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第73話 沈んだ記憶

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆異形の神々の顕現を阻止する。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆迷宮内でメアを見つける。

「う~~~む……」


 俺は腕を組み考える。マリアンの誕生パーティーを明日に控え、今日中にはサンブリッジへ行かねばならないのだけど。


「やはり何か……何かできること」


 ガロのおかげでプレゼントは用意できた。ただ皆で贈るのとは別に個人的な感謝を伝えられないか。

 もうプレゼントを調達する時間はない。じゃあ何かサプライズは。でも貴族のパーティーで俺なんかにできることがあるだろうか。


 ……クリフ爺さんなら「下手の考え休むに似たり」なんて言いそうだ。そんでもって「ワシに良い考えがある」とか言って下らない仕掛けを提案するのだ。


 ギルドハウスを当てもなくウロウロする。そのうちに俺は固く閉ざされた部屋の前を通りかかった。


 ここは何の部屋だったろうか。マリアンの部屋に近い、侯爵家の誰かがいたのかな。


「ウィル様、まだ準備してなかったのですか?」


 クロエに呼び止められた。でも丁度良い、彼女に尋ねてみる。


「ここはマリアン様の母君のお部屋でした」

「マリアンの母親……そういえば会ったことないね」

「奥方様は十年ほど前に亡くなられております」

「……ごめん、余計なこと聞いて」

「構いませんよ」


 ……知らなかったとはいえ何てことだ。マリアンは親兄弟が皆亡くなり一人残されてしまっていたのか。それなのに健気に、俺たちを後ろから支え続けてくれた。


「中をご覧になりますか?」

「良いの?」

「とは言えここだけは手付かずでして、少々お見苦しいですが」


 クロエは鍵を持ってくると扉を開けた。


「お嬢様は、すぐ使うわけではないと言って閉ざしておりましたが……」


 年季の入った部屋だ。帝都侵食の傷跡は見られるが整理されている。残された調度品も立派なもので、名門貴族の積み重ねた歴史を感じさせる。彼女にとって思い出のある場所、本来なら閉ざしておかず、陽の目を見せてあげたいだろうに。


「私も幼かったですが、奥方様はきれいで優しいお方だったと記憶してます。けどお嬢様がまだ幼い頃、ご病気になられて」

「……そっか」


 ――お母さま。


 不意に声が聞こえた。目をやるとベッドの側に親子の姿が見える。


「どうしました?」

「いや、何でも……」


 どうも“潜行”が勝手に発動しているみたいだ。この間の第五層で深く意識を潜らせてから、時々こういうことが起きてしまう。


 ――お母さま、今日もお体がわるいの?


 ベッドで横になる母親をマリアンが気にかけている。でもその表情に深刻さはない。母が病で死んでしまうなど想像だにしない、まだそんな年頃だろう。


 ――マリアン、これを受け取ってちょうだい。


 母親は自分のイヤリングを外すと愛娘に握らせた。


 ――私にはしばらく必要ないから。大人になったら付けてみて、とっても似合うと思うわ。


 昔、この部屋であった親子の会話、残された記憶。でも母親の容態が良くなることはなく、別れの時が訪れる。


 ――お母さま、どうして起きないの?


 困った表情のマリアンをクロエが抱きとめる。そのクロエの目には涙がにじんでいた。





「お嬢様がイヤリングを?」

「いや、そういうの付けないのかなと思って」


 廊下を歩きながらクロエに尋ねる。思い返してみるとマリアンはその手の装飾をあまりしていない。母親から受け取ったイヤリングはどうしたのか。


「そういえば昔、奥方様の形見というイヤリングをお嬢様から拝見したことがあります」


 やはり。


「……ですが、帝都が襲われた時は逃げるので精一杯で、多くの物を残して行かざるを得ませんでした」

「それじゃあ……」

「落ち着いて屋敷に戻った時にはすでに荒れ放題で。そのイヤリングも失われてしまったようです」


 ううむそうか、母親との数少ないであろう思い出の品が……。


「まだプレゼントを考えていたのですか?」

「まあ何と言うか……」


 話しながら俺は窓の外に視線を泳がせた――っ。


「あっ?」


 燃えている。屋敷の裏庭が。逃げ惑う人々、空を飛ぶ魔物たち。


「どうしました?」

「……何でもないよ」


 これは侵食が起きた当時の記憶か。話には聞いていたけどこれが……。


 ――お嬢様、しっかり捕まって!


 大きな影が横切った。あれはキャサリンだ、その腕にはマリアンが抱えられている。ああやって帝都を脱出したんだな。


 騎士や兵士たちが魔物と戦い血路を開いていく。そこを使用人たちが逃れていくが、次第に入り乱れ、魔物の牙にかかる人も。

 多くの命が失われた日。多くの人が失った日……。


「うん?」


 一人のメイドが怪我をしている。裏庭の井戸に近づくと、手にしていた荷物を放り込んだ。


「――ウィル様」

「あっ、うん」

「随分ぼうっとしてましたよ、大丈夫ですか?」


 どうも“潜行”に引きずられてしまう、これじゃ立ったまま寝てるみたいだ。頭を振って現実の方を見据える。


「お疲れでしょうか。引きずってでもパーティーには出ていただきたいのですが」

「出るのは強制なのね……」

「どちらへ行かれます?」

「ちょっと裏庭に」


 もうすぐ出立だとは分かっている。けど俺は今見た記憶の断片がちょっと気になっていた。


「この井戸がどうかなされたのですか?」


 修築した屋敷も裏庭はまだ手付かず、井戸も古びた風情だった。……過去の光景で見たメイド、ここに何かを放り込んでいたけど。あれは隠していたのか? 魔物や野盗に奪われないように、後で回収するつもりで。けどあのメイドも生きて戻ることはできなかったか。


 ――“潜行”、井戸の中に意識を潜らせる。下へ、下へ、暗い奥底へ。


 ……あった、何かの包みが水に沈んでいる。そこから更に中を透視しろ。……箱、その中身は……。

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