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第4話 マリアン

「私はオーウェン侯爵の娘でマリアンと申します」


 ほうっと声が上がる。オーウェンいう名は知らないけれど侯爵がかなり高い位であることは分かる。彼女の縦ロールな髪型にもそれらしい気品が漂っている。間違いない。


「帝国の大臣じゃねえか。なら侯爵閣下直々の依頼ってことか?」

「はい、そうなります」

「それで、探している冒険者ってのは……」

「私の兄ジョンです。ここ帝都で冒険者をしています」


 貴族の息子が冒険者か……高貴な人物がこっち方面で名を上げた例もあるらしいけど。


「御曹司の道楽を尻ぬぐいってわけか?」

「おいおい……」


 オブラートに包まない奴がいるけど、俺でもちょっと引っ掛かりを覚えてしまう。だがマリアンの表情に浮かんだのは反発ではなく哀しみだった。


「ジョンは三人兄弟の末弟で……今は最後の男子です」

「そういうことかい……」


 それで突っかかる奴はいなくなった。ようするに、家を継ぐ予定のない末っ子が冒険者になったら兄たちがぞろぞろ亡くなってしまった。悲しみにくれる家族がその末っ子を呼び戻そうとしているわけだ。

 そしていざ見つけたら迷宮で置き去りときている。金で助けられるならいくらでも積みたいところだろう。


「話を戻しましょう。皆様に危険を求めていることは重々承知しています。ですがどうか、我が兄を救い出すために力を貸してください」


 マリアンの懇請に冒険者たちは顔を見合わせる。そのうち一人がさっと踏み出した。


「御曹司を生きたまま帰したら俺を侯爵の騎士にしてくれ」

「働き次第で前向きに考えましょう」

「頼むぜ」


 また別の冒険者は違う条件を出す。


「俺が迷宮で死んだら前金だけでも故郷に届けたい」

「責任を持って手配いたします」


 え、どうしよう。俺も何か条件出そうかな。でも騎士とかよく分からないし送金する家族もいないんだけど。


「じゃあ俺は」

「俺は辞めておく」

「残念ですが仕方ありません。残ってくれた方々にお願いすることにします」


 話がまとまってしまった。結局残ったのは俺を入れて六人の冒険者たち。


「では皆様を案内役として、こちらのベッシ、それにセレナさんが同行します」


 老騎士のベッシはリーダー格、その後ろにいたフードの一人がセレナ。以上八人、迷宮に挑む臨時パーティーである。


「難関と言われる迷宮だ、今日のところは準備と休息に当て、明朝また集合とするか」

「待ちな爺さん、本音は出来るだけ急ぎたいんだろう」

「それは……」

「今日中に出発と行こう。各自、必要なものを取りに戻れ。足りないものは適宜買い付ける」


 誰かの提案に俺も同意である。調達なら良い場所もあることだし。




 そうして俺たちは迷宮の入口前に立った。入口と言っても帝都の地下がそっくり迷宮に変わったため、家の地下がそのまま迷宮に通じている場合もある。その中でも地下墳墓へ通じる通路がポピュラーで俺たちもそれに習う。


「この先がもう迷宮……」


 見送りするマリアンが不安そうである。何か声を掛けようかとも思ったが、俺ごとき雑草が何を言ったものか。……と思っていたらマリアンの方から声を掛けてきた。


「貴方がウィルさんですね?」

「俺の名前を知ってるんですか」

「迷宮案内なら貴方が良いと多くの人が言っていました」

「そ、そうかな」

「名利を求めず危険に挑む御方だとも聞いています」


 それは使いやすい奴として名前が挙がったんじゃないかな。あいつら……。


「ウィルさんの歳はいくつになりますか?」

「14になります……マイレディ」

「そうかしこまらないで。同年代の少年に危険なことを頼んで本当に申し訳ありません」


 初めて話す貴族の令嬢というのは気品があった。歳は近いが別世界の住人のように感じてしまうな。


「まあその、危険はいつものことですから」

「……私は何としても兄を連れ戻したいのです。できるだけ早く」


 肉親なら当然か。と言いたいところだが俺には血を分けた家族がいないから分からない。育ての親一人がいただけだ。

 それにしてもこのお嬢さん、兄たちが全員亡くなったら侯爵の地位を継ぐのだろうか。例のジョンが助かればその道は閉ざされるわけだけど、複雑なものだ。


「兄は父と喧嘩して家を出たのです」

「……」

「その父も病が篤く次の季節まで持ちそうにありません。だからその前に兄と仲直りしてほしいのですが……」


 やめたやめた、余所者の無粋な考えは。この娘は家族を思いやる一人の少女、それだけで十分だ。


「必ず、いえ力の限りで兄さんを見つけてみせます」

「お願いします。功労には必ず報いますので、どうか無事で帰ってきてください」


 マリアンの両手が俺の手を包み込む。マズイ、小さな手から伝わる温もりとやわらかさ、慣れない感触に俺の頭は真っ白だ。


「あーコホン」


 いつの間にかベッシがいたので俺は手を放した。


「お嬢様、行って参ります」

「ベッシ、それにセレナさん。どうか頼みます」


 こうして迷宮行きが始まった。マリアンが指名したもう一人、セレナという人は女剣士らしい。騎士たちの中から選ばれるくらいだ腕は立つんだろう。

 それに老騎士のベッシ、冒険者たち、合わせて八人。一人が気楽と思っていた矢先にこんな急造パーティーを組むことになるとは。これが吉と出るか凶と出るか、それは潜ってみないと分からないことだ。

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