第75話 パーティーにて
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
この日が来てしまった。俺たちはマリアンの誕生パーティーに出席する。決戦の地はサンブリッジ、オーウェン侯爵の屋敷。正装に身を固めいざ行かん。
開宴まで時間はあるけど屋敷の内外は関係者でいっぱいだ。今年は家族の不幸があったため小規模にしたようだけど、親類縁者だけでもこの数、さすが最上位の帝国貴族。
「ウィル様、そう緊張せずともいいのですよ」
クロエが仕事の合間に声を掛けてくれる。今の俺は迷宮に行かせられないくらい弱々しく見えてるだろう。
「そ、そそそそうは言っても」
「貴方はもう皇太子殿下にまで拝謁しているのですよ?」
あれは騙された結果だし妙な縁が重なったから良かったけど。今回は華やかな社交界、迷宮とは違う意味で未知の領域。
他の皆はどうしているか見回してみると、アイリーンが品行方正な神官の顔で談笑している。
「大聖堂でも帝都の状況に気を配ってますわ、けして見捨ててなどおりません。私にもたびたび迷宮のことを問い合わせる手紙が来ていますので、直に見聞したことを報告してますの」
……その報告って前に「何書いたら良いか分かんなーい」とか言ってたやつかな。人の多い場所で擬態するのに慣れてるんだろうな。
セレナさんやガロは目立つのが嫌だからと控室に、ホセは欠席して街のどこかにいる。俺も引っ込んでいたいけどダメだった。番人に止めを刺したという紹介が興味を引き、高そうな服の集団に絡まれてしまう。
「その若さで討伐の英雄か、立派なものだ」
「迷宮とはどんな所だね、危険じゃあないかい?」
「魔物と戦いますの? どんな恐ろしい怪物がいるのかしら?」
何とか質問を捌いてると会場にマリアンが姿を見せた。青いドレスは華やかで、それでいて落ち着いた印象を与える。髪は優雅にまとめ上げ、耳には形見のイヤリングが輝いていた。
いつもよりずっと大人っぽく見える。その視線が俺の方へ向くと、彼女は優しく微笑んでくれた。
マリアンの姿を見て来場した人々もホールに集まる。いよいよパーティーの始まりか。
「皆様、本日は私の誕生日、そして成人のパーティーに来てくださりありがとうございます。今宵はどうかお楽しみください」
挨拶したマリアンは近しい人たち一人一人と言葉を交わしていく。ギルドを立ち上げた指導力といい、マリアンはれっきとしたレディなんだなと思わされる。
彼女が正式に侯爵家を継いだなら今後は家のことで忙しくなるんだろうか。ギルド運営は代理でも立てるのか、その辺りは何も聞いていない。……マリアンがちょっと遠い世界の人になった、そう感じてしまいそうだ。
パーティーは立食形式の食事へ移り、俺たちは自然と会場の角へ集まってきていた。そこでは慣れない正装のガロが近寄りがたいオーラを発している。おかげで周りの人たちは俺たちを遠巻きにしていた。
「ウィル君こっちこっち」
セレナさんが手招きする。服装はドレスを勧められたようだが、動きやすい男物に近い物を選んでいた。
おかげで余計に目を引く気もするけど、セレナさんは堂々と飲み食いしている。皇太子に付き従った経験か、それとも図太いのか。図太かったらギルド選びで凹んだりしてないか。
そのうちアイリーンも合流すると聖女の皮を脱ぎ捨てた。
「ふえ~良い子にしてるの疲れた」
「お疲れ、ハム食べる?」
「食べるー」
皿に料理を盛っていると背後でざわめきが起きた。振り返るとそこには二つの顔が。
一人はベッシ、侯爵家のおじいちゃん騎士。その隣に風格のある老紳士が立っていた。
「ここにいたか。こちらはサー・ケヴィン・オーウェン殿。マリアン様の叔父上であらせられる」
