第85話 出立
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
「困ったことになった」
ギルドハウスで帝国宰相セルディックが唸る。
「あの、セルディック様」
「何かなレディ・マリアン?」
「何か御用でしょうか?」
「相談である、帝国のための」
俺たちも迷宮に向かいたいところだが、<白の部隊>のジェイコブが言ったことが気にかかる。
「異形神の信奉者が紛れ込んでるって、本当ですかね?」
「有り得ることだ。いくら邪教認定されていようとその信仰は根強い。何らかのルートで信者を送り込んできたのだろう」
「冒険者か、それともどこかの兵隊に紛れているか……」
「狙いは明白だ、この大探索を妨害するつもりに違いない」
そんなことになったら攻略部隊が内側から崩されかねない、困ったもんだ。
「もう一つ問題がある。おかげで大聖堂に介入する口実を与えてしまった」
「それってマズイんですか?」
「大聖堂は大陸にあってほぼ独立勢力で、事あるごとに帝室を掣肘しようとしてきた。今回のことも、迷宮の秘密を暴いて優位に立つ狙いがあるに違いない」
「そういうものなの、アイリーン?」
話を振ってみたがアイリーンはどこか上の空だった。
「あ、何か言った?」
「……あのジェイコブって人のこと知ってる?」
「ん、まーね。大聖堂で何度も会ってるけど」
仲が良いという訳ではなさそうだな。しかし迷宮深層に挑む段階でややこしいことになってきた。この大陸の様々な勢力が思惑を胸に集まっている。勇者エレアが魔王と戦う前後もこんな空気だったのかもしれない。
「ジェイコブさんは邪教徒とか異端狩りで有名な人だから、あんまし近づかない方がいいよ」
「拷問とか言ってたものね、特にホセが危ない」
「そうだね、私も大聖堂とはあまり関わりたくない」
「面倒なことになってきやがったなぁ」
一同でう~むと唸る。だがそうしてばかりもいられない、セルディックが咳ばらいを一つ。
「……それでレディ・マリアンよ。相談というよりこれは依頼になるか」
「何でしょう?」
「貴殿ら<ナイトシーカー>に信奉者への対処を頼みたい。これは公にしづらいことなのだ」
公表できないのはやむを得ないか。せっかく結集した大探索だ、疑心暗鬼で崩壊しては元も子もない。
「無論、殿下とその周囲にはお伝えしておくが、信頼できる者は多いにこしたことはない」
「承りました。皆さんよろしいですか?」
「う、うん」
何百、何千人という中から信奉者を見つけるのか……。だが事実なら断るわけにもいかないよな。
「親衛隊には愚息のベオルンも加わっている。あやつとも連絡を取り合うと良い」
「ベオルンが迷宮に行くのですか?」
さすがにマリアンが目を丸くする。ベオルンとは先日のパーティーに押しかけてきた男だ。そういえば宰相の息子なんだったな……。
「この戦いには帝国の威信がかかっている。我らだけ安穏としてはいられない」
「へぇ、思ったより覚悟決めてんだな」
「甘く見るでないぞ。我ら帝国の恩寵を受けた者たち、臣民と殿下のためこの身を捨てる覚悟だ。そして皇帝陛下の行方も探し出す」
「皇帝か……」
行方不明の皇帝オズワルド1世。エドウィンが魔物から帝都を取り戻した時、その姿は影も形もなく、よって地下迷宮に手掛かりを求めた。
俺は最初、死亡を確認するための儀式に近いものと思っていた。だが今は少し違う。アイリーンやホセという特殊な例と迷宮の異質ぶりを見た。皇帝が生存している可能性もあるのでは……そんな考えが小さな塊となって心の水面に浮かぶ。
万一生存していた場合、彼はどんな姿をしているだろうか。アイリーンのように奇跡を起こしているか、ホセのように不死者となっているか、それとも何らかの怪異に化けて……。
