第78話 仲間たち
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
「……収まって良かった」
「パーティーで乱痴気騒ぎはよくありますから」
そう言ったのはクロエ、騒動も慣れたものってか。それよりマリアンが気にかかる……。
「マリアーン、意外とやるじゃないの!」
「セレナさんやめてください、カッとなってあんなこと……」
酔っ払いに絡まれてた。招待客たちはケヴィンが応対して問題なさそうだ、俺たちはマリアンと共に少し場所を変える。
「……お見苦しいところを見せてしまいました」
「まあビビリはしたけどよ、あんな良いビンタできたんだなお嬢さん」
「キャサリンかクロエに教わったんでしょー」
ありそうだ。自称婚約者も相当効いただろうな。
「ベオルンには困ったものです。皆さんには不快な思いをさせてしまいました」
「いいよマリアン。それよりさっき言ってくれたことが嬉しかった」
「私が……えっと?」
「“仲間”って言ってくれたよね」
「そうそう」
「仲間……」
ニッと笑う皆に囲まれマリアンはちょっと恥ずかしそうにする。正直なところ、立派なレディとして振る舞うマリアンは眩しくて、遠い世界の人なんだと思いそうになっていた。
「あの、咄嗟にそんな言葉が出てしまいました。私は一緒に戦うことなんてできない、安全な場所にいるだけの女です」
「でも同じ目標を持ってるじゃん、なら仲間でしょ」
「アイリーンの言う通りだよ」
ここにいないホセも、クロエやギルドハウスの人たち、皆大事な仲間だ。あとマイケルも。
固くなっていたマリアンの表情が柔らかく、華やいでいった。
「私を仲間と言ってくださるなら、お願いしたいことがあります」
「なになに、誕生日だし何でも言って」
「焼肉が食べたいです」
マリアンの発言に一瞬沈黙が流れる。
「やき、にく?」
「このあいだ皆さんだけで食べに行ったそうじゃないですか」
「いやしかし、お嬢さんがその辺の店で肉焼いて食うのか?」
「皆さんと同じが良いです」
その言い方は子供っぽくもあったけど俺は苦笑してしまう。
「じゃあ今度皆で行こうか」
「約束ですよ」
「さぁて時間もまだあるし、あたしも踊ろっかな」
アイリーンがセレナさんやガロを引っ張ってホールに向かう。ガロはちょっと嫌そうだったけど、マリアンも一緒になって誘われると観念した顔で引きずられていった。その様子を見送りクロエと共に苦笑する。
俺は十分踊ったし疲れたから休もう。軽い飲み物をもらうとバルコニーで風に当たろうとする。
「なんじゃい、お前さんも夕涼みか」
先客だ。いつも道化服の酔っ払い、クリフ爺さんがそこにいた。
「爺さん、招待状はあるのか?」
眉をしかめて言ってみる。よくよく忍び込むのが上手い爺さんだ。
「実はワシも招待された覚えがないんだ」
「なら来るなよ」
「だが酒がワシを誘うのでな、飲んでやりにきたのよ。さすが侯爵家いつも良い酒を置いておる」
「こんにゃろう……」
何か言ってやりたかったがもう気力がない。黙って手すりに寄りかかると飲み物を口に含んだ。
「久々のダンスパーティーはどうだった?」
「どうって……」
考えようとして色々な顔が浮かぶ。マリアンやクロエ、仲間たち、ケヴィン。そしてマティルダ皇后。途中ゴタゴタしたこともあったけど……。
「楽しかったよ」
「そいつは良かった。お前さんは昔からこういう場所が苦手だったからなあ」
「踊りは今の方が上手い」
「違いない、今だから言うが昔は案山子みたいだったぞ、お前」
「ならアンタも踊ってみろ。……いや地味に上手かったら嫌だな、よそう」
酒のせいか他愛のない会話が進む。何か違和感もあるが、一つ気になることがあったので丁度良い。
「なあ爺さん。アンタ昔、宮廷に仕えていたことってあるのかい?」
「ワシが宮廷にぃ? 宮仕えってことか、フヒャヒャヒャヒャ!」
「宮仕えというか道化師だよ、お抱えの」
貴族や富裕層では芸人や音楽奏者、果ては奇人変人を側に置くこともあると聞く。
「ワシは正直者だから首がいくつあっても足りんぞ。あと酒も足りなくなるな」
「……まあ爺さんみたいにふざけた奴にゃ無理か」
「だが城に忍び込んで遊んだことはあるぞ。厨房でつまみ食いして、塔の鐘を全部鳴らして回ったり、飼ってる犬に眉毛を描いたり」
「ガキかよ」
「そうさガキの頃だ。そんで衛兵に追いかけられて地下まで逃げていったもんだ」
「地下……迷宮になる前のか」
そういえばかつての帝都地下については詳しく聞いたことがなかった。特にホセ、あの男なら魔王との戦いまで語れるのに、今までなかなか時間が作れずにいたな。
「それに宮廷の重要機密を知ることもあった」
「な、なんだ?」
「夜の皇帝は紳士だったぞ」
「……」
少し考えてから老いぼれの頭に飲み物をたらしてやった。
「お~いおいもっと優しく飲ませてくれんか」
「こちとら真面目に話してんだよ」
「パーティーの時ぐらいはふざけるもんだ。もうじき大真面目な戦いが始まるわけだしな」
「……」
クリフが言うのは皇太子が計画するという大探索だろう。
「爺さんも聞いてたか」
「迷宮を終わらせる大攻勢ってもちきりだ。もし始まったらお前、行くのか?」
「行くだろうね。迷宮の謎を解き明かす、そのために危険を冒して潜ってきた」
「やめるなら今のうちだぞ」
思いのほか真面目な声音、俺は爺さんをマジマジと見つめてしまう。
「迷宮から離れて、も少し穏やかに生きてもいいってこった」
「それは……」
「今の暮らしが好きなんだろう」
それは無論だ。一人だった時から考えられないほど今は恵まれている。仲間がいる。だがそれだけでは収まらないのも悩ましい事実だ。
「できない。俺は真実を知りたい」
「それは迷宮の真実か? それともお前さんの真実か?」
「っ……」
「いずれにせよ知ることで失うものもあるわな」
そうかもしれない。俺は自分の素性が分からないことと、それを知ること、内心恐ろしく感じている。
「……爺さん、アンタは何を知ってるんだ?」
――顔を上げるとそこには誰もいなかった。見回しても姿はない、バルコニーから飛び降りたのか?
「あのジジイ……」
「な、なんじゃ?」
「え?」
気付いたらベッシがバルコニーに来ていた。
「あ、いや、独り言っす。何か用ですか?」
「……? セレナがいよいよ倒れそうでな、手を貸してやってほしい」
あーはいはい。ガロが担いで運ぼうとしてる所まで想像できる。でもいいか、今日は特別な日だから多少はね。俺は夜風の感触を惜しみつつ、ベッシに続いてバルコニーを後にした。