだ。でも俺たちはそれどころじゃない。
――“潜行”。意識を潜らせて残留する記憶を探る。この辺りで怪しい行動をしていた人物はいないか、その痕跡は何か残っていないか。俺は何度もそんな調査を繰り返している。
情報のあった異形神の信奉者、その尻尾を掴めないかと出来ることをしていたのだ。しかし数千人いる大所帯。情報も<白の部隊>のジェイコブが口にしたことだけ、手探り感が強い。
こういう時にアイリーンが例のお告げをもらえれば良いんだけど、どうもあれは不定期で一方的だったりするようだ。何事も都合良くはいかないな。
本当に潜り込んだ奴なんているんだろうか。何か問題が起きてからじゃダメかなあ、ダメだよなあ。
「ウィル君いたいた」
声をかけてきたのはセレナさん。俺を探していたようだ。
「エドウィン皇太子が来てほしいって」
「すぐ行きます」
腰を上げて伸びをするとカンセルのぽかんとした顔が目に入る。
「お前、皇太子殿下に呼ばれるような立場になってたのか」
「まあ何度か会ってますよ」
「すげえな、さすが番人倒しただけはある。迷宮が攻略されたらお前も貴族か?」
「それはどうかな……」
そういう話は他所で聞くけど、俺に関しては特に何も言われていないんだよな。実際のところ迷宮や自分自身の謎の方が重要で、先のことまで考えてる余裕はなかった。
……そういえばあの女の子、メアにはしばらく会っていないな。いつも夢や幻で向こうから一方的に顔を見せるんだけど。あの子は必ず何か知っているはずだ、深層まで潜ればまみえるだろうか。
「……来たか」
皇太子のテントの前、待ち構えていたのはベオルン。宰相セルディックの息子、パーティーの騒動で印象が良くないためその、やりづらい。向こうも不快そうだし。
不快そうではあるが俺をちゃんとテントに招じ入れる。ここ数日様子を見てたけど仕事は真面目にこなしているようだ。宰相からは協力するよう言われているし、せめて仲違いはしないように。
「殿下、少年が参りました」
「これで揃ったな」
テント内には見知った顔ぶれが並んでいた。エドウィンと顧問としてポ、ポスウスウェイト博士。ドワーフのティタン、エルフのエリアル、……そして<白の部隊>のジェイコブ等である。
「すでに五層の多くの区域が制圧され、六層へ続く階段も発見されました」
「だが問題が起きている」
「問題?」
「六層へ下りた先遣隊が戻らない」
早速雲行きが怪しいという奴だ。
「送り込んだのは<冒険者ギルド>でも名の知れた者たちだったのだが」
「魔物に襲われましたか」
「それが妙でな」
「どういうことです博士?」
「連絡を絶つ直前の報告をまとめてある、見てくれ」
――『第六層に到達、一面に市街地が広がる。予測であるがこれは帝都ではないか』
「……どういうことですかね」
「それを調べるために手練れの者たちを集めた」
***
「どう思う?」
六層と消えた先遣隊。そのことで意見を求めたが皆反応が鈍い。あのホセですら思案の中だ。
「城や森があるくらいだ、街があってもおかしくねえけどよ」
「そだねー、何でもありなのがこの迷宮だもんね」
ガロの言葉にアイリーンやセレナさんがうんうんと頷く。この辺は慣れたものだな、慣れて良いのか分からないが。
「注意すべきはそこに先遣隊を巻き込んだ脅威が潜んでいることか」
「もしかしたら例の信奉者かもしれないにゃ」
俺の鞄から声がして黒い物体が顔を覗かせる。
「……マイケル、人のいる場所で喋るなよ」
ネコモドキのマイケル、何時の間にか俺の鞄に忍び込み、ここまでついて来てしまったのだ。深層に挑む気で帰ろうとしないから仕方なく連れて行くが、まあ見方が増えたと考えよう。
「信奉者の妨害か、あからさまだが無いとも言えない」
「なら私たちが調べないとね」
その同行者となるのがドワーフ、エルフ、そして大聖堂の精鋭たちか……。頼れる仲間となるか、危ない隣人とならねばいいが。