考え過ぎるのはやめだ、またクリフ爺さんにあれこれ言われる。
セルディックが去った後でようやく準備確認。これで最後になるかもしれない迷宮探索、荷物を詰め込んだ鞄はいつもより重く感じる。
五層の戦いでまた装備を失ったりもしたが、その辺はマリアンが色々手配してくれて心配ない。これだけ豊かなバックアップ、やはり彼女には頭が上がらないな。
「皆の者、無事に帰ってくるのだぞ」
「怪我すんじゃないよ」
ベッシとキャサリン、他にも屋敷の皆が見送ってくれる。大丈夫、今回は味方も多いわけだし、迷宮の謎を解き明かして帰ってくるさ。
「皆、忘れ物はないね?」
「多分バッチシ多分」
「ホセ、錬金釜の火は消した?」
「ぬかりない、今回は持ち込むことにした。ガロに運んでもらう」
「オレかよ」
「アイリーン、それはおやつ?」
「皆の分もあるからねー」
多分大丈夫。
「ウィル様、髪が乱れていますよ」
クロエなんかは気にする所がそこなのかと。
「エドウィン様や各国の精鋭たちの前ですから、綺麗にしておかないと」
「……まあそれもクロエらしいかな」
苦笑して整えられるままにしておいた。ガロなんかはキャサリンがブラシを持つ手から逃げている。
「ではお嬢様からお言葉を」
「コホン、え~」
「お嬢様大変です!」
マリアンの挨拶を遮って衛兵が駆け込んできた、何だ何だ。
「今、門前に皇后陛下が……!」
「マティルダ様が!?」
急ぎ表に出てみると、兵士に守られた馬車から貴婦人が降りてくる所だった。前に一度会っただけだけど、あれは確かにマティルダ皇后その人だ。
「ああ、間に合って良かった」
「こ、皇后陛下、このような所へ」
「マリアンさん、皆さん、そう慌てないでください。ご挨拶に参っただけですので」
そうは言われても慌てて皆を並ばせる。しかし皇后ほどの人が俺たちを見送りに来てくれるだなんて。
「皆様のご活躍はエドウィンからも聞いています。これより迷宮の深部へ向かわれるのですね」
「……はい」
「これまでにない危険が待ち受けているでしょう。誰かが傷つくこともあるでしょう。それも我が子が決めたこととはいえ申し訳なく思います」
「いえ、そのようなことは……」
「いいですか皆さん」
皇后の目が静かな意志を持って俺を見つめた。そんな気がした。
「誰か一人でも信じてくれる方がいるならば、人は立って戦うことができるのです。そのことを忘れないで、そして無事のご帰還を願っています」
それで皇后の訪問は終わった。豪華な馬車を見送って俺たちは顔を見合わせる。
「……え~、何か言おうとしていたはずですが」
仕切り直そうとするマリアン。しばらく唸った末に苦笑してしまったので俺たちも笑った。
「もう余計なことを言う必要もありませんね。皆さん無事帰ってくると信じています」
市街に出るとまだ行列が続き、多くの市民が歓呼の声を上げていた。市民というより勝手に住み着いた人だし、迷宮と帝都のあり方が変わる可能性もあるのだけど、とにかく皆興奮して本当にお祭りみたいだ。
行列に加わって迷宮を目指す俺たち。すると見覚えのある顔がいくつか見えた。
「ウィルじゃないの、頑張るんだよ!」
「お宝見つけてこい!」
「しっかりやってこいよ」
飯屋の人たちや酒場のマスター、墓守爺さんは遠巻きに行列を眺めていたが、アイリーンが手を振ると応えてくれた。他にも鍛冶屋のおっちゃんが来ている、この大探索に向けて大忙しだったろうな。
高台では各国から集まった代表たちが戦士たちを見送った。ゴッツは座った状態でまた寝てるな、一方ファリエドは遠目にも目立つ。目立つといえば獣王ナラーンの角も目立つ。
この数カ月で目まぐるしい変化と出会いがあった。その全てが収束して一つの結末に向かい始めている。