第72話 ガロの気苦労
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
耳がピンと立つ。廊下をコツコツと歩く音が近づいてくる。この軽い足音はクロエの方か、キャサリンだったら少し身構えてしまう。あのでっかい婆さんにはまだちょっとトラウマを抱えちまっている。
「ガロ様、洗濯物がありましたら出しておいてください」
それがクロエの用事だった。部屋の隅にまとめてある衣類を預け、普段ならここから訓練なり仕事なりに移るところ今日は休みだ。
第五層の激闘から少し時間が経っている。あの時の熱と、その反動の燃え尽きた感じも薄れてきた。そろそろ次の仕事に掛かってもいいところだが、それより大事な用事が迫ってきている。
「お嬢さんはしばらく戻らねえんだな」
「はい、誕生日までサンブリッジの屋敷でお過ごしになられます」
我らがギルドマスターのマリアンは間もなく十五歳、人間種の成人を迎えることになる。それは同時にオーウェン侯爵家を継承するということ、なので色々と忙しいんだろう。
それはそれとして誕生日だ。裕福な家らしくパーティーを開くってんで招待状がオレたちギルドメンバーにも渡された。こんなもの寄こさなくてもいいんだけどな、貴族のパーティーなんてオレには場違いだ。
だがオーウェン家は今年不幸が相次いでいる。だからパーティーも身内だけの小規模なものらしい。……まあお嬢さんには世話になってるし、ちゃんと出席しないとな。
日中、町に出て商家を訪ねる。注文しておいたブツを受け取ると町を見て回った。それで実感するが、帝都オルガの空気が明らかに熱を帯びてきている。
数年に渡り続いてきた地下迷宮の攻略だが、五層の番人が倒されたことで状況が変わった。安全が増したことで五層に潜る探索者が増え、そのまま未踏の六層まで攻略しようという機運が高まっている。
だがそれ以上に気になるのは皇太子周辺の噂だ。兵士を集めているという。それも帝国と服属する全ての国々に呼び掛けた大軍隊の結成。難関と言われた五層に風穴があいたこの機に、迷宮を一挙に攻略するつもりだと囁かれている。
その流れに乗ろうと海千山千、もしくは有象無象の連中が帝都に集まることだろう。忙しくなるぜ。
しばらくして屋敷に戻ると奥から音楽が聞こえてくる。またやってるな。
「もっと軽やかにステップを。恥ずかしがらずに手を回してください」
「ぐぬ、うぬ」
クロエがウィルにダンスの稽古をつけている。パーティーで踊らせるつもりらしい、何だか面倒なことになってきたぞ。
眺めているとウィルの訓練が終わりヨタヨタしながら歩いてくる。
「ある意味で戦闘訓練よりキツイ……」
「次はガロ様もやりますか?」
「オレはいいや」
「ではセレナ様、アイリーン様でも」
「うぇ~私もダンスはやったことないよ……」
そもそも貴族のお嬢様の成人するパーティーにオレたちなんぞの居場所があるのかね。
夕方までにはセレナもアイリーンも腰と膝の悪い老人みたいになっていた。
「ホセはやらねえのか?」
「私は出席しないから」
「断るのかよ……いや、目立つ場所は避けてるのか」
「そういうこと、リッチな賢者は暗躍していればいい」
丁度良い口実で羨ましい、などと少し思ってしまったぜ。本心は出たいのかどうか知らんが。
まあオレとてウダウダ考えるだけじゃない、やるべきことはやる。
「ウィル、おめーはお嬢さんへのプレゼント用意したのか?」
「プレゼント」
こいつ口開けて固まりやがった、不安的中だよ。
「ここのとこバタバタしてて考えてなかった」
「ウィル君は番人討伐であちこちから声かけられてたもんね」
「どうしよう、セレナさんは用意してる?」
「フフ、私にそんなお金があると思う?」
堂々と言うことじゃねえ。
「ううん成人する御令嬢への贈り物……セレナさんなら何が欲しいかな?」
「お金」
「……アイリーンは?」
「焼肉食べ放題」
参考にならねえ奴らだな。そこへいくとホセはプレゼントだけ用意してあるらしい。
「女性へ贈るなら花が一つの定番だろう」
「まあ悪くねえな」
「だが花の命は短いもの。そこで枯れることのない妖花を取り寄せておいた」
「それ渡して大丈夫なやつなんだろうな?」
どんなケバケバしい花が出てくるか不安なんだが、誰かしっかりした奴はいねえのか。
「まず上流階級に渡せるレベルの物が思いつかない……」
「こうなったら迷宮に潜ってお宝を見つけて」
「宝くじ狙うようなもんじゃねえか」
「皆様お悩みのようですが」
見かねたようにクロエが話に加わってきた。
「お嬢様は皆様がパーティーに出てくださるだけでお喜びになるでしょう。あまり考えすぎなくとも」
「そうは言うけど優しさに甘えるようでなんだか……」
「……やれやれ、おめーらがこうなることも考えてたからよ」
オレは受け取ってきた荷物を開いて見せる。
「布?」
「毛織物のセットだ。これなら高級感あるし、服を作ったり何するなり本人に任せりゃいい」
「な、なるほど」
「この日のために注文しておいたんだ。種類あるからオレら全員の贈り物ってことにもできる」
「ガ、ガロォ!」
オレに集まる尊敬の眼差しがむず痒い。まったく世話の焼ける連中だぜ。
毛織物はそれなりに良い物を選んだつもりだ。クロエやキャサリンが目を通してるが悪くない反応だし。
「確かに良い物ですね、どこで見つけられましたか?」
「コットーの職人に頼んだ」
「伝統のある町だね、目の付け所が良いじゃないか」
「ガロはしっかり者だからねー」
やれやれこれで間に合いそうだな。金は後でもらうぞ、分割でも許してやる。
数日したらサンブリッジに行きお嬢さんの成人を祝う。これも休暇と思って付き合うことにするか、もうじき忙しくなりそうだしな。
大きな戦いが始まりそうな予感がする。五層の攻略と皇太子の動き。六層から先は未知の領域、推測が正しければ十階層までの迷宮。あのデュラハンも数十人がかりでようやく討伐だ、今後どれだけの魔物が待ち構えているか……。
つらつら考える夜、裏庭の方から草を踏む音がした。屋敷中の音に反応してられないがちょっと気になって窓から伺ってみる。
……ウィルか。裏庭で夜の散歩ってところか、たまに見かけるんだよな。
ウィルは暗闇の中でブツブツ独り言を言っている。前からの癖だ、ここでの暮らしもそれなりに過ぎたが相変わらずか。
変な奴だが、まあ今の環境があるのはあいつのおかげだ。悪くねえよ。これからの探索もあいつに頼ることになるだろう、その時のオレの役割も決まっている。プレゼントの件は貸しにしておくからな。