「よろしく。君たちのことはよく聞いている、マリアンが世話になっているね」
マリアンの叔父さんと聞いて全員姿勢を正す。どうやらオーウェン侯爵が亡くなった後、マリアンの後見人となって色々支えてくれているようだ。
「お、オレたちこそお嬢様に大変良くしてもらっています」
「そうかね。……正直言って、最初は妙なことを始めたものだと思っていたが」
親兄弟を亡くしたばかりのお嬢様がギルド立ち上げて迷宮探索だもんな。
「あの子が笑うようになって良かった。これからもよろしく頼む、そして探索の無事を祈るよ」
「は、はい」
優しく背中を叩かれたような気がした。そんな包容力がこの老紳士にはあった。
「あら叔父様、もう挨拶していらしたのですか」
「おおマリアン。皆を紹介してくれるか?」
「ええ喜んで。こちらがあのウィルさん、ジョン兄様の遺体を探してくれた方です。今回あの第五層を攻略するお手柄を上げました。
セレナさんも捜索に協力してくださった方です。剣と魔法に優れて皇太子殿下も信頼する剣士なのですよ」
いやあ、こう言われると恥ずかしいもんだけど。マリアンは自分のことのように誇らしげに語ってくれる。
「ガロさんはとても頼れる戦士であり、また気立ての良いしっかり者です。将来は商人になると仰っていて、あの毛織物もガロさんが選んでくれたのです」
「ほほう、良い鑑識眼を持っているようだ」
「そうでしょう、ガロさんありがとうございました」
「お、おうよ」
ガロが赤面、してるかは毛皮で分からないけど照れてる。例のプレゼントは気に入ってもらえたようで良かった。
「アイリーンさんは大聖堂で修行した神官様です。まだ若いのに並々ならぬ法力をお持ちで、それに周りの人々を明るく笑顔にしてしまう素敵な方なのです」
“奇跡の聖女”という言葉は出てこなかった。マリアンなりに語るべき所は別にあると考えたのだろう。
「それと本日は来ていませんがホセさんという賢者様がおります。知的な方で綺麗なお花を贈ってくれたのですよ、嬉しくてもう飾っちゃいました」
そう言ってマリアンが指さす。俺はそろりと目をやるが、良かった見た目は普通の花だ。
「なんだか魔力が漏れてるけどね……」
大丈夫セレナさん、賢者が選んだ花だから多分大丈夫。
会場に音楽が流れてきた。広間に楽団を入れてダンスが始まるようだ。この日のために練習してきたけど俺も行く必要ありますか?
「皆様ダンスホールへどうぞ」
紳士や貴婦人たちが移動する中、<ナイトシーカー>の面子は料理を食べながらその背中を見送るのだった。表情で「遠慮しときます」と言っている。ダメだ、俺だけでも行かないとマリアンのためにならん。
まず主役であるマリアンが叔父ケヴィンの手を取りダンスへ誘った。この老紳士は後見人として感無量といった表情だ。
優雅な音楽の中、一組また一組と踊り始めるダンスパーティーという趣がしてきた。そして皆上手い、こんな中に俺が入っていく余地があるんでしょうか。そもそも誰が俺なんかと踊ってくれるのか。
「ウィル様、肩が竦んでいますよ?」
馴染みある声に振り向くと脳と体がストップ。
「クロエさん、その服は……?」
「私だってメイド服以外も着ますよ」
シックなドレスに身を包んだクロエがいた。忘れた訳じゃないけどクロエも騎士の家柄なんだよね。
黒を基調にして控えめに肩を出したドレスはクロエを大人の女性に見せる。普段のメイド服も悪くないけどイメージがガラっと変わるな。
「綺麗です」
「それはどうも」
「本当だよ」
「疑ってませんよ。一つ私と肩慣らしをしましょうか」
「……なるほど肩慣らしね」
クロエ相手なら安心できる、もう結構な日々訓練に付き合ってくれた仲だ。俺は彼女の手を取ってホールに足を運んだ。