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第74話 水の底

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆異形の神々の顕現を阻止する。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆迷宮内でメアを見つける。

「また何か見つけたのかよ」


 ガロたちギルドメンバーに声をかけ井戸の側。出かける準備を切り上げられて怪訝な顔だ。


「この井戸の中を調べたいんだ」

「どうして井戸なの?」

「何て説明したらいいかな……」

「いいさ、やろうぜ時間が惜しい」


 そう言ってガロは井戸を覗き込んだ。


「いいのか、話聞かなくて?」

「お前が言い出すことだから、また適当に重要なもんでもあるんだろ」

「やるんなら急がないとね」


 そうして突然の井戸探索が始まった。言い出しっぺなので俺が中に入る、体に縄を括りつけ降下準備。


「ウィル、良い魔法をかけてやろう」


 ホセの指が光ると俺の体を何かが包む。


「空気の服のようなものだ、水中でも息をすることができる」

「ありがと、でも水に浮いちゃわない?」

「庭の石でも抱いて下りれば良い」

「入水自殺みたい……」

「気を付けてねー」


 セットを終えて井戸の中へ。ガロがロープを掴んで少しずつ下ろしていく。


 ――チャプン。ホセのおかげで息はできるし冷たくもない。問題は暗いことだが……“潜行”、これで水の中も見通せる。


 ……ゆらり、ゆらり、水の中をゆっくり下りていく。やがて井戸の底が見えた。先刻見つけた通り、メイドの隠した包みがある。


 間近で確認すると布はほどけ中身の小箱が露わになっている。俺は体を手繰り寄せ、その小箱に手を伸ばし――。


「――っ?」


 グンッ、と水流が生じた。おかしいな、井戸の水にそんな流れがあるのか……。


「いや待てよ」


 咄嗟に意識を深く集中、周囲を満たす水を睨む。……するとどうだ、色のない水の中に薄っすらと輪郭線が浮かび上がってくる。


 水の魔物? それなら“潜行”で気付かなくても不思議じゃない、水なんだから。この井戸は下で迷宮と繋がっていたのか。


 ――ギュンッ。水流が俺の側を高速で通り抜ける。すると体を取り巻く魔法が破れたか、空気が漏れ出していく。

 今のは攻撃か、俺を侵入者だと思っている。身をよじって距離を取ろうとするが、水中で水そのものから逃れるなんて。


「ガロ!」


 ロープを強く引いて合図を送る。その間にも敵は旋回、再び俺に狙いを定める。


 そこで俺の体が急速浮上。ロープに引っ張られて井戸を上に、上に、この場を逃れることに成功した。




「ゼエ……ゼエ……」

「ハァ……ハァ……」


 引き上げてくれたガロと一緒にへたり込んでいる。思ったより厄介なことになってしまった。


「水の姿をした敵か。精霊であればウンディーネ、魔物であれば水霊、ウォータースピリッツの類かもしれない」

「手強いの?」

「君たちが束になれば問題ないだろう。水霊であればセレナの剣やアイリーンの魔法が効果的だ」


 ふむ、俺とガロ、セレナさんにアイリーン、四人もいれば何とかなるか。でも問題がある。


「その場合、誰がロープを操るかだけど……」


 こういう時にキャサリンがいない。あの人は今マリアンと一緒にサンブリッジだ。


「屋敷の者たちを使いますか?」

「頼めるかな?」


 クロエの提案に俺は頷くが、そうなると事情を黙っているわけにもいかない。


 集まってくれた騎士兵士たちに、俺は話せるだけ話すことにした。


「マリアンにとって大事な物がここに沈んでいる」

「それは確かなのですか?」

「ウィルが言うならそのようだ」


 賢者と呼ばれるホセが保証してくれた。騎士たちは袖をまくり、連れだってロープに手をかけてくれる。


「ガロは盾で皆を守り、セレナは魔法で照明を灯す。アイリーンは敵を浄化し、ウィルは目的の物を確保。終わり次第すぐ引っ張り上げるのだ」

「了解した」


 ホセに魔法をかけてもらうと井戸へ侵入、作戦開始。


「マリアンのために」

「お嬢様のために」


 騎士たちと頷き合って、いざゆかん。


「せーの」



***



 朝が来てしまいました。私マリアン、本日で成人でございます。


「おめでとうございます、お嬢様。いえ、もう御当主様ですね」

「キャサリン、いつも通りで構いませんわ」


 家臣や使用人たちに祝いの言葉をもらいつつ、私は今夜のパーティーに向け準備を進めます。これは私がオーウェン侯爵家の当主として初めて開くパーティー。ただの誕生会というよりも、私自身を世間にお披露目する、言わば独り立ちのような意味もあるのです。主人として来場してくださる皆様に感謝と、末永き友誼を願う場となります。


