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第76話 舞踏の幻影

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆異形の神々の顕現を阻止する。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆迷宮内でメアを見つける。

 息を整え集中。こういう時の落ち着け方は“潜行”の鍛錬で慣れている。何より今は目の前に強い味方がいる。すぐに呼吸を整えるとクロエの手を握った。


「行きますよ」


 曲に合わせて一歩踏み出す、後は流れに乗れ。呼吸を合わせてステップ、ターン。この数カ月の体術訓練が活きている、クロエの呼吸が分かる。


「大変良くなりましたね」

「クロエのおかげだよ、感謝してる」

「それでもウィル様の上達は早いですよ、ダンスは筋が良いかもしれません」


 そうだろうか、教師が良いからじゃないかな。


「クロエこそ、何でも出来てすごいよ」

「幼い頃から必要なことを身に着けました。役立つ時が来て良かったです」


 いつしか力むことなく自然とステップを踏んでいる。


「本当に……良かったです」


 やがて曲は止みダンスも区切りがついた。パートナーを交代する人、席に着いて休む人などいる中、クロエの手が俺の肩に優しく触れる。


「これでもう行けますね?」


 視線の先でマリアンが待つ。歩み寄る前に俺はクロエに振り返った。


「ありがと」




 次の曲が奏でられ新たな円舞が始まる。俺はマリアンをパートナーにすると流れるように二人で踊った。クロエの肩慣らしに感謝。


「ウィルさん、背が伸びましたか?」

「そうかも。なんだかんだ出会ってから時間が経ったし」


 当初は俺とマリアンで身長に差がなかったように思う。それが今は少し見下ろして視線が合うくらいだ。


「クロエのこと、ありがとうございます」

「うん?」

「最近明るくなりました。私も前を向くことができるようになったと思います。ウィルさんのおかげです」


 俺一人の力じゃない、皆がいたからだ。でもオーウェン侯爵家に続いていた不幸、それを多少でも晴らせたなら良かった。

 そして感謝しているのは俺も同じ。マリアンたちが帝都を訪ねた時から俺の世界が変わった、そう思っている。


 周囲の好機の視線も受け流しながら堂々と舞う俺たち。酒と音楽も合わさってか意識が熱を帯びていき、瞬きするたび視界が色を変えていく。夢の中にいるような淡い光景。


「殿下、このたびはご成婚おめでとうございます」


 聞き飽きた言葉である。このうち果たして幾人が心から祝っているだろうか。宮廷に住む者たちは誰もが仮面をしている。いっそ市井で祝いの声を上げている大衆の方が純粋に喜んでいるかもしれない。


 新婦にしてもそうだ。多分に政略の色を帯びた結婚、その可憐な顔の下にどんな思惑と本性を秘めているか知れたものではない。


 ……などと一人で陰鬱なことを考えてしまった。表情に出ていなかったかと今更懸念する。


「少し風に当たってくる」


 席を立ってバルコニーに出る。冷たい月、火照った体をなでる風、そして見慣れた顔があった。壮年の男、道化服を着た愚か者、酒と料理を拝借してしけこんでいるな。


「これは殿下、この会場でもっとも不景気面の新郎に乾杯」

「不景気なのはお前の顔を見たからだよ」

「今日はまだ何もしてないぞ。そりゃ披露宴にドッキリモンスターを連れ込もうとしたけど、思い留まったじゃないか」

「はぁ……分かってはいるのだが」


 私はこの国、アルテニア帝国の皇太子であり次期皇帝だ。求められる役割がある、責務がある。皇族として、軍人として、政治家として。そこに今度は夫、やがては父としての責任が加わる。

 もうすでに一人の大人だ、それも国家を担う者として己を律しなければならない。だがこんな時、自分の弱い心、脆い面をさらけ出せる相手を求めてしまうのも人間だからこそだ。


 もうあの人はいない。心に残った傷跡は(かさ)となって感情を包み込むようだった。体の奥底から怒りが殺意となって湧きおころうとする。自分から大事な人を奪った者たち。父たる皇帝、その手先となった騎士共のことは忘れない。


「それ、その顔だ。今のまま会場に戻るなよ、おべっか共はともかく花嫁に悪いからな」

「……酒をくれ」

「ほい。元はお前らの酒だ、じゃんじゃん飲め」


 道化師から受け取った杯をぐっと飲み干す。酒に逃げるとは情けないことだが今は助かる。


「殿下……」


 振り向くと新婦の姿があった。私を追ってきたのか。


「どこか体に優れないところでも?」

「いや、何でもない」

「殿下……私は貴方をお支えしたく想っています。不束者ですが、苦しきことがあれば私を頼ってくださいまし。貴方の重荷を分かち合いたいのです」


 真摯(しんし)な目で見つめられた。いや、これも見せかけではないのか。そう考えつつも私はこの人の手を取っていた。

 握り返す指が若干強張っている。そうか、この人にも恐れ、不安があるのか。当たり前のことが触れ合うことでようやく分かる時もある、そんなこと今さら学ぶとは。


「マティルダ……」

「ウィルさん、何か言いました?」


 気付いたらマリアンの手を包むように握っていた。


「何でもない、何もないよ」

「……?」


 今見た光景は……あの女性は見覚えがあった。エドウィン皇太子の母親マティルダ皇后。今よりずっと若い姿だったが違いない。また“潜行”の悪影響か、踊りながら他人の記憶に囚われていたようだ。


 俺の頭は大丈夫だろうか。けどそんな不安は胸にしまい込み、今は目の前のマリアンと踊り抜くことに専念する。




 演奏が終わった。やり切った。俺はここまで、体は痛いし頭がぼーっとする。


「お嬢様、一度休憩なさっては?」

「そうしましょう。皆様は引き続きパーティーを楽しんでください」


 マリアンはメイドを伴って奥へ引き取る。去り際に手を振ってくれた、また後でと心の中で返事する。


 仲間のところへ戻るとガロがケヴィン・オーウェンと話し込んでた。


「ガロ君、商売を始めるならサンブリッジが良い。この町はまだまだ発展するぞ」

「それも良いすけど、行商も考えてるんす」

「行商か、昔に比べれば治安も良くなった、悪くないかもしれん」

「エルフやドワーフの国から珍品を仕入れれば儲かるっすよ」

「ほほう、それは果敢なことだ」


 話しが弾んでいるみたいだ。マリアンの叔父さんも印象の良い人でよかった。


「ウィィィルく~ん上手かったじゃない、楽しかった~?」

「セレナさん……」


 出来上がってるよ何杯飲んだんだ。クロエに頼んで休ませてもらおうか。


「マリアンはいるか!?」


 その時、パーティー会場に荒々しい声が響き渡った。

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