第5話 闇市
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
「これが迷宮なのか?」
ベッシが驚くのも無理はない。帝都地下迷宮、その第一層には人が溢れていた。正確には人間とそうでない様々な者が。
「この階層は大半が制圧されていて危険はない。たまに下層から魔物が這い上がってくることもあるけどな」
ベッシに対して説明するのは眼帯の剣士。広場で騎士にすることを求めていた男で名はアインという。
「今は冒険者のための市場になっている。ここで足りないものを揃えていこうぜ」
「なるほど。……ところで見慣れない小人が店をやっているのだが」
犬ぐらいの大きさの小人が商品を並べ、ヤスイヨヤスイヨと軽快な声を上げる。
「それに、地上の市場と比べて品揃えが怪しいな。盗品ではなかろうな?」
「まあ目をつむってくれ。ここは闇市みたいなもんだ」
この小人たち、元は迷宮の魔物である。おとぎ話に出てくるイタズラ好きの妖精が近いだろうか。どこからか物を拾ってきては商売を始め、人間と一緒に第一層の主役となっていた。
「帝都の地下が得体のしれない者どもの住処になるとは」
「まあそう言うな、これで中々役に立つ」
「お前ラ、コレ買ってけ、俺タチ作った」
小人たちは物を集めるだけでなく加工して道具を作り出すのも得意だった。
「かわいいじゃない」
そんな連中を見てセレナが顔をほころばせている。
「今は笑っていられるけどな。最初はゴブリン同然の連中だったんだぜ」
「そうなのアインさん?」
「冒険者を地下に引き込んでは殺し、その肉を喰っていたのさ」
アインの言うことは事実らしい。元々この第一層は小人だけでなく、獣人や亜人などが人間を喰らう危険地帯だったそうだ。
「えぇ~この子たちが?」
「だが“番人”が倒されてからは邪気が抜けて、人間の真似事なんか始めやがって」
「番人……噂で聞いているけど本当にいるのね」
この場合、番人とは各階層にいる支配的な存在を指す。数いる魔物とは一線を画すパワー、そして厄介な能力を持つ怪物だ。
ここ第一階層の番人はダークエルフ、精霊種のしわくちゃな魔法使いだったと聞いている。俺がこの迷宮に来たのはその後だから詳しくは知らない。
なお、現在第四層までは番人が討伐されている。その後は魔物の掃討が進み安全なルートも確保されてきた。だがこれから目指す第五層は多くの冒険者が返り討ちに遭っていて攻略が停滞中だった。
「お前らは支度整えてな。ベッシさんよこっちへ」
買い物中、アインがベッシを連れて下の階に下りていく。その狙いは何となく分かった。あのアインという男は色々と人脈があるようだ。
あちらは任せるとして俺は探索に使えそうな物を見繕う。携帯食料と水、油やロウソク、薬などの消耗品。寝袋、刃物にロープなど道具類。
「ウィルとか言ったな」
俺を呼ぶのはパーティーの一人、猫の獣人ツバードだ。この中では斥候役に当たる。
「どうも」
「お前も斥候なのか、ウッドマンならともかくアルテニアンだろお前」
ウッドマンとかアルテニアンというのは帝国で多い人間種だ。確かに斥候をやらせれば上手い種族は他にいる。獣人は視覚、聴覚、嗅覚に優れるから斥候役として最適だが、一方で協調性に欠ける奴も少なくない。
「よろしく頼むよ」
「ふん……足は引っ張るなよ」
このツバードもあまり友好的とは言い難い。まあ俺のような若造に懐疑的なのはよくあることだが。
ここまで様子を見た感じ、戦士に魔法使い射手の三人は元から組んでるようで仲が良く、それ以外はバラバラといった感じか。俺はというと誰かとつるむのは得意じゃない。
その点あのセレナという人は問題なさそうだった。他のメンバーとも言葉を交わし俺にまで絡んでくる。
「ねえウィル君、他に買っておいた方が良いものあるかな?」
「一通りは揃ったんじゃないですかね。ちなみに迷宮に入った経験は?」
「ないよ。だから案内よろしくね」
あっけらかんと言うなあ。でも剣を帯びてる姿が様になってるんだよな。
そのうちにベッシとアインが戻ってきた。
「お前たち用意は済んだか?」
「問題ねえ」
支度を終えて第二層へ下りた。そこは第一層とまた違う異質な世界が待っている。
……帝都地下迷宮、第二層。石造りの通路が延々と続く迷宮内だが、魔法で灯された炎が点々と闇を照らしている。ここも随分前に番人が討伐されているが、全域を制圧するには至っていない。
ここでは魔物との散発的な戦いや、金目のものを求めて探索、採掘がまだ続いている。構造上かつての帝都地下空間が迷宮化したものであるため、どこかの貴族の宝物庫が掘り返されることもあった。中には成金になる人もいたそうだがそれも初めのうち、今はすっかり機会が減ってしまった。苦労して掘り当てたのが腐った食料庫なんて話もあったな。
「空気が違うね」
セレナが警戒する。番人が討たれ魔物が減少した後、この階層には怪しい連中が住み着くようになった。その多くは犯罪者や裏稼業、日陰者などの地上に居場所がない者たちだ。兵隊たちもここまでは手が出せず犯罪の温床となっている。
「女子供は気をつけな。フラフラしてると引き込まれるぜ」
「……だってさ」
冒険者がトラブルの末に命を落とすなんてことは珍しくもない。手練れの戦士たちもここでは警戒を緩めず、用がなければ素通りする。
「だが、こんな時だから役立つ奴らもいる」