 周囲の者たちは盛り立てようとしてくれますが、今日からはもう子供とは言っていられません。じわじわと重責が圧し掛かってくるようで……これが大人になっていくということでしょうか。


 ……それは覚悟していたことです。いえ、口先だけならいくらでも言えるのですが。それより今の私は別のことで心が落ち着きません。


「……ウィルさんたちはまだ来てませんか?」

「残念ながら……クロエも付いておりましたのに」


 本当なら昨日のうちにサンブリッジへ着くはずでしたのに。何か急用、事故、帝都で異変でも……。

 そういえばガロさんは招待状を受け取りながら「柄じゃないけど」と言っていました。本当はパーティーが嫌いだったのでしょうか。もしこのままギルドの皆さんが来てくれなかったらどうしましょう……。


「お嬢様、参られました!」

「本当!?」


 私、思わず大きな声が出てしまいました。でも構わず出迎えに行きます。すると屋敷の前に馬車、見慣れた姿で下りてくる。


「皆さん!」

「やぁ……」


 ……何だかヨロヨロしてますが、ウィルさんガロさんセレナさんアイリーンさん、来れないと言っていたホセさんまで。


「お誕生日おめでとう、お嬢さん」

「ホセさん、良く来てくださいました、本当に」

「遅れて申し訳ない。これでも夜明け前から馬車を飛ばしてきたのだが」

「お尻痛い……」

「ホレ、ウィル」


 ガロさんに促され、ウィルさんが一歩前に。その手には綺麗な小箱が。


「これ、屋敷で見つけたんだ」


 差し出された小箱を受け取ると、中には……あぁ、何てことなの……お母さまのイヤリングがそこにありました。


「どうしてこれが……」


 子供の頃に母が残してくれた物。帝都から逃れた際に失い、もう見つけられないものと諦めていた。それがこの手に戻ってくるなんて……。


「ウィル様が古井戸で見つけられたのです。それから屋敷の者たちも協力して引き上げました」

「大変だったんだよー、井戸から水の魔物がじゃぶじゃぶ湧き出してきてさー」

「退治した後もね、ドワーフの職人さんに頼み込んでイヤリングを磨いてもらったり」

「この箱も帝都で見繕った物でございます」


 ……クロエも、セレナさんもアイリーンさんも髪が乱れたまま。


「それでね、あたしたちからもプレゼント!」

「ガロが選んでくれたのよ」

「ま、まあな」


 今度は大きな箱いっぱいに毛織物、これも素敵な贈り物。あのガロさんが私のために選んでくれたことに胸が熱くなります。


「本当に……本当にありがとうございます。最高の誕生日になりますわ!」


 私、上手く笑えたでしょうか、涙を堪えるのに精いっぱいで。


 ――カクン。そこで皆さん糸が切れたように項垂れてしまいました。


「ちょ……休ませて、仮眠しかしてなくて……」

「す、すぐに人を呼びますわ!」


 使用人たちに付き添われ皆さん屋敷の奥へ。もう寝ちゃいそうなアイリーンさんはキャサリンが抱えていってくれました。


「パーティーは夕方からだろう、それまで休ませてあげると良い」

「……お嬢様、私も少し休ませていただきます」

「ええ、クロエもありがとう」

「では、妖しい魔術師はここらで失礼。久々にエレア王子と会ってこようか」


 そんなことを言ってホセさんはサンブリッジの街に向かいました。静まり返ったところで改めてイヤリングに目を落とします。長いこと放置されていたはずなのに新品同様に磨かれていて、そこまで気を遣ってくれたことも嬉しく思います。


「……今日は最高の一日になりそうですわ」

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